AWC ◆シビレ湖殺人事件 第1章・ヒヨリー1



#1033/1158 ●連載
★タイトル (sab     )  16/01/15  16:35  (224)
◆シビレ湖殺人事件 第1章・ヒヨリー1
★内容
八月のある朝、私はJR身延線という、
甲府から富士のすそ野の方へ走っている電車に乗っていた。
甲府から10個目ぐらいの市川本町という駅で降りて、
シビレ湖という湖に行く為だった。
そこで高校の補習があって、それにパスすれば留年を免れる、という話だった。
電車の中は、朝だというのに無人だった。
隣の車両も無人。
電車のつなぎ目のガラスが屈折していて、向こうで吊革だけが揺れていた。
連結部のアコーデオンみたいなところから、ぎーぎー音がしてくる。
レールの乾いた音が尾てい骨から後頭部に響いてくる。かたたん、かたたん。
車窓から遠くの山々が見えた。あれは南アルプスなんじゃない? 
それで、何でこんな遠くまで来なくちゃならないのよぉー、と思った。
私の高校は都立高なのだ。
リュックのポケットから案内のプリントを出して広げてみる。

ーーーーーーーーーー
一学期生物Tの補習に関するお知らせ

1年3組 北村ひより君 平成27年6月28日
                1学年教務係

木々の緑が目にしみる今日この頃、皆さんはいかがお過ごしでしょうか。
中間試験も終わり、のんびりしているのではないでしょうか。
しかしここで厳しいお知らせをしなければなりません。

この度生物の担当教諭から、皆さん6人に関して、
期末試験を待つまでもなく単位の取得は無理、との連絡がありました。
生物Tは必修科目ですから、この時点において皆さんの留年が確定した事になります。
又、当校では学年制をとっているので、
本日以降は他の科目にも出席する必要はありません。
(出席したとしても、来年度は全科目をやり直さなければなりません。)
さてしかしながら、これから半年以上もの期間を、自宅待機やアルバイトで過ごす
としたら、皆さんはあまりにも無駄だと感じるのではないでしょうか。
学校としましても、皆さんが留年してきたら、新入生枠を減らさねばならず、
遺憾な事ではあります。
そこで今回学校は、次の様な措置を考えました。
すなわち、夏休み期間中に4日間の補修期間を設け、
全てのカリキュラムを修了した者に対しては生物Tの赤点をなかった事とし、
2学期以降も引き続き出席出来るものとする、というものです。
但し、復学出来るのは6名の内2名とし、残る4名は残念ながら退学する事とします。
これは一見冷たいようですが、皆さんにとっても学校にとっても無駄を省く
という意味で有益である、と考えて了承して下さい。
つきましては、補習に参加を希望する者は、下記の日時に集合して下さい。

1、補習期間。8月15日(土)〜18日(火)
2、集合場所。山梨県西八代郡市川三郷町山保33** シビレ湖ロッジ前
3、集合時間。午前11時
4、連絡と注意。
当日は身延線市川本町駅で下車して登山で来て下さい。
登山の所要時間は約3時間ですので遅刻しない様に注意して下さい。
自動車、オートバイ等で来た場合には失格となりますので注意して下さい。
食事は学校で用意しますので登山中のドリンク等以外は不要です。

ーーーーーーーーーー

案内をたたむと、Gパンのポケットにねじ込んだ。
窓の外の景色の流れがゆっくりになっていた。
レールのつなぎ目の音もゆっくりになっていた。
その内「次は、市川本町駅、市川本町駅、お降りの際はお忘れ物など無いよう
お気をつけ下さい」という蓄膿症みたいなアナウンスが聞こえてきた。
さーていよいよかぁ、と私はリュックを背負って立ち上がった。
よろけながらドアのところまで行くと、ドア脇に渡された鉄パイプを
ぐいっと引っ張ってガラスにへばりつく。
ちょうど電車がホームに入って行くところだった。
丸い時計が8時なのが見えた。
これだったらまだ少しは涼しいかも知れない、と期待する。
が、電車が止まって、ぷしゅーっとドアが開いて、
一歩ホームに降り立ったら、熱風が顔に吹きかかってきた。
あぢー
ホームに降り立って、前後を見渡す。
誰も居ない。なんでだろう。時間が早すぎ?
でも他の生徒はどうしたんだろう。
ぷーと警笛を鳴らすと電車は出て行った。煙は残らない。
私は小首を傾げながら、その場を後にした。

