長編 #2102の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
真田にはいくら考えてももう打つ手はなかった。焦りと苛立ちが刻々と深くなった。 その時、真田は机の上の一通の手紙に目がいった。それは、ジョーからのものであっ た。 『8年前のお礼をするという約束をいつか果たしたい。』 その言葉が今、神にすがるような思いの真田の心にわずかな光を与えた。 そして、手紙にあった電話番号のところに電話をした。 ジョーはすぐに電話に出た。 「ジョー、わしだよ。真田だ。夜遅く、すまないね。」 「やあ、真田先生、びっくりしました。こんな真夜中にどうされたのですか。」 ジョーの声は、明るかった。 真田は、声を震わせながら、美子の状況を話した後、ジョーに懇願した。 「そちらの米軍基地からジープでここまで1時間で来れるかい。そして町の病院まで 100キロ程度だが1時間で行ってもらいたい。わしの一生一代のお願いだ。」 ジョーは、数秒間、考えてから、言った。 「わかりました。先生ほどの方がそれほどまで頼まれるのでしたら何とかやってみま す。今が8年前の先生のお礼に報いるときだと思います。彼女は私の命に代えても助け ます。約束します。では、1時間後にそちらに伺います。」 そう言って電話は切れた。 真田はほっと一息ついた。だが、この真夜中にジョーは本当にそんなに早く来れるの か心配になり、地図を調べた。米軍基地からこの村まで約100キロだが、道は狭く、 うねっていた。とても40キロ以上の速度は出せそうにない。そうすると早くて2時間 半かかる。間に合わないかも知れない。 真田は再び、深い絶望のどん底へ突き落とされた。ここで美子のお腹を切り、助けて やりたかった。しかし、美子の体の中は複雑な異常をきたしており、ここの貧弱な設備 で手術をすると、間違いなく、母子とも助かることはない。 権太じいさんから電話があった。 「美子の具合いはどうじゃ。」 真田は気を取り戻して言った。 「心配いらん。わしは名医だ。あ、明日には元気に・・・」 真田は声を詰まらせた。 「どうした。先生。明日には元気になるんじゃな。よかった。よかった。」 と言って、電話は切れた。 権太じいさんは真田を信頼していた。真田の言うことに間違いはなかった。真田は今 まで、今度のような絶望的な状況でも冷静に対処し、患者の家族に対しては、正確に状 況を説明し、嘘を言ったことはなかった。嘘を言ったのは今度が初めてだった。 真田は苦悶のまま、美子のベッドの横にたたずんでいた。 ジョーに電話して1時間経った頃、外で轟音が聞こえた。ジープの音ではなかった。 何が起こったのか、真田はわからなかった。急いで外に出てみると、なんと、大型ヘリ コプターが真っ暗な夜の空に浮かんでいるではないか。そしてゆっくりと近くの畑に 着陸してから、中から担架を抱えて2人のアメリカ兵が降りてきた。その一人はジョー だった。 「先生、お久しぶり。約束どうり、1時間で来ましたよ。」 ジョーは相変わらず、明るかった。 「よく来た。ジョー。ありがとう。」 真田はジョーの手を取って、喜んだ。 「先生、美子さんは、米軍の病院で手術しますよ。いいですね。むこうではもう準備を 始めていますから。」 「ああ、いいとも。頼む。」 真田もヘリコプターに乗り込んだ。 美子は米軍病院まで運ばれ、すぐさま緊急手術を受けた。 真田は自らメスを取り、手術を行った。手術は約5時間にわたって行われた。美子の お腹からは、帝王切開によって男の赤ちゃんが取り上げられ、美子の体もこの困難な 手術に耐えた。母子とも命を救うことができた。 真田は精力を尽くした。今度の手術は自分がしているのではなく、神の導きのもとに 行ったような気がした。真田は特に宗教をもっているわけではないが、手術中はそのよ うな錯覚に捕らわれた。 自分の中にいる神が助けてくれた、と真田は思った。 手術室から出て来ると、そのあまりに見事な手術に一緒に手伝ってくれた医師達から 拍手喝采を受けた。 真田は初めてほっと安堵し、「助かった。」とつぶやき近くのベッドに横たわった。 美子も赤ちゃんも順調に回復した。権太じいさんも、毎日、見舞いにきた。 「真田先生、ありがとうございました。あの夜、先生の声がおかしいんで少し心配し とったんじゃが、やはり名医じゃ。嘘は言わんのう。美子も子供も無事でなにより じゃ。」 「そうだろう。わしは名医の中の名医だからな。はっはっは。」 真田は快活に笑った。 子供は権太じいさんによって、「太一」と名付けられた。精神が太くて一本気な男に 育ってもらいたいからじゃと、権太は言ったが実は、権太と真田の名前の一助から一文 字ずつ取って付けたのだった。権太はそれだけ真田を尊敬していた。 一月ほどして美子と子供は退院して村に戻ってきた。そしてまた、権太じいさんと 平和な日々を暮し始めた。 ところで、入院している間に、美子はジョーと親しくなり、退院後もたびたび美子と 会っているようだった。 そしてさらに3カ月ほどたったうららかな春のある日、美子とジョーが2人で一緒に 診療所に訪れた。 「先生。僕達、結婚することに決めました。そこで、仲人をお願いしたいのですが。」 ジョーはうれしそうに言った。しかし、美子は、あまりうれしそうではなかった。 真田はその理由をよくわかっていた。 美子は、うつむいたまま言った 「結婚が恐いんです。また、前のようになるんじゃないかと思うとジョーの結婚の申し 込みは本当にうれしいのだけど素直に受け取れなくて。」 ジョーは美子の肩に手を置いて話した。 「大丈夫だよ。僕は、米軍をやめてこの村で百姓になるんだから、何も心配することな いよ。」 真田はそれを聞いて安心した。美子にとってジョーが軍人であることが精神的にどん なに負担になるかよくわかっていたからだ。 「美子ちゃん、今度は幸せになれるよ。前のことは忘れるんだ。よし、わしがりっぱな 仲人をつとめてやるぞ。美子ちゃんが百倍も千倍も幸せになれるようにね。」 美子はにっこり笑って、首を縦に振った。 その年の6月晴れたある日、ジョーと美子は村の神社で大勢の村人達の助けを借りて 結婚式を挙げた。あまり派手ではなかったが、多くの村人が握手を求め、芸を披露し、 大いに盛り上がった。もちろん、真田が一番中心になって座を盛り立てたのは言うまで もない。 (完) 1993.5.16 ポパイ
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