長編 #2395の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
一遍房智真 魔退治遊行−手長− 西方 狗梓:Q-Saku/Mode of Fantasy 山の上には鬼が居た。人食う鬼が棲んでいた。何匹とも知れず屯し時折、里に 下りては人を食った。丈は五、六尺、人と変わらない。飛び出た目は見開き血走 り黄色く濁っていた。口は大きく裂け、髪は大童(おおわらわ)、体は青く光を 放つ。山に棲む二種の鬼の一は手が一間ほど、一は足が一間ほど。それぞれ手長、 足長と呼ばれていた。幾人もの武士が退治に赴いたが、無事に逃げ戻ったのは一 人、二人。 山の姿は惨めだった。海鳥山と呼ばれたナダラカな山は、ゆったりと翼を広げ た形で古来、霊山として尊崇を集めていた。三年前、新任の国司が多くの木材を 徴発した。国を治めるため大寺院と新国衙(役所)造営を企て、手つかずだった 海鳥山に目を付けた。里人は抵抗したが、国司は兵を率いて山を拓いた。里人も 杣(共有木材採取場)として使うようになった。人食い鬼が里に現れるようにな った。 畦に人だかりがしている。中央で若い夫婦が身悶えし泣き喚いている。通りか かった一遍は人だかりの一角に声をかける。夫婦の娘が鬼に食われたという。 「夢中だったんだ。薮に隠れた。梅は離れた畦で遊んでいた。助けるどころじゃ なかったんだ」 「あんたっあんたっ」 「助けたかった。体が動かなかった。声も出なかった。アイツら梅をっ、梅をぉ ぉっっ」 「あ、あんたぁぁぁっっ」夫婦は血の染みた土を掻き毟り泣き喚き続けた。 「お坊様」涙を拭いながら老人が一遍に声をかけてきた。 「どうか梅に、食われた娘に経の一つなりと読んでやって下さいませ」 一遍は頷き超一、超二を振り返り、人だかりの中央に進み出る。三人は合掌し 静かに読経を始める。夫婦の動きが止まり、ジワリと見上げてくる。 「クソ坊主っ。そんなことして梅が帰ってくるのかっ。やめろっ、お前なんかっ、 お前なんかにぃぃっ」夫が飛びかかってくる。慌てて里人たちが取り押さえよ うとする。夫は一遍の胸ぐらを掴んだ侭、引き剥がされていく。一遍は、される が侭に、しかし静かに読経を続ける。声が潤む。涙が頬を伝う。 「どうも、申し訳ございません。取り乱しておったようで……」老人が館の畳に 一遍を据え平伏する。 「そんなことはよろしい。如何いう訳か話して下さい」 「実は……」老人は一遍に今までの経緯を話した。一遍は取りあえず里人に名号 の札を配り肌身から離さぬよう言いつけた。老人、この里の名主に護摩壇の用意 をさせた。一遍の考えが正しければ、鬼をいくら退治しても意味はない。鬼は山 の走狗に過ぎない。山、里人の敵は山なのだ。一遍は山に向かった。 頂上には大きな、高さ五間で底辺十五間四方もあろうかという岩が立ち聳えて いた。壁面中央にポッカリと洞が空いている。微かに鬼らしい鳴き声がする。気 を配りながら進み入る。思ったよりも深い。シットリと冷たい空気が澱んでいる。 奥に着く。一遍は見た、鬼の幼生が壁から生えているのを。ヌメヌメとした五寸 ほどの頭が苦しみに歪んでいる。不釣り合いに長い四尺ほどもある腕をモガき、 壁の裂け目からジワジワと生えてきていた。一遍は無言の侭に破魔の剣を抜き放 つ。 「ぐっぎゃああああっっっ」おぞましい叫びとともに小鬼の首が地面に転がる。 ビクビクと暫くは痙攣していた腕が力無く垂れ下がる。魔の気配は消える。しか しグッタリとした小鬼の体は、やはりジワジワと裂け目から迫り出してきている。 