AWC She's Leaving Home(2)改訂版ぴんちょ



#740/1159 ●連載
★タイトル (sab     )  09/10/18  20:01  (118)
She's Leaving Home(2)改訂版ぴんちょ
★内容
氷川台のマンションに帰ると誰もいなかった。すぐに自分の部屋へ行って、
エアコンとPCの電源を入れて、着替えて、洗面所に行って手を洗って、
台所に行ってじゃがりことキットカットと爽健美茶を持ってくるとPCの
前に座ってViViのページを見る。
このページからモデルのプロフィールを見に行っても身長や体重は載って
いない。モデルの個人のブログを見に行っても載っていない。そこでぐぐっ
てあちこちで探した。
藤井リナ163。紗耶167。長谷川潤164。マリエ170。大屋夏南
174。渡辺知夏子170。エリーローズ167。
167かぁ。それからエリーローズのブログも見た。どっかのイベントで
ターンテーブルを回しているエリー。南フランスで伯母さんのクルーザー
に乗っているエリー。サッカーの取材でバルセロナのピッチに立っている
エリー。全く楽しむ為に生まれてきたような人だな。でもこういうのは台
風の目の中に住んでいる様なもので、端から見ている程本人は楽しくない、
と言ったのは私のお父さんだった。お父さんは日曜日の夕方、J−WAV
Eのサウジサウダージというのを聴いていて、本当にひりつくような郷愁
に襲われると言う。別にボサノバやサンバが好きな訳じゃなくて、あの番
組を聴くと結婚する前の90年頃の渋谷を思い出すんだって。渋谷系の音
楽とかスペイン坂スタジオとか無国籍料理とかアンナミラーズとか。えっ、
あのおやじが? あんみら? ロバみたいな顔しているのに?吉田テルミ
みたいな顔してお母さんとアンミラ? とにかく今思い出すと猛烈にひり
つくのだけれども遊んでいる当時は何とも思わなかったと言う。この事を
理系頭のお父さんは二次曲線で説明していた。二次曲線上の振り子の位置
が高ければ高い程位置エネルギーは大きいから猛烈に引っ張られるのだけ
れども、地面すれすれの所に来た時、つまり楽しい事をやっている時には
欲望は最も小さい。だけれどもこの時振り子のスピードは最速だから楽し
いことはすぐに終わってしまう。そして振り子は大きく反対側に振れて、
またまた遠くから楽しかった過去を思い、焦がれる。
南仏の太陽の下、クルーザーの舳先でシャンパングラスをかざしているエ
リー。画像の下に「何度見てもこの時間にタイムスリップしたいって考え
ちゃう」と書いてある。
ディスプレイの別ウィンドウの下の方に「身長を伸ばすクレアチン通販」、
「シークレットシューズ格安販売」、「あと五センチ医学的に伸ばす」、
「ヨーガと整体で伸長」とかいうリンクが勝手に表示されていた。何気に
「あと五センチ医学的に伸ばす」をクリックすると、磯谷式、川畑式、イ
リザロフ式というリンク先が出てきたので更にイリザロフ式をクリックす
る。

*****引用開始
イリザロフ法とは旧ソ連シベリアのクルガンの整形外科医アブラモビッチ・
イリザロフ教授により発見された骨延長術である。1950年代、従来の
治療技術では治療不可能な複雑骨折の治療にあたり教授は自転車のホイー
ルとスポークを使用した治療を行った。即ち骨折位置の上部と下部を自転
車のホイールとスポークによって固定し上部と下部のホイールの間を鉄の
棒で固定したのだ。しかし間違って本来あるべきより長めに鉄の棒を固定
したために骨折した骨の間に隙間が発生してしまった。ところがこの隙間
に新しい骨が成長するのを偶然発見したのであった。イリザロフ教授はこ
の原理を利用して脚部の骨延長術を開発した。まず大腿骨に切れ目を入れ
ておいて太ももの付け根と膝にドーナツ状のステンレス板をピンで骨に固
定しておき、二枚のステンレス板を調整ナット付き突っ張り棒で固定する。
骨の隙間は1ミリであり、24時間で骨、皮膚及び筋肉が同時に成長する。
そして一日1ミリのペースで突っ張り棒を伸ばして行く事で最高33セン
チの骨延長が可能である。但し通常は5センチ程度である。治療期間は半
年から一年半。費用は600万円
*****引用終わり。

