長編 #2136の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
[PROLOGUE]One Year Later. 静かだ。 大地が暗い分だけ、空が明るい。 盆地状の田園地帯だろうか? 人家の灯がなにひとつ見あたらない。 月明りが四方を囲む山の陰をくっきりと浮び上がらせている。 ハイウエイの光の帯が、S字に切り裂いたようにその空間を貫いている。 その静寂を破り、遠く彼方から重厚なエンジン音が轟いて来た。 騒音というよりも、心地よい程トルクフルなエクゾーストノート。 −−ZDA DA DA DA ZDA DA DA DA しかし、ゆるやか音の割には、かなりのスピードが出ている。 小さなドロップ型のフューエルタンク、鮮やかなオレンジ色だ。その下にV型 のツインエンジンが誇らしげに威光を放っている。ビッグツイン? アメリカン バイクか。 ライダーが見えた。 ヘルメットのシールドに、月が留まっているかのように映っている。 黒い皮革のライダーズ・スーツ、束ねた髪を風に晒している・・・・ 女だ。 その女は、ワインディングロードをぎりぎりの速度でやり過ごしながらヘルメ ットの中で、涙を流し続けていた。 あっという間に、そのバイクが飛び去っていった。 二○○m程後方から、オーバーフェンダーのセダンがそのバイクを全速力で追 っている。 直線ではセダンの最高速度がバイクのそれを上回り、距離が狭まる。しかしそ のバイクはセダンをあざ笑うかのように、奪われた距離をコーナーでまた取戻す。 こうして一時間あまり、そのクルマは女を追っているのだ。しかし、その女に 逃げている意識はない、どちらかといえば楽しんでさえいる気配だ。しかも泣き ながらだ・・・・。 しばらくそうしていると『いいだけ泣いた』女はそう思ったのか、パーキング エリアの標示をみつけると、いきなりギアを落し、その側道にバイクを傾けた。 深夜のパーキングエリアには大型トラックが一台だけ駐まっている。仮眠をと っているのか、ドライバーの姿は見えない。 女はバイクにまたがったままサイドスタンドを起し、ヘルメットをとった。 顔が小さい、どちらかと言えば童顔だ。 背がスッと高い。一見スリムそうだが、ただ痩せているだけではライダーズス ーツが似合う筈もない。 女はバイクに寄りかかると、腕を組み、すり減ったブーツの爪先を眺めながら、 追ってきたセダンが来るのを待った・・・・ 飛込んできたセダンが、やがてバイクに横付けされ、女の目の前で窓が開いた。 女が初めて顔を上げた。 頬に涙のあとが見える。 男は『そんな顔は見たくもない』とばかりに、しばらく正面を見ていたかと思 うと「もう終りかよ」醒めた声で言いながら、女の顔を伺った。 女が唇だけで小さく微笑んだ。 「そのバイクはブレーキが甘い。それに、さっきみたいな急なエンジンブレーキ はミッションを壊す。壊れたエンジンはフルロックを起す。知らないのか?」 男が責めるような口調で言った。 女は何も答えない。 ブレーキは最初から高性能のものに替えてある様だ、かなり荒く扱っても不安 を感じた事がない。それにエンジンブレーキの回転の合わせ方は体で覚えたつも りだ。 「勝手に心配しないで、か?」 「有難う。だけど今日は特別な日なの」 女が言いにくそうに言うと、男は苦笑して、しばらく吸えないでいた煙草に火 をつけ「ふっ」と烟をはいた。 「だけどな、少なくとも飛ばすんだったら、そのバイクはやめろ」 「ただのバイクじゃないわ、これは」 「ハーレーダビットソン・スポーツスター883cc。これでいいのか? 随分 長くて面倒なんだな」男が呆れて言った。 「一年前の今日よ」 「ああ、そのバイクの持主は俺の親友だった。俺だってお前の半分ぐらいは寂し いんだぜ」 女がうなずく。 「もう飛ばすなよな。次のインターで降りて、今日は大人しく帰れ、な」 男が言うと、女は微笑しながら首を横に振り、またバイクにまたがり、軽くキ ックを入れた。 一発でエンジンが始動し、安定したアイドリング音が響いた。 「付合ってらんねえよ、俺はコーヒーを飲んでく」 男がドアを開けて自動販売機の前に立った、と同時に女は何も言わずバイクを 発進させた。 