長編 #2318の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
12 喫茶店の前で遊代と別れた紀美子は、駅の建物の中を通りがかったところで、 見たような顔をみつけ、駆け出した。 旧友の玉城悦子の姿であった。 近寄る紀美子に気づいた悦子は、目を細めたり、丸くしたりした。彼女の、昔 からの癖である。 「実家戻っててん。うん。違う、違う。母親がね。骨折してん。足。うん。あ あ、子供は向こうの実家に預けてあんねん。うん。わはは。わはははは」 悦子は意味なく、笑い続けた。 紀美子もそれに合わせて、一秒ほど笑い声を出したが、すぐに表情を元に戻し、 黙って悦子の顔を見つめていた。 「紀美子、やつれたんちゃう?」 「せめて、痩せたと言うて欲しい」 立ち話もなんだからと、目の前の喫茶店に入った二人は、昔のこと、少し前の こと、今のこと、今日のこと、先のことなどを話した。 「「姑さん? まあ、物静かな人だから。 「「上の子が体弱くてね。うん、そう、三歳になったとこ。 「「クリスマス。ほら、七年前のライブ。クリスマスイブの夜空はきれいだっ て叫んでたアンちゃんが、今では二児の父親、おデブちゃんだもの。 「「もっちゃん? 福岡にいるんだって。忘れた頃に、現れるのよ。 「「そうそう。この前、石和君に会ったわ。 「どこで?」 石和という固有名詞に、あまりにも早く紀美子が反応したことに、悦子は驚い た。 「梅田で」 「そう……。なんか言ってた?」 紀美子と石和明義は、三年ほど前まで付き合っていた関係だ。紀美子は、その 後、別れてから東京へ行ったということを耳にしていた。 大学時代からの関係で、紀美子がただ一人、結婚を考えた男性だというのも事 実だった。だが、結局は綿飴の如くしぼみ、彼女にとっては最悪の結果で終わっ た。 「結婚したんやって」 「……そう」 「今は大阪にいるらしいよ。奥さんと一緒に、歩いてたわ」 「どんな人?」 「まあ、きれいな人だったけどね」 悦子はしばらく口を閉ざし、そして思い切りがついたように、 「なあ紀美子、多少は心、残ってたんとちゃう?」 と、身を乗り出して紀美子に言った。 「まさか。冗談吉田栄作。あいつは、私をさんざん振り回した挙げ句、捨てて んで。顔も見とうないわ」 それから、紀美子はコーヒーカップを持ったまま、ぼんやりと窓の風景を追っ た。駅前再開発で、大きなクレーンの先が、二つ動いているのが見えた。 悦子も、同じように窓の外を眺めていた。 「でも……、変にスッキリしたわ」 「そっかぁ?」 なんとなく紀美子は、三宮に出て、それから一人で映画を観ることになった。 繁華街の裏通りにある、五十席程度の小さな劇場で、オールナイトのクリスマ ス特別プログラムをやっていることを、紀美子は何かの雑誌で読んで覚えていた。 紀美子は、特別に映画が好きという訳ではないが、その一本目の映画が、どう しても見たかったのだ。 それは、十五年ほど前に作られた旧西ドイツの映画で、紀美子はその監督のこ とも、その作品がどれぐらい評価されていて、有名なのかどうかも、まったく知 らないが、去年テレビで放映されて以来、もう一度見たくて仕方がなかった作品 だ。 心理描写で、やたら画面が真っ白になり、大きなスクリーンで見ていたら、目 がチカチカしてくる。 ラストシーンでは、ヒロインの顔に、また強い光線があてられ、真っ白になっ た画面がいつの間にか部屋の壁に変わり、そこには小さな蜘蛛が二匹、這ってい る。 そして、キャストやスタッフのタイトルもないまま、プツリと映画は終わって しまうのだ。 難解な映画だ。 そして、紀美子は前にテレビで見た時と同じように、不快で、重苦しい気分に なっていた。 小さい頃、いとこのお兄さんから、ノストラダムスの大予言の話を聞かされて、 ああ、大人になった頃、みんな死んでしまうんだ、と、思った時と同じような、 自分のすべてが粉々にくだかれていくさまを想像した時と、まったく同じような 気分だ。 子供の頃に思った、恐怖心そのものの感覚だ。 そうだ。あの頃は、何かとてつもなく大きく、恐ろしいものが存在していた。 私のすべてを包み込み、まだ足りるような、夜空のような、大きな闇のような存 在。そのものに接した後、いつもこんな気持ちでいた。 そのものとは一体、何だったんだろう……。 (つづく)
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