AWC ぎりぎりっ 〜 the upper limit 〜 5.きっちり   永山


        
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★タイトル (AZA     )  01/02/25  01:12  (198)
ぎりぎりっ 〜 the upper limit 〜 5.きっちり   永山
★内容
 カシアスの承諾に、ニールセンは手を打って喜びを露にした。早速、周囲の
者に立ち去るように命じてくださいと、立会人に依頼する。
 立会人は速やかに実行した。ここでは立会人の権限は絶対らしい。みんな程
なくしてこの場から遠ざかり、消えた。
 机を挟んで対峙するカシアスとニールセン、そして立会人の三人だけが残る。
他に、遠巻きにして戦況を見守ろうとする受刑者が何名かいる。そこにはグレ
アンも含まれていた。
「これくらい離せばよいか」
「ええ、結構ですとも。ルールは、今までに話していた通りでお願いします」
 ニールセンは上機嫌のまま、立会人に言った。
 勝負の段取りができ、立会人は、カシアスに賭ける枚数を宣言するように求
めてきた。
「俺は」
 コインの入った革袋を手に持つと、カシアスは一枚だけ取り出し胸ポケット
に仕舞うと、机のある一点に袋の方を丸ごと置いた。
「ここに賭ける」
 カシアスの行動に、ニールセンだけでなく、立会人までもが息を飲むのが感
じられた。
「さあ、受けてくれるよな? ニールセン!」
 カシアスがコインを置いたのは、一組目の向こう側のカード。つまり、(本
来)ニールセンに配られたカード。
「――ははは。何をするんだ、カシアス=フレイム」
 ニールセンが乾いた声で笑いながら、肩をすくめた。
「そこは僕のカードだ」
「あんたこそ、何を寝ぼけている? どのカードにどんな風に賭けてもいいの
かという俺の問い掛けに、あんた、イエスの返事をよこしたぜ」
「な? あ、あれは、そちら側のカードのどのカードに賭けてもいいという意
味で……」
 ひるんだニールセンから顔をそらすと、カシアスは立会人に聞いた。
「そうだったっけ? そんなこと言ってたっけ? 立会人さんなら、覚えてる
よねえ?」
「――確かに、この勝負は、どのカードにどんな風に賭けてもいいというルー
ルだ」
「そんな!」
 叫んだのは、もちろんニールセン。席を立ち、掴みかからんばかりに、立会
人に抗議する。
「自分のカードだけに賭けられるのは、当然だ。断るまでもない!」
「あれれ? ニールセンさん。どっちが俺のカードで、どっちがあんたのカー
ドだなんて、いつ決めたんだい?」
 カシアスはにやにや笑いながら、強い調子で言ってやった。彼はもはや確信
していた。机に並んだ十組のカードの内、九組までは、ニールセン側の方が勝
つようになっているのだということを。
 ニールセンは、再び立会人に懇願するような目を向けたが、無言が返って来
るばかりだった。あきらめたように、腰を落としたニールセン。
 カシアスは賭けの宣言を続けた。
「賭ける額は二十一枚だ。一枚だけは残す。もし第一戦で勝てば、勝ち分を含
めて一枚だけ除き、残り全額を第二戦もニールセン側のカードに賭ける。次も
勝てば、同じように第三戦に。これを第六戦まで。第七戦は俺の側のカードに、
一枚だけ残し、あとの全額。第八戦から第十戦までは、やはり全額から一引い
た枚数をまたニールセン側のカードに賭ける。いいな、ニールセン!」
「……も、もしも一度でも負けたら、あなたはたった一枚に逆戻りだぞ」
 力なく腕を上げ、指差してくるニールセン。カシアスは左右に首を振った。
「かまわないね。俺は勝つんだから」
「……やってみなければ」
「やらなくても分かる。第一組のあんた側のカード、クラブの13だろ。で、
俺の方はクラブの12」
 ニールセンの顔色が、赤から一転して青ざめた。背もたれに身体を預け、絞
る前の雑巾みたいにぐったりした。
「第二組はクラブの11とクラブの10、三組目はクラブの9とクラブの8」
「もういい。僕の負けだ」
 ニールセンが敗北を認めると、立会人はわずかにうなずき、「念のために確
認する。開けてよいな」とカードに手を伸ばした。
 ニールセンが黙ったまま、承知したので、カードを表向きにし始める。
 各組のカードは次のような並びになっていた。