駅舎とホームの間には、改札も何も無かった。これは無人駅だからだろう。
しかし待合室に入っても誰もいなかった。
そこを通りすぎて駅舎のひさしの下に出るとUV光線がお肌を直撃した。
プスッ、プスッ、プスーッ
私は帽子のツバを丸めるようにして押さえると、辺りを見渡した。
駅前には小さな広場があって、太陽光線を照り返していた。
奥の方には細い道があるのだが、
日陰になっていてどこにつながっているのか分からない。
その手前に地図を描いた看板があった。
とりあえずあそこまで行ってみっか、と、そこまで行った。
そしてこれからの道のりをチェックした。
えーっと、なになに、ここが標高250メートルでシビレ湖が880メートルかぁ。
ということは標高差630メートルか。高尾山とあんまり変わらないな。
しかし距離は6キロだから倍もある。
うーん、どうだろう…、と東の空の太陽を仰ぎ見た。
ぎ〜ら、ぎ〜ら、結構きついかも。
しかし線路の向こう側の山肌を見ると、ブロッコリーみたいにもこもこしていて、
苔みたいな緑色をしているので、
あそこに入れば案外涼しいんのでは、とも思う。
まぁ何れにしても行くっきゃないのだが。
私は背中を揺らしてリュックの位置を直すと歩き出した。

日陰の細い道を歩いて行くと県道につながっていた。
ぎらぎらと太陽がアスファルトを照らしていて、足跡がつきそうだった。
そこを300メートルぐらい進んで行くと、「シビレ湖↑」という標識が出ていた。
そこを右折して、さっきの身延線の踏切を渡って、道路の脇の石段を上って、
コンクリートの坂道を上って…と、ここらへんで既にバテていたのだが。
暑いし熱いしで体の熱が逃げていかない…とにかく進んで行くと、
またまたアスファルトの道路に出た。
そこをしばらく行くと左手に、なんだろう、龍宮城みたいな建物が見えてきた。
香港のカンフー映画に出てきそうな建物なのだが、
何のために建てられてんだか分からない。
なんなんだろう、と思いつつ、それに近づいて行った。
その石垣に沿って奥の方に進んで行くと、そこが登山道入口になっていた。
ここかぁ。こんな所に入口があるなんてちょっと宮崎駿っぽい。
立ち止まると額や首筋からどっと汗が吹き出してきた。
がさっとリュックを下ろすと、ペットを取り出すて、がーっと一気に飲んだ。
半分ぐらい飲んだところで、氷がくるくると回転した。
水道水を冷凍庫で凍らせてきたものだ。
ふーっと息をついて、キャップを締める。
空を見ると、日がかなり高くなっている。
これからまだまだ暑くなるんだろうか。
でも、登山道の奥は薄暗いから、こっから先は少しは涼しいんだろうなぁ、
と期待する。
リュックのサイドポケットにペットを突っ込んで、背負った。
よっこいしょっと。