高い。
「治療例」というリンクをクリックすると治療中の太ももの画像が出てきた。
本当に自転車のホイールに脚を突っ込んだみたいに膝と太ももの所にホイー
ルがピンで固定してある。ピンの刺さっている箇所の皮膚は薬品のせいか
内出血せいかで紫色に腫れている。太もも全体も腫れていて土左衛門みた
いでちょっとグロい。
今度は磯谷式をクリックした。「全国礒谷式整体院サーチ」とか「整体師
の資格ドットコム」とか「磯谷式で身長を3センチ伸ばしたブログ」とい
うリンク先が出てきたのでブログをクリック。

*****引用開始。
まずどうして身長があと3センチ伸びるかについて説明したいと思う。と
いうかどうして3センチ縮まっていたのかということ。それは股関節がよ
じれているからなのである。
人間は必ず左右どちからの足を利き足にしている。恐らく右利きの人が多
いから、左足を軸足にして右足から第一歩を踏み出す人が多いだろう。そ
うすると第二歩目は左足で踏み出す事になるので多くの人にとっては左方
向に曲がるほうが楽な動作である筈だ。陸上競技のトラックが左回りなの
はその所為だろう。そういう人は横になって脚の長さを比べると右脚の方
が長い。右脚が長い分、右側の股関節に負担がかかり、骨盤が右上がりの
状態になっている。その状態で背骨が上に伸びているので背骨はいったん
左に曲がって伸びてから垂直を保とうとして今度は右に湾曲する。そうす
ると肩は左肩上がりになっている筈。従って右足から歩き出す人はショル
ダーバッグは必ず左肩にかける筈だ。
以上の様な原理で骨格は歪むのだがこの歪みは整体院の施術で一瞬にして
なおり、その場で3センチ身長が伸びる。しかし長年の生活習慣で歪んで
しまったのだからすぐに元の歪んだ状態に戻ってしまう。だから生活習慣
を全て変えなければならないのである。例えば私の場合、寝る時には今ま
でとは逆に左側を下にして寝る。(この場合、足首、膝、太腿をベルトで
固定しておく)。朝起きる時も必ず左足から起きる。鼻くそをぼじる時に
も左手で左穴からほじり、尻を拭く時も左手で拭く。ズボンを履く時も靴
を履く時も左から。歩き出す時も、扉をあけての第一歩も、エスカレータ
に乗る時も、左足から。バイクにまたがる時も左足から。後ろにUターン
する場合にも左足を右前に踏み出して右回転で(前述の運動場のトラック
とは逆の事をする)。面倒臭いのが絶対に左に曲がってはいけないという
事だ。じゃあ左に曲がりたい時にはどうするのかというと「の」の字を書
くように右回りで一回転して左に進む。アホ臭いと思うかも知れないけれ
どもこの方法で一ノ矢という力士は170から173に身長を伸ばして新
弟子検査に合格して高砂部屋に入門したのである。
入会金     10000円 
日常生活指導料 10000円 
初回矯正料    5000円 
礒谷式ベルト(3本1組)1500円 
初回合計 26500円
施術費用(二回目以降)3000円
*****引用終了

初回合計26500円で3センチはリーズナブルかもしれないなあ、イリ
ザロフの600万円で5センチに比べれば。
別に私はカイワレ大根が成長する様に身長も伸びればいいと言っているの
では勿論なくて、立派で美しい身体を持っていれば、イメージとしてカイ
ワレ大根がにょきにょき伸びるような、或いはヒヤシンスの球根が水栽培
で咲き乱れる様な、スプラッシュの様なものが得られるんだろうなあと。
それはエリーローズの様な。エリーローズがいいとかエリーの生活に憧れ
るのか、ほんな痛い事は言わないし、だいたい世の中には蕾のまま枯れて
しまった様な人生もあって、ゴッホとかシューベルトとか宮沢賢治とか、
ゴッホは生きている間には一枚も絵が売れなかったし、シューベルトは楽
譜を買うお金が無かったので友達に出してもらったし、宮沢賢治は鉛筆で
手帳に雨にも負けずを書いたし、そういう人生は尊い、と思いつつも、何
故か整形とか歯列矯正とかシンメトリー整体とか小顔整体とかでぐぐって
いるのである。そうしたら某国立大医学生解剖実習日記というのが出てき
た。何気にクリックして開いてみる。




