長編 #2145の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
◇ ゲンジはナホへのエアメイルを投函してから、長距離バスのターミナル「バス ディポー」の側に、旅行書などには出ている筈もない一泊$17の安ホテルをみ つけた。即座にシャワーを浴び、ベッドに倒れ込むと、死んだようにそのまま朝 まで眠った。 なんといってもひとりきりだ、休むのがおっくうになって走りきってしまう。 さすがに両腕の筋肉が張り、首筋と肩ががちんがちんだ。偏頭痛がし、食欲も 少し落ちたようだ。 行程はまだ2/3程あるが、あせる事はないと自分に言聞かせた。デイトナの レースは十日間あるのだ。もう一泊そこに泊り、体調を整える事にした。 ホテルから出たくなかったが、そのホテルにはレストランなどない。向いのバ スディポーのカフェテリアに行き、スクランブル・エッグ・マフィンをビールで 流し込み、また部屋に戻った。そしてまた夕方まで寝た。いくらでも寝られるか ら不思議だ。 目を醒ますと、体はいくらか軽くなっていた。朝食の時間を除けば一六時間ぐ らいは寝ている。すっかり攻撃力を奪われていた偏頭痛も去った。 窓から外をみると灯のついたバスディポーに、背の高い長距離バスがすべりこ んで来た。グレイハウンドバスだ。アメリカ全土を網羅し、夜中であろうが、夜 明けであろうが、行きたい時間に行きたい所にいつでも人々を運ぶ。トイレもあ るし、食事のブレイク・タイムもある、シャワーも浴びれる。その気でさえあれ ば一週間ものあいだ乗り続けて大陸横断でさえ可能だ。そしてその料金は航空機 にくらべて段違いに安い。 中から黒人、メキシカン、インディアン、ひとり旅の学生、様々な人種が吐出 されてくる。白人は学生が多い、卒業旅行という事だろう。 アメリカ人の親は少なくとも子供がハイスクールに入ると殆ど援助をしなくな る。日本人の親からみれば「捨て去る」ニュアンスで子供離れをする。子供はア ルバイトで小遣いを稼ぎ、学費まで稼ぐ。 成人した子供は当然ながら親のメンドウをみる義務がない。それで今度は反対 に親は捨て返される。で、ひとりきりの老人が多い。 くしくも乗客の白人はそういった老人か学生という事になる。グレイハウンド に乗るのは貧乏人ばかりという事か。しかし、それにしては、そういう人種に限 って、よく見ると日向ぼっこみたいな、素直そうな顔をしている。 昨日もセルフ・サービス方式のガスステーションでガソリンの入れ方がわから ずまごまごしてると、ビア樽のような「ふとっちょの強持て」が、どどっと彼の 所に駆けよってきた。一瞬身構えると、いきなり「どっから来た?」だ。東洋人 が珍しかったのだろう「日本だ」というと「お前はニンジャか?」と訳のわから ない事をいいながらも、ガソリンの入れ方をすべて教えてくれ「ハヴ ア ナイ ス トリップ!」よく造作がわからない真っ黒けな顔をくしゃくしゃにしてそう 言ってくれた。 インターステイト(主要道路)ですれ違うバイカーときたらUターンをしてゲ ンジのバイクと併走し「どこから来て、どこにいく?」とわざわざ聞きにきた。 「デイトナビーチ」この言葉さえ言えばもう友人なのだ。バイカーは目を輝かせ、 色々説明してくれた。しかしゲンジにはいいだけわからない英語攻撃だ。彼は三 十分程もゲンジと併走し、話し終ると満足したのか「グッド ラック!」といっ てUターンをしていった。 直線道路には必ず「Light On Your Safety」と標識が出 ている。「ヘッドライトを点灯しろ」だ。 スピード感のないまま疾走しているライダーの前方には必ず陽炎が浮ぶ。それ をみつめ続けて走っていると、今走っている事が現実なのか夢なのかわからなく なる。だから照返しの強い真昼でもヘッドライトのスイッチを入れ、人々はすれ 違うたびに「それは現実の事なのだ」と確認し合う。それが大陸を往く為のH・ D同志であれば、三○分も話していたいのはあたりまえの事なのかも知れない。 出来ればナホと一緒に走りたかった。リュウともその感じを一緒に味わいたか った。 エアメイルでは上手く書ける筈もない。刻々と変貌する、雲や空の色なんてな んて書けばいいんだ?。それに砂漠ときたらまるで熱砂の太平洋だ。 最強のゲンジのマシンでさえ、その気が遠くなるほど広い太平洋の中では、小 舟のように頼りない。