長編 #2276の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
そこは、叔父が、賃貸しているビルの中にある、かなり高級なクラブで、クラブの メンバーがよく行く店だった。 私達が入っていくと、薄暗い店内は、かなりの客で賑わっていた。叔父は、ボーイ に自分の名前を告げて、私たちを席に案内させた。ステージの上では、若いカップル が歌っていた。デュエットの歌が、とても楽しそうだった。 私たちが席に着くと、栄養過多の夫のほうが、すぐに歌をリクエストした。 メンバー達は、中国のお酒が好きらしく、わざわざ、ここのお店の方に、本場のも のを置かせていた。叔父は、あまり、お酒は飲めなかったが、しかし、今日は飲んで いた。多分、あの高慢な夫人の手前、見栄を張っているのだろう。今夜のメンバーは、 医者が多いようだった。みな、それぞれに、ご機嫌だった。彼らの、普段の顔が、そ こにはあった。彼らは、カラオケが好きだった。しかし、歌を進められても、すぐに は、歌わなかった。一度固辞しても、さらに進められると、今度は歌った。彼らは、 皆、歌が上手だった。彼らは、普通の人よりも、専門的にも高い能力を有している人 ばかりだが、表面上には、それを見せびらかすような事はしなかったし、彼らは、一 様に皆、紳士だったのだ。 栄養過多の夫の方が、歌い終えて、私の隣に座った。 「今度は、聡美ちゃんに歌ってほしいな」 「はい、でも、私、歌が下手ですから」 「そんなことはないよ。いつものあの歌、ほら、なんていったっけ」 「『恋に落ちて』ですか?」 「そう、それそれ。僕、あの歌、好きなんだ」 私は『伯父様はいつも恋におちていらっしゃるからですか』と、思わず言葉に出し そうになったので、あわてて、自分の口を押さえた。私は、一応、固辞はしたのだが、 なおも、彼はしつこくせがんだ。あの高慢な夫人の高らかな笑い声が聞こえてきて、 私は、そちらのほうを見た。叔母は、疲れた顔で、笑顔を浮かべて、高慢な夫人の話 し相手になっていた。いつもなら、私がお相手しているところだったが、その夫人は 私を無視していた。そして、私も、彼女を無視していた。この生理的な不快感は、自 分でも、どうにもならないようだった。私は、自分の我が儘を呪った。 私の処に、ドン・ペリニオンが運ばれて来た。叔父が、頼んでくれたようだった。 本当は、生ビールのほうが、私は良かったのだが、それでも、このドン・ペリニオン は、おいしかった。叔父は今日、上機嫌だった。叔父は、このビルのオーナーという こともあって、このクラブの支配人らが、挨拶をしていた。彼らは、口々に叔父の気 に入りそうなことばかり、言っていた。自分も彼らほどお世辞が上手なら、もっと、 今以上に、世の中楽しくてしようがないだろうと思って、私は心の中で彼らを尊敬し た。叔父は、満足げながら、しかし、あの高慢な夫人と叔母のうえに、絶えず視線を 注いでいた。多少の憂いを含んだ目でもって。『いやな叔父様』と、私は、そんなふ うに思ったが、態度には出さなかった。若い医師は、心なしか、意外そうな顔をして、 微笑んでいた。彼は、私が今日初めて見る顔だった。なぜ、今日、彼が、この店にま でついてきたのか、私は不思議だった。 「こういう場所へは、よく、おいでになるのですか」 と、私は、彼に質問した。 「いつもは、あまり出掛けませんが、以前に一度来たことはあります」 「そうでしょうね。いつも、難しいご本など、お読みになっていらっしゃるような雰 囲気ですもの」 「そんなことは、ありませんよ、ただ、賑やかなのが、得意じゃないだけです」 私は、彼が、普段、どのような生活を送っているのか、少し興味が湧いた。