しかーし、森の中に入ると、そんなに涼しくはなかった。
木漏れ日というか、あっちこちから直射日光が差し込んできていて結構暑い。
クヌギだのブナだの雑木が一応トンネル状になっているものの、
枝が貧弱で陽の光を遮ることが出来ない。
これは多分昔富士山が大爆発して、火山灰が降り積もった為に土壌が酸性で、
樹木が太くならないんだと思う。
関東甲信越の山はどこもこんな感じだ。
高尾山とか、御岳山とかもこんな感じだ。木枯し紋次郎の世界。
山に限らず街でも八王子とか立川とか国立あたりまでこんな感じ。
国立なんて学園都市とか言っているけど、ちょっと甲州街道の方に行くと、
ものすごい埃と排気ガスで人も歩けないぐらい。
小金井とか府中とか三鷹のあたりまで行くと、もっとしっとりしていて、
木々の緑も濃くて空が青くて、玉川上水みたいな小川が流れている。
あれは多分多摩と武蔵野の違いで、武蔵野には火山灰が降らなかったのではないか。
八王子には、ああいう小川は無いのだが、
あれは火山灰に埋まってしまって地下水になっているのでは。
だから八王子には温泉が多いんだ。
しかも臭くて、イオウじゃなくて生臭いニオイがするやつ。
それをみんなありがたがって浴びているけど、
あれは火山灰に埋もれている動物の死骸のニオイなんじゃないの。
…とか思いつつ歩いていたら、突然、雑木のトンネルが途切れて、
土管が破けて陽が当たっているような場所に出た。
私は歩調を緩めて、あたりを見ながら歩いた。
あたり一面、真っ白。
うどん粉病とかいう葉っぱの病気だろうか。
それとも本当に火山灰でも降ったか…。
左側が峰になっていて、草ボーボーの斜面になっているのだが、
そこなんてシベリアンハスキーが丸まっている様に見える。
歩きながら、何気思ったのだが、
あの峰を歩いていてコケたら、
ごろごろーっと転がってきて自分の足元を通過して右の崖に落ちて行くんだなぁ。
と思って、そっちを見たらお地蔵さんが置いてあった。
ひぇー。
歩調を早めて走り去った。
そうすると又又森のトンネルに入った。
またかよー。
しかし、今度はなんだか鬱蒼としている。
あちこちの木もいやに太くて、
木の根が露出していて蜘蛛が獲物を掴んでいる様に見える。
その根が登山道まで伸びてきていて階段の一部になっているのだが、
いきなりくるくるーっと脛に巻きついてくるのではないか。
ぞぉーっとした。
登山道の両脇には夏だというのに大量の落ち葉があって堆肥みたいになっている。
あれをひっくり返したら、ダンゴムシがうじゃうじゃ居るのではないか。
ぞぉー。気持ちわりー。
一瞬にして胸焼けがしてくる。
それでも我慢して前進していたら動悸もしてきた。
これは運動によるものなのか。はたまた魑魅魍魎が迫っているのでは…。
私は、なんとなく気配でも探るように歩調を緩めてしまった。
耳に神経を集中する。
カサカサ、カサカサと擦れるような音がする。
なんだろう。
そーっと後ろを振り返る、と、落ち葉の下から大量のダンゴムシが這い出してきて、
こっちに迫ってくる、ような気がした。
気持ちわりー。
腰でも抜かさんばかりに後退りすると、体の向きをかえて一目散に走り出した。
なるべく遠くを見るようにして走った。
リュックがどんどんと背中を叩いた。心臓がコウモリの様にバタバタしている。
遠くに、又土管が破けて陽が差している場所が見えてきた。
光に浮かんでいるのはなんだろう。
ハシゴか。
いや、あれは階段だ。
丸太で出来た手摺つきの階段が小高い山の上に伸びていて、
上の方に光が当たっているのだ。
あそこだったら安心して休める。
私は更にスピードを上げた。
しまいには腕を振って走り出した。
そしてとうとう階段にたどり着き、片足をかけた、、、その瞬間だった。
バタバタバターっと空中から黒い影が舞い降りてきた。
うワーッ、カラス天狗!
私は、うわーっと天を仰いでそっくり返ると階段の下で尻餅をついた。
カラス天狗はばさっと、すぐ手前に着地した。
うわわわわわ。私は尻餅をついたまま後ずさった。
カラス天狗はにじり寄ってくる。
「ひぃーーー」、来ないで。
「待ったぁ」カラス天狗は手を伸ばしながら迫ってきた。
「ひぃ、ひぃー」私は後ずさる。
「待ってよ」
「ひぃー」
「待って、待って」と言いつつ、カラス天狗は迫ってきた。
そして覆面を取るとぬーっと顔を近づけてきた。
最早、身動きのできない私は、じーっと見詰めた。
子泣き爺とか左卜全みたいな顔。
5秒ぐらい見ていて、ん?と思う。クラスの斉木という男子に似ている。
が、どうしてここに。
「サイキか?」私は恐る恐る訊ねた。
「そうだよ」
「えー、なんでこんなところに」
「補習に来たんだよ」
「えー」頬の肉が緩んで涙目になるのが分かった。「つーか、なに、その格好は」
彼はチャンバラごっこでもするみたいな渡世人みたいな格好をしていたのだ。
「日よけだよ」
「うそぉー。つーか、もう脅かさないでよ」とようやく私は脱力した。
「ごめん、ごめん」と手を伸ばしてくる。
が、非力で私を起こせない。
自分で起き上がると、尻の泥をはたいた。
「上から見えたんだよ」斉木は階段を指した。
「なんなの、ここは」
「のろし台だよ。展望台みたいなもの」
「へー。つーか、みんな居るの?」
「僕だけ。一人で休んでいたら君が来たんだよ」
「へー」




