長編 #2138の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
数日後、リュウが例のバイクを見せに来てくれた。 ゲンジはロードスポーツがあまり好きではなかったが、その小型のドゥカはな かなかのもんだと思った。 L字型に置かれた独特のツインエンジンや特有の音もそうだが、それよりなに よりカラーリングとスタイリングがいい。文句なしに「ベッピン」なのである。 ゲンジにとってバイクは、速い遅いではない、あくまで気分だ。 しかしリュウにいわせれば、ベッピンという事だけじゃなくて『お前のH・D より速いかも知れないぜ』という事だ。ボアアップ前ならまだしも1200にし て、ブレーキやらなにやらチューンナップした彼のスポーツスターに、それは失 礼というもんだ。 それは事故車だから格安という事だったが、リュウのメンテナンスだ、その辺 だけは信じている。『どうすんだよ?』と聞かれたので『連絡がつかない。売れ たら売れたでいいよ』と、しょうがないので言っておいた。 あれから二週間程たっても、彼女は店に現れない。横浜に住んでいるのか、何 をしてるのか、まったくわからないが『そんなもんかもしれない』とゲンジは思 っていた。雰囲気は覚えているが、顔はもう正確に思い出せなくなっていた。 『FATBOY』の営業時間は朝十一時から夜の九時までだが、彼は二階に住 まいがあるので、その辺は適当だ。夜更しをすれば十二時迄店は開かない。友人 が来ていれば、夜更けまでも開いている。用事があればリュウに任せて、外出し てしまう事もある。 今日は十一時きっかりにシャッターを開けると、いつもどおりテキトーな掃除 をし、鉄板を暖めた。ソーセージとパンの在庫を調べ、注文を入れた。 それからが彼の遅い朝食だ。冷蔵庫からレタスとサウザンド・アイランドを引 張りだし、ガラスの器に盛ると、ベーコンと卵を鉄板に乗せ、その上に鍋の蓋を かぶせた。それが出来るまで、彼はいつも新聞や届いた郵便物を眺める。 今朝は『港・ピープル』というタウン誌が入っていた。駅の売店などで表紙は 見かけた事があるが、中を見た事はない。どこでこの店の住所を調べたか、わか らないが、どうせ『広告を載せてくれませんか』という事だろう。封筒からその 雑誌を取出して、ペラペラめくっていると、店紹介の覧に『おいしいホットドッ グがあるハーレーのお店/FATBOY』と出ていた。 「ああ?」彼が傍らに積んであるパンをかじりながら、それを読むと『元町の商 店街の、わき道に旧き良きアメリカの香りがするホットドッグ屋がある。いつも 店の前にハーレーが止っているからすぐわかる』などと書いてある。 「なんだこれは?」 取材を受けた覚えもない。彼はそのページを開いたまま雑誌を裏返しにし、ベ ーコンエッグを皿に乗せると、それを食べながら、またその雑誌をゆっくり眺め た。別に怒る理由もないし、喜ばしい事だが『おいしいホットドッグ』と特にい われる理由も思い当らない。彼は不思議に思いながらも、そのページを大切そう にカッターで切抜き、よくグルメ特集で紹介された店がそうやるように、お客の 見えるところにそれをピンでとめ、もう一度目をちかづけて眺めた、と同時にハッ とした。その文章の最後に、レポーターの名前であろうか「NAHO」と書いて あったのだ。 翌日、夕方すぎに、その「NAHO」は店にやってきた。 この前とはだいぶ印象が違うニットのワンピースを着ていたので、一瞬ゲンジ は分らないでいた。この前より女っぽい、それになんだか足も綺麗だ。 「有名なホットドッグの店はここですか?」と彼女がいたずらそうな顔で笑いか けた。 「いらっしゃい!久しぶりだね。これ?」彼がピンで留めてある記事を指さすと、 彼女がそれを見て頷いた。 「迷惑だった?」 「いや有難いけど・・・・食ってもいないのにさ」 ナホが皓い歯を見せて笑った「そうね、ご馳走して貰わなきゃ」 彼が「いいよ」と椅子に掌を向けた。 