長編 #2245の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
お似合い(承前) 奥原丈巳 「神田君が? 意外とおっちょこちょいと言うか、むこう見ずって言うか」 「そんな昔のことを」 等と話しながら、井戸に行ってみる。栗畑の家は、広い田畑も持っていて、 その農業用水と家庭用の両方に使えるようにということで、家屋から離れた位 置に井戸が掘られたそうだ。しげみを迂回する形で三十メートルから四十メー トル歩くと、円筒形の石が見える。もちろん、井戸にはゴミよけの蓋が付いて いる。上には縄の通った滑車があり、縄の端には桶が結わえてある。桶だけが プラスチック製で、何とも言えない違和感だ。 「こっちの小屋は何?」 加藤が、井戸の隣にある、まさに小屋を指さして言った。 「風呂だよ」 「お風呂?」 信じられないって感じの声を、女子三人が上げた。 「五右衛門風呂って知らない? 丸底の釜を、下からぼんぼん焚くやつ」 「『浜の真砂は』っていう、あれ?」 水島が、思い出すようにして言った。 「そうそう、それそれ」 「悪いことした人を罰するための、拷問じゃないの?」 「そんなに熱する訳じゃないよ、加藤さん。適当な温度になるまで沸かすだけ。 まあ、それでも入るときは熱いから、底に板を敷くんだけど」 神田が説明をする。 「面白そう。入ってみたい」 入ってみたいとかいう問題じゃなくて、栗畑の家にはここしか風呂がないの だ。風呂に入りたければ、五右衛門風呂に入るしかない。 そんなことを知ってか知らずか、女子は、キャーキャー騒いでいる。三人一 緒に入ろうという話になっているみたいだ。 「ちょっとちょっと。三人一緒なんて、とてもじゃないよ。一人ずつしか入れ ない」 「何だー」 そんなことしている内に、時間を取ってしまったようだ。僕と神田で風呂釜 に水を入れ、ついでポリタンクに水を移して、家の方に運ぶ。 その間、栗畑と竹久保らは、案内を兼ねての枝拾い。枝は風呂を焚くのに使 うんだけど、最初にこれをやったときは、随分、面食らったものだ。 「ひょっとしたら、蛇がいるかもしんないから、気を付けて歩いてよ!」 そんな栗畑の声が聞こえた。 「ねえ、何してられるの、おばあさん?」 夜七時過ぎ。僕らは食卓に着いたまま、しばらく待たされていた。 「お祈り。飯の前には、いつもなんだ。ほら、部屋割りんときに見てない? 大きな仏壇があったろ」 栗畑が、聞いてきた竹久保以外にも説明するように話した。 「そう言えば……。マッチ箱と線香の箱が山と積まれてあったわね」 「そういうこと。九州、特にこの辺は、信心深いんだ」 そのとき、チーンチーンと、仏具の音が高く響いた。それから、栗畑のおば あさんが戻ってきた。 「はいはい、待たせてごめんなさいね」 順繰りに風呂に入りながら、僕らは例の仏壇のある広い部屋で遊んでいた。 暗いので、五右衛門風呂まではライターを使って行く。本当ならば懐中電灯な んだが、これだけの人数分はないらしく、百円ライターを一人々々に渡された (本当に百円かな?)。 「明日、どうする?」 栗畑の手から、カードを一枚引きながら、僕は聞いた。一組できたので、場 に捨てる。 「あ、その隣がババだったのにな」 嘘か本当か知らないが、栗畑は言った。言うまでもないと思うが、ババヌキ をしているのだ。 「それで、考えてたんだけど、近くに遊園地ができたんだってさ」 「こんなところに? あ、言っちゃ悪いけど」 加藤が言うまでもなく、ここら辺に遊園地を作るなんて、どういう訳だろう。 「よくは知らないんだけど、流行遅れのリゾート開発らしいなあ。ここら、温 泉がよく出るからさ、それとひっつけて売り込もうとしてる見たいなんだけど、 どうなんかね」 「商売上はともかく、願ってもない時間潰しには違いない」 そう言いながら、加藤からカードを引いた神田が、顔をしかめた。 