#1034/1158 ●連載    *** コメント #1033 ***
★タイトル (sab     )  16/01/15  16:36  (101)
◆シビレ湖殺人事件 第1章・ヒヨリー2
★内容
斉木は階段を上がって行った。
私もついて行く。
丸太を埋めた土の階段を20段ぐらい上ると、
洞窟から出たみたいに陽の光に晒された。
そこは10平米程度の展望台で、芝生が生えていて、青空が見えて、
右の奥には盛土の山があって大砲みたいな筒がぶっ立っていた。
「あれがのろしだよ。つーかその看板に書いてあった」
どれどれ? と私は右手にあった看板を見た。
城山の烽火台は武田信玄公の時代、静岡、神奈川からの情報を山梨に伝達する
最後の烽火台である、云々、と、読んでいる内に、
斉木は展望台の先端に移動していた。
斉木のリュックが芝生に転がっていて、私もその横に下ろすと、先端に行った。
すると、絶景かな…とは行かない。
山の緑はくすんでいて、平野は黄土色に滲んでいて、
永谷園のお茶漬け海苔についている安藤広重の浮世絵みたいに滲んでいる。
西の方が多少青っぽい感じがする。あっちが静岡か。
東の方は甲府盆地か。
「あの山の向こうが相模湖かな」と、私は東の方角を指した。
「違うよ。河口湖あたりだよ。富士急ハイランドとか」
「近いような遠いような」
斉木はすぐ下の麓を見下ろして、「あそこを必死に登ってきたんだよ。
蟻地獄にはまった糞転がし系の甲虫みたいに。ヒヒヒっ」
と肩を揺すって笑っていたが、その肩幅の狭いこと狭いこと。
腕も細い。
Tシャツじゃなくてカッターシャツを着ていてズボンの中に入れている。
はぁーと何気ため息をつく。
私は、のろし台手前の芝生に戻って、どっかと座ると、ペットを出して一気に飲んだ。
溶けた水はすぐに空になった。
斉木も戻ってきて、ごそごそと自分の荷物を漁る。
ミリタリーの水筒を取り出して、こっちに差し出してきた。
「何はいってんの?」
「レモン水」
受け取って飲むと鉄の匂いがした。
それから斉木はアルミ箔に包まれた塊を見せてくれた。
「見て、これ。チョコが一回溶けて固まったらこんなになっちゃった」
アルミ箔を丁寧にはがすと皺皺の痕がチョコレートの表面に付いている。
半分に割ると半分くれた。
それを口の中に放り込むと、じわーっと甘みが広がる。
「うめー」
口腔粘膜から直接細胞に取り込んでいる感じだ。頬の筋肉に痛みさえ感じる。
ほっぺたが落ちるというのはこういう感じか。「これ旨すぎるよ。マジやばい」

