AWC 対決の場 20   永山


        
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★タイトル (AZA     )  01/03/21  23:57  (199)
対決の場 20   永山
★内容
 途端に遠山の顔が紅潮した。ヂエからの新たなパズルだと知って、頭に血が
昇る。冷静であらねばと思考する一方で、これまで以上に挑発的な文面に、怒
り心頭に発する。犠牲者が出たばかりであり、警察仲間の一人が行方知れずに
なっている事態も、心理に大きく作用する。
「メモをさせてもらうぞ」
 近野の言に、遠山は適当にうなずいた。近野が紙にペンを走らせると、嶺澤
も遅ればせながら、手帳を開いて書き付ける。
「いろは歌、誰か空で言えるか」
 書き終わった近野が、その場にいる人を見渡しつつ、尋ねる。
「自分が覚えてるのは、いろはにほへとちりぬるを……までなんだ」
「そのあとは確か、わかよたれそつねならむ……ええっと?」
 嶺澤も首を傾げる。遠山に至っては、その方面に興味がなかったので、全く
出て来ない。麻宮もまた、「学生時代なら、覚えていたんだけれど」と、頼り
にならない発言をする。
 そのとき、この中では年輩の布引が、「多分、合っていると思いますが」と
前置きしてから、ゆっくりと暗唱した。
「いろはにほへとちりぬるを わかよたれそつねならむ うゐのおくやまけふ
こえて あさきゆめみしゑひもせす」
「ああ、それだ」
 近野は手を打ち、ペンを持つと紙に向かう。
「もう一度、お願いします。“わゐうゑを”なんかも、正確に」
 布引のおかげで、いろは歌の正確な詞をメモできた。
「『おみぬむのきよめとろ』とは、何だ?」
 早速、遠山は聞いてみた。さらに思い付きを言ってみる。
「無理矢理、日本語として解釈すれば……御身の清めを取ろう、とか」
「まさしく、無理矢理だな」
 近野が、疲れたような笑い声を立てた。その手は休むことなく、いろは歌の
特定の文字をチェックしている。
「何をしてるんだ?」
「とりあえず、いろは歌の『おみぬむのきよめとろ』の文字に、印を付けてみ
た。前から読むと、ろとぬよむのおきめみ、後ろから読むと、みめきおのむよ
めとろ。どっちも、訳分からん」
「嫁取ろう、ねえ」
 麻宮がくすくす笑った。
 遠山は唐突に、近野以外の民間人に、これ以上関わらせるのはマイナスであ
ると判断した。ヂエからのパズルを教えたがために、万が一にでも、麻宮達に
被害が及んでは、いたたまれない。
 遠山は、麻宮と布引にお引き取り願って、気分を新たにした。
「パズルの方は我々も考えるが、主導権はこれまで同様、近野に任せる。何か
分かるか、閃いたら、知らせてほしい」
「もちろんだとも」
 敬礼の仕種で請け負い、近野は早速、パズルに没頭する。
 遠山は嶺澤に言った。
「我々は懐中電灯を借り、捜索に出る。双子の片割れが潜んでいるかもしれな
いし、若柴刑事を見つけられるかもしれない。多少の危険は覚悟の上だが、ヂ
エの凶悪犯ぶりから言って、単独行動は避けるべきだと思う。二人揃って捜索
する」
「了解しました」
「必要とあらば、発砲もやむなし。ただし、よほどの緊急時を除き、相手の確
認と警告、威嚇を怠らないこと」
「あのさ、遠山」
 パズルに没頭したはずの近野から、不意に声が掛かった。
「何か分かったのか?」
「そうじゃない。そんなに早く分かるか」
 遠山の勇み足に、近野はペン先を差し向けた。
「差し出がましくてすまんが、今は無理をして捜索するよりも、各人の行動を
見張るべきじゃないか?」
「言いたいことは分かる。だが、それ以上に、怪しい人物がこの世に存在し、
この島に来ているかもしれないと想定できるからには、その真偽を今すぐ、確
かめねばならない」
 遠山が答を返す横で、嶺澤が苦虫を噛み潰した表情をなす。近野の口出しを、
快く思っているはずがない。撫然として突き出した唇が、物言いたげにぴくつ
いている。それでも何も口を挟まないのは、遠山の顔を立てる、ただそれだけ
の理由からだろう。
「双子の存在を否定できたら、それはそれで前進じゃないか」
 説得口調で、近野に告げる。遠山自身は、近野の協力はぜひとも必要なだけ
に、つまらぬことで行き違いを起こしたくない思いが強かった。
 しかし、近野は反発する。
「存在の否定なんて、容易にできることじゃないぜ。こことこことここを探し
て見当たらなかったから、島内にはいない、そう断言できる種類のものじゃな
いんだ。おまえにも、それは分かるはずだ」
「ああ」
「分かっているのなら、無駄な捜索はやめるべきだ」
「無駄ではない」
 遠山の頑なな態度に、近野もペンを放り出し、口調を若干、荒げた。
「いいや。そもそも、おまえと嶺澤刑事が捜索している間に、新たな犠牲者が
出たらどうするんだ?」
「皆には、凶悪犯がいるから、他人を迂闊に部屋に入れないように言おう。戸
締まりも徹底させる」
「そんなことをするより、おまえ達が見張る方が、絶対に効果的なんだよ。犯
人の動きを封じ、他の面々の安全を保てる」
「じゃあ、近野。おまえの言う通り、仮に見張りに付いたとしようじゃないか。
それで、もしも姿の双子が島にいて、外部から建物内に侵入してきた場合は、
どうなる? 我々にとって不意打ちだ。不利になること極まりない」
「そんな一人討ち入りみたいな真似を、犯人がする訳ないと思うがね。むしろ、
刑事達のいない隙に……という考え方じゃないか」
「どうやら、議論していても、らちが明かないようだな」
 時間の浪費を避けたい。遠山は話を一方的に切り上げた。
「責任は全部、俺に掛かって来るんだ。俺の好きなようにやる。何ら問題はな
いだろう」
「……そうだな。まあ、一般市民からの参考意見だと受け取ってくれりゃいい」
 近野があきらめたように言ったのが、いささか気になったが、遠山は吹っ切
るように、部屋を出た。