#741/1159 ●連載    *** コメント #740 ***
★タイトル (sab     )  09/10/18  20:09  (261)
She's Leaving Home(3)改訂版ぴんちょ
★内容
*****引用開始
解剖日記+α
某月某日
ふと思う。患者は若くて美しい身体を持っている医師を嫌うのではなかろ
うか。患者は醜い身体に宿る高潔な精神みたいなものを期待している様に
感じる。しかし医学は科学であり、医師は施術者なのだから、科学を信じ
ていれば医者の美醜などどうでもいいのではなかろうか。恐らく患者は若
い医者の肉体が生成するのが嫌なのであろう。生成とはセックスの快楽と
かスポーツで汗を流す爽快感などだが。こういう身体性が制度の真面目さ
を奪うと思っているのだろう。制度の担い手は宦官の様に去勢されていれ
ばいいと思う。
ここで患者が犯している間違いは制度の担い手である医師の肉体に理念を
留めてしまっている事だ。そんな事をしたら医師は人間であり必ず生成、
つまりスポーツやセックスをするのだから、患者は失望するに決まってい
る。しかも医師のみならず医療制度全体に失望するのである。
だから、制度の理念は必ず担い手の外に置かなければならない。担い手な
ど人間なのだから法律でも医療でも法衣なり白衣を着せて人間を隠してお
くしかない。
じゃあ何故身体の外に理念を置く事が出来なかったのかと考えていたのだ
が、解剖に絡んでダ・ヴィンチの絵を見ていて思い付いた事がある。「最
後の晩餐」のイエスと十二使徒は身体的に美しい。だから理念を身体の外
に打ち立てられたのではなかろうか。理念があれば十二使徒がアホでもキ
リスト教は残るだろう。使徒の中のアホの代表格はユダだが「ユダの接吻」
で俺が連想したのは秀吉と千利休の間接キスだ。茶室で同じ茶碗で回し飲
みするのは唇を重ねるという意味がある。茶の湯なんて身体性を否定しそ
うだけれども、実は猛烈に身体を意識しているのだろう。それは身体が醜
いからではないのか。
病気になって初めて健康のありがたみが分かるように醜い身体をもってい
る人こそ肉体を意識しているのだ。それ故に身体に理念を留めてしまう。
蛇足。MySpaceで西洋人が書いていた。日本人の体は乾燥したアンチョビの
様だと。コムデギャルソンがダブダブなのも身体を隠しているのだろう。
MySpaceやyoutubeで顔を出さないのは世界中で日本人だけだ、と。
日本人はその醜さ故に身体に理念を押し込めている。これが臓器移植が進
まない一因かも知れない。日本の医療機器メーカーはレントゲン等には強
いが人工臓器には弱い。

某月某日
解剖実習初日、ボーリング場のロッカールームを思わせる更衣室で白衣に
着替える。タバコ、ガム、携帯等もロッカーにしまう。実習室の中は飲食
禁止、禁煙、写真撮影も勿論禁止の為カメラ付携帯は持っていない方がい
いと判断したのだ。ホルマリンに弱い人はマスク、ゴーグル着用可。ゴム
手袋も使用可。昔は全員素手だった。完全武装していざ鉄扉の向こうに。
業務用のステンレス流し台という感じの解剖台の上に25体のご遺体がシ
ーツに包まれて並んでいる。
キターーーーーーー。
ご遺体を前に黙祷。それから教授のありがたいお話。
「山でも川でも現地に行った事のある人だったら、自分の部屋で地図を広
げても具体的にイメージ出来るでしょう。それと同じで諸君もご遺体をよ
く見て、手で触れ、においをかぎ、完全に体で感じて欲しい。そうすれば
触診や聴診器や1枚のレントゲン写真からでも大変多くのイメージを得る
事が出来る。それでは始めて下さい」。
今日は首から下腹部までの皮剥ぎ、及び、脂肪結合細胞を取り除くことに
なっている。誰が最初にご遺体にメスを入れるか。我々4人は目を見合わ
せた。一人女子が居て、帽子のかわりに花柄の頭巾を被っている。白衣が
何気に割烹着に見える。「私がやる」と彼女が言った。小ぶりの果物ナイ
フの様な柄のついたメスで後頭部から尾てい骨までメスを引いて行く。
「じゃあこっちは俺がやるよ」と背骨から脇腹にかけてメスを入れた。あ
とは皮膚を剥がしながらひたすらピンセットで脂肪を取り除いて行く、筋
肉の表面を走っている血管や神経を傷つけないように。静脈の中には血液
が残っているので判別しやすい。神経は静脈に沿って走っているのだが素
麺の様に白っぽくて油断するとすぐに切ってしまう。こういう地道な作業
を続けていると緊張や不安が薄らいで行くのが分る。俺はご遺体の顔を見
た。大きなガーゼで覆ってある。それから手を見た。内臓よりも手の皮剥
ぎの方が滅入ると聞いた事がある。ご遺体の茶色い腕に覆いかぶさる様に
花柄頭巾の女子の顔が見える。ひたすらピンセットで脂肪を取り除いてい
る。鼻の頭に汗をかいているんじゃないのか。患者が恐れているのはこの
生成ではなかろうか。
ご遺体は既に背中の皮をすっかり剥がれている。元々死んでいるにも関わ
らず何か我々は不可逆的な事、取り返しのつかない事をしているのではな
いかという気持ちに襲われた。昔、原発の臨界事故でバラバラになった染
色体を見た時にもこんな気持ちになった。ご遺体は土砂崩れで地肌がむき
出しになった山の様である。
*****引用一回終わり。

