長編 #2284の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
「まったく、こんな所で君と再会することが出来るとは、思いもしなかったよ」 「パパは……パパは生きているんですか」 ティナにはボイヤー博士との再開を喜ぶ余裕はなかった。ティナの父が最後に訪れ た研究所、それは他でもないいま目の前にいるボイヤー博士の研究所だったのだ。 ボイヤー博士がこうして無事、生きているのなら父もまた。ティナの心はこれまで になく、期待に膨らんだ。 しかし重々しく口を開いたボイヤー博士の言葉は、その期待を打ち消すものだった。 「……君には本当に申し訳ないと思っている」 「えっ?」 「遅かった……。あと一年早く、君がここに来ていれば」 ボイヤー博士の語ろうとすることの意味を察知して、ティナは軽い目眩を感じた。 「それじゃあ……パパは…」 震える唇で、それだけのことをやっと言葉にする。 「亡くなられた、もう八ヶ月前になるか……」 ティナはその言葉を、どこか遠くから響いてくるように思った。 「私とランディスは高校時代からの親友だった。大学に入って二人は違った専攻に進 んだが、その友情は全く変わることはなかった。 ランディスは自分の研究に使うための装置を、私に依頼してきた。私は快く引き受 けたよ。彼の注文は、難しいものではあったが、またその研究内容は専門外の私にも 興味深い物だった。 あの日は、私の作った装置の試作品を見るためにランディスはこの研究所に来てい た。そこで、あの核戦争だ」 「………」 父の死を知らされたティナは、話すべき言葉を失っていた。しかし、遠くへ行って しまいそうな意識をなんとかこの場にとどめ、ボイヤー博士の語ろうとする父の最期 を聞き届けようとしていた。 「ティナ、君が目覚めたのはいつだったのかな」 「……たぶん……一週間前……」 ふいに掛けられた問いに、なんとか答えるティナ。 「ふむ。私とランディスが目覚めたのは、もう十年以上も昔だったのだよ。 なんと皮肉なことだ! ランディスが死んだのは、たったの八ヶ月前なのだ。私や 君が眠っていた時間に比べれば、八ヶ月など、取るに足らない時間だ。そんな僅かな 時間のずれのために、あの戦争を生き残った父娘が再び会うことが叶わなかった。 しかし、君がこうして私のもとに現れたのもランディスの導きかもしれんな」 「パパの……パパの最期を……聞かせて下さい」 「うむ……、そうだな」 ランディス・ウォーレン博士がロバート・ボイヤー博士のもとに訪れたのは以前か ら計画していた自分の作品の最終的な打合せのためだった。 ランディスは、自分の研究の成果を“作品”と呼ぶ。ロバートに対して常々「私は 科学者になるよりも、芸術家になるべき人間だったと思うよ。事実、君の快い協力の おかげで“作品”を完成させるめどがついたが、今までこれ程“研究”が楽しいと思っ たことはない」と話していた。 「どうだい? ランディス」 自分の身長より一回り小さな機械をいじっていたランディスに、コーヒーのカップ を手にしたロバートが声を掛けた。 「ああ、最高だよ」 差し出されたコーヒーを受け取り、ランディスは満足そうに微笑んだ。 「これだけの物が作れるなら、君は科学者を失業してもスイスに渡って、からくり時 計の職人として充分やっていけるよ」 「なんだいそれは、褒められているのかな」 「もちろんさ。私は君のような友人を持ったことを誇りに思うよ」 「フフッ、お世辞を言ったところでこの貸しはまからないぜ」 「分かってるよ。個人的な事にこれだけの時間と費用を使わしてしまったんだ。この 借りは一生を掛けても返さないと……な」 「大袈裟だな、ランディス。僕だって科学者の端くれだからね、これは個人的にも大 いに興味のある研究だったんだ。 こんなチャンスをくれた君に感謝しているくらいなんだぜ」 「それとこれとは別さ。まあ、そのうち君に可愛い娘を紹介してやるさ」 和やかな旧友同志の会話。しかしその和やかな空気を引き裂くようにしてけたたま しいサイレンの音が鳴り響いた。 「何事だ」 ロボート・ボイヤーはすぐさまデスクの上のインターホンを取り上げ、憩いの一時 に水を指した物の正体を確認しようとした。 『あっ、ボイヤー博士!』 しばらく待って出てきたインターホンの向こう側の相手はひどく慌てた様子であっ た。 「いったい、何が起きたんだ。このサイレンは?」 『そ、それが……。核戦争が起きました!』 「なんだって!!」 「ランディス、おい、ランディス」 「ん……、ああ……。おはよう、ロバート。もう朝かい?」 ロバートに揺り起こされ、のろのろとした動作でカプセルからランディスは体を起 こす。 「今、何時だい。夕食までには家に帰らないと……。ティナが待っているんだ」 「何を言ってるんだ、ランディス」 ロバート・ボイヤーは心配気に親友の顔を見つめる。そしてしばらく躊躇して考え ながらも意を決して口を開いた。 「ティナちゃんと会うことはもうないよ、ランディス……」 「なに?」 ランディスは軽く頭を降った。あやふやだった記憶をはっきりとさせるために。 「……そうか!! 核戦争……」 勢いよく立ち上がったランディスは、傍らに立っていたロバートに掴みかかった。 「外は? 外はどうなった? ティナ……ティナは無事なのか?」 「落ち着け!! ランディス」 「あ…… す、すまん」 ロバートの声にはっとなり、ランディスは掴んでいた友人の襟元から手を放した。 「いいか、ランディス……。落ち着いて聴いてくれ」 ロバートはランディスの肩にそっと手を置き、なだめるような口調で言った。 