長編 #2081の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
または B面で恋をして シーンA 朝。サヨリはぐずぐすと起き出して鏡台の鏡をのぞきこむ。さんざん泣いても の凄い顔になっていたけれど、サヨリはどうしても誰かに会いたかった。 (どこに行こう) 彼女の友人のほとんどがサヨリの恋人が妻帯者と聞いて露骨にイヤな顔をした。 もちろん高橋が日曜の朝に出て来れるはずもないのは分かっていた。とりあえ ず服を着替えた。足は同僚の暁子の家の方向に向いていた。 シーンB まだ凱子と会ったりしているころ、サヨリは街で一度“弟くん”を見ている。 日曜の雑踏の中、信号待ちで横断歩道の向こうに立っていたときだった。“弟 くん”は同じくらいの背の高さの、すらりとした女の子と手をつないで横断歩 道の向こう側に立っていた。きれいな子だなあと、サヨリは思った。“弟くん ”はサヨリが見ているのに気付くと、いつかみたいにニカッと笑ってみせた。 シーンA 暁子の家はまだ比較的新しい住宅街の建て売り住宅のひとつだった。モダンな 作りのこじんまりとした家。暁子は妹の章子とあまり家にいない父親の、三人 で暮らしている。そこは以前、サヨリの通勤コースとなっていたのでその建築 途中を彼女はぼぼ毎日見ていた。暁子の家は本格的に作り始めて約一カ月で出 来上がった。今の建て売りの家には太い柱を使うこともないために、本当に早 く出来上がるのだった。 フェンスの呼び鈴を鳴らすと、暁子がドアを開け、少し意外そうな顔をした。 サヨリはおずおずと言った。「ごめんね、突然。今いいかなぁ?」 「いーけど……サヨリどうしたの、目がぱんぱんに腫れてる」 暁子は呆れてサヨリの頭を撫でた。サヨリはテヘヘと少し笑って、涙をこぼし た。暁子はサヨリを中へ招き入れた。ちょうど帰ってきた暁子の妹の章子が大 きな買い物袋を提げて続いて入った。章子は突然泣き出したサヨリを先程から 目をまるくして見つめている。暁子は妹から買い物袋を受け取った。 「で、どうしたのよ、今日は」 暁子がやんわりと尋ねると、サヨリはセキが切れたように話はじめた。 「あいつ、今度今度って、いつもいつもいつも。今度なんてどこにあるってゆ うのよお。ここの埋め合わせはここでするしかないと思わない?」 暁子は買い物袋をどさっと床に降ろしてどんどんと冷蔵庫に詰めながら聞く。 「あのさあ……もしかして高橋の前でもそーやって泣いてきたの?」 「………」 暁子はサヨリから何度も話を聞かされるうちに“高橋”を呼び捨てにしている。 サヨリはしゃくりあげながらコクコクと頷いた。暁子が気味悪そうに言った。 「あんた、まさかとは思うけどそうやって泣くことを何か役立てようとしてな かったでしょうねぇ。良くないよ、そーゆーの」 サヨリは耳まで赤くなった。ケンカの途中でが泣きだせば、高橋があやまるの をサヨリはこれまでの経験で知っていた。もちろん暁子にそんなことまで言っ たことはなかった。サヨリは腹の底を見透かされたような気がした。暁子は買っ てきた大量の食料を冷蔵庫に入れている最中でサヨリの方を見てはいなかった けれど、章子は突然泣きやんだサヨリを見て不思議そうな顔をしていた。買い 物袋から冷蔵庫へ、もとからある物のようにそれぞれの物が収まりのいいとこ ろへ入っていくのを、サヨリは魔法を見るような気持ちでぼんやりと眺めた。 「落ち着いた?」 「うん……」 そのあと三人で暁子の作った和風ツナスープスパゲティを食べた。大根おろし が辛くて死にそうだったけど、章子もサヨリも黙ってスープまで残さず食べた。 シーンB 凱子の弟はサヨリが高校三年の年に死んだ。