私は少な くとも、これらのメンバーでのパーティーが嫌いだったり、猥雑でもこういう場所が 嫌いだったりするような人は、叔母と私の父以外は知らなかった。 「あなたのような方、珍しいわね」 私は、彼を少しからかうような気持ちになって言った。彼は、陳腐な顔つきになって、 どうしてというような顔をした。 「だって、こんなに楽しいのに、こういう場所やパーティーは」 「まあ、好きな人にとってはね」 「楽しくはありませんの?」 「いえ、今日は結構楽しい」 「でも、パーティーでは初めてお会いしたわ、私」 「ええ、ある方のお誘いで。どうしてもって」と、彼は少し口ごもった。それで、私 は話題を変えた。 私は、ある視線を感じて、斜めに座っていた、五十前後のクラブの一人に視線を向 けた。彼とは、時々パーティーで会うことがあった。彼は少し、頭が剥げ上がってい たが、上品で貫録があった。彼は、私を見て、優しい笑顔を送ってくれた。彼のお兄 さんは、有名な経済評論家だった。親類には、あるテレビ局のプロデューサーがいる らしい。私にとって、そういう事はどうでもよかったけれど、向かい側に座っている 栄養過多の夫人が一々説明してくれるのだ。夫人は、そういうことが、一々気になる らしかった。それで、ご親切にも、私にまで、その波紋が広げられていた。 柔らかなピアノのメロディーに乗って、『恋におちて』のメロディーが流れた。栄 養過多の夫が、どうやら、勝手にリクエストしていたようだった。 「聡美ちゃん、待ってました」 栄養過多の夫のほうが、私に声をかけた。廻りのメンバーは笑っていた。 私は、少し照れた風をしたが、目立つことは嫌いではないので、私はしょうがない 振りをして、ステージへ出て、歌った。クラブのメンバーは、年配の人が多いため、 私は、いつも、それなりの歌を唄うようにしていた。私の歌は、いつも人気があった。 私は歌った。ステージの上で、歌いながら見る風景は、今日は、いつもと違って、現 実とは、おおよそ掛け離れた異質な場所のように、私には思えた。私は、自分とそち らとが、全く別な世界のような錯覚に陥っていた。それぞれの顔の目が吊り上がり、 口からは牙が出ているように、私には見えた。さながら、まるで鬼面を被ってでもい るように、私には思われた。一瞬、私は怯んだ。と、同時に、拍手がおこった。私は、 自分に戻って、はにかんだ。それは、酔いのせいだったのかもしれない。それで、ア ンコールがかかった。すると、突然、あの高慢な夫人が、 「私が、つぎ、歌いますわ」 と言って、ボーイに曲名を告げて、すぐ流すように言った。私は、自分の席に戻って、 叔母の顔を見た。叔母は、優しい顔をして、笑っていた。私の隣に、あの若い医者が 座っていた。彼は、私に『失礼ですが』と言って、年齢を聞いてきた。私は『二十九 才ですわ』と、答えた。すると、彼は、驚いたような顔をして、『とても、私が二十 九才には見えない』と、私に言った。『まだ、学生かと思った』と、彼は、私に言っ た。私は、いつも年齢より若く見られるので、別に、特別な感情も、わかなかった。 彼は、私が叔母の姪であるということを、パーティーの席で、初めて知ったと言った。 私たちは、さっきよりも、もっと、色々な、お互いの趣味や現在興味のあることなど を話した。彼は、やはり、まじめな性格の人らしいことが、わたしには解ってきた。 私は、そういう手合いの男性は、あまり、得意ではなかったけれど、でも、彼が、仕 事熱心で、真摯な生き方をしているらしい事を、より知ることができた。私は、さっ きから、叔母の視線が気になった。叔母は、きっと、私が彼に気があるのではないか と、心配しているのだろうと思い、保護者役の叔母を安心させるために、叔母に軽く ウインクして見せた。