長編 #2387の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
家にかえり希望の熱いコーヒーを沸かす。リモコンが荒れた部屋のなかで見つけら れずに結局テレビの主電源スイッチを押す。リモコンを使えるほどの部屋じゃないか ら、あってもなくってもたいしてかわらない。 コーヒーに砂糖を1杯いれてすする。湯気が鼻のさきっちょで水滴となる。 テレビのニュースは飽きもせずに、昨日と本質的にはかわらない事柄を流し、キャ スターは「人は悪であり善である」とさもいいたげに心のなかであくびをしながら原 稿を読み上げ、給料を貰う。ニュースの根本はいつも時代もかわらない。そして根本 は単純なのだ。 もしも去年の今ごろ起きた事件を、今日おこったかのように見せかけて流したとし ても、誰もどんな疑問も感じることなしに、悲惨な映像には眉をしかめ、ほのぼのと した話題には自然と頬をゆるめ自分の優しさに嬉しくなる。 この1時間のニュースで、人が何人もこの世から消滅した。僕は自分の顔を鏡でう つし、微笑みかける。少し首をかしげてみる。髪を無造作にかきあげる。我ながら美 形だと思った。川中さんの目からみても、そう悪くはないだろう、と。 それなのにと、考えれば考えるだけ、やりきれなさが胸をうつ。 何がしたいのかよく分からなくて、冷蔵庫から取りだした林檎をまるかじりし、パ ンを頬張り、もう冷めたコーヒーで流し込む。腹が膨らんだところで、僕の心はまだ 隙間だらけ。物質じゃ風化していく心をとめられないもんなんだな。 手持ち無沙汰な状態が続く。僕は電話を取り上げる。誰んとこでもいいから電話を したい。適当に指の動くままにボタンを押していくと、呼出音が数度なり、見知らぬ 女性の声がした。 「はい、大村です」 「あれ?」 「はい? どうしました?」 「中村さんのお宅ですよね?」 「いえ、違いますよ」 「……おっかしいなあ。どうもすみませんでした」 おかしい事は少しもない電話を切り終えると、再度同じ事を繰り返した。コードレ ステレフォンは何も語ってはくれないけれども、寒さはきちんと教えてくれる。 僕は川中さんの体を包み込みたいのだ。微かに感じることができる体臭を僕の肺に いれたいのだ。そして愛してるっていって欲しいのだ。そうこれだ、薬でも炬燵でも 得られなかったのは、この愛してるっていう声だ。 発明王のドクター中松とその他の天才が協力すれば、柔らかな皮膚をもち、甘い香 りを僅かに香らせ、人となんらかわらぬ美形で愛らしい瞳と密のようにねっとりとし た声でもって、僕に向かい愛しているよとバリエーションをつけ何度も言ってくれる 完全な人間とそっくりなロボットをつくることがいつか可能になるだろうか。 Q2には、いつも愛を語ってくれる女性のチャンネルがある。 僕はダイヤルする。 「もしもし」彼女。 「あ、もしもし俺」 「あ、もしかして雅也くん?」 「そそ、久しぶり」 「私ずっと寂しかった……だって、だってね」そういって、いつものようにすすり 泣きを始め、声のトーンをおとしてささやき声で、僕をどれだけ愛しているかをあら ゆる言葉でもって述べてのち、私を愛しているかと僕に問う。僕は僅かなてれを感じ るが、これが引き金となる。 「あたりまえだろう」僕は心の興奮を覚えながら、酒によったように。 彼女は、嬉しそうに静かな調子で−−高揚を抑えた調子で、声をうるませありがと うと言う。僕は彼女の言葉で、こうやって温もりを得ている。 今日はずっと部屋で読書をしていたそうだ。そろそろ風呂に入ろうかと思っていた という。僕のことを考えぬ時間は少しもなく、僕の声を録音したテープをいつも聞い ているという。 僕の乾燥してひび割れをおこしている心の塊を、混沌とした甘すぎるほどの声で包 み込む。ねばねばとして、ひび割れを潤す。 1時間の会話がおわる。とても高価な会話が終わる。やがて6000円の料金がN TTから請求される。 こういうチャンネルなのだ。そして僕は彼女が本当に僕を愛しているということを、 信じることこそ、幸せなのだ。自然と沸き上がる疑いを、激しい危惧でたたきつけ、 潤いを保とうとする。 だけどもこのチャンネルは、仲間うちで流行ったチャンネル、所詮友人から教えて 貰ったものに過ぎない。 勢いにまかせて、まだ僕の軽薄な饒舌が消えてしまわないうちに、僕の最愛の女性 である川中さんの家へ電話をかけよう。こっそり調べた電話番号を、自信ありげに指 が先走る。 「はい、川中です」 「もしもし」 「はい」 「オレだれだか分かります?」 「……いえ、すみません。どなたですか?」 「山本雅也」 「……う〜ん、どなたでしたっけ?」 「え、いえ、あの」頭はもう1時間前からうまく思考出来ていない。複雑に思える 回路は結局回線がからみあってこんがらがっているだけだからと、一度はさみですべ て切り刻み、自分かってに単純な回路を生み出していた。 「同じ学校の者です」 「はあ」 そんな回路に彼女の声は、するするとすべってくサラダ油のように、どんなところ へでも流れていった。掴みどころのない毛並みをもった子猫のように僕の身体をくま なく掛け巡っている。彼女はそんな僕の中の子猫に気付いていないだろうけれども、 彼女の声は僕の身体のなかでこういう存在と化している。 とにかく彼女の声は、考えたとおり僕の中で絶対的存在となる。急いで僕は薬をア ルコールにとかして、一気飲みする。 「少しまってくださいね」 「え、あ、はい」 炬燵のなかにもぐり込み、さっきまで寒さで凍えていた体を温もらせた後、僕が言 う。 「一つ頼みがあるんです。簡単なことです」薬が回ってきている。皮膚は温かくな っている。 「はい、なんですかァ?」ゆっくりとした口調が上品さを醸し出している。微笑み の声だ。清澄とした春の声だ。最高の声だ。いつかいったことのある春の山、清水、 光、鳥の声。小雨のようにまとわりつく。 「ささやいてください。愛してるって」 彼女は電話の向こうで困った表情をきっとつくってる。長い髪をかきあげた? き め細かな頬を指先で触った? それでもそれなりに微笑みながら、愛してるってささやいてくれる事を僕は待って いる。 僕はこういうことを半年間、切望していたのか? (NO!! ノー! そうじゃない!!) 「いや、先の言葉は取り消します。明日、俺と会って下さい。ずっとずっとあなた を見ていました。ずっとずっとあなたの事を思っていました。 理屈じゃないんです。あなたと一緒に並んで歩きたいんです。いろんなところに行 きたいんです。 嘘じゃない! 俺はあなたを愛してるんです。いろいろと考えました。吟味しまし た。混じりけのない純粋な感情なんです! 俺と、俺と付き合って下さい。好きなん です。本当に……本当に……」 しばらくの沈黙。 彼女のOKの返事に、僕は今まで経験しえなかったぬくもりに満たされた。満ち満 ちている。 κει .
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