また、水筒をラッパ飲みした。
人心地ついて、大きく鼻で息をする。
斉木がじーっと見ていた。
「なによ」
彼は鼻の下を指差した。
鼻の下をぬぐったら、産毛に水滴が残っていた。
こいつの家は産婦人科医院で、ああやって人を観察して、産婦人科的に分類するのだ。
よく人の食べるところを見ていて、
鼻の下が長い人は母乳で育ったから愛に溢れている、とか言う。
「つーか、斉木も落第したの?」
「うん」
「医者の息子が」
「まぁ…。そっちは?」
「私はグロ耐性ゼロだもの」
私は解剖が嫌だったんだよなぁ、と遠くを見た。
さっき来たきもい山道は、土手の影になって見えない。
「つーか、他に誰か来るの、見えなかった?」
「いいや」
「つーか、斉木って、何時の電車で来たの?」
「30分ぐらい前のだと思うけど」
「それって誰も乗っていなかったんでしょう?」
「そうだよ」
「でもその前だと7時着ぐらいのだよ。そんなの早すぎだし。
私のの後だと9時頃で、それだと遅刻だし。
もしかして、みんな車で来てんじゃないのかなぁ」
と言う私を見て、斉木は二ターっと笑った。
「なによぉ」
「登山で血の巡りが良くなっているところにチョコレートなんて食べたもんだから、
色々妄想するんだな。酒乱になる可能性がある」
「なんですって」
「まぁまぁ、いいじゃない。もし皆が車で来ているんだったら、
バレた時点で失格だから、僕と君の勝ちだし」
言うと立ち上がった。
展望台入り口のトタンの案内図を見に行く。
私もついて行って見た。
「まだ3キロもあるのね」
「でもここが標高868メートルで、湖が880メートルだから、
ほとんど上りはないんじゃない?」
「そうだといいけど」
「じゃあ、そろそろ行きますか」
と言って私らはリュックのところに戻った。

のろし台を後にして、私らは山道に戻った。
しばらくは平坦な道が続いた。
しかし少し行くと、急な下りになって、その先は沢になっていて
丸木橋がかかっていた。
それを渡ると又上り。
まだまだアップダウンが続くのか、と思うとうんざりした。
しかし、それが最後の上りで、そのシビレ湖峠という峠を上りきると、
後は緩やかな下りになった。
そして、だんだん傾斜がきつくなり、重力にまかせて足を出すだけで
前へ進めるようになる。
やがて、左側の木々の間から湖面が見え隠れし出した。
「おっ」っと斉木が言った。
湖面が陽の光でキラキラ光っている。
「おーーーーっ」と興奮して、奇声を上げながら、斉木は足をどんどん前に出して、
駆け下りていった。
両手両足を前後バラバラに出すので、韋駄天走りみたいだった。
私もどんどん足を前に出して、落ちるにまかせて下って行った。




#1035/1158 ●連載    *** コメント #1034 ***
★タイトル (sab     )  16/01/15  16:36  (117)
◆シビレ湖殺人事件 第1章・ヒヨリー3
★内容
やがて地面はだんだんと平坦になり、完全に平らになる。
靴の裏で、乾燥した地面のじゃりじゃりした感じが分かって、湖畔だなぁと感じる。
振り返って今出てきた山を見ると、杉だか檜だか、枝の払われたノッポの木が、
櫛の歯みたいに並んでいる。
私らは、じゃりじゃり音をたてながら、あたりを見回しながら進んだ。
右手に防風林みたいなのがあって、それを迂回して進む。
左手に広場があって、キャンプファイヤーの跡みたいなのが真ん中にあった。
正面に湖が見えてきた。
周囲1.2キロのカルデラ湖か。
ぐるり一周もこもことした古墳の様な森に囲まれている。
水面もお堀の水みたいに緑がかっている。
更に進むと、防風林の影からロッジが全容を表した。
屋根が赤くて高くて、リンガーハットみたいな建物。
湖畔に面したところがテラスになっていた。
そっちに回り込むと…そこに落ちこぼれ男女2、2が荷物を転がして、
ごろごろしている。

