長編 #2107の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
今度は蒸気船に乗る予定になっている。 船名「シティ・オブ・アバディーン号」、その船でロンドンからスコットランドのアバ ディーンに行き、その地でグラバー氏と会う事になっているのだ。三人はさっそく船に 乗り込む。甲板から外を眺めると、テムズ川に夕焼けが反射し、周囲が赤く染まってい るのが見えた。人通りも減り始め、街灯に火が灯り始める。 「おてんとさまは何処に行ってもあるな。何処にでも昇り、そして沈む」 馬渡がつぶやく。 「うむ、お月さまもあるぜ。ほらあそこ」 石丸は、空に現れた月を指さして喜んでいる。野村文夫も、ぼんやりと空を眺めていた 。 その時、一人の船乗りが野村の肩を叩いて言った。 「君たちの事がここに出てるぜ。」 船乗りは英語でこう喋った。野村は突然肩を触られてドキリとしたが、なんとかその船 乗りの言葉を理解すると、船乗りの持っている新聞紙に目をやった。 「俺たちの、何が出てるんだ?」 文夫はその船乗りから新聞紙を受け取って、紙面を見つめた。出てる出てる、三人の日 本人ロンドン到着、の記事がこと細かに出ているではないか。 「こここ、こ、これは、お、俺たちのことだ!」 「そうだよ。それがどうかしたか」船乗りは不思議そうな顔をした。なぜそんなに驚く のか、船乗りにはわからなかった。 「お、お、俺たちの事が、し、し、新聞に」 野村文夫は、ドキドキした。強烈な印象が全身をつらぬいて、失神しそうになった。 「し、新聞に、もう、もうこんな記事が!ヒエー、早いなあ!」 文明。これが文明だ。その日の事件がその日の夕刊に出る、これが文明と言うやつだ。 文夫は興奮して、そのおかげで夜は眠れなかった。 シティ・オブ・アバディーン号は、眠れない野村文夫を乗せてゆっくりとロンドンを出 港した。アバディーンには、それから3日後に到着した。そこにあるグラバー商会で、 野村は初めてグラバー氏と会う。(馬渡と石丸は以前会ったことがあるが、野村は初対 面。)屋敷に到着し、しばらくしてから、グラバー氏が姿を見せた。「ウェルカム!よ くぞいらっしゃいました。事故がなくて本当に良かった。」 (この男が、グラバーか。確かに独得の雰囲気がそなわっている。こいつは大物だぞ… …。)野村は、グラバーを見つめてそう思った。莫大な富を握っている男、グラバー。 外人ながらもあっぱれなやつだ。グラバー氏の後ろから、武田芳次郎と言う日本人がつ かつかと歩いて来た。「よくいらっしゃいましたな。お疲れでしょう?さあ、腰掛けて 」 芳次郎は言った。 「ええ……。」 「私は武田芳次郎って者でしてな、随分長いことここで勉強してる。フレセル先生は私 の先生なんだけどね、厳しいけれどもいい人だから、面倒見てくれるとの事です。」 「ははあ、お世話になります」 武田芳次郎は、かの有名な勝海舟麟太郎の門人で、長州出身であった。 どことなくべらんめえ調なのは、麟太郎仕込みだろうか。随分話がはずんだ。政情不安 な日本がこれからどうなるのか、まったく見当もつかない。ひょっとしたら、英国や米 国といった文明世界に支配されてしまうかもしれない。なにしろ、力の差が圧倒的に違 う。この差を埋めるには、とりあえず学問しか方法は無い。全ての知識を、文明国から 盗まなくてはならない。 悲壮なまでの覚悟が彼らにはあった。明日からは学問に燃える日々を送る事になるだろ う。もう、覚悟は出来ている。全てを頭にぶちこんで、我が国に持ち帰るのだ。覚悟は 出来ているぞ……。 「明日からしばらくは宿を探すこった。まだ不慣れだろうから、落ち着いたら本格的に 勉学に励んでおくれよ。」 「はい、わかりました。」 次の日の朝、一人の少年が突然この三人の元を訪ねてきた。 「こんちわあ。長旅お疲れさま!」 「あれ?君は日本人のようだなあ」 野村は、突然部屋に入ってきたこの少年を見て、驚いた。少年は日本人だった。「そう 、 日本人です。長沢日折と言う者です、ヨロシク」長沢日折、または長沢鼎、と言う変名 を使っているこの少年、本名を磯永彦輔と言う。 「こちらこそ。それはそうと、なんでこんな所に君みたいな日本人がいるのだ?武田さ んといい君といい、日本人がいっぱいいるねえ」 「アハハ、そんなに沢山いるわけじゃありません。私もグラバー氏にお世話になってこ こに来たのです。薩摩藩留学生の話は耳に入っていませんでしたか」 「ええっ?じゃあ、伊藤博文や五代君と一緒に来たんだね?五代君はこの地に来てるの か、是非会いたい」 「いえ、アバディーンにいるのは私だけです。みんな今はロンドンにいます。」 「そうか……。残念。」 「私は英語の学習のために、アバディーンにやって来ました。いま、アバディーン・グ ラマースクールに通っています。本来ならロンドン大学に行きたかったのですが、年齢 が若くてダメだったのですハイ」 「そうか、たった一人でここまで来たのか、君みたいな若い子が……」 凄い、と野村は思った。