ここから数ヶ月、延々と解剖の事が書いてあるのでマウスのホイールでス
クロールダウン。

*****引用
某月某日。
これから俺が語るのは解剖も中盤を過ぎてご遺体も上肢下肢が切断されて
バラバラになった頃の事だ。
或る夜、俺は自分を慰撫するために渋谷道玄坂を歩いていた。すれ違うポ
ロのカーディガンにミニスカートの女子高生も、タトゥーにシルバーのマッ
チョな兄ちゃんも、まさか俺がご遺体を切り刻んでいるとは思わないだろ
う。そう思うと、丸で屋根裏の節穴から覗いているような気分になってく
る。
ところが道玄坂小路に入った所で背後から声を掛けられた。「お兄さん、
薬臭いなぁ。臭いを落としていかない?」ドキッとして振り返ると黒服の
客引きだった。俺は手首の臭いを嗅いでみた。ホルマリンの臭いはしない。
「溜まっている顔しているなぁ。どう、みんな十代のいい女なんだよ。
1万円ぽっきり」
入口で1万円払って店内に入るとマジックミラー越し女を選んで個室に通
された。シャワーでペニスと肛門を洗ってもらう。
「本番だったら1万円いただけますかぁ」。胡桃でも握るように睾丸をぐ
りぐりマッサージしながら女が言った。
「ああ、いいよ」
バスタオルを敷いたベッドに移動して、正常位コイタスにて射精する。
「まだ20分も時間がある」と女が言った。
「じゃあ、マッサージしてあげるよ」
俺は女の肩から上腕を擦りながら皮膚を摘まんでみた。今扱っているご遺
体よりも脂肪が薄い気がする。勿論生体だから脂肪は軟らかいのだけれど
も。俺は鎖骨に沿って指を這わせて、首に手を当てると扁桃腺の下あたり
を親指と人差し指で揉んだ。
「何やってんの」
「いーってやってごらん」
「え?」
「奥歯を噛み締めて、いーって」
女が奥歯を噛み締めると首の筋は浮き出たがその下の筋肉は触診出来ない。
諦めて僧帽筋を軽く鷲づかみして揉んでみる。
「ここの下に細い筋肉が走っているんだ。それが肩凝りの原因になる」
「ふーん」
しばらく肩を揉んでから、乳房の下を手の甲で触れるようにして、脇の下
に差し入れた。女はびくっとして身を捩った。
「ここに力を入れてみな」俺は脇腹の筋肉を押した。「もっともっと」。
女が踏ん張るとボクサー筋が触診出来た。皮膚を摘まみながら指で触れる。
「この筋肉がねえ、肋骨から肩甲骨につながっていて、ここを切断すると
肩が外れる」
「何言ってんの」ぎょっとして女は身を離した。「さっきから何言ってん
の?」
「あぁ」俺は手を引っ込めながら言った。「俺、解剖やってんだよ」
「解剖?」
「そう」
「じゃあ医学部とかの学生?」
「いや、看護学校に行ってんだ」
「なーんだ。医学生だったらよかったのに。私、医者の友達が結構いるん
だよ。色々相談に乗ってくれるんだ。私の親戚が病気でも色々相談に乗っ
てくれるの。看護師でしかも男じゃあ使えないよ。下の世話だって男の看
護師じゃあ…」
「ああ、医者じゃなくて悪かったよ」と言いつつ乳房を揉んで覆いかぶさ
る。2回目のコイタス。
それからその女と店外デートするようになった。女は会う度に俺の事を看
護師と馬鹿にしていたが、彼女の医者の友達というのは実は彼女の母親の
主治医である事が分った。彼女の母親は終末期の癌だった。
或る晩、店外デートの後六本木で飲んでマクドナルドで酔いを醒ましてい
る時に彼女が言った。
「私最近、最後はどうなるんだろうなあーって調べているの。インターネッ
トでメルクマニュアルとか読んだり。最後は居ても立ってもいられない全
身の痛みに襲われて、息も…気管支の先っぽから声帯のところまでタンが
染み出してきていて、息も出来ないんだって。だからもうここでモルヒネ
を打たないと、何て書いてあったかなあ、発狂と苦しみの内に死んで行く
とか。でもモルヒネを打って安楽に死ねる人って数パーセントしかいない
んだって。やっぱモルヒネって緩和ケアとか言っても安楽死だものね。あ
と10日間苦しみ続けてから死ぬんだったら、9日間の安楽な最期をと思
うけれども。でも1日分殺した事になるからやりたくないんでしょ、お医
者さんは。だったら私がやるから薬をくれればいいのに。マツキヨで売っ
ていればいいのに。でもそれはやってくれないんだよね。制度が通せんぼ
しているんだよね。その制度のお陰で当たり前のようにいい暮らしをして
いるんだよ。お医者って。でも制度を信頼したいから、ちゃんとしている
と思いたいから、苦しみながら死ぬしかない」
その時、芋洗坂の下の方から、ベンツBMベンツBMと5台ぐらいのドイ
ツ車が上ってきた。クラクションを鳴らしながら、若い奴が窓から身を乗
り出し、黄色と黒の縞模様の旗を振っていた。
「阪神タイガースが勝ったのかなあ」と女が言った。
「陸の王者だよ」と俺が言った。
「陸の王者?」
「慶応の学生だろう。早慶戦でもあったんじゃないの。ありゃあ医学部か
も知れないな」
女はガラスにへばりつくと眼球を突出させて睨んだ。「あいつらは堕落し
ている。医学生はもっとちゃんとしているべきなんだ。医学生なんて宦官
のように去勢されるべきなんだよぉーーー」
その晩を限りに彼女とは会わなくなった。俺としては、生でやって腹に出
す代わりに顔射してやって「俺は看護師なんかじゃねえ、俺は正真正銘の
医学生なんだよ」とでも言ってやろうかと思ったが、それは思っただけの
事だ。
*****引用終わり