「いたいた」思わず顔がほころぶ。「なんだよ、うだっているじゃん」
とにこやかに迫っていたのだが、牛島、という男子が いきなり三白眼で睨んでいる。
頬骨がでっぱっていて、ニキビが吹き出ていて、
てんぱーの前髪を垂らしてそれを隠している。影では半魚人と言われている。
「残る2人はお前らか」牛島がレスしてきた。
「よぉ」斉木がへつらうように手を上げた。
牛島の隣にはヨーコがいた。
こいつはモンチッチみたいなずんぐりむっくりした体型をしている。
湖面側の手すりにミキが寄りかかっていた。
多分学年一綺麗な子で、シンデレラとか自由の女神みたいな顔をしている。
あー、と長い手を伸ばしてあくびをしていた。
そのすぐ手前には春田。
こいつはキャベツ畑人形みたいな感じで、顔がでかくて眉毛が無い。
こいつらツーツーで出来ているんだろうか。
でも対等な関係じゃなくて、牛島のペットがヨーコ、ミキのペットが春田、
という感じがする。
…とか思いつつ、テラスに上がって、リュックを下ろした。
ふと、春田の靴が目に入った。妙に綺麗。
「もしかして車できた?」
「なんで?」
「なんとなく汚れてない、つーか」
「いきなりいちゃもんつけてんのかよ」と又牛島が言ってくる。「人を疑って、
そうじゃなかったら倍返しだからな」
「ここに来る道路は、この前の地震で寸断されているんだよ」と春田。
「だったら先生はどうやってくるの?」と斉木。
「しらね」
「しらねって、みんな黙って待っていたわけ?」
「全員、携帯圏外ですから」と春田。
斉木が時計を見た。「11時5分前」。
「ちょっとぉ。誰かがあけてくれるまで待っている積もり? 
パチンコ屋じゃないのよぉー」ミキがTシャツの丸首をひらひらさせて
胸に空気を入れた。私の為にどうにかしろよ、オトコ達、みたいな感じ。
牛島、春田がベタっとガラスに張り付いて中を覗いた。
サッシを開けようとガタガタ揺らすが鍵がかかっている。
「裏から入れないかなぁ」と春田。
「そうだな、裏に行ってみるか」
テラスの反対側に降り口があって、牛島がでかい背中を揺らして降りて行った。
それに春田が続く。それから他のみんなも。
それから全員でぞろぞろとロッジの反対側を歩いて行った。
はたして裏口はあったのであった。
そして春田がドアノブに手をかける。
開けてみぃ、みたいに牛島が顎をしゃくった。
カチャっと音がして、さーっと開けると…。
入ってすぐのところに階段があって地下と2階につながっている。
その向こうはバストイレだろうか。
私らは中に入り込むと、手前の廊下を左に進んだ。
突き当たりのドアを開けると、対面式キッチンがあって、
カウンターを通り抜けるとさっき外から見ていた食堂だった。
真ん中にテーブルがあって、スナック菓子だのペットのドリンクが用意されている。
「なんだよ、おもてなしの準備が出来ているじゃない」牛島がガサガサあさる。
「暑い暑い、みんな窓開けよう」とミキがサッシを開けた。
春田がコマネズミみたいにキッチンに走って行くとそっち側の窓を開ける。
さーっと、湖からの風が入ってきた。
「いい風が入ってくるじゃない」首を風にさらしてミキが言う。
「さあ、頂こう、頂こう」
「勝手に食べていいの?」
「今更。つーか、既に上がりこんでいるし」
牛島はぎーっと丸椅子をひいて座るが早いか、
パーンと袋をあけてポテチを口に入れた。
「うーん、味が濃くてうめー」
みんなもぎーぎー椅子をひいて、ぱんぱーん、と、
スナック菓子とペットの蓋を開けた。
私はスナック菓子の袋に圧力をかけて、穴でも開いていないか調べた。
「用心深いな」
と言う牛島は無視して、裏のアレルギー物質一覧を見る。
別にアレルギーなんじゃなくて、グロ耐性がないから
動物性のものが嫌いなだけなんだが、ベジタリアンって事にしてある。
「形が無くても駄目なのかよ」と牛島。
うるさいなあ。「形はなくてもアレルギーは起すでしょう」
「給食だったらどうする」
「給食だって、今はアレルギーの子供には別メニューがあるじゃない」
「俺はそんな女とは暮らせないな。同じものを食って、
同じベッドに寝てって感じ」言うとヨーコに向かってスナック菓子の袋を振った。
黙って手を突っ込むモンチッチ。
どうしてこいつは、言われるがままに食うんだろう。
そういえば中学校の頃、カレーの肉とか全部こいつに食わせた。
ロボトミーにでもされたみたいに従順なんだよな。
でも内心私の事を恨んでいるかも知れない。
牛島はなおも食えと袋を揺らした。
それから自分でもぼりぼり食う。
ポテチの油が顔に滲み出てきてニキビをてからせて、半魚人みたいになった。
げー。
その隣の春田も猿、っていうか、キャベツ畑人形みたいな顔をしているのだが、
小さな口でぽりぽりと菓子を噛む。
「これ美味しいよ」と、ミキに差し出した。
悠然とスナック菓子を口に運ぶミキ。
高い鼻。大きい目。長いまつげ。丸で自由の女神、つーかエルビス。
どうして、同じ人間でも、こうも造りが違うのか、と思う。
神がもし粘土で人を造ったのなら、神が丹精こめて造ったのはミキだろう。
春田なんていうのは余った粘土で適当に造った感じ。
でも結局こいつらツーツーで釣るんでいるのか。
余っているのは斉木か、と、テーブルの反対側の斉木を見ると、
あいつもミキを観察していた。
中学校の時、じーっとミキを観察していて、突然
「このクラスの半分は僕んちで生まれた。君もそうだ。お母さん元気?」と言って、
ミキが腰を抜かしたって事があった。
全く身の程を知らない事を言う奴だよなぁ。
つーか、ここにいるのは全員、八王子×中卒か。
まあ、あの都立高ではクラスに3人も4人も中学の同窓生が居るのは普通だが、
でも、6人というのは多いけれども。