長沢君はまだ少年、ガキなのである。眼光が鋭く、ただ者では ない印象を受けるが、それでもあどけない表情をたまにする。この若さで、もう英語が ペラペラ話せる。それを知り、野村はさらに驚く。ただものではない。 「スゴイ、長沢君。もう英語が自由自在じゃないか!すごすぎるよ……。」 「イエ、野村さんもすぐに喋れるようになりますよ。なに、英語なんて、しょせんは馴 れですからね。そう臆する事もありません。」 「そういうものかな。」 ウウーム。野村はうなった。果して本当に英語を喋れるようになるのか?流れるように 、 こんな風に喋ることが出来るのか?それは、神のみぞ知る……。 その後の長沢少年について触れたい。長沢鼎、磯村彦輔はその後も日本に帰らず、カリ フォルニアのサンタローザに渡った。その地で、仲間と一緒に(ハリス、新井常之進、 エドウィン・マクハム)、葡萄農園を開き、葡萄酒の醸造を開始。これが大当りして、 「サクセスワイン」と名付けられたワインは全世界に輸出される事になる。ハリスの死 後はその全遺産を相続し(ハリスは長沢の経営の腕に惚れ込んで全財産を譲ったのであ ろう)ついに長沢は「葡萄王」と呼ばれ、莫大な富を築くに至った。 生涯独身を通し、昭和9年(1934)3月1日死去。83歳。 長沢少年に出会ってから、野村文夫はかなりのショックを受けた。自分より年下の少 年が英語ペラペラなんだから、彼の自尊心も傷つけられたことだろう。自分でも才能が あると思っているだけに、さらにそれより才能を持った人間を見ると、嫉妬してしまう のだ。 「まいったなあ、あんなガキがペラペラなんだもんなあ。俺なんか一生懸命勉強しても なかなか頭に入らないのに……。畜生。気合いいれて英語の勉強するぞおっ」 それからしばらくの間、文夫はアバディーンに在住して、必死に勉学にいそしむと言っ た生活を送る。馬渡も石丸も同じく、必死で勉強をした。毎日毎日、勉学に明け暮れた 。 野村も学問が嫌いでは無かったので、どんどん頭に詰め込んだ。 野村は1年7カ月アバディーンに在住。 そして、慶応3年9月にはアバディーンを去って、ロンドンを経由してパリに渡り、万 国博覧会を見物する。この時の万博には幕府のほかに薩摩藩、長州藩が参加している。 野村も、そんなパリ万博に興味を持って駆けつけた。 「万国博覧会とは、面白いことを考えるものだ。そう思わないか?」 「うん、まったくだな。わくわくするよ」 「虎五郎、この万国博には、かのナポレオン3世も訪れるとのことだぜ」 「うん、開会式に駆けつけるって言う話だ。早いとこ行かないとな」 「なにしろ、伝説のナポレオン翁の子孫だって言うじゃねえか。どんな面しているかお がまねえと気がすまねえよ」 「しかし、えらい混雑だなあ。これじゃ迷いそうだ。はぐれないようにしないとな。」 「そうだな、しかし、こうした晴れの席にはもうちっと日本人らしい格好をしてくれば よかったな?ハハハ」 混雑の中、野村たちは遠くにナポレオン3世を見た。隣には皇妃ウージェニーの姿も見 える。二人は愛想良く笑って手をふっていた。このパリ万博はナポレオン3世の発案に よるもので、フランスの勢力を世界に知らしめ、産業振興の起爆剤となる事を目的とし て開かれた。そしてその目的は見事なまでに達成されたのであった。文夫もまた、そん なナポレオン3世の策略にひっかかり、フランスに畏怖と恐怖の念を抱いた一人であっ た。 第2帝政の主役、ナポレオン3世を見て、野村はこのニコヤカに笑っている男がフラン スの最高権力者だというのを、奇妙な目で見た。実に凡庸な顔をしていて、特徴のつか めない顔。妙に神経質そうなその挙動を見て、本当にあんな奴が?などと思ったのだ。 「あれがナポレオン3世か。」 「なるほど、策士面している。策略の点では長けた人間なのだろう。」 「だが、いやらしい人間のようだな。」 「そりゃそうだ、でなきゃ天下は取れぬ。上に立つ人間はそう言うふうに出来てるもん だ。大権現サマだって、きっと悪人面していた事だろうよ」 虎五郎もそんな事を言いながら、どことなくいやなものを感じたていのだろう、険しい 表情をしていた。 パリ万博は素晴らしいものだった。近代産業の全てがここに詰まっていた。日本の出展 もあったので、そこに立ち寄って見たが、他の国の展示物に比べてみると貧弱なもので あった。 「すごいものだな」 「もういいかげん驚きつかれた。いくら驚いてもきりが無いわい」 「まったく。どこまで俺たちを驚かせれば気が済むんだか。」 「次から次へと新しいものが目の前に現れるんだものな。まるで魔術を見ているようだ 」 「うむ、魔術だ。まったく、すごいものだな……。」 パリ万博を後にして、再び三人は英国にもどり、日本へ向かう船に乗った。 10月18日の事であった。 . //
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