長編 #2313の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
7 ウガマ商店は、様々な欲望を売買する店である。 人々の、ごく個人的な欲望をかなえる、そんないかがわしい店である。 ある日、一人のやせ細った男が店に現れた。 彼は、ふらふらとひざまずき、何か食べ物をいただけないかと乞う。 哀れんだ社長は、一日の労働と引き換えに、彼に何かの薬草を煎じて飲ませた。 一年経ち、再び店を訪れた彼は、まるで別人のように立派な紳士になっていて、 今では実業家として成功しているという話。 フィクションとしては、実に陳腐なエピソードだ。 もちろん、フィクションである。 世の中、それほど甘くはない。 「タキモッサーン。イテヘンカ?」 「これはこれは、浅川の奥さん。今日は、なんぞご入り用で」 「ソヤナインヨ。コナイダモロタ、コノ、粉ヤケドナ」 「美櫻(びおう)ですか。どないしはりました」 「チイトモ、効カヘンガナ。ムシロ、肉ツイタ感ジヤナイノ」 浅川の奥さんは、四段近い膨れたお腹をさすった。 「奥さん、そらそうですがな。この美櫻というのは、効き目が現れるまで、一 ヶ月かかります。一度、体ん中の、な、奥さんの、このお腹の中の方にあるお肉 を、一度全部外に出して、ほいでそれがだんだんととれていくという、そういう 薬ですがな。せやから……」 ガラス戸を開けて、この前の黒服の男が入ってきた。社長は、目で軽く一礼し、 奥の応接室を指さし、そのまま話を続けた。 「その段階として、肥えるんですわ。その後やがな、奥さんがスラッと痩せは るんは」 「イヤ、ナア……オ正月モ近イヤロ……。ホンデナア、ソレマデニ恥カカンヨ ウニ、痩セタインヨ。トニカク。去年ヨリ、十きろモ肥エタ」 「……奥さん、そら無茶ですわ」 紀美子が机に向かっている気をそらすように、男が事務室のドアを開けた。 一瞬、驚いたような顔を見せた紀美子だったが、すぐに軽く頭を下げる。男は、 帽子を手にのせ、その胡散臭そうな格好からは似つかわしくないような微笑みを 見せて、 「奥で待たせてもらいますよ」 と、言い、一人で応接室へ入って行った。 この時、紀美子は初めて、この男が自分より若いぐらいの、物腰柔らかな青年 だということに気づいた。 遊代を呼ぼうとしたら、さっきまで向かいの机に座っていたはずの姿が消えて いて、机の上に乱雑に散らばった、折り紙の銀色だけが残されていた。 「……言うときますが、その薬は高いし、また、えらい危険です。そのかわり、 使い方さえ守ったら、五日経てば、二十キロ痩せられます」 「ソレデ、イクラヤノン」 「まあ、待ってください。そう、あせらんと。よう検討してもらわな」 社長は店の一番奥の棚の、一番下の戸棚の鍵を開け、中から頑丈そうな、小さ な金庫を取りだした。 ものものしく、ダイヤルを合わせ、さらに鍵を差し込んでまわす。 「なんせ、危険な薬だ。うかつに人手に渡ったら、えらいことになるんで、金 庫に入れてまんねけどね」 金庫を開け、社長が中から茶色い、小さな瓶を取りだすと、つーんと苦く、強 烈な臭いが店に広がる。浅川の奥さんは、思わず鼻を押さえ、三度、咳をした。 ドリンク剤の空き瓶に入れられたその薬は、ラベルも、メモ用紙のような白い 紙に、手書きで書かれてある。社長はそれを顔の高さに上げ、ニヤリと笑った。 「コップに半分だけ、水を用意して下さい。一日一回、劇薬やから、それ以上 飲んだらあきまへん。絶対に。この、瓶の蓋の量だけ飲みます。ものすごいきつ い薬で、喉が焼けたみたいになる。その、コップの分だけ水を飲んで、喉をやわ らげて下さい。ただし、それ以上水を飲んだら、絶対あきまへん。取り返しのつ かんことになる」 「イクラスンノン?」 「……服用後、一時間は水も、なんも取らんこと。守れたら、信じられんスピー ドで痩せますが、守れなんだら……」 「イクラ?」 「一瓶で……、また太ったとしても三年は持ちます。値段は、目玉飛び出るほ ど高いでっせ」 「払ウ。払ウカラ」 「ほな、三百万円です」 蛇足。 彼が、そのやせ細った貧乏な男が、一年後、再び店に現れた時、丸々と太った、 恰幅のいい浮浪者になっていたという。 (つづく)
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