どうやら押し出されているらしい。一遍は岩壁に手を当て感覚を研ぎ澄ませる。 が、魔の気配はしない。それどころか、心が落ち着いてきた。岩には魔性がない。 人を包み込む自然そのものだった。一遍は、自分の考えが正しかったと確信した。 鬼は、山が身を守るために産み出したものなのだ。処女の原生林を無理矢理押し 開かれた山が、自分を守るために産み出しているのだ。一遍は暗澹として外に出 た。 秋晴れの空に大きな鳥が一羽舞う。孔雀に似ている。これが話に聞く鳳凰かも しれない、と思ったとき鳥は大きく鳴いた。 「ウヤァウヤァ」 「ウヤ? 妙な鳴き声だ。うや、……有や? 来る? しまったっ」一遍は慌て て山を駆け下りる。走った。何度も転びそうになりながら一気に山道を駆け下り ていった。 「うぎゃあああっっ」 「あんたあああっっっっ」娘を食われた夫婦が固く抱き合ったまま、鬼たちに掴 まれ噛み付かれていた。遠目に、それと認めた一遍は走りざま破魔の剣を抜いた。 あと一町。鬼が妻の首筋に噛み付く。一遍は走った。あと四十間。妻の首筋から 一間ほども真っ赤な血飛沫が上がる。あと三十間。大きな口を開けた鬼が夫の頭 にカブり付いた。次の瞬間には、頭部の半分が無くなっていた。あと二十間。す でに夫婦は死んでいた。抱き合った侭で。あと十間。 雄叫びとともに一遍の体が宙に舞った。三間も離れた地点から高さ一間の放物 線を描き人肉を貪り食う鬼の背中を袈裟掛けに断ち割った。短い叫びを上げ、鬼 は倒れる。他の鬼が慌てて顔を向ける。 「わああああっっっ」一遍は狂ったように剣を振り回す。たじろぐ鬼が次々に倒 されていく。周りで獲物を求めていた鬼たちも異変に気付き、山へと逃げ出す。 五匹の鬼を瞬時に切り伏せ呼吸を荒げた一遍がグルリと睨み回す。鬼は既に山へ と向かって逃げ散っている。視線を夫婦の躯に戻す。 「ああっああああっっうわあああっっ」剣を握り締め、崩れ落ちる。 「俺、言ったんだ。お上人様のお札をチャンと持っとくよおにって。だけどアイ ツら聞きゃしなかった。あんなクソ坊主の札なんて……、あ、俺が言ってんじ ゃねぇ、アイツらが言ったんだ。だから、そのぉ、俺の目の前でお札を破きや がって……」夫婦を弔いに来た一人の男が老人に打ち明けた。一遍は読経しな がら深く沈んでいた。娘の遺髪と同じ場所に夫婦を埋めた。 護摩壇が出来た。普通の呪法に使う一間四方の物ではない。三十三間の巨大な 護摩壇だ。米、雑穀、芥子など多くの供物が捧げられ壇上で炎が猛り狂っていた。 一遍は海鳥山に向けた壇の前に座る。背後、左右に超一、超二が控える。作法通 りに儀式を進める。芥子がくべられる。白い煙が棚引き、目に見えて一遍が高揚 してくる。顳に血管が浮き上がり金剛力士の形相になる。グイと立ち上がり腰を 溜め腕を後ろに引く。 「ぐわぁぁああああ、うぅおおおおっっ」ズンと押し出した腕が真っ直ぐに海 鳥山に向けられる。青、黄、赤、黒、白。五色の眩い光線が一遍の掌から迸る。 山頂へと一直線に伸び山頂に衝突する。凄まじい地響きが起こる。皆は我が目を 疑った。山頂付近が山から分離され浮遊していたのだ。光線が太く広がっていく。 浮遊した山頂はズンズン遠ざかっていく。一遍は脂汗を流しながら身を打ち震わ せ真言を唱え続ける。山頂は虚空に押し出され飛び去り、視界から消えていく。 一遍は力尽きガックリと、その場に座り込む。 (つづく)
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