叔母は『まあ』と一言言って、吹き出した。若い彼は、歌のリ クエストをしていたらしく、曲が流れると、ステージの方へ、出ていった。彼のリク エストは、意外にも、昔、流行った『真っ赤な太陽』であった。私は、一瞬吹き出し そうになったのだけれど、しかし、彼は、真剣に歌っていた。私は、何とか、顔を整 えたようと、努力したのだが、そのとき、ふと、あることに気付いた。すると、叔母 が、その彼を、じっと見ていた。遠くを見ているような視線の中にも、何か熱いもの を感じて、私は思わず、酔っていながらも、驚きを感じた。叔母は、あまりお酒が強 くなかったため、顔が随分と赤かった。たくさん、お酒を飲まされたのかもしれない。 そんな叔母は、彼の歌が終わると、熱心に拍手を送っていた。私は、叔母がこういう 歌が好きだったのかしらと、意外に思った。高慢な夫人が私の隣に来て座った。彼女 は、かなり、酩酊していた。ろれつの廻らない言葉で、私に絡んできた。彼女が、私 に、敵意を抱いていることが良くわかっていたので、私は、適当に相槌を打っていた。 しかし、彼女は、それが気に入らなかったのか、突然、私に向かって、言った。 「貴方は、とても、生意気な人だわ」 これ以上、ここにいない方がいいと、私は思って、失礼することにした。 私は、タクシーを拾った。夜のススキノは、土曜の夜ということもあってか、もの すごい人で喧噪していた。みんな、酔いで足取りも軽く、何が嬉しいのか、大口を開 けて、笑っている人やら、肩を組んで、歌を歌っているのか、さまざまだった。一様 に、みな、屈託のない顔をしているようにも見えた、しかし、疲れているようにも見 えた。そういえば、さっき歌っているときに、どうしてみんなの顔が鬼面のように見 えたのかしら、まるで、地獄の酒盛りのようだった。酔いの廻った頭で、私は、ぼん やりと、それらのことを考えていた。一人の女が妖しい目付きで、男の耳元に、何か 囁いている姿が、私の目に入った。一瞬、私は、目を疑ったが、さっきの高慢な夫人 に、よく似ていた。私は、急に不快な気分になった。 車は、私の友人の、お店が入って居るビルの前で止まった。友人の店の名前は、『ナ イトイン・シャープシェア』と、いった。ドアを押して入ると、薄暗く明かりのつい た店内一杯に、煙草の煙がゆっくりと体をくねらせ、ツーンと鼻を衝く酒臭い匂いが 立ち込めていた。カウンターごしに4、5人の若い客が、何やら盛り上がっているら しかった。その客たちは、常連ではないようだった。私が、入っていくと、誰かの『ヒ ューッ』という掛け声とともに、皆それぞれに振り向いた。客の目が、いっせいに、 私に注がれた。どうやら、私に注目しているらしい。 「いらっしゃい」 ママの直子の声が響く。 「今日も忙しそうね」 「聡美、やっぱり、寄ったわね。多分くるだろうとわ思っていたわ。でも、今日はあ なたお休みだから、お客様ね」 「ええ、今日は私、お客様よ。アー、疲れた、何か飲み物くれないかしら」 私はカウンターの空いてる席に腰を降ろした。耳からイアリングを外してバックの中 にしまった。 先の四、五人の連中が、チラチラと、私に視線を投げてよこすた。私は気乗りしな い笑顔を浮かべて、軽く頭を斜めに下げた。レーザーデスクの曲が流れて、その中の 一人が、歌い出した。今、流行っているロック系の曲だった。 「ずいぶん疲れた様子ね。ジンジャ・エールでいい?」 「ええ、お願い。たくさんお酒、飲んだつもりじゃなかったのだけれど、なんだかと ても喉が、乾いちゃって」 私は、肩で大きく息を吐いた。 「あなたも、大変ね。叔母様のお守りも」 直子は、気の毒そうな顔をして言った。 