自転車で学校に行く途中、電信柱 の陰に積んであったゴミの山に引っ掛かって転んだところをちょうど通り掛かっ たトラックに踏み殺されたのだった。サヨリは高校を卒業して二年たった頃、 クラス会でそれを人から聞いた。 「サヨリって二年の時、凱子と仲良かったよね?」 「うーん、まあねえ」 「あの子の弟って交通事故かなんかで死んじゃったんだよね?」 「え」 「そうそう、ちょっと派手な子だったでしょ? 知ってるよー、たしかうちの ガッコの生徒と付き合ってたじゃない?」 それから話題は、また違う事に移った。サヨリはその後も普通に振る舞い、た だ二次会だけは断って帰った。実感が沸かなかった。サヨリは“弟くん”と口 をきく機会を永遠に失った。 シーンA 火曜の夜。サヨリの部屋に高橋がプレゼントを持って来ていた。それは高橋な りの“うめあわせ”だった。サヨリはそのプレゼントを愛しげに両手で押しい ただいてから、静かに口を開いた。 「分かってる、分かってるのよ。私はあなたのこと愛してるわ。かけがえのな いものだと思うもの。あなたもそう言ってくれる。信じてるわ。私が今言いた いのはそんなことじゃない。」 ふたりは静かに並んでベットに腰掛けた。サヨリがプレゼントを開けようとも しないのを見て、高橋は不安になる。 「……何だよ、突然」 「突然じゃないわ。ずっと考えてた」 「何を?」 「私たちが一緒に暮らせるようにするってことは、普通以上の力で生活をかえ る覚悟がいるのよ。ただ普通に結婚するって事でさえ力のいることなのに、そ の前にあなたは奥さんと世間のことをすごい力で断ち切らなくちゃならないの よ。ねえ、分かってるの? そこまでの気持ちと方法があって、私に“もう少 し待ってくれ”って言ってるの? 私が聞きたいのはそういうことよ。ねえ、 どうなの?」 サヨリは高橋の肩を掴んで揺すった。高橋は苦しげに言葉を吐き出した。 「…………俺は君を誰よりも愛している。一緒になりたい。努力はしている」 「そんなの答えになってない。努力って何よ。具体的になにかしてるっていう の?」 答えになっていないのは高橋自身にも分かっていた。 「じゃあサヨリは、何もかもぶちまけてメチャメチャにして、俺と一緒になる 覚悟があるっていうのか?」 「……そんなふうに一緒になったって、その後が不幸だわ」 「じゃあ一体どうしてほしいの?」 「あなたこそ」 高橋が頭を抱える。サヨリはうつむいてひざの上で組んだ自分の指先を見つめ ている。相手のことが手にとるように分かりながら、ふたりは動くことが出来 なかった。誰かに似ていると思っていたら、高橋は笑うと“弟くん”に少しだ け似ているのだと、サヨリは気付いた。嘘でもいいから笑顔が見たいとサヨリ は思った。 シーンB 気持ちはケムリみたいなもので、放っておけばそのうちに消えてしまう。生活 は違う。思い出は消えない。記憶は薄れる。サヨリは自分が何年たってもたっ た数回会ったきりの“弟くん”を覚えていることを苦々しく思う。(いつか彼 のとなりで歩いていた女の子は今でも彼のことを思い出すだろうか。)サヨリ は“弟くん”の笑顔を思い出そうとして、打ち消した。頭に描いたのは高橋の 顔だったからだ。 シーンA 午後十一時。会社から帰って、サヨリがコタツでうとうとと眠りかかった頃に アパートの電話のベルが鳴った。サヨリはのそのそとコタツからはい出して電 話をとった。 「もしもし」 「……サヨリ?」 高橋だった。サヨリは電話機を持って身を起こした。 「どうしたの?」 「うん……声が聞きたくて」 「そう」 「近くにいるんだ。角の電話ボックス。今からそっち、行っていい?」 「………ダメ」 「……そうか」 「もう来ちゃ駄目だよ」 会ったらまたお互いに分かりすぎるくらい分かっていることを確認してしまう のだ。