アメリカ大陸はその小舟に、誰にもわかる単純さで「現実 を見つめ、今を生きる事の大切さ」を存分に感じさせてくれた。 ゲンジはまったくこの大陸に感動していた。最終目的のデイトナは大いに楽し みだが、こうして来てみれば目的よりも経過だ。大地に触れ、人にあう事の方が デイトナ行きよりも勝っていると思った。 日々数十マイル四方に誰もいない大地の中を、ゲンジはひとりきりで走った。 だがある意味ではナホと太郎の顔を浮べながら三人で走っていた。体力の限界 こそ感じたが、孤独感は思ったよりなかった。 もう一度シャワーを浴びた。歯を磨くと、更にスッキリした。万全だ。いくら なんでももう眠くはない。 ホテルの脇の人目のたたぬ所に駐めておいたマシンの点検をして、夜のエルパ ソの街を、アイドリングの回転数でのんびり走り回って見ようと思った。 ルームキーとバイクのキーをとると、ウエストバッグのベルトを持ち、鍵を閉 めて階段で下に降り、フロントにルームキーをポンと投げた。 ベッドメイキングの黒人のオバチャンがゲンジをみつけて「よく眠れた?」と 聞いてきた。昨夜から「ドント ディスターブ」の札をかけっぱなしにしたのだ。 時間になると無理矢理掃除をしたいと言出す人もいる、しかし彼女は部屋に入 るのを遠慮したのだろう。ポケットに入っていた$1紙幣二枚を彼女に渡した。 ちょっと多すぎるかとも思ったが、彼女が真っ白な目をくりくりさせて「今か らベッドメイキングをしておくわ」と言ってくれた。$2以上の笑顔だ。 ゲンジは表の通りに出てスーパー・グライドのところに行き、それをホテルの 前の明るいところまで押していった。 それにまたがり、車体を正立させて軽くキックをしてみた。 エンジンはすぐにかかった。安定したアンドリング音だ。 まだ新車だ、少なくとも一五分は暖気運転をしたほうがいい。彼はエンジンを かけたまま、歩道に座り込んで後輪と前輪のタイヤを点検しはじめた。 さすがにタイヤがバーストしたら替えはない。誰かが助けてくれるまで待つ。 あるいはマシンを置いて、ヒッチハイクで近くの街まで行き、救助を仰ぐとい う事になる。その覚悟は充分しているが、しないにこした事はない、こうしてい つも座り込んでは、タイヤの点検やらなにやらを充分にするのだ。 しばらくすると通りの向うからメキシカンの少年だろうか、一五・六才ぐらい の少年三人が道路を渡り、ゲンジの方に歩みよってきた。すわったまま彼が顔を あげると、彼らが「Hi!Man」と挨拶をしてきた。なまいきにも耳にピアス をした少年もいる。彼も挨拶をかえし、にこっと彼らに笑いかけた。 彼らはゲンジのマシンをまじまじと眺め、親指をたて、あるだけの誉め言葉を 盛んに発している。なんといってもまだ一千マイル前後しか走っていないビカビ カのスーパー・グライドだ。彼らにとってはゲンジ以上に憧れなのであろう。 彼らのひとりが通り側に出てエンジンのあたりを指さしなにか言っている。が ゲンジにはその英語が理解できなかった。エアクリーナー? それともクランク ケースからオイル漏れでも見つけたのか。立上がって通り側に回り座って、顔を 近づけエンジン回りを眺めた。 その時、なにやらホテル側にいた少年二人が、いきなりバスディポーの方に駆 出した。とたんに彼のうしろにいた少年も猛スピードで反対側に駆けていくでは ないか「財布だ!」壁のところにおいたウエストバッグがない。それにはパスポ ートとライセンスも入っている。 ゲンジはあわててバイクにまたがり、思いきりアクセルを開け、その少年たち の後ろ姿を追いかけた。リアタイヤが空転し、煙を放った、スーパー・グライド の猛烈なダッシュだ、向うはたかが少年の駆足、間に合わない筈もない。 彼は前方にとまっていた大きなグレイハウンド・バスの右側をかわすように、 少年たちが曲ったコーナーに向って突進した。その時に白い布がフワッと彼の目 の前に通りすぎたような気がした。 「何だ?」と考えるまもなく「ドン!」という音とショックがあった。 同時に二六○Kgのマシンが重心を完全に失った。腕力でねじ伏せられる筈も ない、彼はハンドルから手を放しマシンを放り投げた。 スーパー・グライドがアスファルトに火花を散らして、数十m先まで道路をす べっていく。