長編 #2147の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
◇ 静かな雨が降っている。 雨が降っているにもかかわらず、その部屋の窓は開放されている。 分厚いバネのマットレスをひいたパイプベッドの上で、ゲンジが座禅を組んで いるような格好で座っている。 エルパソの夏だ、動かずじっとしているだけでも汗が吹出してくる。 彼がまた首に巻いておいたタオルで顔中をぬぐった。 暑いというのに、顔中に髭だ。 そのままの格好でベッドにひっくりかえった。天井をみた。 ベッドサイドの灯が扇型に天井に映っている。 どこからか子供の鳴声と、叱る母親の声が聴える。 ゲンジはいままでの時の経過を反芻するように、くり返し考えていた。 四カ月でエマが退院する。 その時にはエマがある程度快復している。 ルースが自分のしてきた償いに納得してくれる。そして、その後の生活は日本 からの送金で補償する。 彼はこの日をめどに、帰国の希望を見いだしていた。 ルースは訴えを退けたが、彼は自らの裡に牢獄を作った。その日はいわば罪の 償いを終え、その牢獄から抜け出せる日だ。そう思って耐えてきた。 しかしエマは思ったように快復してくれなかった。まず一生車椅子での生活は 免れないという事だった。 彼の願いはひとまず崩れた。しかしゲンジはなんとか治してみせる、とルース に誓った。 そしてエマは今日退院した。 ゲンジはエマに花束を渡し、ルースのワーゲンで母娘を家まで送り届けた。 ルースは気を落していたが「ありがとう」と言ってくれた。 仕事が終ってアパート帰り、ベッドに寝ころぶと、やっぱりナホと太郎の事だ。 今朝デイヴィッドに、その事をかいつまんで初めて話した。 残してきたナホの事だ、太郎の事はいわなかった。 デイヴィッドの答は「クレイジー 責任感がない お前を信じられない」とい う事だった。彼がいい人物だけに、そういう答が返ってきたのだと思う。そして 「ユー ファイア」つまり首という事だ。彼の人のよさに甘えていたと思った。 呆れて見放されたのだ。 ナホがどれだけ心配してるだろうかと、手紙は何十回も書いた。しかし結局す べて捨てた。そのうち捨てるのがわかっていても、寂しさを紛らすために書いた。 最後には書く事さえやめた。 しかし、さすがに今日は、四カ月もの間、張りつめていたものが緩んだ。 しばらくぶりに涙が溢れてきた。 ゲンジはベッドの上で小さくせき込むように、泣いた。 ベッドサイドにおいてある、ウイスキーの1パイント瓶をとって、また飲んだ。 泣いた分だけ水分を補給するかのように、飲んだ。 「糞っ!」と空間に向って拳をたたき込むと、空になった瓶を壁に投げつけた。 隣の部屋の男がなにやら怒鳴りだした。 部屋を見回し、まだあった筈の、飲みかけのバーボンをとりにたった。 酒がきいてきた、部屋がぐらぐら揺れている。 揺れる目で電話を見た。 FATBOYか・・・・そう呟くと、おもむろに受話器を取上げた。 止めた。 乱暴にそれを戻した。 またベッドに転がり、またバーボンのボトルをとった。 飲んで考えた。 考えてまた飲んだ。 もう一度ふらふら立上がり、受話器をとった。 リュウを想いだした。 手紙も出せない俺が、ナホに電話が出来るはずがない、と思った。 リュウの電話番号は覚えていた。 番号を押した。 しばらくそのまま待つと、リュウの声が聴えた。 「・・・・・・・・」あいつの声だ、声だけ聴いて切るつもりだ。 一度受話器を下ろしたが、もう少し聴いていようと、また耳にした。 −−もしもーし 「・・・・・・・・」後ろのノイズまでが懐かしい。 −−なんだぁこれ? リュウが素っ頓狂な声をだしている。 「リュウ」 思わず、彼の名前を呟いてしまった。 −−ゲ ン ジ か? リュウが低い声で訊いた。 