長編 #2314の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
8 「待たせて、すんまへんな」 頭を下げながら、社長が応接室に入ってくる。 「いえいえ。ご商売ですから」 「それやねんけどね。“S”言う、痩身剤ご存知ですか?」 「いえ。私は聞いたことが、ありませんが」 「世界一強力な痩身剤ですわ。今、それが十年ぶりに売れましてな。これだけ ですわ」 社長が、三本指を男に見せる。 「三って……百ですか?」 「私もえらい興奮してしもて。普通の奥さんやねんけどね。お得意さんで」 「はあ。それは、すごい」 「やっぱり、おたくさんは、若返りの方面しか取り引きされとらんのですか?」 「ええ、まあ。だいたいは」 「あなたが、五十近いお歳やて最初聞いた時は、ホンマに驚きましたがな。今 日も、また強力なそっちの薬のお話で?」 ……中略……。 男は、机の上に広げられた、包みの上の黄色い粉を指さした。 「はあ。しかし、危ない薬でっしゃろ。幻覚剤のような」 「ご心配なく。麻薬の類ではありません」 「長年、この商売やっとるけど、そんなもん見せてもろたんは初めてですわ。 なんやて。なんて名前でしたかいな」 「アマナツエリの実です」 「……はあ。はあ」 「若返りというには、あまりにも甘酸っぱい。限りなく奇妙で、はかなく、痛 快な実です。物事を……懐かしむということ自体、歳を食ってきた証拠です。し かしですよ、追体験が、若さのパワーの源になるのも確かなことです。あくまで 精神的な面で、不安定な、無知な、絵本を初めてみた子供のような、こう、恥ず かしいような、ナイーブな気持ち。それを得るということは、大変なことです」 「……なんや、ようわからんのやけど」 「かいつまんでご説明いたしますと、アマナツエリの実は、意識の奥底に若さ を植えつけます。若者の強引さ。短絡さ。点在する夢の数々というものは、いか にして生まれ、育まれていくか。 これは、私の個人的な見解ですが、若さとは、幻覚状態の濃度なんです。純粋 であればあるほど、トリップ状態に近いと言えます。子供の頃に見た夢を覚えて いますか。夜、眠る時に見る、あの夢です。その印象深さは、まさに今となって は決して見ることの出来ないほどに支離滅裂であり、また論理的でもある。さえ た夢なんです。素晴らしくね。 そしてあの頃の我々は、そんな夢の世界と並行して生きていたんですよ。子供 だった私にとって、夕焼けは夕焼けそのものだったし、風のにおいも、それその ものにすぎなかったんです。現実のものに、幻想を描いたりはしませんでした。 それはなぜか。 我々は子供の頃、様々な美しい景色や、出来事を、夜の夢というフィルターを 通して見ていたからなんです。 大人になった私たちは、子供の頃に見た事実にしか幻想を求められないほど、 若さに飢えているんです。懐かしむとは、そういうことなんですよ。 ならばいっそ、あの頃のように、夜の闇を不思議な存在に戻してしまおう。そ うすれば、心の奥底から若返ることが出来る。 アマナツエリの実は、夢の食欲増進剤なんです」 「はあ。夢の、ね。で?」 「グラム、十万の価値はあると思います。この、サンプルは置いておきます。 なあに、ちょっとしたクリスマスプレゼントですよ」 ……ソファの裏で居眠りをしていた遊代が、クリスマスという言葉に、ぴくん と反応していた。 (つづく)
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