AWC 対決の場 13   永山


        
#7445/7701 連載
★タイトル (AZA     )  01/01/16  23:03  (198)
対決の場 13   永山
★内容
「万が一、そうだとしたら、我々のことを知られた可能性も」
 一瞬、刑事同士の会話になる。次にはもう、嶺澤は口ぶりを元に戻していた。
「とりあえず、もう少し探してみます。遠山さんも、気を付けてみてください。
お願いします」
「分かりました。そちらも気を付けて」
 別れると、遠山は麻宮の元へ急いだ。若柴の正体と容貌を知っている彼女に
も、念のために聞いておこう。
 家政婦がいると聞いていたが、見当たらない。恐らく、宿の手伝いに出向い
ているのだろう。勝手が分からなかったが、地下にいると分かっている。階段
を見つけて、降りていった。
 階段はスロープ状になっていて、意外と長く続く。数メートルおきに小さな
黄色の電球が灯っている程度で、暗かった。この先にアトリエがあるとは、信
じがたい雰囲気が漂う。ただ、空気の循環は正常に行われているらしく、こも
った匂いのようなものは、全く感じられなかった。
(まるで、シェルターだな)
 SF映画か何かで見た場面を、不意に思い出す。実際はそんなに似ていない
のだろうが、遠山の連想はそこで固定された。
 ようやく現れた扉も、金属がむき出しの鈍い銀色で、安手のSFめいている。
「失礼、麻宮さん! 面城さん!」
 軽快にノックしたつもりが、重く大きな音が出た。
 しばらく経つと、扉が引かれた。白い光が溢れる。
「遠山君だったの。何か用かしら」
 麻宮は素早く部屋の外に出ると、後ろ手でドアを押した。完全に閉まってか
ら、改めて口を利く。
「お茶が入っているから、あとで近野君のいる部屋に行ってみて」
「あ、ありがとう。それより、若柴刑事が行方不明なんだ。君が見かけていな
いか、聞きたくて」
「行方不明? 穏やかじゃないわね。若柴さんというと、どっち? あの二人
の刑事さんの、どちらかなんでしょう?」
「えっと、厳つくて年上の方だ」
「ああ、あの人なら、港へ歩いて行くのを見かけたわ。二時を回るか回らない
かぐらいだったかしら」
「それっきり?」
「ええ、見てない」
「麻宮さんは、彼をどこから目撃した?」
「さっき言ったけれど、お茶を用意するために、一旦ここを出たのよ。私が入
れるんじゃなくて、ギャラリーの上にあるレストランから運ぶだけだから、私
はここを出て、ギャラリーへ向かっていた。その途中、見かけたのよ」
「ふむ。何か変わった様子はなかったかな。急いでいるとか、焦っているとか」
「……別に思い当たらないわね」
 肩をすくめ、首を振る麻宮。
「強いて言うなら、ややうつむき加減だったかな。でも、歩くスピードや表情
は、普通だったと思うけれど」
「なるほど。尾行していたのかもしれないな」
 遠山は感じたままを、つい口走った。麻宮が、興味を引かれたらしく、大き
く開いた目で見つめてくる。
「尾行って、どういうことよ」
「あ、いや、想像なんだが、ヂエと思しき怪しい人物を見つけ、若柴刑事は密
かにあとを着けていたのではないかと。前方に、人はいなかったかい?」
「どうだったかしら……いたような気もするわ。ただ、全然曖昧で、細かいこ
とは覚えてない。分かっていたら、もっと気を付けてみていたのに」
 目をそらし、歯がみする仕種を見せた麻宮。遠山は慌てて首を振り、手を差
し伸べた。
「仕方がないよ。ありがとう。港に行ってみることにする。もしかしたら、事
故で、海に転落した可能性だってある」
「船が停泊中なのよ。事故が発生すれば、誰かしら気付くものじゃない?」
「気付かないかもしれない」
 遠山は言い切ると、片手を上げ、麻宮に背を向けた。