「この前は取材の日だったんだけど、あのバイクに邪魔されちゃったの」 彼女がスツールに座った。髪が揺れてプンと香水のいい匂いがした。 「タウン誌の編集やってんだ」 ゲンジが聞いた。 「別にあそこの正社員じゃないの。何でも書いちゃうの、音楽評論とかグルメと か・・・・」 「そう」彼がコーヒーを彼女の前にだして、カウンターの中にあるスツールに座 ると、表でペスパの音が聴えた。こんな時に限ってリュウだ。 彼女が振向いて、友達? という顔でゲンジを見た。ゲンジが頷いた。 リュウは入ってきたとたんナホの顔をみると、いきなり「あっこれはお邪魔」 とUターンをした。 「そんなんじゃないよ、入れよ」とゲンジが引留めると「いいのかな? なにか なあ」と彼が戻ってきて座り、顎を前に出して首だけで彼女にお辞儀をした。 「菜穂子さん」とゲンジが彼女を紹介した。 「ナホでいいの」彼女がつけ加えると「ナホ。なるほど、いい名前」とリュウが ゲンジの顔に五○センチほど顔を近づけて目をみた。 「よせよ」とゲンジが彼女に片手で拝むように謝った。彼女が首を横に振った。 「こいつリュウっていうんだ、いつもここにいる。高校の同級生」 ゲンジがタウン誌の切抜きとNAHOという文字を彼に見せた。 「う〜ん、なるほどなるほど、それで?」 「それだけ」ゲンジが妙に真面目に言った。 彼女はおかしそうにうつむいていたが、顔をあげて「免許とれたの」とゲンジ に言った。ゲンジが頭の上で手をパチパチと叩いた。 リュウがそんなふたりを見比べて「・・・・なるほど、彼女がドゥカのご本人って 訳?」と呟いた。 「何? ドゥカって」彼女がゲンジに聞いた。 「いいバイクあったんだ、ドゥカッティ」 「あっ知ってる。凄い音の」彼女がいうと「・・・・おっとぉ、あれ売った」リュウ が口をすぼめて頭をかいた。 「お前なぁ」 「だってよ、売ってもいいって・・・・」 「そうかぁ、残念。彼んちバイク売ってて、とっといて貰ったんだけどさ」 「そういえば、なんかへんに強引にとっとけって言われたなぁ」リュウが聞えよ がしに独り言を言った。 「ごめんなさい。あれから一回来たんだけど休みだったの」 「あっ月曜か、休みなんだ。二階に上がってくればいたかもしれない」 「有難う。でもね私ね、免許取れた日に、もう限定解除申込んだの」 ゲンジとリュウが同時に彼女の顔を見た。 「スポーツスターに乗るの私も!」 しばらくふたりともポカンと口を開けていたが、リュウが呆れて「やめなさい、 ナホちゃん。いいコだから」というと「いいじゃないか、ドゥカよりスポーツス ターがカッコいいって事だ」嬉しそうにゲンジがいった。彼女も嬉しそうに頷い た。 「乗り方、教えて上げるって訳ね。わかったわかった」リュウが顔を背けると、 「サービス!」 ゲンジがふたりの前にホットドッグをふたつ並べた。 リュウがまたマスタードとケチャップをいいだけかけた。ナホがそれをびっく りしてみていると、リュウは「まずいんだ、ここの、こうしなきゃ食えねぇ」と いいながら鼻に皺をよせた。 [2]Tandem Seat. 夏の終りの海がゲンジは一番好きだ。真夏の間は渋滞の排気ガスで充満してし まう一三四号線の海岸通りが、ようやく静かになって、汐の匂いを取戻す。 海は晴れて凪いでいる。 ゲンジは目を細めてきらきら光る海を眺めた。 水平線と並行して積み雲が連なっている。沖のあちこちに散らばる釣り船が見 える。 左手には江ノ電がそののどかさにあわせているかのように、のんびりと陽気な 音を立てながら走っている 街中では飛ばし、広いところに出るとスローダウンする、それがゲンジの走り 方だ。ゲンジのヘルメットの中で、そのゆったりとした潮騒の音と心地いいH・ Dの音が交じりあっている。リアシートのナホも彼と同じ音を分けあっている筈 だ。 ナホが久しぶりに来た翌日に、ゲンジのH・Dにはもうタンデム・シートがつ いていた。店の常連は来る度に彼をからかったが「気分転換、気分転換」とお茶 を濁した。リュウだけはそれを聞いてへらへら笑っていたが、数日後に余ってい たヘルメットをゲンジにくれた。 