さらに1年後。

*****引用開始。
某月某日。
日曜日。時刻は午前11時。
渋谷区K町のマンションにて。今、絨毯に寝そべりながらカシュー・ナッ
ツにラムレーズンのアイスを食べつつこれを書いている。部屋の中は消灯
してあって薄暗い。60インチのプラズマディスプレイには古今亭志ん生
のモノクロ映像が流れている。その明かりがぼんやりと俺の足元を照らし
ている。窓からは薄曇りの日の光が射してきていて、風が吹くとレースの
カーテンを膨らませる。風向きが変わると代々木公園の方からロックが流
れてくる。などと書いても全くまったりとした気分にはならない。何故な
ら今、俺は生成しているから。
生成は美しい。DNAよりも16歳の女の肉体の方が美しい。激しく生成
しているから。だけれどもひょっとしたらがん細胞に突然変異するかも知
れないという不安は拭えないのでまったり出来ないのである。
昨日の事を思い出せばまったりするのだが。昨日の夕方病院の屋上に行っ
たら夕焼けで東京タワー方面が綺麗なオレンジ色に染まっていたが、秋葉
原方面はすっかり夜空で、青っぽいネオンが輝いていた。そんなどうでも
いい風景だって今思い出すとまったりする。何故なら既に生成が終わって
いるから。じゃぁあの屋上に例えば患者がいたならばどうだったろうか。
多分患者よりは俺の方が良い生成をしているだろうからあの風景は俺のも
のだろう。その患者がいることで俺はライブでまったりできるかも知れな
い。
従って制度や風景の中でまったりしたかったらやはり相対的に強者になっ
た方がいいだろう。
*****引用終わり。

この人の言う通りだなーと思った。この生成というのがカイワレ大根やヒ
ヤシンスのもじゃもじゃであり、南仏のクルーザーに乗っているエリーロー
ズ、というよりもむしろ長谷川潤みたいな大人っぽい雰囲気だな。それで
神宮外苑の銀杏並木をキャメルのダッフルコートかなんか着ちゃって、分
厚い医学書を抱えて例えば坂口憲二みたいな男と一緒に歩いている。勿論
行き先は信濃町方向、つまり慶応大学方向で。それはもう渋谷公園通りを
歩いているdqnな女子大生みたいな甘ちゃんではなくて人生のシリアス
な部分も知っていてなおかつお洒落な感じ。そんな私を妄想する。