 若柴を見つけることはできなかった。
 じきに出港時刻がやってくる。遠山は決断を迫られていた。嶺澤を乗船させ
て、一刻も早く捜査本部に事態を知らせるか、島での捜査人員確保を優先し、
予定通り嶺澤も滞在させるか。
「自分が戻って、本部に話をします。上が、増援が必要と判断したら、我々で
船を出して、島に乗り付けることもできますよ」
 あてがわれた部屋で、嶺澤は自説を展開した。訪問した側の遠山は、腕組み
をしたまま、黙って考える。
「若柴さんが事件に巻き込まれたとしたら、一大事です。警察挙げての捜査態
勢になる。すぐにでも乗り込んでくるでしょう」
「だが、ヂエの指定は元々、私一人で来いというものだった。仮に捜査員が一
般人を装っても、臨時の船でやって来たら、ばればれだ」
「それはそうですが……その指示はすでに違えているじゃありませんか。考え
たくありませんが、若柴さんが巻き込まれたのだとしたら、ヂエに知られた可
能性大ですし」
 聞き終えた遠山は、しかし激しく頭を振った。
「やはりだめだ。今のところ、若柴刑事が失踪しただけで、具体的なことは何
も分かっていない。他の人に危害が及んだ訳ではないし、そもそも若柴刑事の
件もヂエが絡んでいるか、確証がない。ここはとどまってくれ」
「了解しました」
 ため息混じりではあったが、嶺澤は即答した。午後四時二十分だった。
「しかし、電話で報告だけもしておくべきでは」
「……それは分かるんだが……」
 捜査本部に事態を伝えた結果、刑事が大挙して島に来られることを、遠山は
極度に恐れた。ヂエの命令にあからさまに背く真似は、是が非でも避けたい。
「一日だけ待とう。若柴刑事は有能だ。ひょっこり戻ってくるかもしれない」
「そうですか……分かりました」
 不承知なのはその顔から明らかだったが、嶺澤は口では賛成の意を表明した。
 遠山は心中で謝りながらも、さっさと話題を切り替える。
「船が出てしまえば、島への出入りは一週間不可能になると見なしていい。ヂ
エが行動を起こすとしたら、それからだ」
「承知しています」
「誰を狙うと思う?」
「え。それは……これまでの傾向だと、警部の知り合いを狙う可能性が高いと
言えますから、麻宮レミさんでしょうか……」
「私もそう思う。しかし、もう二人いる。一人は近野、もう一人は嶺澤刑事、
君だ。充分に用心してほしい」
 遠山のいつになく鋭い目線に射抜かれ、嶺澤はしばし呆気に取られたあと、
どうにか首肯した。
「警部も気を付けてください。ヂエの最終目標は、あなたの殺害かもしれない
のですから」
「心得ている。だが、警察が乗り込んできていながら、部屋に閉じこもって、
ぶるぶる震えていたでは、それこそ笑いものだ。まず、マークすべき人物がい
るかどうか、調べようじゃないか」
 そう言って遠山が取り出したのは、麻宮からもらった宿泊予約を入れた者の
リスト。氏名に続いて、住所と年齢、職業が並ぶ。言うまでもなく、自己申告だ。
 当然ながら、姿晶の名が真っ先にあった。埼玉で自営業をしているとある。
「私と会ったときも、ここにある通りのことを答えていた訳か」
 心証がよくなった。無論、これだけで疑いを解くことはないが。
 さて次はと、目を移した刹那、遠山はしゃっくりのような奇妙な音を立てて
呻き、絶句した。
「何か?」
「……信じられない。何かの悪い冗談のようだ、これは」
 喉を鳴らして唾を飲み込み、首を小さく振る。遠山は嶺澤にリストを渡した。
嶺澤もまた、言葉をなくす。
「何ですか、こりゃあ。ヂエがこれまでに起こした事件の関係者が、ずらりと
並んでいる!」
 リストに伊盛善亮、角治子、八坂信介の名があったのだ。
「気付かなかった。警部は見かけましたか?」
「いや、私も見ていない。いると分かって探せば、見つかるかもしれんが」
 示された意外な事実に、混乱を覚える。頭の中、情報を整理しようと、こめ
かみを押さえて考え込んだ。
「まず……彼ら三人が、事件に関わっているかどうか、だな」
「関わっているでしょう」
 嶺澤の即答に、遠山は先を促した。
「この三人がヂエの指定した島に偶然、集まるなんて、現実的ではありません
よ。何かの意志が働いていると断言できます」
「同感だ。では次に、三人がヂエもしくはその共犯であるのかどうか、検討し
てみよう」
「伊盛は遠山警部を逆恨みしているようですから、犯人であるかもしれません。
しかし、角治子は最初の被害者の恋人です。彼女が犯人とは、考えにくい。八
坂に至っては、三番目の被害者の武藤を発見しただけ。今度の事件の犯人だと
