長編 #2344の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
「ハウデリス!」 叫ぶクアドに、臣下は口の端から血をしたたらせつつ壮烈な鬼気をこめてその双 眸をあげ、 「クアドさま……よかれと思い、しでかしたこと……許せ、とは申しませぬ」 がくりと膝をつき、苦痛に顔を歪ませながら血まじりのよだれを砂地の上にした たらせた。 名を呼びながらクアドが、抱えこむようにして背に手をまわす。 「介錯を……」 苦しげにそうあえぐのには耳をかさず、クアドは護衛兵たちに向けて叫んだ。 「なにをしている! 手当てを! はやく!」 呆然としていた一同に、痴呆のごときとまどいが流れる中で――閃くように、小 柄な影かすべり出た。 銀光が鞘走るのをクアドは呆然と見つめる。 滝のようにしぶく血が、クアドの胸もとを重く染めた。とん、と軽い音を立てて ハウデリスの首は砂上に落ち、寸時の間をおいて、残された胴の重みがクアドの両 手によりかかった。 「セアル……!」 呆然と、弟の名をつぶやくクアドに、血刀を鞘におさめながらセアルはかすかに 首を左右にふってみせた。 「兄上は、甘い」 その面貌に復讐者の快哉や嘲りを見出していたとしたら、クアドは怒りのあまり 弟に刃を向けていたかもしれない。 悲哀と諦念が相手では、如何ともしがたかった。なにより、セアルの下した判断 がこの場ではもっとも的確でもあった。いずれ死ぬものをいたずらに苦しませるま でもなかったのだ。 クアドは、そっと遺体を降ろすと静かに立ちあがり、胸もとをどす黒く染めた血 を拭うでもなく口を開く。 「遺体は丁重に扱え。私に供はいらぬ。セアル、大占師、将軍、ではこちらへ」 だれとも目をあわさぬようくるりと踵を返し、天幕の入口をくぐった。 銀杯に水をみたして三人に手わたし、自分も喉をうるおしながら簡素な椅子に腰 を降ろす。正面にセアルがすわった。大占師も、サイドラ・ルオンも腰をおろそう とはせず、天幕のなかに突っ立ったままだ。 「セアル、この戦、どう思う?」 開口一番、問うクアドに、弟は静かに微笑してみせた。 「争いごとの嫌いなのは美徳だが……兄上、そんなことでは、皇帝としてはふさ わしくはありません」 「わかっている」クアドは静かに、うなずいてみせる。「だが私は、皇帝になど なりたくない。まして、血をわけた兄弟どうしで争うなどまっぴらだ。おまえが生 きていたからには、そして暗殺者をおまえに差し向けたのが兄上でないとわかった この上は、私にはもう争う意味が見出せない。セアル、おまえでも、兄上でも、早 々に帝国を継ぎ、この馬鹿げた戦を終わらせたい。そのために、いい案はあるか?」 口にして、三人をゆっくりと眺めまわす。 ラドル=ディアドルもサイドラ・ルオンも、何も言わずつい、とクアドの問いか けから視線をそらした。 そしてセアルの顔からは微笑が消え、かわって哀しみがあふれていた。 なぜ、そんな顔をする? クアドの胸に疑問がきざしたが、あえて口にはしなか った。 そんなクアドの心中には気づかぬげに、セアルは静かに、首を左右にふってみせ た。 「兄上は、甘い」 ため息のように言葉を押し出す。 その意味を問いただそうとクアドが口を開きかけたとき―― たん、と地をならしてセアルが一歩を踏みだし、避ける間もあらばこそ、兄の眼 前に未成熟な美貌をよせた。 「セアル……なにを……」 とまどい、目をしばたたかせながら視線をそらすクアドに、澄んだ声音がことさ ら抑揚を欠いて、宣言した。 「兄上、お許しを」 意味を問い正そうと思考が思いつくより速く、腰にした継承者の剣がシャウ、と 引き抜かれるのに気づく。 同時に銀の軌跡が兄皇子の首を薙いだ。 セアル、と口にしようとしたが、あふれ出たのは血ばかりだった。 