長編 #2398の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
一遍房智真 魔退治遊行−鬼婆− 西方 狗梓:Q-Saku/Mode of Fantasy 一人の娘が路傍に蹲っている。苦しげな横顔に、ほつれ髪が幾筋か張り付いて いる。身重のようだ。 「如何なされた」慌てて一遍が近寄る。 「急に痛みが……」蒼ざめた顔が喘ぎながら答える。 「見れば臨月の様子、無茶をなさるものではない。この先の原に世話好きの老婆 が住むと聞いた。送っていこう。さ、掴まりなさい」 「ありがとうございます」 庵には醜い老婆が独り住んでいた。旅の者を喜んで泊め世話を焼く。何時とも なく庵に住みつき誰も素性を知らないが、世話好き婆と評判だった。老いの独り 暮らし、まれ人を喜ぶ気持ちは理解できる。 老婆は一遍たちを暖かく迎え、慣れたふうに妊婦の世話をする。かつて老人は 村のエンサイクロペディストであった。気候を読んで種蒔きの時期を指示し、神 社の由来を諳んじ、道理を説いて争いを調停した。民間療法のエキスパートでも あった。産婆は自分の腹を痛めて得た知識で以て出産の場を取り仕切った。未婚 者でも、いや男性でさえ産婦人科医になる現代とは知の体系が違う。独占排他的 に知識が分布する現代とは異なり、老人は賢者として尊重された。老人自体が珍 しくもあった。 この老婆も細かい気配りで妊婦を世話した。漸く痛みが治まり女の顔が和らぐ。 「なんとお礼を申し上げてよいか」 「礼などとんでもない。ゆっくりしていきなさい」老婆は醜いなりに人の良さそ うな笑顔で応じている。 ● 「お富、お富、苦しい、苦しいよぉ」幼い少年が泣きながら喘いでいる。 「五郎丸様、大丈夫ですよ。きっと治りますよ」乳母の富が泣きじゃくる小さな 頭を胸に抱き背中を撫ぜる。柔らかい声と裏腹に顔面は強張り蒼褪めている。祈 祷師も呼んだ、有名な医師も集めた、高価な薬も求めた。五郎丸の病は悪化した。 京都九条、と或る貴族の館、幼い命が消え失せようとしている。富は験があると 聞けば寺に詣で神社に参った。凍てつく夜に、水垢離もした。己の命と引き替え ても五郎丸を救うよう神仏に祈った。富は五郎丸を愛していた。同じ歳の自分の 娘よりも愛していた、かもしれない。五郎丸も娘の豊も同じく実の子と思ってい た。富にとって豊は、それだけの存在であった。五郎丸は主君でもあった。富は 何者よりも、五郎丸を愛していた。 ● 老婆は大きな包丁を研いでいた。既に深夜。一遍たちも妊婦も深い眠りに就い ていた。手を休めソッと老婆が妊婦を伺う。妊婦はアドケない少女の顔で安らか に眠っていた。ニタリと再び包丁を研ぎだす。 小柄な老婆が妊婦を軽々と持ち上げる。一遍は身動きもせず眠りこけている。 老婆は足音を忍ばせ庵を抜け出していく。満月。納屋に滑り込んでいく。 納屋にはいるとユックリ妊婦を地に降ろす。猿轡を填め脱がしにかかる。帯を 解く。幼さを残した美しい顔を覗き込みながら一枚一枚着物を剥がしていく。襦 袢を脱がせる。大きく張った乳房が露になる。膨らみ迫り出した腹が晒される。 白く薄く張りつめた皮膚、紅や青の血管が透けている。老婆の喉がゴクリと鳴る。 小手を高く縛り合わせる。脇の下に黒い茂みが現れる。老婆は畳ほどもある爼に 妊婦を載せる。脚を大きく開き、縛り付ける。暫くネットリとした視線で舐め回 す。 老婆は思い出していた。十五年間に十数人の妊婦を殺してきた。猿轡を填める。 縛り上げる。爼に載せる。広げた股にユックリと包丁を挿し入れる。妊婦が目を 覚まし暴れだす。白い下腹部が激しく跳ね回り、波打つ。くぐもった悲鳴と哀願 が興奮へと導いていく。慎重に腹を割いていく。ビチビチと血がシブく。妊婦は 身悶えしながら、ナマメカシく汗ばんでくる。ほつれ毛が、苦痛に歪む頬に張り 付く。十文字に割いた下腹に手を捻じ込む。まだ妊婦は生きている。勢いを付け て子宮を掴み出す。妊婦の肉体が仰け反り、一際大きく痙攣する。老婆は乱暴に 子宮を引き裂く。液体が溢れ胎児が現れる。老婆は胎児の腹を注意深く見つめジ ワジワと包丁を突き立てていく。「ギャアアアッッッ」胎児が絶叫する。老婆は ニタリと笑い、ヌメヌメとした臓物を摘み出す。胎児の機能が停止する。血みど ろの闇に、老婆の哄笑だけが響きわたる。 現実に戻った老婆は、今から自分の餌食となる妊婦を見つめる。まだ色素が沈 着していない、若い女陰に顔を近付ける。この奥に胎児が居る。老婆は固く尖ら せた舌を挿入する。震える十本の指が愛しそうに、張りつめた下腹をまさぐる。 ビクリと妊婦が反応する。老婆は思い出していた。 「ああっいっ痛いっ、痛いよぉ、お富、お富っ」 「大丈夫、大丈夫です、五郎丸様、大丈夫ですよ」泣き喚く主君の小さな手を握 りしめ富は無意味な言葉を叫んでいる。 漸く発作が治まる。痛みと闘い疲れたか、五郎丸はウトウトと眠りに落ちる。 「富殿、お話が」。富が赤く潤んだ目を向けると、深刻な顔の医師が立っていた。 富は慌てて涙を拭うと医師の待つ廊下に出る。