長編 #2354の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
それは朝礼の間に起こったことだった。 僕達の学校では朝礼はいつも体育館で行なわれる。 もちろん変わったことを言うわけではない、その日も校長が誰も聞いていな い話を七、八分ほどしたあと、生活指導の井崎がまたあのバイクでの死亡事故 のことについてぐだぐだと話した。 朝礼が終わり、僕が体育館から出ようとしたときだ、先に校舎に戻りかけた 生徒が一号棟の入り口辺りで騒ぎ始めた。 女子の悲鳴がいくつか聞こえた。 武藤だ、と叫ぶ声がした。 僕は人だかりのしているところにかけつけ、半円状の人垣を押し分けた。 そこには武藤秀雄がコンクリートの上にうつぶせになって倒れていて、彼の 頭のあたりからはおびただしい量の血が流れていた。 手足は不自然な形で無理矢理曲げられたようになっており、体はぴくりとも 動いていない。 うすくあけた目はどんよりとしていて、焦点があっていず、自分が流し続け ている血も見えていないようだった。 屋上から落ちたんだ、と誰かが言った。 僕は何人かの生徒につられて、四階建ての二号棟を見上げた。 五月の空にはうっすらと霞のような雲がかかり、ゆるやかな風が教室の日焼 けしたカーテンを揺らしながら吹き抜けていた。 教師たちがかけつけ、武藤はそこでやっと人に手を触れられて死んでいるの を確認された。 不思議なことに何十人という人間がそこにいながら、それまで誰一人として 武藤の体に触ろうとしなかったのだ。 僕らはその場所から五、六メーターほど後にさがらされ、僕から武藤の姿は 見えなくなった。 いつのまにか僕の隣に進が立っていた。 進が押し殺した声で言った。 「落ちたところを見た人は誰もいない、どうやら朝礼の最中のことらしいな、 俺も、瀬島も体育館の中にいたときだ」 「自殺をするようなたまじゃないよ、変じゃないか」 僕はそう答えた。 「えっ、なんて言ったの」 江畑ゆりえが振り返り、僕に言った。 僕のすぐ前に江畑ゆりえがいたのだ。 「自殺するような奴じゃないって言ったんだ」 「瀬島君、彼の足見た、靴を履いてなかったのよ、近くにとんだんじゃないか と思って周りも見たんだけどやっぱり無かったわ、もし屋上に彼の靴があって 、それがそろえてあったとしたらどういうことだと思う」 「自殺?」 「当たり」 僕は改めて江畑ゆりえの頭の回転の速さに呆れ、まじまじと彼女の顔を見た 。 彼女はいたずらっ子のように少し笑うと、周りに勘付かれないように小さ な声で屋上にいってみようと言った。 僕らは教師が教室に戻れとがなりたてるのを聞きながら、こっそりと屋上に 向かった。 焦る気持ちを押さえて、三階までは目立たないようにゆっくり階段を上がり 、誰もいなくなった最後の屋上に通じる階段は全力で駆け上がった。 鉄の重いドアを開け、屋上に出た。 武藤が死んでいた場所のほぼ真上にあたるところを目で追った。 薄汚れてかかとのつぶれた上履きがきちんとそろえてそこにあった。 「自殺ってことか」 進が言った。 「まずはその可能性が高いってことかしら」 僕らはまるでそれが武藤の体そのものでもあるかのように、注意深くすりき れた上履きを見つめた。 その時、後で突然声がした。 「おまえたちそこで何をしてるんだ」 振り向くと、生活指導の井崎だった。 井崎は地学の教師で、歳は五十二、三、いつもいらついたようにしゃべる男 で、カレントにヤニ取りパイプを付けて吸っている。 金を出してわざわざそんなきれいな空気を吸うなよ。 リョウはいつも陰でそう言っていたものだ。 「いつ上がったんだ、三年D組の瀬島省一と、森川進、江畑ゆりえだな」 「うえから落ちてきた人間がいれば、まずそこにいってみようと思うのは当然 じゃないかしら」 ゆりえはにっこり笑いながら答えた。 彼女のジャブは井崎には当たらず、結局僕らはそこを追い払われ、教室に渋 々戻った。 授業開始の時間になっても一限目の古典の教師も担任の山崎静江も来なかっ た。 クラス中はちょっとした興奮状態にあった。 僕らは窓から体を乗り出して下の現場を覗いた。 周りを見るとどの教室の窓も生徒が鈴なりになって下を覗いている。 忘れた頃になって救急車が来たが、武藤の死体がそれに乗せられることはな かった。 そんなことは救急車を呼んだ教師たちもわかっていたのに違いない、ただ彼 らは武藤の親なり、教育委員会なりに「救急車を呼んだんですが」ということ を言いたかっただけなのだ。 