何も知らないままなら、衣食住だけで生きていけた。淋しさを知らない ままなら、その場その場のぬくもりや人の重みだけで幸せになれた。サヨリの 人生は二十四年も続いて、これから先も多分続いていく。サヨリは“弟くん” のことを考えた。“弟くん”の人生はたった十七年で終わった。どちらも本人 が望んだことではなく、決定的な事だった。サヨリが泣こうとわめこうと、そ れはそれ以上のものでもそれ以下のものでもなかった。 「別れようよ、高橋サン」 涙が出るより先に言葉が出た。受話器の向こうで嗚咽が響いてくる。高橋が泣 いていたのだった。サヨリはそれに気付くと頭の芯がじぃんとなったまま、口 をきくことが出来なくなった。彼女は卒業式の時のことを思い出していた。ど うして先に泣かれると、泣けなくなってしまうのだろう。 「……………………」 「…………女々しいだろう? 軽蔑した?」 「……………………」 サヨリは首を振った。高橋の言葉が続く。 「もう本当にしょうがないと思ってる…………でもほんとうにかなしいよ」 (私もよ) サヨリの口の中はカラカラで頭はまだ痺れたままだった。高橋の声だけだった。 「分かってる。何も言わなくていい」 「……………………」 「幸せにね、さよなら」 ガチャリと受話器が置かれた。泣きたかったのも、ほんとうにしょうがないと 思ったのも、かなしかったのも、なにも言わなくていいと思ったのもサヨリだっ た。お互い分かりすぎるくらい分かりすぎていた。高橋は駅前の電話ボックス で、サヨリは自分の部屋で、ふたりはそれぞれ立ち尽くしていた。 シーンB’ 夏だった。高原の冷たい風がざ−−−っと草をゆらして過ぎてく。彼女はリフ トで高原の高いところまで行って、草の生えた斜面に腰をおろす。しばらくし て下からとことこと斜面を昇ってくるTシャツにジーンズの若い男の子をみた。 “弟くん”だった。彼は肩にしょったギターケースを草の上にそうっとおろす と、サヨリの斜め前にとんと腰をおろした。“弟くんといいギターやってる子っ て、何でそろいもそろって長髪にするんだろう”とサヨリはおかしくなる。“ 弟くん”はいつか見たときと同じように後ろ髪だけが長く、茶色でさらさらと 風に吹かれていた。サヨリは手を伸ばすと“弟くん”の後ろ髪の長いところを チマチマと三編みにした。最後に細い赤のリボンでちょうちょに結んでみる。 “弟くん”はサヨリの顔を振り向いて「ありがとう」と笑った。サヨリは笑い かえそうとして涙をこぼしてしまい、驚いて目が覚めた。古い時計がこちこち こと秒を告げている。時間は午前2時だった。 シーンA 電話で高橋に別れを告げた明くる朝、サヨリはいつものように目覚まし時計で 七時に起きた。そして昨夜の夢の事を思い出して苦笑する。それからもそもそ と着替えて顔を洗い、その後やっと高橋の事を思い出した。二年も積み重ねた 関係をたった一晩でぶち壊したのだ。サヨリは後悔で体中がどうんと重くなっ た気がした。 数日後、サヨリは高橋との事を一部始終、暁子に話した。暁子は「そう」と言っ たきり黙った。どれもよくある話に違いなかった。サヨリはそれを全部聞いて くれた暁子に感謝した。終わってしまえば高橋も“弟くん”も同じように思い 出の人だった。(もう会えない)会ったとしても同じことだった。ふたりには どんな埋め合わせの手段もなかったのだ。サヨリの手元には高橋が“埋め合わ せ”としてもってきた、プレゼントが残された。プラチナの小さなハートの中 にサファイアのあしらわれたネックレスだった。 おわり
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