AWC 対決の場 17   永山


        
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★タイトル (AZA     )  01/01/30  23:05  (200)
対決の場 17   永山
★内容
「使ってみたら、結構いいんだな。真面目だし、腕力がある。力仕事は問題な
く任せられる。ちょこっと教えてやったら、命令しなくても大方はてめえで判
断できるようになった。たまに要領のよくねえやり方をするんで、見てるこっ
ちはいらつくこともあるが、総じて充分に合格さ。そうそう、俺の愚痴話を黙
って聞いてくれるのもいいところだ、はははっ!」
 笑い飛ばし、今度は榎の背を叩く淵。このときばかりは榎もしかめっ面にな
ったが、嫌な気はしていないようで、口元に微笑らしきものを浮かべさえした。
「榎君は何故、ここでバイトをしようと思ったんだろう?」
 いいタイミングだと思い、榎本人に問い掛ける遠山。最早ヂエの動機解明の
意味は薄らいだが、それでも念を入れて、関係者の背景を掴んでおかねば。
 しかし、榎にとってはいいタイミングではなかったのか、返答がない。
「ああ、詮索して悪いね。でも、全員に聞いて回っていることだから」
 気を遣いつつ、お決まりの台詞でなだめにかかる。
 榎が口を開きかけたそのとき、淵が横合いからでしゃばった。
「ほらあ、隠すことなんかあるまいに! おまえさんの知ってることを全部話
して、刑事さんを安心させてあげな」
 余計なフォローを……と遠山は舌打ちする思いだった。が、榎が喋り出した
ものだから、驚いた。この若者は、淵とは打ち解けていると見える。その意味
では、遠山の判断――二人を同時に事情聴取するという――は正しかったこと
になる。
「僕は休みに来ました」
「……ほう」
 即時の理解はできなくとも、まずは相槌を打っておく。待っていると、榎は
時間を置いて、再び口を開いた。
「僕なりに一生懸命生きてきたつもりです。それが二十歳を過ぎて、将来を改
めて考えたり、辺りを見渡したりしたら、虚しくなって疲れを感じました」
 いかに反応すべきか、困惑してしまう遠山。それでも、学生には珍しくない
症状だとも思えた。哲学にかぶれたとか、別の主義思想にのめり込むとかに類
するものではないか。
(燃え尽き症候群や五月病に似てるようだ。その行動が極端な気がしないでも
ないが……いずれにせよ、事件には関係ないだろう)
「絵は元々は興味なかったんですが、面城さんの絵を見て、心的調子が上向い
たように思えたんです。それでここは思い切って行動を起こそうと、雅浪島に
船でやって来て、頼み込んで雇っていただきました」
「いつまでいるつもりなのか、教えてくれるかね」
「最初は一年のつもりでしたが、二年に延長しようと考えています。ここの暮
らしが、僕には合ってるみたいだから……」
 榎が幸せそうな表情を覗かせる。そんなことでは島から出られなくなるぞと
いうのは、余計なお世話だとして、言葉を飲み込む遠山。
「お二人に伺いますが、姿さんが亡くなる前の食堂に入って、気付いたことは
ありませんでしたか」
 型通りの質問に返って来たのは、心当たりなし、だった。

 事情聴取を終えて色々と分かったことはあっても、犯人像は明確にならなか
った。これ以上の束縛も難しくなり、遠山は全員を帰さざるを得なかった。
「どうなっているのか、きれいに話をしてもらいたいわね」
 自身の屋敷の屋根の下、麻宮レミは追及口調で遠山に要求した。彼女の傍ら
には、支配人の布引知花も同席している。澄まし顔であるが、内心では客への
責任ある応対をすべく、警察からの詳細説明を欲しているに違いない。
 他にこの部屋にいるのは、嶺澤と近野の二人。嶺澤は言うまでもなく、近野
も今現在は警察に近い立場にいるだけに、麻宮の刺のある言葉を黙って受け止
めるほかない模様である。
「どうして、私の島で殺人事件なんかが起きる訳?」
「麻宮さん。最初に言ったはずだ」
 遠山は自分でも不思議なくらい、きつい調子の出足を見せた。警察官として
は当然の態度であるが、これまでは懐かしさ等が要因で職業意識に徹し切れて
いなかった面があったのかもしれない。
「これは本当の事件なんだと。悪戯や絵空事ではない、本物の事件だ。そのこ
とをとやかく言われる筋合いはない。舞台を選んだのは、ヂエと名乗る犯人だ」
「あら。分かっておきながら何もできなかったくせに、偉そうに言えますわね」
 故意なのだろう、気取った調子に転じる麻宮。遠山は、このままでつまらぬ
口論に陥ると感じて、早くも矛先を収めた。