しかしそのリュウのおかげでゲンジはナホの電話番号さえ聞きそびれたのだ。 が、期待していた次の休み、月曜に、彼女は嬉しくもやってきてくれた。 女性をリアシートに乗せたのは初めてだ、いや人を乗せたのも初めてだ。彼女 は感激していたが、彼はもっとだ。アクセルを開くたびに彼女が後ろからしがみ ついてくる。しまいには頬を彼の背中につけっぱなしだ。例のいい匂いが、ます ます彼の頭をくらくらさせた。 江ノ島を抜けて、稲村ケ崎あたり、トンネルに入った。 「ゲンジ!いい音」ナホがリアシートで叫んだ、叫んだと思ったらトンネルは終 りだ。 「ああ、ギアをハイギアードにしたから、自分でも惚れぼれするぐらいだ」 また広々とした浜辺に出た。人がちらほら見える程度しかいない。犬の散歩を している人もいる。 「腹へったかぁ!」 「うん」 「よーし、もう少し走った『佐島』の手前に肉屋があるんだ」 「肉屋?」 「ああ、そこのコロッケが凄くおいしい。食べるか?」 「食べたい!」 「十個買うぞ!」 「いいわ」 コロッケを仕入れると、彼女は上着のお腹にそれを大切そうに入れた。 そのままゲンジはH・Dを三浦半島の先端まで走らせた。 城ケ島の橋をわたり、公園のパーキングにバイクを駐めた。パーキングの脇の 道から、島の裏側に出る道をみつけた。右手に背の高い雑草、左手に海鵜が群が る断崖がみえるその細い道を延々と歩いて行くと、島の裏側のちょっとした断崖 の上に出た。ドーンと太平洋が目の前に気持よく広がっている。 磯に降りる急な階段で、ナホが手を繋いできた。冷たかった。 彼は手を繋いだまま、彼女の手を皮ジャンのポケットにつっこんだ。 そこは砕けた貝で出来たような砂の浜だ。ごつごつした岩がところどころにあ り、まるで小学校の課外授業のように小魚やいそぎんちゃくが沢山いる水溜りが あった。手ごろな岩をみつけ、ふたりはそこに座った。 鮮やかなブルーのイソヒヨドリがしばらく離れた岩で「ツツ ピー」とさえず っている。 「あっコロッケ?」 彼女がお腹にいれていたコロッケを思い出して取出すと、ゲンジがそれをみて 大笑いをした。平たくつぶれてひどい有様だ、おまけに真ん中で割れているのも ある。 「ソース忘れたな」ゲンジがいうと、彼女がポケットから携帯用の小さな容器に 入ったとんかつソースを取出して、目の前にかざした。ゲンジの知らない間にナ ホが買っていたのだ。 ナホは四個、ゲンジが六個食べた。旨かった。 「ねえゲンジ、これ?」 彼女が三センチぐらいの、とがった形の貝をみつけた。 「つの貝」ゲンジが教えると「ふ〜ん、そういえば角の形」とそれから数時間、 ナホはその貝を集めるのに夢中になった。ゲンジは魚を捕まえようとして、水溜 りに足を落し、岩の上に濡れたブーツを干した。彼女も付合って裸足になった。 ゲンジは貝を集めている彼女の手伝いをするふりをして、自分の顔をナホに側 に近づけると、一瞬のうちにサッとキスをした。 ナホが「やったな」とゲンジの頭を押すと、彼が尻もちをついた。 それからは何もせず、海を眺めながらいろんな事を話した。 ナホの実家は静岡にあり、ナホが小さい時に父と離婚した母だけが、そこに住 んでいるという事だった。父の顔は写真でしか知らない。母はそこで慎ましく生 計を立てているようだが、ナホは少なからず仕送りをしているらしい。仕事には 情熱を持っていて、母をこちらに呼寄せるのが夢だと言っていた。 『そろそろ帰るか?』と足の砂を払い、また手を繋いで海辺の道を帰った。 しばらく走って、また海岸通りに出た頃には陽が傾いてきた。 「空の色!」ナホが後ろから叫んだ。 「ああ?」 「ゲンジのH・Dと一緒の色」 「そうだな」 ゲンジは早めにヘッドライトを点灯させると、鮮やかな夕陽を眺めながら『なん ていい気分なんだ』と思った。 右手の山の上の高い空にトンビが気持よさそうに舞っていた。
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