救急車が帰るとその後は警察の出番だった。 最初四、五人だった警察官は、あっという間に二十人ほどになっていた。 何枚もの写真が撮られ、渡り廊下の下から、校舎添いの植込の中まで、徹底 的に調べられた。 なんらかの採集物がビニールの袋に入れられ、ジュラルミンのケースに収め られた。 刑事らしき男が手帳にメモを取りながら校長に何かを聞き、校長はときたま 大げさな手振りを加えて説明をしていた。 たかが高校生の自殺ぐらいでこれほどの警察官が来たことは驚きだった。 「自殺じゃあないのかもね」 ゆりえがぽつりと言った。 「おい、さっき言ったことと違うじゃないか」 「だって、何だか自殺にしちゃあ大騒ぎになってるような気がしない、誰かが 屋上から突き落としたとすれば、やっぱり犯人は瀬島君、あなたってとこかし ら」 飛び上がった。 「冗談よ、でも武藤の奴、あなたと森川くんにいったい何の用があったのかし ら」 「見当も付かない」 僕はやっと運び出される武藤の死体を見ながら一年前の君島美子の自殺のこ とを思い出していた。 本物の刑事を初めて目の前で見た。 夕方、自宅の前にマッハを停め、ヘルメットを脱いだときに声をかけられた のだ。 テレビドラマに出てくる刑事のようによれよれのコートも、時代遅れの安物 の背広も着ていなかった。 塩川と名乗ったその刑事は二十代後半に見えた、すらりと背が高く、ブラン ド物の紺色のジャケットをうまく着こなしていて、履いている靴も舐められる ぐらいに光っていた。 「バイクで通ってるの」 「校則では禁止されてます」 僕は無愛想に答えた。 「マッハ3か、いいのに乗ってるね」 そう言うと塩川刑事はマッハのオレンジ色のガソリンタンクを人差し指で撫 でた。 何度生き返ったとしても、僕はこのタイプの人間を好きになることはないと 思った。 「聞きたいことがあるなら、はっきり言ってほしいんですが」 「瀬島君、君は武藤君に屋上に呼びだされてたんだって、いったい武藤君は何 の用があって君を呼びだしたんだい」 「知りません、武藤と僕は付き合いはまったくといっていいぐらい無かったし 、やつの彼女を横取りしたおぼえもない」 塩川刑事はにやりと笑い、話を続けた。 「なにもないのに屋上に呼び出したりするかなあ、武藤君てのはどうもあまり 評判のいい子じゃなかったようだ、あちこちで小さな事件も起こしている、実 は補導歴もある、ちょっとしたやくざの使い走りなんかもしていた、ねえ瀬島 君、私達は教師じゃない、学校に内緒にしてくれと君が言うならそれもかまわ ないよ、本当の所を教えてくれないか」 「何も無いものは何も無いとしか答えようがない」 「わかった、それじゃあこれはそういうことにしておこう、実はもう一つ聞き たいことがあるんだ」 塩川刑事はそう言うと手にもっていた手帳をぱたんと閉じ、鋭い目で僕を数 秒の間見つめ、話を続けた。 「君たちはあの事件の後、屋上で何をしていたんだ」 「事件? どういうことです」 「君の質問の前に私の質問に答えてほしい」 「何もしていません、ただ武藤のうわばきを見ていただけです」 僕はあの時の経緯を順を追って話した。 塩川はそれについて何度も同じ事を質問し、どこを触ってどこをどう歩いた のかといった細かな所までしつこく聞いた。 何かがあったのだ、武藤の死は自殺ではない、僕は塩川刑事のときたま引き つったように動く眉を見ながらそう思った。 「もう一度聞くけど、あのうわばき、触ってないよね」 「あと三十秒遅く井崎が来たら触ってたかも知れません」 「偶然だろうか」 「何のことです」 「君と、森川君は武藤君に屋上に呼び出されていた、その二人がいちばん最初 に彼のうわばきを見付けたって事がさ」 塩川刑事はそう言うと、僕から目をそらし、今にも降りだしそうな空を眺め たふりをした。 僕の表情に神経を集中させていることぐらいわかるさ、そう言ってやろうか と思った。 何が問題になっているんだ、武藤の死のどこに疑わしいところがあるのだ、 もし僕がそう単刀直入に聞いたとしたら、この塩川という男は何か教えてくれ るのだろうか。 「塩川さん、自殺じゃないんですね、武藤の奴」 「何でそう思うの」 「ただの自殺にしてはおおごとになってるように見えます」 「そういうことは言わないんだ、はっきりするまではね」 塩川刑事はにこりと笑った。 ル[D..
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