#1036/1158 ●連載    *** コメント #1035 ***
★タイトル (sab     )  16/01/15  16:37  (113)
◆シビレ湖殺人事件 第1章・ヒヨリー4
★内容
30分ぐらいすると、テーブルの上は空き袋とペットの山。
隣のミキが、奥歯の臼にへばりついたカスを舌の先っぽで取ろうとしながら
「かえってノドが乾いちゃったね」などと言っている。
「誰も来ないんだったら帰ろうか」と牛島。
「居たってしょうがないものなあ」と春田。
全員あくびなどしてだらけた感じだった。
突然、部屋の奥に設置されてあったテレビがONになった。
「おー、なんだ、なんだ」。一様にざわめく。
最初画面がぱっと光って、真っ暗になって、少しすると人影が映し出された。
《ああ、聞こえている? もう映っているの?》
放送事故みたいに画面と外れた方向に喋っているのは、生物の教師だった。
一学期の間、理科室で見ていた顔だ。
彼は、はっと気付いたように画面の方を見ると、
あわてていずまいを正すと話し出した。
《みなさん、こんにちは》ううん、と咳払いなどしてノドの調子を整えている。
《えー、今日は遠路はるばるご苦労様でした。
みなさん、スナック菓子は食べ終わったかなぁー。
みなさんが一服したところで、
それじゃあ、そろそろカリキュラムについて説明をしたいと思います。
担当は、生物のタムラです。
私の事を恨んでいるかなー。
なにしろ私のせいでそこに居るんだから。
悔しかったらねぇ、何時も言っているように、
教育委員会にでも就職して私をクビにしなさい、クビに》