 二人揃って動いていては、効率が悪い。
 しかし、ヂエのこれまでの犯行を思うと、一人になるのは危険だと、赤信号
が点滅する。夜の闇に包まれた林の中を歩く今は、頻繁にピストルの位置へと
手をやってしまう。
「遠山警部」
 低く、聞き取りにくい声で、嶺澤から呼ばれる。遠山は振り返らずに、「何
だね?」と早口で応じた。
「今さら言うようなことでないかもしれませんが、姿の双子がいたとしても、
懐中電灯の光で、向こうに気付かれるんじゃないでしょうか」
「あり得るが、敵が逃げるにしろ向かって来るにしろ、瞬間的にできるもので
はないのだから、我々は充分対処できるだろう」
「はあ」
「それに、姿の双子探しだけが、この捜索の目的ではない。若柴刑事を見つけ
たいんだよ」
 部下と自分自身に言い聞かせる。
 行き当たりばったりに探していては、いつまで経っても終わらない。昼間、
姿晶と称する人物と出会った地点を中心に、半径五十メートルラインを限度に
探し、その他は人の通った痕跡があれば、入念に調べてみる。そんな方針で進
んでいった。
「何も、見つかりませんね……」
 一時間強を経過した頃、吐息に疲労感を交えて、嶺澤がこぼす。遠山より年
齢が上なだけに、スタミナ面では劣る。
 彼も、昼間、平地での“足で稼ぐ捜査”をする分には、半日動いてもへこた
れずにいられるのは間違いないのだが、初めての土地、足下の悪い林の中、し
かも暗闇とあっては、勝手が違うようだ。
(……おかしいな)
 それを差し引いても、嶺澤の息遣いが荒いことに、遠山は気が付いた。速度
を緩め、並んだ。
「嶺澤刑事。大丈夫か? 呼吸が乱れているようだが」
「実は……木の根につまずいて、足首をやっちまったようなんです。すんませ
ん、警部」
 懐中電灯の頼りない明かりで、自嘲的な苦笑を浮かべる嶺澤が、ぼんやり照
らし出される。
「何だって、黙ってたんだい?」
「気を遣わせても、しょうがないなと思いましてね。はは、結局、足手まとい
になって申し訳ありません」
「馬鹿を言うな。怪我、どっち?」
 短く尋ね、左足を引きずっていると分かると、遠山は肩を貸した。
「引き返すぞ」
「しかし、まだ見ていない場所が」
「今、ヂエと遭遇したら、我々は二人ともお陀仏だ。それこそ、足手まといっ
てやつだよ」
 林に異状がなかったときは、海岸線をざっと見ておこうと考えていたが、も
ちろん中止にした。
 何度か転びそうになりながら、林の外に無事脱出。建物の明かりを頼りにで
きたから、迷うことはなかった。
「ここからは、結構です、警部」
 第三者に見られるのをみっともないと考えたのか、嶺澤は自分から遠山の肩
を離れた。不意に軽くなって、足取りが変になった。ふわふわする。
「いいじゃないか。また挫いては、洒落にならない」
「いえ。名誉の負傷ならまだしも、これじゃあ……。本当に、ご迷惑をお掛け
して、申し訳ありません」
 立ち止まると、バランスのよくない姿勢のまま、頭を下げる嶺澤。
「気にしなくていい」
「しかしですね。このあとも、私がこんな状態では、満足に動けるかどうか、
自信がないのですよ……」
 嶺澤の声が小さくなる。
 遠山は厳しい状況をはっきり認識させられ、一瞬、言葉をなくす。
(若柴刑事が行方知れずになり、嶺澤刑事が行動をともにできないとなると、
さすがにきついか……)
 自分の経験のなさを呪う。
 今度の事件に関わる以前は、経験不足なぞ、備えた能力で楽に補えると信じ
ていた。それだけのエリート意識もあった。
 しかし、ヂエの事件の捜査に当たって以降、完全に振り回されっ放しである
ことや自分の知り合いにまで被害が及んだという厳然たる事実に突き当たり、
自信を喪失した。
 島に着いてからも、近野や嶺澤刑事に頼る気持ちが、少なからずあった。
 最前は、近野の意見を振り切って、独自の考えに沿って行動を起こしたもの
の、成果を上げられず、部下の機動力を失う結果が待っていた。ますます自信
を失ってしまいそうだ。悪循環である。
「とにかく、早く戻って、早く治療しよう」
 遠山は、迷いを抱え込んだまま、嶺澤を促した。