「その点は反省している。一つだけ弁解させてもらうが、ヂエの指示により、
捜査員を大量に投入できなかったため、充分な対応が取れなかった」
「名探偵なら、一人でも事件を食い止められるでしょうに」
「フィクションの話を持ち出さないでくれ。自分達はできる精一杯やっている。
その上で悲劇を繰り返さないよう、協力を求めてるんだ。頼むよ」
「協力はするわ。その代わり、捜査について包み隠さずに話してもらうから」
「包み隠さずという条件は、無理だよ。理由は言わなくても分かるだろう?」
「じゃ、せめて犯人の目星ぐらいは着けてるんでしょうね。それを教えてちょ
うだい」
 髪をかき上げてから、腕組みをした麻宮。遠山は、嶺澤や近野と顔を見合わ
せた。アイコンタクトを試みるが、嶺澤は警部に任せますと返して来るのみ。
麻宮の性格を知る近野は、「言っていいんじゃないか? 話しておいた方が、
すっきりするだろう」との意見を口にする。
「近野君もああ言ってるわ。教えてよ」
 我が意を得たとばかり笑みを浮かべる麻宮に、遠山は話す決意を固めた。六
月三日から七日の間に島にいた者は犯人ではない(少なくとも実行犯ではない)
という理屈を、要領よく伝える。
「つまり、私を初めとする島の人間は、容疑者から外れる訳ね」
 安心が余裕を産んだか、多少は表情がやわらぐ麻宮。身近の者に犯人がいな
いと分かれば、確かにほっとするだろう。
「該当するのは、伊盛、角、八坂の三名のみだ。彼らを重点的にマークするの
が最前の――」
「待ってよ」
 麻宮に遮られ、遠山は目を剥いた。
「何かおかしな点でもあったかい」
「あった。三名のみってところよ。当てはまる人は、他にもいるでしょうが」
「ん?」
 表情を険しくした遠山の鼻先に、麻宮の細長い指が向けられる。
「あなた達よ」
「何だって、馬鹿も休み休み……」
「理屈は合ってるでしょう。遠山君と近野君、それにそちらの刑事さんにも機
会はあった。もう一人、行方不明になっている刑事さんにもね」
「皆さん、北極を想像してみてください」
 突然、近野が割って入った。穏やかな調子で、事件とはまるで脈絡を持たな
い話を始める。
「辺り一面、白。氷。まぶしいくらいだ。ひび割れた箇所から、海が覗いてい
る。北極熊がいる。ペンギンは南極のもんですから、お間違えなきよう」
「おい、何を言ってるんだ?」
 遠山がたまらず問うと、近野は、「北極で食べるアイスクリームにかき氷は、
さぞかし冷たいだろうな」と相変わらず、意味不明の話を続けた。
「近野君。どうしちゃった訳? 頭、大丈夫?」
 麻宮も心配げに声を掛けてきたところで、近野は彼女と遠山を均等に見た。
「そんな寒いところでそんな冷たい物を食べたら、頭はよく冷えると思うね。
二人とも、ここらで冷静になってみないか。時間の浪費だぜ」
 遠山と麻宮は口をつぐみ、脱力したように肩を落とした。首を傾げたり、吐
息したりと、ほんのしばらく静かな時間が流れる。
 先に言ったのは遠山だった。
「すまない。殺しを食い止められなくて、頭に血が昇っていた」
「……私もいらついていたようね」
 二人の間の空気が修正されたところで、近野は提案した。
「遠山達や俺が犯人じゃないことを示そうか。アリバイを申し立てればいい。
少なくとも三重での殺人には、完全なアリバイが成立するはずだ」
「そうか。我々刑事は全員、東京にいて、お互いの行動もほぼ分かっている」
 遠山は嶺澤と首肯し合った。その嶺澤に、近野の視線が向けられた。
「嶺澤刑事。俺のアリバイの確認をしてくださいましたか?」
「あ、ああ。そうでしたな」
 本当にたった今思い出した風情で、ポケットやら懐やらを探る嶺澤。ほどな
くして、手帳が出て来た。一発で目当てのページが開いたらしく、すぐさま話
し始める。
「六月七日、正確には八日に伺った話を裏付けるため、まず学生に電話をして
みました。近野さんに名を挙げてもらった学生達です。つかまえることは容易
でしたが、電話でまともに証言できるような人は少なかったので手こずりまし
たが、六月五日の月曜日、一時限目と五時限目の講義を近野さんがなさったこ
とは、間違いないようですね。つまりここで当日の九時から十時三十分までと、
十六時三十分から十八時までのアリバイが、まず成立します」
 唇が乾いたのか、小休止する嶺澤。
「近野さん。一時限目と五限目の間のアリバイを証言する人はいますか」
「いないんじゃないかな。教授の手伝いで、研究室にこもってデータのまとめ
と翻訳をやっていたので。昼食も部屋で済ませましたしね」
「では……大学から東京駅までは、徒歩と電車で二十五分あれば着きますね? 