弟は無表情に、兄の口もとから血がしたたるのを見つめる。その黒い双瞳に、遮 幕のようにかすれ、震えるものをクアドは、薄れゆく意識の底でかすかに見出した ような気がした。 「兄上がどれだけ尻ごもうと、いずれハウデリスのような者は絶えることはあり ますまい。そしてくりかえされるのは、一のイアド兄君の時のような暗闘か、ある いはまた、このたびのごとき内乱か。いずれにせよ、国の力は衰えるばかりです」 がくり、と膝をおるクアドに、セアルは感情をおしころすかのごとく、つとめて 冷たい口調でそう言った。 「トアデル兄上はたしかに愚昧。だからこそ、私には扱いやすい。兄上、あなた が相手ではそうはいきません。あなたの正義感や、実直な頑固さでは、帝国を維持 していくことは到底、できないのです」 みなまで聞かず、クアドは血をまき散らしながらどさりと、地に伏した。 セアルは唇をかみしめ、ぎゅっと瞳を閉じて首を左右にふり――断ち切るように 勢いよく、背後の二人をふり向いた。 「サイドラ、すまん。頼むぞ」 言いつつ、将軍に向けて血まみれの、王家の象徴をさしだす。 「わかっておりまする」老将は、一族の守護神を刻んだ剣を受けとりながらかす かに、消え入るような微笑を浮かべた。「いつ死ぬるともしれぬ老いぼれ。帝国の 礎のために、よろこんで」 そして老将は最後に無言で、うなずいてみせた。 セアルもまたうなずきながらサイドラ・ルオンの手をとり、しばし無言のまま目 を見かわしていたが、やがて大占師に向き直る。 「あなたにも、茶番につきあわせた」 セアルがそういうのへ、ラドル=ディアドルは自嘲的に笑ってみせた。 「皇帝陛下の死を予見できなかったときから、このわしからは占師たる異能が枯 れ失せてしまったのかもしれませぬ。かくなる上は――智者に従うに、やぶさかで はございませぬ。今までも。そしてこれからも」 「では殿下、おはやく。この惨状をだれかに見られでもしてからでは、すべては 終わりですぞ」 いさめるように老将が告げるのへ、セアルは人形のような美貌をうなずかせる。 最後に将軍は、宝玉を手近の卓上にことりと落とし、ラドル=ディアドルに目だ けでうなずいてみせた。 そしてやにわに雄叫びをあげつつ、宝剣をふりまわしながら天幕から走り出た。 瞬時の空白を置いて、 「狼藉だ! 出あえ!」 叫びつつセアルも後を追い、遮幕をはね飛ばして疾り 出る。「兄上が裏切り者に殺されたっ! とらえろ! サイドラ・ルオンをとらえ ろ! 逃がすな者ども!」 遠ざかる怒号。遮幕をめくって数人の兵がのぞき、クアドの屍体を見るや驚きの 声をあげ、セアルを追って暗殺者の討伐へと向かう。 みごと仇を討ちはたした帰りの道中、彼らは斥候から大事を告げられるだろう。 トアデルの軍が進攻を開始した、と。セアルに皇位をねらう意志がないと知れば、 旗頭であるクアド、そして煽動者であるハウデリス亡きあと、あえて不利な戦にの ぞもうとする者も、もはやあるまい。 かくて帝国は新生する。ラドル=ディアドルの占術が効を発揮せぬ以上、これか らさき国を、そして民を導くのはセアルの智謀だけしかない。 そしてそのために、哀しみに充ちた決意を、若き皇子が下したのを知るのももは や、占師だけ。 年老いた大占師はしずかに嘆息をもらすと、足もとに横たわるクアドの亡骸にそ っと、懐からとりだした白布をかぶせた。 そして卓上に無造作に放りだされた宝玉に目をやる。 刻みこまれた祖先神ラジャドは無言のまま、ただ天幕の奥の闇を見つめていた。 「いずれ滅びは避けられまいが……」 つぶやきは力なくかすれ、そして彼もまた天幕を後にした。 (了)
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