ゲンジは何があったのかわからぬまま、頭をなにかに思いきりぶつ けた。数十秒か数分か意識が遠のいた。 頭をふりふりようやく右膝を立てると、救急車の音が聴えた。なにやら狂った ような女性の叫び声がする。 「やったか」ゲンジは自分の怪我の度合いを計った。 しかし問題はゲンジの一○m程先にあった。血まみれで少女がそこに倒れてい るではないか。 ゲンジは目を見開いた。 背筋に悪寒が走る。ガタガタと震えた。 さっきの叫びはその少女の母親だ。泣きながら血塗れでぐったりとしている少 女を抱きしめている。 その母親がゲンジを見た。なにかを叫びながら歩みよって来た。 腹を蹴られた。顔を蹴られた。ゲンジは頭をかかえてひれ伏した。 背中を蹴られて道路の中央に転がり出た。 誰かがその母親を止めた。母親がまた少女の所にかけよった。 救急車がゲンジの目の前で急ブレーキをかけた。 もう一度起きあがろうと歯をくいしばったが、ゲンジは足から崩れ落ちた、ア スファルトが顔の前に迫ってくるのがわかった。 目を開くと薄汚れた天井がみえた、病院だ。ゲンジは自分のしてしまった事に 気がついた。起きあがろうとしたが動けない。腕には点滴の針がついている。 頭にネットのような帽子? 包帯か。足を動かそうとしたが左が動かない、ど うやら何かで固めてある、マシンをほうり出した時に多分やってしまったのだろ う。 ドアが開いた。そんなゲンジのあせりとはうらはらに、ハミングをしながらナ ースが入ってきた。 ゲンジの前に立つと、威圧的な口調で「酒を飲んでいたのか?」とかいろんな 事を聞いてきた。 日本から来て旅行をしている事と、名前を告げた。パスポートを出せと言われ たがウエストバッグの中だ。彼は昨夜の出来事と盗まれたという事を説明しよう としたが、うまく説明出来なかった。とにかく「パスポートがない」という事だ けを伝え、少女の容態を尋ねた。 「別室にいて・・・・・・・・」と答えてくれたが悔しくも意味が理解出来ない。少女の 名前はエマといって四才、母親がルースという名前だという事はわかった。あと はただそのナースに向って「アイム ベリィー ソーリー」だけを繰返した。 ナースは何の愛想もなく「OK 貴方を得た(?)」といいながら、点滴の残 量を調べ、部屋を出ていった。彼は窓の外をちらっと眺めて、大きく息をはきだ した。窓の外は人気がなく閑散としている、町外れの小さな病院のようだった。 体が動かなければなすすべもない、少女が気になったが、しかたなくそのまま 少し寝た。 事故の目撃者は何人かいたが、メキシカンの少年を見たものはいなかった。 そして、それを追っていた事をうまく説明できないまま、彼はそういう場合の アメリカの常識、もっとも言ってはいけない言葉「ソーリー」謝罪の言葉を言っ てしまった。それでなくとも車両の事故はすべてドライバー側にあるのだが、更 に彼は自ら情状酌量の余地を失ってしまったのだ。 お昼過ぎだろうか、彼はどうにかしなければいけないと思い、無理矢理ベッド から体をおこし、手すりと壁につかまりながらもドアのノブを回した。 廊下を眺めると三つ程向うの部屋の前の治療室だろうか手術室だろうか、の前 に母親らしい女性が頭を抱えてうなだれているのが見えた、ルースだろう。 彼女はドアの音に気がついて、頭をあげると、出てきた彼の前につかつかとや ってきて、ヒステリックな声で叫び、罵声を浴びせ続けた。 『わからない、わからない、なんと言ってるのか・・・・』とにかくわかるのは、し ゃべり出しの「ファック」という言葉だけだ。 ゲンジはただ棒立ちになって「アイム ソーリー」を繰返した。 彼女はゲンジが英語を理解しない人物だとわかると、今度は彼の胸元に指を突 きつけ、ゆっくりと「ゲット アウト オヴ ヒア!」といい、向う臑を払った。 ゲンジが重心を失って倒れた。 これくらいの事はあたりまえだと、ゲンジは耐えた。いくらでもやればいいと 思った。 騒ぎに飛出してきたナースが彼女をなだめ、もうひとりのナースが彼を病室に 連れ戻した。
メールアドレス
パスワード
※書き込みにはメールアドレスの登録が必要です。
まだアドレスを登録してない方はこちらへ
メールアドレス登録
アドレスとパスワードをブラウザに記憶させる
メッセージを削除する
「長編」一覧
オプション検索
利用者登録
アドレス・ハンドル変更
TOP PAGE