夕食はカツカレーとポテトサラダとグリーンアスパラの上にカリカリベー
コンをかけたもの。ポテトサラダに入っているリンゴとバナナは美味しく
ないね。
お父さんはまだ帰って来ないのでお母さんとおじいちゃんと食べる。おじ
いちゃんは奥歯でアスパラをがりがり噛んでいる。こめかみの所の骨が浮
き出ていてがくがくしていて、口の端からマヨネーズがもれてきている。
そこだけ老人ホームの様である。私がじーっと見ても気が付かないで衛星
放送の黒人のボクシングを見ている。おじいちゃんは昔「太陽の季節」に
憧れてボクシングを始めたと言っていた。インカレだかでチャンピオンに
なるまでは絶対に湘南には行けないと思ったんだって。それって医学生に
なるまでは、って感じかな。別に本気で思っているわけじゃないけれども。
ブラウン管では黒人が身をくねらせてパンチを打っていた。
「おっと。トリッキーな体勢からストレート」と実況のアナウンサー。
バカじゃないの、男って。どうしてああいう下らないスポーツをやるんだ
ろう。突いて突いて突きまくる。あの医学生の顔射もトリッキーなストレー
トパンチなのか。
「おっと相手見えてませんよ、これ、相手見えてませんよ。もっとよく見
ないと」
ああやって何時でも殴られるんじゃないかとびくびくしているから目をぱ
ちくりさせんじゃないの。都知事は。
「お母さん」と私は言った。「私、矯正したいんだけど」
「矯正?」
「ここのところね」私は上唇をめくって前歯と犬歯の間を見せた。「へこ
んでいるでしょ。ここなおしたいの」
「なんで又急に」
「急にじゃないよ」
「だって、そんな事言った事なかったじゃない」
「言った事はなかったけど前から考えていたの」
「お父さんに聞いてみないとね」
「それから」と私は言った。「私、理系に行こうかなあ」
「だってもう半年しかないじゃない」
「いいよ浪人したって。どうせ今の偏差値で入れる私立なんて行ったって
意味ないし」
「なんで又急にやる気になって」
「急にじゃないよ。前から考えていたんだから。おじいちゃん。ご飯の時
にボクシングとか止めてくんない?」
ブラウン管では黒人が激しく突き合っている。

ベッドに入ってからも携帯で国公立医学部偏差値一覧を見ていた。
70 東京大学
   京都大学
   大阪大学
69 千葉大学
   名古屋大学
68 北海道大学
   東北大学
67 筑波大学
   横浜市立大学
   京都府立医科大学
66 東京医科歯科大学
   長崎大学
65 旭川医科大学
64 琉球大学
ViViの買い物リストを見ているよりは遥かに興奮する。でも無理だろ
う。うちの学校じゃあ。現役で駒沢大学に受かると校長先生から銀時計が
授与される。でも一人秀才がいて医学部目指していると言っていた。二次
募集で来たんだよな、日比谷高校だかを落っこちて。彼に聞いてみるかな。
明日。




#742/1159 ●連載    *** コメント #741 ***
★タイトル (sab     )  09/10/18  20:12  ( 87)
She's Leaving Home(4)改訂版ぴんちょ
★内容
翌日学校で、授業の間の休み時間、前の席のモーヲタが熱く語っていた。
「いやー、youtubeの恋愛レボの再生回数、150万回超えたよ。俺だけでも
千回は再生してるけどな。1日3回、年間千回ぐらい。でも2重カウント防
止だから正味150万回再生されてんのかな。俺はもう6年も再生している
けどね。本当に俺の四季折々に折り重なっている感じでさあ、なんでそんな
に聴くかっていうと、うざったくないのがいいんだよね。自分を主張してこ
ないんだよね。透明なんだよ。透明だけれども輝いている。ダイヤモンドは
永遠の輝き。ダイヤモンドっていうのはダイヤモンドが輝いているわけじゃ
なくてカットした所で光が反射しているんだよ。もー娘も一人ひとりじゃな
くて11人の星座の様なフォーメーションが輝いているんだよ。わかる? 
それは質量をもたない。肉体を持たない。うんちもしなけりゃまんこもしな
いんだよ。だから近づく事が出来ないんだよなあ。そんなに清いものが俺に
似合うわけないものな」
「でもタバコは吸うわ結婚はするわ」
「だからタバコを吸ったのは体なんだよ、体なんてどうでもいいんだよ、伊
勢神宮の材木と同じでどうでもいいんだよ。そんなもの大事にしていたら法
隆寺になっちゃうだろう。そんなもの何時か朽ち果てるんだから。祇園精舎
の鐘の音諸行無常の響きあり。モー娘が永遠である為には体の清さなんて求
めちゃあダメなんだよ」
「モー娘って、オナペットにならない?」
「ならないなあ」