時刻表でざっと調べてみたんですが」
「多分、そのくらいでしょう」
「ということは、十一時七分発のひかり121号に乗れるから、名古屋着が」
 手帳の上をなぞりながら、喋り続ける嶺澤。
「――十三時一分。ここから十三時十分発の関西本線に乗り替えて、津到着が
十三時五十七分。勝俣栄美子の死亡推定時刻が十二時から十四時の間ですから、
犯人は犯行現場の三重県上野市赤坂町に、遅くとも十四時に着かなくてはなら
ない。ここからどう頑張ったって間に合いません。念のため空の便も調べまし
たが、無理です」
「アリバイ成立か」
 遠山が息をつき、穏やかな表情を近野に向ける。だが、当人の口から意外な
言葉が出た。
「殺害現場が三重の赤坂だというのは、確実なんですかね?」
「え?」
 唖然とする刑事二人を前に、近野は自説を展開した。
「アリバイ成立を認めてもらえるのは光栄だが、今のではまだ詰めが甘いでし
ょう。たとえば……名古屋に被害者を呼び出しておき、十三時一分ですか? 
駅に着いて被害者と会った直後に殺害、遺体を隠すのは大型の旅行鞄でも用意
しておけばいい。そこから津着が、何時でしたか」
「えっと、十三時五十七分、です」
「津から現場まで、電車を乗り継いで一時間強ぐらいじゃなかったですか?」
「それは……十四時十八分に亀山着で……十五時二分発の電車に乗って、十五
時五十二分に伊賀上野に到着。ここからタイムロスなしで乗り継いだとしても、
上野市まで七分は掛かる。いやあ、やっぱり遅いですよ。十六時前には遺体が
発見されてるんだから」
「ふむ……旅行鞄を持ったままの移動は目立つな。あらかじめ自動車を用意し
ておけばどうだろう。津か亀山から自動車で、現場まではどのくらいか分かり
ますか?」
 自らのアリバイ崩しに、やけに熱心な近野。遠山は横合いから眺めながら、
そういえばこういう奴だったなと、苦笑を禁じ得なくなった。
 嶺澤はコンパクトサイズの時刻表のページを繰った。路線バスの時刻を参考
にしているらしい。
「津からなら一時間十五分、亀山なら一時間あれば、何とかなるでしょう」
「じゃあ、十五時二十分までには現場に着ける訳だ。ふふ、間に合ってしまい
ましたね。遺体を放置して、すぐさま帰らないと。十六時三十分に間に合うか」
 さっきまで目を白黒させていた嶺澤が、憑き物が落ちたみたいにぽかんとし
た。肩をすくめ、
「……考えるまでもありません。一時間少々で戻れるはずがない」
 と疲労感溢れる口ぶりで言った。
「おめでとう! これで晴れてアリバイ成立だな、はははっ」
 遠山が手を出すと、近野は苦笑混じりに握り返してきた。その有り様を、麻
宮が呆れた風に見つめていた。
「憂いがなくなったところで、容疑者三人から、さらに絞り込みをやってみな
いか。麻宮さん達を安心させるためにも」
 近野が麻宮の方に振り返る。
「ぜひともそう願いたいわね」
「まずはアリバイからか」
 遠山はつぶやき、頭の中で記憶を引き出した。その間に、嶺澤が手帳を見な
がら述べる。
「伊盛については、六日の午後三時以降、我々警察の見張りが着いています。
それ以前では三、四日のアリバイはなく、三重での殺しがあった五日は、夕刻
のみあり。名古屋で暮らしているから、三重での殺人は充分に可能です」
「八坂、角のアリバイは調べたんだろうか? 島に来るまで、容疑者としては
見なしていなかっただけに……」
「一応、角は練馬の件でのアリバイを、八坂は武藤の件でのアリバイを調べて
います。角は女友達と一緒に飲みに行っていた。八坂は、他の店員とともに商
品陳列の真っ最中だったと。裏も取れました、それぞれ成立です」
「なんだ、そうか。だったら、伊盛しか残らないじゃないか」
 色めき立つのを自覚する遠山。だが、近野は遠山よりも慎重だった。
「麻宮さん。島内に身を隠せるような場所があるかな」
「林の中くらいね。今の季節は暖かいし、食料があって天気がよければ、数日
は保つんじゃない? 私は遠慮しておくけれど」
「言い換えれば、あの宿に泊まらなくても、一週間ほどは大丈夫ということに
なるかな」
「そうね。何が言いたいの?」
 麻宮の疑問には、遠山が答を出した。

――続く




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