長編 #2430の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
僕は君を苦しめただけなのではないだろうか。4年間も文通してきて僕は、君を心 配させ続け、君に迷惑をかけ続け、そうして君はいま僕のために死のうとしている。 僕が君に2ヶ月近くも手紙を出さなかったため、君はいま死のうとしている。 ----でも僕は電話をできたら、僕は杏子さんを喜ばせることができた。もしも僕が電 話で話すことができたなら、こんなに杏子さんを苦しませ悲しませることなんてなか ったはずだった。僕はもしかすると、君を苦しめてきただけだったんだ。君を慰みも のにして、僕は君をもて遊んできただけだったんだ。 君と僕は桟橋の上で劇的な再会をして、僕らは抱きあって、今までの辛く寂しかっ た日々のことを温めよう。五月のまっ暗な桟橋の上で、僕らは五年ぶりに出会って 走りながら僕は思っていた。僕は本当に杏子さんを好きだったのだろうか、と。か わいそうな杏子さん、車椅子の杏子さん、そんなに僕の思いはたんなる同情だったの ではないだろうか、と。僕は杏子さんには恋ではない(たんなる性的なものではない )友情と同情の入り混じった、思いしか抱いていなっかったのではないか。いや、き っとそうだ。そうして僕は杏子さんをうとましく思い始めていたのだ。もう僕は中学 の頃のあの優しかった(一生懸命一生懸命創価学会の信心をしていたあの頃の自分で はもはやなくなっていた。きっと。そうだ。僕は堕落しかけていたんだ。 僕はもはやエゴイストとなり、ただの人間に(性欲をもったただの男になってしま っていたんだ。 エゴイストの僕。単なる性欲にひきづり回されるようになっていた僕。中二なんか の純粋だった僕はいったい何処に行ってしまったんだ。あの頃の僕は何処へ行ってし まったんだ。純粋だった僕、心の清らかだった僕は。 ----僕はそうして走り疲れ、また激しい後悔の念によって道の脇のコンクリートの溝 に足をとられそうになりました。でも僕は依然として一生懸命に走りつづけました。 ----純粋だった僕。あの頃の僕。そしてまだ幼かったゴロと杏子さん。潮風に吹かれ た風が頬に懸かり美しかったあの横顔。 『僕は中学生の頃から一生懸命に杏子さんの幸せを祈ってきたつもりだった。でも僕 は最近真実が何なのか解らなくなりかけてきていた。勤行も怠りがちになっつてきて いた。僕はこの世の何もかもが馬鹿らしくも思えてきていたし、僕は心が狭い人間に なりつつあった。 ----僕は迷っていた。僕は杏子さんなんかと、足の悪い杏子さんなんかとつき合っ てられるかと思いつつあった。僕の心はそれほど荒み始めていた。 ----僕は心の狭くなりつつあった自分、自分のことしか考えることのできなくなり つつあった自分を叱咤するように走り続けた。僕は罪を走ることの苦しさで償おうと していた。ひたすら走り抜くことで償おうとしていた。 僕は本当に何が真実なのか解らなくなりかけていた。自分を犠牲にすべき人生が正 しいのかそれともほかの人のように生きてゆくのが正しいのか。自分は一度は自分の 幸せは全て棄て去る決心をした人間だった。でも環境が楽になるにつれて僕はその決 意をいつか忘れ始めていた。僕は心の狭い人間になりつつあった。 杏子さんの今にも桟橋から海の中へ音をたてて落ちてゆく様子が暗い闇の中に見え ていた。僕の一人よがりのエゴイズムのために僕は杏子さんを傷付けむざむざと死に 至らせつつあるのだった。 ----僕の後悔の念は激しい身の苦痛と戦うことによってどうにか消されつつあった 。 僕にはやっと解ったぞ。人間は走るために生きているんだ。人間は走るために生き ているんだ。走り抜くために生きているんだ。 『敏郎さん、苦しい。苦しい。 (僕には波にもまれて今にも暗い海の底に沈んでゆこうとしている杏子さんの苦しげ な姿がありありと見えてました。) 『杏子さん。負けちゃダメだ。杏子さん、負けちゃダメなんだ。死んじゃいけないん だ。僕が来るまで、僕が来るまで負けちゃダメだ。死んじゃダメだ。』 (僕は更に必死になって夜の闇の中を走り続けました。桟橋までもう少しの所でした 。僕はあまりの苦しさにへこたれそうになりました。二年前から患っていた胸の病気 が痛くて痛くて血がにじみ出ているようでした。そして今にもその血が吹き出してき てしまいそうでした。僕はしゃがみこもうとしました。) 君が海に飛び込んだ時、たくさんの海の精が泣き哀しんだような気がした。日が暮 れて夜になった海の中で海の精は、死を選んだ君をとてもとても嘆き哀しんだと思う 。 君は卑怯な僕を愛してくれていた。喋れなくて君を避けてばかりいる僕を、君はそ れでも愛してくれていた。 僕の前には道がない。ただ黒い闇が、僕の前にあるだけだ。 冬、僕が死にかけたとき、君が助けてくれた。春、君が死を決意したとき、僕は君 のことを忘れていた。走りながら僕はそう思っていた。 僕は走りながら堕落しかけていた自分を反省していた。僕はもう昔の自分ではなく なりかけていた。あの中二の頃のような、ものすごく信仰篤かった僕では今はもう違 う。僕は堕落し、自分のことで精一杯の自分になっていた。 