「これ、マジかよー」とか言ってみんなが騒ぎ出した。
「向こうからも見えているのかも」とか
「どっかにカメラが仕掛けてあるんじゃないか?」とか言ってキョロキョロする。
「いいから、今は画面に集中して」とミキがみんなを制するように手を広げた。
そして画面の中でナベサダ…というのはサックス奏者の渡辺貞夫に似ている
からなのだが、そいつが喋り出した。
《えー、それでは 時間とバッテリーの無駄にしない為に、さっそく、
カリキュラムについて説明したいと思います
それは、先にみなさんに郵送したプリントにも書いてあった通り、
これからの4日間でみなさんの内の2名を選抜するというものですが、
えー、まず、カリキュラムは、昼の部と夜の部に分かれています。
とりあえず、夜の部に関して言うと、これは、このディスプレイ、
今みなさんが見ているディスプレイで生物の講義を行うものです。
みなさんは、時間がきたら、必ず新しいバッテリーをセットして、
ディスプレイの前で待っていて下さい。
バッテリーはこのディスプレイの下の箱にあります。
ちなみに今夜の放送は、7時です。
夜の部に関しては、それでスタートするのでいいとして…。
えー、次に昼の部ですが、これは、4日間にわたって、
農・林・水産・畜産の野外実習をしてもらうものです。
これは偏差値的にどうこうというのではなくて、
みなさんの本当のところを知りたい、というものですから、
結構実践的なカリキュラムになっています。
えー、まず初日の今日ですが、農業です。
今日これから畑に行って芋掘りをしてきてほしいの。
今、君らのいるシビレ湖を時計に見立てると、
2時の方向に脇道がありますから、
そっから入って行って、畑があるから、そこで芋掘りをしてきてほしい。
詳細な地図と道具は地下室にあるので、後で見ておいて下さい。
それで今夜は芋を食べて下さい。
諸君らの居るロッジにある食べ物は、今食べてしまったスナック菓子以外には、
レトルトご飯10食と『さしすせそ』と固形燃料一回分だけですから。
その燃料で今夜は芋の料理を作って下さい。
そんで、芋を食べ終わったら、このディスプレイで講義を聞く、と。
それが今日のカリキュラム。
そして2日目は林業です。
時計の文字盤で1時のところから脇道に入って行くと伐採場があるので、
そこで木こりをやってきて下さい。
君らに与えた固形燃料は初日でなくなるから、煮炊き用の撒きをとってくる。
でないと、生の芋を食うハメになるから。猿みたいに。
道具はさっき言った通り地下にありますから後で見ておいて下さい。
そして3日目は水産。
時計で言うと、11時の方角の湖面にイケスがあるから、
そこで、モリでついて魚を獲ってきて下さい。
イケスは2重構造になっていて、内側の網をせばめると魚が寄ってくる様に
なっているので、そうやって獲る事。
この日までは芋ばかりでぱさぱさしているし、タンパク質も不足しているだろうから、
魚でも食って、良質なタンパク質を補給するように。
獲物は淡水魚だが、刺身にするもよし、薪があるなら煮炊きするもよし。
芋もあるから結構な料理が出来るぞ。
そして最終日は畜産。
時計で言うと10時の地点から脇道に入ると、
家畜小屋があって、家畜が一頭つながれているから、
それをと畜して、解体処理してきてください。
と畜の方法は道具を見て自分たちで想像して下さい。
と畜はどうかなぁ、と思うかも知れないけれども、
料理としては日々豪勢になっていくのだから頑張ってもらいたい。
以上が学校の用意したカリキュラムの概要です。
これだけ聞いてもぴーんと来ないかも知れないが、地下に地図、道具があるので、
その道具から想像して実行して下さい。
あ、そうそう、あと雨の場合にはそれぞれのカリキュラムを順延するものとします。
その際、芋が無かったら、余ったレトルトご飯を食べてよし。
えー、学校は、このカリキュラムで優秀な者2名を復学させる予定です。
が、さっきも言ったとおり、本当のところを知りたいので、
何も、早い者、強い者が優秀っていう訳でもないんだよね。
例えば、馬、ロバ、ラバの中では、馬はもっとも速いが長距離ではばててしまう。
ロバはもっとも強いが、スピードが無いから敵に襲われる。
ラバがその中間だが、ラバだけを残したら生殖機能を持たないので絶滅する…。
つまり学校としては遺伝子レベルで優秀な者を求めているんだが、
まぁ、そんな事を言っても、それこそ馬の耳に念仏か。
だから、とにかく、諸君は勝とうと思わないで、何も考えないで、ただやれば、
こっちで判断しますから、その積りで。
とりあえずの説明はここまでです。
それではみなさん、ケガや病気には十分に注意しつつ、
まず初日の芋掘り、頑張って来て下さい。
それでは今夕7時に又会いましょう。
それじゃあ、みなさんこれで終わります。じゃあまた》
ナベサダの映像がカクっと静止した。と思ったら、スーっと画面が暗くなる。
部屋の中が薄暗く感じられた。
みんなは顔を見合わせている。
「牛を殺せだって」春田がぼそっと言った。
「そんな事、やれんかよ。カエルの解剖と違うんだぜ。やっぱ帰ろうぜ」と牛島。
しかしみんなは、下を向いてうーんと唸っている。
やっぱりここで帰ったら何の為に来たのか分らないし、
それにそんな事をしたら退学でしょ。つーか考えがまとまらない。
「とりあえず、地下室というのを見に行ったら?」と斉木が言った。
「そうだなあ」牛島が皆の様子を伺った。
みんなは顔を見合わせて、何気、合意した。




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