1(クラブの13 クラブの12)  2(クラブの11 クラブの10)
3(クラブの9 クラブの8)    4(クラブの7 クラブの6)
5(クラブの5 クラブの4)    6(クラブの3 クラブの2)
7(クラブの1 ダイヤの13)   8(ダイヤの12 ダイヤの11)
9(ダイヤの10 ダイヤの9)  10(ダイヤの8 ダイヤの7)

 第七組を除き、ニールセン側に置かれたカードが大きな数になっている。
「この勝負、カシアス=フレイムの十勝ゼロ敗とする」
 立会人が告げた。表面上、勝ち誇っていたカシアスだが、本当の安堵感はこ
のときにやってきた。背中をかつて冷や汗だった汗が、流れていく。心地よさ
さえ感じた。
「何故、どこで、気付いた?」
 ニールセンの声は疲れ切っていた。
「グレアンのおかげもある」
 カシアスは、どこかで見つめているであろう恩人を感じつつ、答えた。
「グレアンはあんたのことを、『“きっちり”のニールセン』と言っていた。
これだけでは何のことやらさっぱりだったが、あんたがリフルシャッフルばか
りやってるのを見て、はっと思い当たったんだよ。あんたはリフルシャッフル
をするとき、正確に二十六枚ずつを左右に持ち、正確に一枚ずつ交互に重ねる
んだ。そこから来たあだ名が、“きっちり”」
「明察だな。僕は手品が趣味でね。カード捌きには自信があったんだ」
 最後の見栄を張るかのように、上体を起こしたニールセンは、微苦笑を浮か
べた。だが、表情にはまだ疑念が残っている。
「しかし、そこまで気付いたからと言って、どうしてカードの並びまで当てら
れるんだ? 普通はできるものではない」
「あんた、リフルシャッフルを忙しなく繰り返した。俺自身、うるさくて鬱陶
しく感じるほどに。ところが八回やった途端、ぴたりとやめて、さっさとカー
ドを配り始めた。おかしいなと感じて、ようく考えた。頭の中、パンクするか
と思ったけどな。あんたの腕を持って正確なリフルシャッフルを八度繰り返せ
ば、カードの並びは、最初の状態に戻るんだ」
 両方のこめかみを指でもみながら、カシアスは息をついた。
「カードは立会人からもらった新品のやつを、この場で開封した。新品のカー
ドは、下からスペードの1〜13、ハートの1〜13、ダイヤの1〜13、ク
ラブの1〜13という順番になっているだろ。この状態に戻ったと分かれば、
あとは簡単さ。俺、この発見に気をよくしちまって、危うく全部をあんたの側
に賭けるところだったけど。第七組だけは、クラブからダイヤに切り替わるか
ら、逆転するんだよな。気付いて助かったよ。それでも一枚だけ残したのは、
あんたが万が一にもミスったときを考えてしまった。腕前を疑って悪かったな」
「……完敗だ」
 改めて白旗を掲げるニールセン。でも、次に彼が見せた顔付きは、やけに満
足そうだった。
「まあ、カシアス=フレイムの実力を計るという当初の目的は、充分に達成さ
れたがね」
「代償は高すぎたようだがな」
 不意に立会人が口を挟んだ。ぼんやりと見上げてくるニールセンに、立会人
は払うべき額を告げた。
「二万千四百八十三枚だ」
「……はははっ! 何とか払える。命まで失わずに済んだ!」
 ニールセンは大声で笑い飛ばした。明らかに自棄の兆候が出ていた。
 カシアス=フレイム、二万千五百五枚。

