長編 #2310の修正
★タイトルと名前
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4 残りの仕事を片づけて、今日は八時には帰れるな、紀美子はそう計算していた。 帰宅が、予想外に遅くなったのは、八時の閉店前、社長に声をかけられたから である。 「まったく、すまんねんけどな。今日、店閉めた後、大事なお客さんが来るん でな。その間、残ってて欲しいんやが。いや。居ってくれるだけでええねんけど な」 「はあ」 その大事なお客というのは、黒のスーツに、黒い帽子、黒いサングラスという、 いかにも危険そうな人物で、事務室の奥の、一応ソファの置かれてある、小さな 応接室へ、社長と入っていった。 仕方がないと、紀美子は、明日へまわすつもりだった仕事を引っ張り出したが、 しばらく経つと社長が顔を出し、 「きみちゃん。仕事はええから。ただな。そこに居って、表に誰か来たら早め に、わしに教えてくれたらええねん。表へ不審な人物がうろついとるとか、なん かな、気づいたことがあったら、知らせてんか。そうや。テレビでも見とき。な」 いえと断る紀美子を制し、社長は、冷蔵庫の上に置かれてある、テレビのスイッ チを入れた。ブラウン管には、人気のバラエティー番組が映し出された。 「とにかく、外だけ注意しといてな。あ、それとお茶入れて。あと、寿司頼ん であるさかいに、来たら出してな。三つ言うといたから、きみちゃん、悪いけど 腹の足しにな」 ほとんど早口で告げると、社長はバタバタと応接室の方へ消えて行った。 しばらくの間、紀美子は、ボーッとテレビを見ていた。ひじをついているうち に、自分の体が疲れきっていて、どんどん重くなっていくことに気づいた。 これは、精神的なものだろうか。 元の紀美子の性格から言えば、このような状況、「怪しい奴を近づかせるな」 などというテレビドラマのようなシチュエーションに遭遇し、その渦中に自分が いるとなれば、何かワクワクする筈だ。 ところが、今の紀美子にはただ、鬱陶しさしかない。何もかも、他人事のよう な気がしてならない。 もちろん、この状況は、紀美子に直接関係することではないにせよ、紀美子自 身の現在の行動が、実体験として伝わってこないというか……。 どうして、ここにいるのだろう。 本当に、ここにいるんだろうか。 なぜ、こんなにもしんどいんだろう。 店のガラス戸が、いきなりガタンと音をたて、紀美子は、心臓の鼓動を倍ほど 敏感に感じた。 事務室から、店の方へ出て、その人影が寿司屋の店員のものであるとわかって、 胸をなで下ろした。 「毎度。寿司久です」 「どうも」 紀美子は、ガラス戸の鍵を開けた。 (つづく)
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