は、思えませんよ」
「うなずける部分はある。だが、別の見方もできるんじゃないか。第一の事件
で、我々は残虐な殺し方と挑発的なメッセージに目を奪われ、被害者の人間関
係を洗うのを疎かにしてしまったかもしれない。角に練馬を殺す動機がなかっ
たか、徹底的に調べ上げるべきところを、ヂエの存在に気を取られてしまった
んだ。角が練馬殺害の動機を持っていたとしたら、一躍容疑者の仲間入りだ」
「それはそうですが……なら、八坂は」
「武藤はコンビニの店長で、八坂はバイト。上下関係がある。下の者が上の者
に反感を持つような何かが起きていたとすれば、八坂が武藤に殺意を抱いても、
不思議ではない」
「お言葉ですが、遠山警部。想像だけで物を言われても」
「今の我々にできるのは、想像を広げることだろう。捜査員の数や科学捜査に
頼れない状況なんだから」
「しかし……まあ、いいでしょう。先ほどの警部の話は、あり得ないことでは
ないものとして、認識しておきます」
 不満が露なまま、そう答えた嶺澤。時間の浪費を嫌ったに違いない。彼は遠
山に、新たな説を提示した。
「別の方向でも考えてみないと。ヂエの策略によって、彼ら三人がこの島に集
められたという線です」
「策略? どんな策略と言うんだね」
「こうして事件の関係者が揃うだけで、我々警察は充分に動揺してしまってい
ます。ヂエの陽動作戦だとしたら、腹立たしくも成功しています」
 遠山はにわかに興味を抱いた。ヂエに共犯者がいると考えるよりも、この方
がぴたりとはまる気がする。
「仮に君の説を採用するとして、ヂエはどうやって三人を呼び集めた?」
「それは、福引きか何かに当たったとか言って、乗船券と宿泊代を送り付けた
んじゃないでしょうか。伊盛も八坂も学生で、暇があると言えます。角治子は
恐らく、恋人の練馬の死で、長期の休職に入りでもしたんじゃないでしょうか」
「ふむ。不自然さはない。だが、招待を断るかもしれない。大事な予定が先に
入っていたり、気味悪がったり」
「……ヂエは、もっと大勢の事件関係者に招待状を送ったのかも。その内の三
人が応じたと考えれば」
「そうか。元々、ヂエにとっては、何人来ようがかまわない。私達を撹乱する
のが目的なら、たとえ一人も招待に応じなくても、犯罪に支障を来しはしない
訳か。忌々しい」
 これで当たっているのではないか。遠山は嶺澤の考え方をすっかり気に入っ
た。虜になったと言っていい。リストを眺めつつ、より深い考察を試みる。
「事件関係者以外の者が一人も泊まらないというのは、どうだろう?」
「通常はどのくらいの人数が泊まるものなのか、麻宮さんに尋ねてみなければ、
何とも言えませんね。普段からゼロないし一人だとしたら、今夜からの宿泊状
況でもおかしくない」
「うむ……いや、待て。姿晶はどうなる?」
「え? あ、そうか。この人は本来、事件関係者ではないんだ」
「近野とも話したんだが、一週間前にヂエは島に来て、姿晶と接触したんじゃ
ないかという見方ができる。ヂエのパズルに名前が出て来たのだから。そうで
なければ、姿晶こそがヂエだ。……いや、彼女は一週間、この島から出ていな
いようだから、殺人の実行犯ではないな。ヂエの一味という可能性が出て来る」
「遠山警部。ふっと変に思ったんですけどねえ、ヂエの奴は今、島に来てるん
ですよね」
「ああ、そのはずだよ。どうせ殺しをしでかすつもりに違いない。現に、若柴
刑事がいなくなった。ヂエが動いたかもしれない……」
「ヂエは、どこで寝起きするつもりなんでしょう?」
「――なるほど。肝心要のことを失念していたな」
 内心、恥を掻いた気分で満ち溢れ、焦りを覚えた遠山。実務経験の乏しさを、
嫌でも思い知らされる。
「林の奥に、テントか寝袋でも持ち込むんでしょうかね」
「馬鹿な。そんなすぐに見つかってしまうようなやり方を、ヂエがするとは考
えられない」
「でしたら、どこへ?」
「……島の人間は皆、この一週間は島内にいたのだから、ヂエではない。少な
くとも実行犯ではない。姿晶にも同様のことが言える。となると……宿泊者の
中にいるはず。おお、私の説が裏付けられたんじゃないか?」
 嶺澤の肩を叩く遠山。必要以上に景気よくやったのは、先の自らの失態から
来る恥ずかしさを覆い隠したいがため。
「伊盛、八坂、角の中に、ヂエがいるんだ」

――続く




前のメッセージ 次のメッセージ 
「連載」一覧 永山の作品
修正・削除する         


オプション検索 利用者登録 アドレス・ハンドル変更
TOP PAGE