男は後ろ姿で手を上げている彼女を眺めながら、缶コーヒーを左手でクルンと 一回りさせ、路肩の段差の上に座りこむと、吸いかけの煙草をポンと指ではじい た。 女はパーキングエリアを抜け、側道から飛出た。 三速。 更にスロットルを開けた。 『エンジン音に訊け』とばかりに、そのバイクにはタコメーターがない。 回転を合わせ、四速に突っ込む。 引っ張る。 五速。 バイクに乗り始めて数カ月になる。最近になって、やっと体も頭脳もバイクに ついていけるようになった。一体になれた感じがする。 一二○km/hあたりから、ミラーがぶれだした。 更にスピードを上げると、そのぶれは止った。 もうセダンは追ってこない、そうと分ると寂しいような気もした。 『天の邪鬼だな私』 女はヘルメットの中で、小さく笑うと、バイクの速度を一○○Km/hにスロ ーダウンした。 『H・Dスポーツスターがもっとも歓迎する巡行速度だ。この感じで何日でも走 り続けるのが、こいつには似合ってるんだ』そんな事を言っていた男の事を、想 い出すべくして想いだしていた。 このまま今夜は夜明けまで走ってやろう。 女はそう決めると、ヘッドライトをハイビームに切替えた。 一時間ほど走るとさすがに疲れが出た。彼女は次のインターチェンジで降りる 事にした。昼間であれば遠くに連なる山の稜線が綺麗にみえるI.Cだ。 別に明確なあてがある訳ではない。夜が明けたら、久しぶりに付近の牧場で新 鮮な牛乳を飲もうと思った。それから少し先に、どこだか忘れたが、あった筈の ひまわりの畑を探そうと思った。 国道から少しそれた道で、畑のまわには民家がない、そこで野宿をする。そう すれば起きぬけに、あたり一面にひろがるひまわりの畑が見られる。 彼女はI.Cに入ると、料金所までのS字を、独特の旋回スタイルで走り抜け た。ハーレーの教則本があるとしたら出ているような走り方だ。 ハーレーはロードスポーツなどとは違い、伝統ともいえる前輪の角度を持って いる。ロードスポーツはそのキャスターを立ててホイールペースを短くし、機敏 さを得ているが、ハーレーはその角度を極端に寝かせている。あくまで後輪に重 量配分をした、のんびりと大地を走るためのバイクなのだ。車体を極端に寝かす でなく、ハンドルのみで曲るでなく、曲り方ひとつとってもそれは正にハーレー のそれだ。 料金所で料金を払う。 料金を払い終っておつりを渡すときになると、大抵の係員は彼女が女である事 に気がつき、一瞬びっくりして目を見張る。今夜もそうだ。彼女もそのオジサン の真似をしてヘルメットの中で目を見開き、小首をかしげてみせた。 「気をつけてね」オジサンが言ってくれた・・・・これもいつもと同じだ。 それから更に一時間ほど走ったか。深夜のせいもあって、ひまわりの畑は案の 定、そう簡単に見つける事は出来なかった。 彼女はそれを諦めると、ひらけた畑の脇にテントを張る場所を決め、終夜営業 の店を探し、食料を仕入れた。そしてその場所にソロ用のテントを張った。 携帯式のガスランタンを点け、テントマットを引き、寝袋をひろげると、窮屈 なライダーズスーツをジーンズとパーカーに着替えた。 女ひとりの野宿は危険そうだが、大型バイクとテント。遠くから誰がみても女 が野宿をしているとは思えない。意外に安全なものだと彼女は知っているのだ。 テントの脇にころがっていた木の根を椅子がわりに入口に置き、それに座りこ んで、買ってきた食料と牛乳の箱を足元に置いた。 やっとひと仕事終ると、あたりがどこまでも静かだという事に気がついた。 空を見上げた。 無数の星が出ている。 やっぱりまた泣いた。 束ねていた髪をほどきながら『三○分ぐらいは泣くかな』と思った。 テントが風にばたついた。彼女が舞上がった髪を押えた。 晴れてるだけに夜の風は冷たい、彼女は泣きながらあたりの燃えそうな木を集 め、焚火をつくった。 『一気に沢山燃やしちゃいけないんだ。少しづつ一晩中持たすんだ』・・・・これ もアイツに教わった。 大粒の涙がポツンと膝に落ちた。彼女は声を出さずに肩を上下し、短く何回も 息をはくように泣いた。そして、泣きながら弁当を広げた。子供のように食べな がら泣いた。
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