「ふん、そっちのほうは大変なこともないんだけれど、招待客に嫌な人が来ていて、 ちょっと不快になっただけ」 私は、さっきのパーティのことを思い出して、少しウンザリした表情をした。 「いつもの聡美らしくないわ。そんなこと、ここでなら気にもしないじゃない」 「まあ、そうなんだけれど。でも、なんて言うのかしら、生理的に合わない、虫が好 かないっていう人もいるでしょう」 「ええ、そういうこともあるわね、確かに」 今日は黒っぽいシルクの着物に身を包んでいる直子は、右手で左の袂の袖口を押さ えて、聡美にジンジャ・エールを差し出した。 「聡美、あちら」と、顎でしゃくった。 直子の顔が向いた方向に、見覚えのある顔があった。 恋人の雅彦だった。先日、電話で喧嘩したまま、連絡が途絶えたままだった彼が居 た。彼は、店の奥の仕切られた和風作りのボックスに座っていた。若い連中と、タバ コの煙りに隠されていたのと、酔いとで私は気付かなかった。 私は、思わず、自分の顔が、ほころんでいくのが分かった。だが、あえて、ツンと すまして言った。 「全然、気付かなかったわ」 雅彦は、私の方へ移動して来た。 「いつ出て見えたの。電話、かけてくれたらよかったのに」 「今朝、急な仕事でね」 雅彦は、苦笑いを浮かべながら直子がついでくれたグラスのビールを一口飲んだ。 「ビール飲んでるのね。じゃ、私も飲もう。直子、私にもビール」 直子は、笑いながら新しいグラスに、ビールを注いだ。 「疲れが、いっぺんに吹き飛んだみたいね」 「あらっ、そんなことないわ。私たちただ今、喧嘩中なのよ」 私は、一気にグラスの中のビールを飲み干した。 「はい、お代わり」 私は、雅彦に、空のグラスを差し出した。 「君が、酒に強いのは知ってるけど、あんまり飲み過ぎないでくれよ。介抱が大変だ からね」 雅彦がグラスにビールを注ぎながら言った。 「いいでしょ。介抱してもらうんだから」 私は、直子に片目をつぶってウインクした。 「ヤレヤレ、お嬢様の我が儘にも、僕もホトホト手を焼くよ。この人、酔うと何件で もハシゴして歩く癖があるんだよ」 「おやおや、何と、聡美のサービス精神は酒癖からくるものだったのね。これは、ご 用心ご用心」 「ええ、ええ、何とでも言いなさい。それはね、私の父親の責任なのよ。あまりに私 を無菌状態にし過ぎた反動が今ここにでているの」 私は、二杯目も一気に飲みほした。 「でも、聡美のお父様って結構自由なところのある人じゃなかったかしら」 「ええ、世間一般的に、そう思われているみたいわね。父は、口ではいつも、『お前 の人生だ、何でもお前の自由に生きたらいい』とか言っているわ。でも、うちの父の は何か、何処かが違うのね。何か、こう、吹き抜けているっていうのかしら、何処か、 捕まえどころが無くって、本心からそういっているのかしらって人に、そう思わせる ような所があるのよ。あれって、いったいなんなのかしら。私は、父が、自分の父で ありながら、いつも自分の父ではないような気がしていたわ」 私はいつの間にか遠くを見つめてでもいるような目付きになっていたらしい。 「聡美、聡美ったら、どうしたの、ボーッとして」 直子に呼ばれて私は、現実に引き戻された。 「あっ、ちょっと、考え事をしていて。ごめんなさい」 私は、胸を突き上げる、寂しい思いを苦いビールと一緒に飲み下した。 「今日は疲れているのよ。雅彦さんに送っていただいて早く家へ帰って、休んだ方が いいわ」 直子の言葉に、私は、「そうね」と答えた。
メールアドレス
パスワード
※書き込みにはメールアドレスの登録が必要です。
まだアドレスを登録してない方はこちらへ
メールアドレス登録
アドレスとパスワードをブラウザに記憶させる
メッセージを削除する
「長編」一覧
オプション検索
利用者登録
アドレス・ハンドル変更
TOP PAGE