昨日読んだブログの医大生の生活って遠くから眺める星座のような感じがす
る。自分にはそんな事は起こらないって感じがする。それからアベ君、日比
谷高校を落っこちてここに来て医学部を目指している彼にもそういうオーラ
を感じる、と思いつつ彼の背中を見る。休み時間も勉強している。でもモヤ
シじゃなくて剣道をやっていて意地悪じゃないし自分の弱みも平気で話して
くるのに、このモーヲタとは大違い。あの人は星座になるんだろうなあ。
私はアベ君のそばに座って言った。「ちょっと聞きたい事があるんですけど」
「なに?」アベ君は顔を上げる。
「アベ君って一日何時間ぐらい勉強してんの?」
「ずーっとだよ」
「ずーっと?」
「寝ている以外はずーっとだよ」
「ふーん。じゃあ私には無理ね」
「何が」
「私なんてひっくり返ったって医学部なんて行けないよね」
「そりゃあ分からないよ。受験なんてテクニックだから。方法さえ間違えな
ければ誰でも行けるよ」と言って参考書の表紙をさすったがそれは参考書で
はなくて和田式勉強法の本だった。それからアベ君は受験が如何にテクニッ
クに過ぎないか語った。「僕はその事に気が付くのが遅くて、本当に時間を
無駄をしてしまったよ。2年の時からK先生(旧帝大卒。推定年齢50歳)
についてみっちり手ほどきを受けていたんだけど。あの先生は、数学は答え
が解ってしまえば後は読むだけになっちゃうから、とにかく一回目が大切だ
から一回目は必ず自分で解いて、出来る事なら自分だけの解法や公式をあみ
出すぐらいの積もりで底力をつけて欲しいとか言うんだ。だからそう思って
頑張ってきたんだけれども、夏休みにS台で会った奴にそう言ったら大爆笑
されたんだよ。オリジナルの解法なんて書いてどうするんだと。だいたい東
大二次って何人受けるのか知ってんのか。4千人以上受けんだぞ。それを少
数の教師が短期間で採点するんだから、オリジナルの解法なんて書いたら一
発ではねられるって。だからチャートとかで定石を大量に暗記しておいて、
似たような問題が出たら書き写しておけば部分点をもらえる、って言うんだ。
進学校じゃあみんなそうしているって言うんだ。そんな筈ないだろうと思っ
てそいつに薦められた東大受験攻略法みたいなのを読んだらそう書いてある
んだよ。本当に進学校にいないと不利だよなあ」とアベ君は言った。「僕は
そんなテクニックじゃなくてやっぱり実力を見てもらいたいし更に言えば人
間性みたいなものを見てもらいたいんだけれどもね」
「人間性なんて関係ないよ」と私は言った。「患者は人間性なんて求めてい
ないし、若くて健康で生き生きしていたら、お医者さんがね、それだけでしょ
んぼりしちゃうんだから、その上性格までよかったら救われないよ」
へー、みたいな顔をアベ君は私を見ていたが、「とにかくそういうわけでも
う数学の授業には出ないんだけれども」と言って一枚のチラシを出した。
「医学部に興味があるんだったらこういうのに興味ある?」
「なに、これ」私はチラシを見た。人体の不思議展。人間の格好はしている
のだけれども血管だけしかない人間。金魚みたい。その横に皮だけの人間が
写っている。皮で人間の形を作ったのではなくて、皮だけ残してみんなくり
ぬいた人間。「これ、本物なんでしょう」
「当たり前じゃない。こんなもの偽物でどうする。行く?」
「うーん」
「医学部受ける奴はみんな行くんだよ。医学部に行けば解剖もあるしね。解
剖は重要だからね。イニシエーションみたいなものだからね」
「イニシエーション?」
「うん。なんていうか、同じ釜のメシを食うっていうかね。俺の酒が飲めな
いのか、みたいな感じ」
同じ釜のメシをみんなで食べる、と聞いて給食を思い出した。私はあれが苦
手だった。不味いとかじゃなくて、みんなと一緒のものを食べなければいけ
ないと思うと緊張してしまって。じゃあお前だけお弁当でいいよ、というわ
けには行かない。だってそんな事したら学校が適当なものになってしまうか
ら。だから学校がちゃんとしている為には教師は厳しくなければならず、給
食が終わる頃にスプーンをもってやってきて食べ残したものを私の口に詰め
込まなければならなかったのだ。教師も医者も人間的であったらいけないん
だ。人情があったりうんちをしたりセックスをしちゃいけないんだよ。そん
な事したら星座が汚れてしまうじゃないか。だから星座の一員になりたかっ
たら本当に厳しい人間にならないと駄目だ。解剖ぐらいでびびっていら全然
駄目だ。
「どうする。行く?」とアベ君。
「行くよ。だってイニシエーションなんでしょう」