 嶺澤の手当を麻宮に頼み、遠山本人は近野のところへ向かった。
「空振りだった」
 第一声が、元気のない口調になったと自覚し、近野の前に座ってから、声を
大きくした。
「姿の双子も、若柴刑事も見つからなかった。正確には、全てを探せた訳では
ないんだが」
 言い訳がましくなるのには、忸怩たるものがあったが、事実を伝えておかな
ければならない。遠山は、嶺澤が足首を捻挫したらしいことを含め、細かく話
した。
 近野は、黙って聞いていた。と言うよりも、遠山が入室してからこっち、一
言も発していない。
「……怒っているのか?」
 恐る恐る、探る口調になった遠山。
 近野はパズルの問題を書き記した紙から面を上げ、遠山の顔を凝視する。そ
して重々しい声で問い返す。
「何故、そう思うんだ」
「それは、近野、おまえが、ずっと黙り込んでいるから……。おまえの考えを
却下して、俺が突っ走ったのを非難しているのかと」
 話の途中で、近野がにやりと笑う。
「まさか。そんなことで怒らんよ。そもそも、がきじゃあるまいし、怒ってい
るから黙ってるんじゃないさ」
「じゃあ、何でなんだよ」
 唇を尖らせた遠山に、近野は芝居がかって肩をすくめた。
「まず、先に聞くべきことはないか、俺に」
「?」
「捜索から戻って、真っ先に確認することがあるだろう」
「……ああ、俺達が出ていた間、こちらでは何も起きなかったどうか、だな?」
 思わず手を打った。部下の負傷に気を取られていたし、麻宮が何も言わなか
ったから、無意識の内に安心していたというのは、理由にならない。ここはや
はり、いの一番に確かめねばならない項目なのだ。

――続く




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