『ごめんね、杏子さん。』 僕は走りながら、人格的に堕落し果て、自分のことしか考えきれない自分にな っていたことを思って、頭をポコポコと拳骨で叩きながら走った。 中三の頃から僕は次第に堕落しかけていた。僕はもう中二の頃の聖人のようだった 僕ではない。僕はエゴイストになっていたんだ。少しづつ少しづつ僕はエゴイストに なっていたんだ。 僕の後悔の念は、数年に渡る信仰心の惰性と、それによる自らの人格の堕落と、そ して君を幸せにできなかった、自分のエゴイズム故に君を避けてきた自分を、激しく 叱咤しながら走っていた。 僕は君と喋ることを極力避けてきた。それが僕のエゴイストの為の故だなんて僕は 今やっと気が付いた。僕はエゴイストだった。そしてこんなエゴイストと何年も文通 してくれた君への感謝の念と。 僕の涙は、 僕は君の苦しみよりも僕の苦しみの方がずっとずっと苦しいんだと思ってきた。君 の苦しみは人に理解して貰えるけれど、僕の病気は人に理解して貰えなくて、だから 僕の方が君よりもずっとずっと苦しいんだと思ってきた。 君の方が僕よりも苦しかったなんて僕は今桟橋へ向かって走りながら始めて気づい ている。君も手紙で苦しい苦しいと訴えてきたけれど君の苦しさなんて僕のに比べた らなんともないと思ってきた馬鹿な僕だった。だから二ヶ月近くも君に手紙を出さな かったんだ、と思う。 君は、そんなに苦しんでいることを、僕に告げなかったじゃないか。君の手紙はい つも夢に満ちていて、とても楽しそうだった。 君の手紙はいつも夢に満ちていて。僕にロマンと希望を与えてくれていた。そんな 君が死ぬなんて、自ら命を絶って死ぬなんて、僕には少しも想像できなかった。 『敏郎さん、もう走るのやめて。死んでしまうわ。敏郎さん。もう走るの、やめて。 』 朦朧とした意識で走っていた僕の耳に、どこからともなく杏子さんの声が聞えてき ていた。目の前に、桟橋が見えていた。でもまだ遥か先だった。この大きな道を真っ すぐに一直線に走ってゆけば桟橋だった。でも距離はまだ500m以上もあるようだ った。 『敏郎さん。死んじゃうわよ。もうこれ以上走らないで。お願い。』 再び聞えてきたその声は何なのだろう。杏子さんがもう死んでしまって、その亡く なったという知らせなのだろうか。僕は朦朧としてきて倒れそうになりながらその声 を聞いた。 僕は膝から激しく倒れた。顎を打った。 杏子さんが白い蝶々になって、天国へと登ってゆく春の野山の景色が見えていた。 このまえ遠足で行った唐八景みたいだった。杏子さんが唐八景の花の咲き乱れた春の 野原を舞い登っていっているらしく思えた。僕は『ああ、もう杏子さん死んでしまっ たんだ。僕は遅かったんだ。』と思って力が抜けるようになって膝から激しく倒れ込 んだのだった。 倒れるとき僕は見た。 君が蝶々となって美しく舞い上がっていく様子を 君はとてもいじらしく舞い上がっていっていた また倒れようとしている僕の姿を見て、泣き叫びながら 君は誰かに手を引かれながら、 空へと舞い上がっていっていた。 五月の、まっ暗い夜の空のなかへ 僕は夢を見た。僕が杏子さんの所まで走っていこうとすると杏子さんは逃げるのだ った。僕が必死になってここまで走ってきたのに杏子さんは僕が近づくと僕をからか うように笑いながら逃げるのだった。もし僕がこんなに疲れていなかったら掴まえき れるのに、杏子さんは疲れきってもうあんまり走れず、今にも倒れようとしながら走 ってくる僕から笑いながら安々と逃げていた。 『敏郎さん、ここよ。私、ここよ』 星のまたたきにも似た杏子さんのその声は黒い夜空に響き渡っていた。僕はどうし ても杏子さんを掴まえきれないでいた。 岡の上に、そして今度は神社の祠の前に、杏子さんは現われては消えていた。そう して僕はもう力尽きて立ち止まりもう走るのをやめていた。 立ち止まった僕は、君の幻想を見ていた。綺麗に波間に漂う君…。まるで人魚のよ うに岩から岩へと泳ぐ君。君は海の中で始めて自由を得て、人魚のように泳いでいる 。君の動かないはずの両足が尾びれとなって君は人魚となっている。美しい君。まる で海の中に咲いた一輪の大きな花のようになった君。 ----夢だった。気が付くと僕はまだ空地のなかの草の上に倒れていた。胸が息をする 度毎に焼けるように痛かった。でも桟橋はもう見えていた。あと少しだった。僕はそ うして再び走り始めた。 小さい頃、僕らが出会ったときのことが思い出されていた。 それらは走馬燈のように湧いては消えていっていた。幼かった頃、本当に可愛かっ た杏子さん。車椅子の上の天使さまのようだった杏子さん。 僕は走り続けていたけれど、今にも倒れそうだった。よろよろとゆっくりとしか走 れなかった。 桟橋の手前の生魚料理の旅館の前で僕は吐きそうになってまた倒れてしまった。僕 はそして旅館の裏庭で星を見ながら横たわってしまった。 熱い液体がどこからともなく僕の口の中を満たし僕の口の端から流れ落ちた。胸か ら出てきた血だとはっきり解った。もう僕はこのまま死んでしまうのかもしれないな 、と思った。 僕はまた夢を見た。
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