#743/1159 ●連載    *** コメント #742 ***
★タイトル (sab     )  09/10/18  20:14  ( 62)
She's Leaving Home(5)改訂版ぴんちょ
★内容
東京フォーラムはコンクリートで出来た巨大建造物で、行列している人々はコ
ミックマーケットのオタクの様でもあり、任天堂DS発売初日にヨドバシカメ
ラに並んでいるオタクの様でもある。おばさんもいるしその子供がソフトクリ
ームをなめながらぐるぐる走り回っている。医学生や看護学生という感じじゃ
ないなあ。しかし「立ち止まらないで下さい、前に進んで下さい」という場内
係員の声に促されてジリジリと進んで行くと辺りはだんだん薄暗くなってくる
しライトアップされた入口が見えてくるとなんだかドキドキしてきた。
「ドキドキしてる?」とアベ君が言った。「ああいうの見るんだよ」と言うと
入口付近に貼ってあるポスターを指した。
一見ギリシャの彫刻の頭部みたいなのだけれども、頬とか耳の下あたりから血
管だか神経だかが剥き出しになっていてグロさを予感させる。普段私はインター
ネットでもグロ画像は踏まない様にしているのだった。と思っている間も行列
はどんどん前に進む。
「止めるんなら今の内だよ」とアベ君が言った。
「平気だよ。あんな子供だって平気なんでしょ」
そのまま後ろの人々に押されるままにじわじわと入り口に向かって行く。入り
口付近は薄暗かった。中に入るといきなりライトに照らされた5、6体の標本
が目に入ってきた。デパートのマネキンみたいに台に乗せられている。赤っぽ
く光っている。それは皮膚を剥がれて脂肪も取り除かれていて筋肉がむき出し
になっているからだ。なんだよこれ、と思った。冗談でしょう。押されるまま
に歩いていく。このまま押されて出て行ってしまいたい。が、行列は一体の標
本の前で立ち止まってしまった。
「ほーら、見てみな」とアベ君。「結構凄いよ」
恐る恐る見ると、右側は筋肉むき出し、左側は骨むき出しで、骨の隙間から肺
とか胃とかの内臓が見える。股間には棒とか玉もぶら下がっている。うううう
う。これ全部本物なんでしょう。顔も右側だけ筋肉が残してあって眼球が妙に
光っていて、ぼんやりと宙を見詰めている。なんとなくエスパー伊東のような
小島よしおのような顔をしていて、なんか表情を感じると、この人生きていた
んだと思えて、急に胸焼けがしてきて、口の中が酸っぱくなってきて、口の中
が乾燥してきて、昼に食べたやきそばパンとめろんパンはまだ胃の中に残って
いるのだろうかと思った。
「どんどん前に進んで下さい」という係員の声に促されて行列は更に進む。
もう今更引き返せないよお。不安に襲われながら押されるがままに歩いて行く
と、次の部屋の入口に、いらっしゃいませ、みたいなポーズの標本があって中
に入ると又4、5体の標本が立っている。立ち止まりたくないと思っていたが、
やはり一体の標本の前でみんなが止まって観察をはじめてしまった。恐る恐る
顔を上げる。なんだよ、これは。頭のてっぺんから全身が真っ二つに割れてい
て、中に肺と心臓がついた背骨があってマーズアタックの宇宙人みたいな顔が
ついている。なんなのよこれ。手に持ってんのなに。右手に肝臓、左手に胃だ
の腸だのを持っている。
「どんどん前に進んで下さい」と言われて行列は更に前進して次の部屋に入っ
て行く。そこには4体の標本が丸でフォークダンスでもするみたいに前の標本
の肩に手をおいて並んで立っていた。それをなるべく見ない様にスルーして進
んで行くと隣の触れる標本のコーナーでみんなが立ち止まってしまった。そし
てみんなで触っている。
「鶏肉みたいだね」
「ビーフジャーキーのようでもあるね」
「食えなくなるだろう」
「俺は平気だよ。寄生虫館の食堂でうどんを食ったからね」
「ここら辺、ベーコンのようでもあるね」と聞いて夕べアスパラの上にかかっ
ていたベーコンを思い出した。
「おい福永」アベ君が声をかけてきた。「大丈夫? なんか顔色悪いよ」
「気持ち悪い。外に出たい」と私。
ほとんど抱きかかえられる様に外に連れ出してもらう。
「大丈夫かよ」アベ君が顔を覗き込んで来る。「どっかで休む?」
「あそこで飲むもの買ってきて。お茶がいい」とampmを指した。
アベ君が買ってきてくれたペットのお茶を口に含んだら少し落ち着いた。
「どうする?」とアベ君。
「帰る」と私は言った。
「平気かよ」
「平気だよ」私は歩き出した。
「進路の事はよく考えた方がいいよ」とアベ君が私の背中に言った。




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