「水島さん、どう?」 神田は、隣の水島にカードを見せながら、聞いた。 「私は、みんなが行くのなら、それでいいわ」 「何があるの?」 加藤が、栗畑に聞く。 「さあ? ジェットコースターとか観覧車はあるって聞いたけど、後はなあ。 ばあちゃんには区別が着かないんだな、これが」 と、栗畑は笑った。なるほど、おばあさんから聞いたのか。 その内、勝負は進んで、水島が上がり。栗畑が最後になった。その彼が、ぼ やきながら、 「何か知らないけど、ほとんど、水島さんが勝ってるな。次に神田かな」 と言った。 「そりゃそうだろう。さっきから見てると、水島さんはほとんど表情、変えな いんだ。俊は嘘の表情がうまいけど、何回もゲームしてると、分かってくる」 僕がそう言うと、水島は恥ずかしそうに笑った。 「へえ、よく見てるな、武郎」 神田は、顎から頬にかけてをなでながら、感心してくれた。 「じゃ、私は?」 「加藤さんは、正直に顔に出るタイプ」 「何それ。まるで、私がゲームに弱いみたいじゃないの。ひどーい」 ひとしきり笑っていたところに、竹久保が戻ってきた。髪がうっすらと濡れ て、光っている。 「何か楽しそう。仲間外れにされたみたい」 そう言って膨れてみせた彼女は、ますます、恵美子さんに似ていた。 「それにしても、ライターって指が痛くなるわね」 彼女がこう言ったとき、髪の先の滴が、ポツっと玉になって落ちた。それが ライターの口にかかる。 「あ」 竹久保は慌てたようになって、ライターの火を着けてみようとしたが、思っ た通り、火は着かない。何回やっても同じである。 「もう、外には出ないんだろう? だったら心配しなくてもいいんじゃないか。 朝になったら乾いてるだろうし」 僕は気軽に言った。ふと、時計を見ると、十一時近かった。 翌朝、僕らは予定通り、遊園地へと繰り出した。朝っぱらから行って、思い 切り楽しもうという魂胆である。 「早くに目が覚めちゃって、思い出したのよ、ライターのこと」 一番に早起きしていた竹久保(むろん、本当の一番は栗畑のおばあさんだっ たが)が、言っていた。 「五時四十五分ぐらいだったんだけど、それでも火が着かないの」 「てことは、七時間経っても、まだ乾いていないのか。ここらは湿気が多いん じゃないのか、栗?」 僕が栗畑に聞くと、「そうかもしれない」という答が返ってきた。 近くにできたという遊園地は、夏休みだと言うのに、さほど混雑していなか った。もう少し前、バブル華やかなりし頃なら、もっと多くの人が来たのかも しれない。ともかく、僕らにとっては都合がいい。 「何に乗る?」 「乗り物ばかりが遊園地じゃない」 そんな会話をしながら、六人で仲良く−−本当に、ここまで仲良くすること もないだろうにと思えるぐらい、揃って色々な物にチャレンジした。 定番のジェットコースターに始まり、おばけ屋敷、流行の絶叫マシーン(船 みたいなのに乗せられ、360度回転させられた)、やけに動きの速いコーヒ ーカップ等々。 「おー、マジで恐かった」 今まで平気な顔をしてこなしていた栗畑は、意外にもコーヒーカップで顔色 を悪くしている。 実のところ、僕も気分が悪くなったのは、コーヒーカップだった。 「そろそろ、お昼になる」 元気な女子の内、竹久保が時計を見ながら言った。 僕も時計を見、 「中途半端な時間だな。もう一つ、何かできるかも」 と言った。 「それとも、早く食べたい?」 神田がこう言うと、 「そ、そんなことないわよ」 と、三人の女子は、慌てたように答える。食いしんぼうだと思われるのが、 嫌みたいだ。男には理解できない領域かな。 「ねえ、こうしない? 迷路があるじゃん。あれにみんなで挑戦して、ビリに なった人は一番の人におごるの、昼ご飯を」 加藤が言った。 