医師は思い詰めた顔で辺りを見回 し富の耳に口を寄せた。 「実は昨夜、医書を調べておりまして……、実は、その……、五郎丸様の病につ いて書かれたものを読んでおったのですが……」 「何ですか、治す薬でも書いていたのですか」富が医師の遠回しな話しぶりに苛 立ち声を荒げる。医師は狼狽し 「シッ、声が高い。その通りです。漸く薬を見つけたのです」 「何です、それは。如何ように値が張ろうと、たとえ天竺にしかなかろうと必ず 求めて……」 「探せば何処にでもございます」医師は蒼褪めたまま妙な笑みを浮かべる。 「京にも在るのですか。では、早速」 「いや、京ではチとマヅい。出来れば人里離れた場所で」 「何を言っているのです。薬とは何ですか。早く申しなさい」 「…………胎児の生肝でございます」 「き、生肝っ、た、胎児っ」見開いた目で医師を見つめる富。 「左様、五郎丸様の病を癒すには胎児の生肝しかございません」 「実か、実に胎児の生肝さえあれば五郎丸様は」切れ上がった目で医師を見据え る。医師は頭を下げ上目遣いになって、 「必ずや御平癒なさいます」 「解った。このことは誰にも申すな」張り詰めた顔で念を押す。医師は無言で頷 く。 翌朝、富は姿を消した。 富は京を出て人里離れた庵に住みついた。旅人を暖かくもてなし世話好き婆と 呼ばれた。半年が過ぎ、噂を耳にした妊婦が泊まった。腹を割き胎児の生肝を奪 った。京に帰ろうとした。行き会った旅人から、五郎丸が既に死んだことを聞か された。 富は錯乱した。大罪を犯した意識と深い悲しみは、狂気となって富を鬼に変え た。庵に戻り、鬼婆となった。 二人目の妊婦は美しい年増だった。縛り上げたところで目を覚まし、暴れた。 取り押さえようと肉体を絡ませながら、富は性的快感を覚えた。陵辱した後、腹 を割いた。興奮は自ら演じる惨劇に煽られ、胎児の肝を摘み出したとき、絶頂に 至った。妊婦の肉体も欲望の対象となった。 ● 気配が動いた。一遍は跳び起きた。見回す。妊婦と老婆が居ない。耳を澄ます。 納屋の方から微かに物音がする。不審に思い床を抜け出す。太刀を掴んで納屋に 向かう。一遍が出ていくと、超一が音もなく起き上がる。後を追う。 物音を立てないよう気を配りながら、一遍が納屋を覗き込む。老婆が、縛り上 げた妊婦の腹に包丁を突き立てようとしている。一遍は太刀の柄を握り、戸を蹴 破ろうとする。背後に忍び寄った超一が、中指を立て一遍に向ける。 身を固め将に飛び込もうとした一遍は、驚いた。金縛りに遭ったように体が動 かない。何が起こったのか解らない。声も出ない。目の前では既に残虐な光景が 繰り広げられている。一遍は焦りモガいた。いや、モガこうとした。妊婦が腹を 割かれ、のたうち回っている。しかし、指一本、ピクリとも動かない。血塗れの 下腹から子宮が取り出される。目を背けようにも一切の筋肉が動かない。胎児が 剥き出しになる。一遍の神経は、いつもより研ぎ澄まされている。「ギャアアア アッッ」胎児は死んだ。一遍は肉体を回復した。力んでいた体が制御の間もなく、 戸を破って転がり込む。驚き、そして一瞬の後に憎悪を剥き出しにする老婆。慌 てて体勢を立て直し切りかかろうとする一遍。しばし睨み合う。 「お待ちなさい」穏やかな声とともに超一が納屋に入ってくる。虚を突かれた老 婆と一遍が呆けた顔で振り返る。 「富さん、話を聞いて下さい」超一が常時の笑みを老婆に向ける。名を呼ばれた 老婆の顔が驚きから恐れに変わる。超一は穏やかな声を続ける。 「その娘さんは、豊さんです、あなたの娘の。あなたが手にしている胎児は……」 「馬鹿なっ。豊がっ、豊がこんなっ。嘘だ、嘘だっ」老婆は激しく否定した。 「本当です。あなたが姿を消した後、豊さんは主家に引き取られました。あれか ら十五年、家中の者に見初められ愛し合いました。その子を宿しました。豊さ んは母親を忘れることができず、孫を見て欲しくて、あなたを探しに旅発った のです。安否さえ分からぬ、あなたを探して」 「嘘だっ、嘘だぁぁぁっっ」首を激しく振り絶叫する。 「本当なのです」穏やかだが反論を許さない響きだった。老婆はボンヤリ、手に した胎児と事切れた娘を交互に見つめる。 「あはっあははははっははははははは」乾いた笑いが老婆の口から吐き出される。 涙を流しながら老婆は胎児を抱き締める。納屋から駆け出していく。 「あっ待てっ」呆然と見守っていた一遍が漸く正気付き、後を追う。 髪を振り乱しケタタマシい笑いを上げながら老婆が二十間先を駆けていく。一 遍は全力で追った。差が縮まる。あと十間。突然、老婆の姿が消滅する。 「あははははははははぁぁぁぁぁぁ」狂気の笑いだけが遠ざかりながら聞こえて くる。ベタッと何かがぶつかる音がする。一遍は慌てて立ち止まる。目の前は深 い谷、月明かりに底が透ける。不自然に手足を折り曲げた老婆が、倒れている。 動かない。死んだようだ。 一遍は合掌する。やるせない気持ちを心に押し込み、立ち去る。 (つづく)
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