 投獄から数時間で獲得枚数二万を突破した者が現れたとの報に、ウォーレン
監獄都市獄長周辺にも衝撃が走った。まさかとは思うが、レベル9の輩に入獄
一日を経ずに五万枚を稼がれては、面目丸潰れである。
「余裕があるからと、愚かな勝負を挑む者がこれ以上出ぬよう、ストップをか
けろ。カシアス=フレイムの次の勝負は、明日の公式ギャンブルだ!」
 異例の命令が下り、速やかに実行された。
 本日ギャンブル禁止の通達を受けて、カシアスは大人しくあきらめた。勝ち
取った枚数に満足したのではない。ビギナーズラックだろうが何だろうが今の
勢いを活かし、一刻も早く五万枚を稼いで外に出たい。しかし、立会人が着い
てくれなければ勝負は認められないと分かっていた。無駄に騒いでも意味がな
いと割り切るしかない。
「まあ、何だな」
 グレアンが対戦相手の物色も上の空、目を細めながら呟いた。
「おまえさんが目玉商品であることに、変わりはないわな。明日明後日は盛況
だろうよ」
「そんなに客が入るのか、ギャンブルを見せ物にして?」
「そりゃあな。命を賭してんだから。金持ち連中にとっちゃあ、面白かろうよ。
大金を払ってでも秘密会員になりたがる」
 獄内でギャンブルが行われていることは、公にされていない。公式ギャンブ
ルを見物できるのも、限られた人間だけだという。
「何と言っても人気あるのは決闘だが、やる人間が減ってる」
「決闘?」
「ギャンブルがからきしだめで、代わりに腕っ節なら自信があるって奴が、一
対一で殺し合うのさ。勝てば、相手のコイン全てに加え、ボーナス五千枚が出
る。十連勝すれば、五万に到達する訳だ」
「そんな制度まであるなんて、初めて聞いた……」
「いや。だからな、殺し合いの制度なんかないんだよ。あくまで、お互いが納
得した上でのギャンブル。殺し合いをして、己の勝ちに全額を賭けるという形
なんだよ。へへ。少なくともそれが建前ってやつさ。ボーナス出しておきなが
ら、よく言うよなあ」
 愉快そうに肩を揺らすグレアンの横で、膝を抱えて座り込んでいたカシアス
は、ため息をついた。
「手っ取り早いことは手っ取り早いよな……」
「おわ? 決闘、やる気になったとでも言うんじゃなかろうな?」
「やりたくねえよ。ただ――」
 目を丸くしたグレアンに対して、カシアスは自虐的な笑みを浮かべて振り向
いた。
「たとえ一枚に逆戻りしてもそういう道が残ってるとしたら、覚悟が違ってく
るかなと思ってね」
「……おまえが一枚に逆戻りするなんざ、想像しにくいが……いやいや、獄長
が面白がって、強い奴を当ててくる可能性はあるよな」
「そうか。獄長が組み合わせを決めるんだっけ」
「ニールセンなんか、明日はきつい相手とやらされるんじゃねえかな?」
「どうしてまた」
「新入りのおまえに大敗したからだ。言ってみりゃあ、お仕置きだな。へへへ」
 グレアンの薄笑いは、近寄ってきた男の呼び掛けに中断された。
「よう、グレアン。誰かいないかね? 斡旋してくれないか」
 東洋系の目の細さを持った男だった。左手の指が奇妙に曲がっていた。
 グレアンは顔の前で手を振った。
「だめだめ。今日は、このカシアスに着きっきりだったもんでな。他の新入り
の情報は、まるで持ってねえよ」
「あー、彼が噂の」
 男は人の好い声で言った。ただ、表情は笑っていない。
「ストップが懸かってなきゃ、せひお手合わせ願いたいところね」
「明日明後日を生き延びられたら、その内」
 とりあえず、当たり障りのない答をしておくカシアス。
「やめとけや、チム。おまえさんのギャンブルは、運否天賦。カシアスの好き
なゲームじゃねえよ」
 チムと呼ばれた男は、グレアンの忠告に残念そうにうなだれた。芝居がかっ
たポーズに見える。
「新入りでよさそうなのがいたら、紹介してやっから」
 グレアンに言われて、チムはとぼとぼと去って行った。
「あいつ、どんなギャンブルを? 何か得意なのがあるみたいじゃないか」
 カシアスの質問に、グレアンは前を向いたまま、顎に手を当てた。待ってい
ると、やがて返事があった。
「……カシアス、おまえさんは特別だ。ただで教えてやるよ」
「え、あ。すまん。今の俺って、情報料も払えねえんだよな」
「気にすんな。どうせ、おまえと闘うことはないだろうから、おまえにとっち
ゃあ有益な情報でもなかろう。あいつはチム=グッドバーと言ってな。ジャン
ケン専門の男さ」
「ジャンケン専門? そんなんでやっていけるのかい」
 思わず、声を大にした。
 グレアンはカシアスの顔を振り返り、楽しげに目尻を下げた。
「おまえさんでも驚くことがあったか。チムは、新入りを狙い打ちにするんだ
よ。特にギャンブルに擦れてなさそうな奴を」
「しかし。ジャンケンに必勝法なんてないだろう。新入りもくそもない」
「もちろん必勝法じゃないけどな、チムは言葉巧みに誘導するのさ。そうだな、
奴ほどうまくねえが、試しにやってみるか」
 と、グレアンは自らの拳を見つめた。
「二万枚賭けたと本気で思えよ、カシアス」

――続く




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