「賛成賛成! そういうの、大好き」 栗畑は、真っ先に手を挙げ、同意する。 「でも、出られなくなることって、ないの?」 水島は、いつも最悪のことまで心配する。こんな遊びのことぐらい、どうで もいいとは思うのだけれど。 「もう、何にも知らないんだから。そんなときは、ギブアップの意志表示をす ると、係の人が誘導してくれるの」 竹久保は、しきりに水島を引っ張ってやろうとしている感じだ。 「それなら、みんながいいんなら、私もいい」 ということで、昼飯をかけたレースが成立した。 丸太組の壁で作られた迷路は、少し変わったタイプのようで、入口が八つも ある。それに対し、出口は一つ。どこから入っても、出口に通じるようになっ ているが、迷路内に設置された五つのチェックポイントで、スタンプを押さな くてはならない。スタンプ用紙は、入口で手渡されるらしい。 「要するに、オリエンテーションと迷路をひっつけた訳か」 「それを言うならオリエンテーリングだろ、栗」 神田が注意すると、わっと笑いが起こる。栗畑にしても、わざと言ったよう なところが見受けられた。全く、私生活の漫才コンビみたいだ。 入口が八つもあるなら、それぞれ別の入口に立ち、同時にスタートしようと いうことになった。適当に選ぶと、僕は端から二番目となった。 「では、健闘を祈る」 その声を合図に、用紙を手に、迷路内に入った。入ってすぐ、竹久保らしい 後ろ姿を見たが、声をかけてもしょうがない。一人でやらなくては、勝負にな らないからね。 迷路はかなり難しく感じた。いや、これを紙の上でやれば、すぐに出られる だろうが、全体が見えないのは辛い。最初に、三十秒だけ迷路の全体図を見せ られているのだが、さっぱりそれが思い出せやしない。かえって、あやふやな 記憶が、進むべき道を誤らせているのではないか。 それでも何とか、スタンプ五つを押すことはできた。が、だからと言って、 すぐに抜け出せるものでもない。出口への道が、これまたさっぱり分からない。 どれくらい、うろうろしたんだろう。やっと抜け出た。と思ったら、目の前 に、加藤がいた。ベンチに腰掛け、笑っている。 「はい、二人目。お先に!」 「あーあ、二番か。ま、ビリじゃなくて助かった」 わざとらしいため息をついてみせ、僕は加藤の隣に座った。 「出られたの、どれくらい前?」 「そんなに前じゃない。十分も経ったかな。ね、焦んなかった?」 「そりゃ、もう。ひょっとしたら、自分だけなんじゃないか、出られていない のって思ってしまうからなあ」 「あ、じゃあ、途中で、他の誰かと会わなかったの?」 「会わなかった。最初の方で、竹久保さんの後ろ姿を見たけど」 この言葉を聞いて、加藤は話題を換えてきた。 「武郎君、ちょっと前まで、真理亜のことをよく見てたみたいけど、どうなの かな?」 「どうって」 いつか、竹久保自身からされたのと同じ質問だ。 「……分からない。一から十、全部を言う気はないけど、竹久保さんは似てい るんだ。僕の親戚の人と」 「なるほど、その人を好きなのか」 「そうだけど、今はいないから」 「……ふうん……」 「竹久保さんは、誰が好きなんだろう?」 この際、僕ははっきりさせたかった。加藤なら、さらっと答えてくれそうな 気がしていた。 「さあ……。みんなを大事にしたいって思うタイプ、真理亜は。例えば、今い る三人の男子みんなに、よくしてやりたいと考えるんじゃないかな」 それから加藤は、ちょっと沈黙してから、思い切ったように言った。 「そうだなあ、クラスん中じゃ、神田君なら、釣合が取れるかなあ。神田君の 方も、真理亜を好きになってるみたいだし」 「他にも竹久保さんを好きな人、クラスにいる訳?」 「栗畑君よ。真理亜が好きなの」 「へえ」 −続く
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