「リュウ」 ゲンジはもう一度、今度は彼にむかって名前を呼んだ。 −−何やってんだお前 ばかやろーっ リュウが怒鳴りだした。 ゲンジはかまわずバーボンをボトルごと煽った。 一呼吸いれてしゃべった。 「リュウ、聞け!」 −−どこに居んだ、お前 「ナホと太郎は?」 −−生きてらぁばかやろ 「元気なんだな?」 −−元気があると思うかあ?お前はとっくに死んだと思ってらぁ 「・・・・そうか」 −−なに抜かしてんだお前、どこに居るんだ?言え! 「俺は元気だ。帰れない事情がある。帰れないかもしれない。だからナホにはそ のまま死んだと思わせといてくれ」 −−生きてんじゃねぇかぁ、お前なぁ・・・・ 電話を切った。 顔に血がのぼっている、こめかみの血管が膨張してきたのがわかる。 また飲んだ。 その顔からまた血が引く、今度は蒼白になる。 「ううっ」そのまま床に胃の中のものを全部吐いた。 ねばねばした口の中をうがいするように、また飲んだ。 そしてまた吐いた。 そのまま意識を失ったように、ベッドに倒れ込んだ。 しばらくするとノックをする音が聴えた。 少し眠ったのか? ゲンジは薄目を開き、頭痛がする頭をふりながらも、ふら ふらとドアを開けに立った。まだ嘔吐感がある。 ルースがいた。 「どうしたんですか?」ゲンジは尋ねた。彼女が訪ねてきたのは初めてだ。 ドアを開けたとたんルースは信じられないというふうに大きく首を振った。 「それは私の言葉よ」 ゲンジにはまるで精気がなかった。目が落込み、拳に血さえが滲ませているの だ。ウイスキーの瓶もそこら中に転がっている筈だ。彼女が驚くのも無理はない。 「・・・・何でもない、首になった」ゲンジがそういうと、ルースは「入っていいか しら?」というまもなく部屋に入り、彼の腕をとりベッドに座らせ、自分の椅子 をみつけるとそこに座って彼の目をみつめた。 「デイヴィッドはそんな事をしない」 ルースがそう言切った。 「いや、いい人だが、怒らせてしまった。俺が悪い」 彼はいった。 ルースがあたりに散らかっている汚物に顔をしかめた。 掌をその汚物に向け、肩をすくめた。 「俺は大丈夫です、他の店を探す」 ルースは「考えがわからない」と首を横に振りながら、その汚物をすべてシー ツで拭き、そのシーツを丸め「コインランドリーに入れておく、あとは貴方が取 りにいけばいい」と言った。 ゲンジが頷いてまたバーボンを手にしようとすると、ルースはそのバーボンを とりあげ胸にかかえ、またベッドに椅子をよせた。 どういう訳か、ちらっと笑顔を見せた。 「ノープロブレム ゲンジ、いいアイデアがある。それを言いに来たんだ」とい う、彼はそれを聴いた。 ルースは閉っぱなしで放置してあったホワイトサンズの店に来ないか、という のだ。 デイヴィッドには私からその事をつたえる。このアパートに居られないのであ れば、私たちの家に貴方の部屋を用意してもいいというのだ。 エマとゲンジとルース三人一緒にいれば、いつでも手が開いている方がエマの リハビリテーションが出来るという提案だ。 結局、ゲンジはなりゆきに流され、その提案を受けた。 翌日から、エマのリハビリが始った。他人から見れば、それは力を合わせて子 供の快復を願う家族のように見えるかもしれない。同じ屋根の下に住み、同じ所 で働いているのだ。 毎朝ワーゲンの後席にエマを抱上げ、座らせ、三人でホワイトサンズまで行き、 店を開ける。そして店が暇な時には、どちらかが必ずエマの手をとりリハビリを する。もう自暴自棄でもない、日本の事は遠い別世界の様な感じがした。それか らは何も考えずに、そのまま彼は時の流れに身をまかせた。ルースの眼差しは敵 意のそれから好意にかわった。
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