「我々はカプセルのなかで数千年の時を眠っていた様なんだ。あの核戦争で世界がど うなったのかは、まだ分からない。しかし……ティナちゃんが今この時を生きている 可能性はほとんどない」 「神よ……」 ランディスは一言、唸るように呟いた。 「状況は?」 ロバートは部屋の入口に待機していた若い研究員に声をかけた。 「はい。研究所のシステムの約30パーセント程が使用可能です」 「30……それだけか。随分と酷いものだな」 「ですが、使えるだけでも幸運と言うべきでしょう。研究員は我々を含めて22名が 生存、外のものは残念ですがコールドカプセルの機能停止により死亡。食料はほとん どがやられています。しかし外に残存放射能は無く、食料の調達は可能かと思われま す」 「放射能が無い?」 ロバートはやや怪訝に聞き返した。 「はい、核兵器の影響と思われる放射能は検出されませんでした」 「ばかな!! それでは我々は何十年ではなく、数万年を眠っていたと言うのか」 「分かりませんが、その可能性が高いかと……」 「……ティナ……」 俯いたまま両手で頭を抱えていたランディスが唸るように、娘の名前を呟いた。次 第に自分の置かれている状況が明らかになるにつれて、僅かに抱いていた娘が生存す る可能性が消えて行く。 「ランディス……」 ロバートは俯く親友に声を掛けようとして止めた。掛けてやる言葉が見つからなかっ たのだ。 ロバートは黙ってランディスを見つめるばかりであった。 「大丈夫だ……私は。心配ないよ、ロバート」 しばらくしてランディスは力無く、首を横に降りながら口を開いた。 「私は信じるよ……。あの子の生きていることを。可能性が万分の一、億分の一だっ ていい、ゼロでは無いはずだ。きっとあの子は何処かで私と同じように生きている。 そうに違いない。そうだ、まだ何処かで眠っているのかも知れない。 だから……私も生きなければ」 ランディスの希望は、余りにも儚いものだったが、ロバートは何も言わなかった。 その儚い希望が今のランディスを支える唯一のものであり、それを失った時、ラン ディスの生命もまた失われてしまう様に思えたのだ。 研究所内の廊下を慌ただしく人々が行きかう。 叱咤する様な声が響き渡る。 「どうした? 表が騒々しいようだが……」 「様子を見てきます」 若い研究員は部屋を出て、外の騒ぎの原因を確認しに行った。 ロバートは無言で、ランディスは膝の上で腕を組み、何やらぶつぶつと呟きながら 研究員の帰りを待った。 「大変です!!」 それ程待つことも無く、血相を変えた研究員が戻ってきた。 「外を調査に出た六名の内、三名が怪我をして戻って来ました」 研究所をゆっくりと夜の帳が包み始める。 何処からか物悲しい鳥のほろほろと言う声が聞こえてくる。 その鳥の声にひかれてか、ウォーンと狼の様な獣の声が後を追って行く。 防音設備の整ったはずの研究所も、推測しがたい歳月による風化のためだうろか、 ミーティング・ルームに集まった人々の耳にも、その寂しげなコーラスが聞こえてい た。 「野犬か?」 「いや、違う……。狼のようだ」 「馬鹿な、この辺りにそんなものが!」 「さっきの事を忘れたか。私たちは何万年も未来に来てしまったんだぞ」 集まった人々のざわめき。 その騒ぎも、人々の前に立ったロバートがすーっと手を上げると潮が引くように静 まった。 「もうみんな、あらかたの事情は知っていると思う。 我々がカプセルの中で眠っていた時間は、およそ一万年を越えるものと推測される。 それは研究所の周囲の大気からは、核の影響と見られる放射能が検出されなかった事 でも明らかだろう。 外の変化は著しく、熱帯樹林によって四方を覆われており、そのジャングルには我 々 が眠っていた間に進化したと思われる野獣が生息。先程研究所の周囲を調査に出た六 名の内、三名が野獣に襲われ死亡または行方不明。二名が重傷、一名が軽傷を負った。 また無線機により、可能な限りのあらゆる周波数で呼び掛けを行っているが、今の ところ応答はない」 ここでロバートが一呼吸置くと、誰かがごくりと唾を飲む音がミーティング・ルー ムに響いた。 「我々は一万年を眠って原始の世界へ溯ってしまった……」 「はは……はははっ」 突然、ランディスが笑い声を上げた。始めは力なく、次第に高らかに。 「ランディス!」 ロバートはとうとうランディスの気がふれてしまったのだと思い、狼狽えた。 だがランディスは笑いがおさまると、右手を軽く上げて自分の気が確かなことを伝 えた。 「我々は撒かれたのだよ」 「撒かれた……?」 「そうだ、我々は神の手によって撒かれた種子なのだ。文明の頂点を極めながら、そ の愚かさによって自ら滅びてしまった人類に、もう一度チャンスを与えるために。 確かに今は原始時代かも知れない。分かっている範囲では、文明の欠片も残っては いないようだ。おそらくは我々以外の人間も。 しかし幸運なことに、ここにいる我々は全て科学者だ。皆がそれぞれに多くの知識 を持ち合わせている。 この原始の世界に、頂点を極めた文明の知識を携えた集団が生き残った……。これ は偶然か? 否! これは神の手による事だ。再び人類が繁栄を築くチャンスを与え るためにだ」 ランディスが声高らかに語るのを、人々は息を飲んで聞き入った。その言葉は、家 族を失い見知らぬ世界に投げ出された人々にとり魅力的に思えた。 神により選ばれし者。 選民思想。 愛しい人と分かれてまでもやらなければならない事。 ランディスの語る考えは、それを聞く人々を魅了して行った。
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