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★タイトル (GVB ) 00/11/19 23:05 ( 72)
新種のあひる 〜初代佐野祭の生涯〜 5
★内容
大門が一冊の雑誌を差し出した。
「なあ、この『吾輩は猫である』という小説、なかなか面白いぞ。作者の漱石と
いう男、たいしたものだ。お前も読んでみろ」
大門から雑誌を借りて一読し、祭は負けたと思った。
んな漱石相手に何が「負けた」だ、と思うのは現代人の感覚である。そりゃあ
今でこそ「漱石=グレイト」であるが、そのときはまだ一冊も本を出してない、
『猫』を雑誌に書いただけのペーペーである。
そもそも漱石という名前の由来をご存じか。「漱」というのは「すすぐ」とい
う意味である。昔中国である男が石を枕にし川の流れで口をすすぐようなアウト
ドアな生活がしてみたいものだ、と言おうとして間違えて川の流れを枕にし石で
口をすすぐような生活がしたい、といってしまったのだ。なんじゃそりゃと言わ
れて意地っ張りなこの男、
「いや、川の流れを枕にするというのは、耳を洗うのだ。石で口をすすぐのは、
歯を磨くためさ」
と言い張ったとか。ここから「流石」と書いて「さすが」と読むようになったそ
うな。
という名前であるから、現代人のように「漱」という字は漱石の名前以外に使
ったことはない、というのならともかく、当時の人にはお間抜けな名前だったの
である。とても後に文豪になるとは思えない。
漱石はまだわかるが、鴎外ってのはなんだ。なんなんだ「かもめの外」っての
は。そりゃあかもめにだって内側と外側はあるだろうが、それがどうしたのだ。
内側は内臓で外側は羽毛だ。おっと、私だって鴎外の「鴎」はほんとは「區鳥」
だってのは知ってるぞ。仕方がないじゃないか今のJISにないんだから。
佐野祭からだいぶ話がそれた。ええと、祭って名の由来は、祭りの日に生まれ
たので親がつけたそうです。まだそれてる気がする。
大門から雑誌を借りて一読し、祭は負けたと思った。
(やはりウェブは本に勝てないのだろうか)
ウェブが本に劣っている点は何か。祭は寝食を忘れ考え続けた。風呂にも入ら
ず顔も洗わず、三日三晩考えてさすがに体力の限界が近づきとりあえず体だけは
休めようと畳に横になったそのときに。
気がついたのである。
ウェブが本に劣っている点に。
ウェブは、寝そべっては読めないのだ。
内容の面白さが一緒なら、気軽に読める方に人気が集まるに決まっている。祭
は何とかして寝たままウェブが読めないだろうかと工夫を始めた。
画面を横倒しにする。
ころんと転がる。
また横倒しにしておく。
またころんと転がる。
また横倒しにしておく。
またころころと転がる。
そんなことを三十回くらいも続けただろうか。あやうく顔の上に画面が落ちて
きそうになり、これはたいそう危険だととりあえず画面を元通りに立ててふと気
がついた。なにも画面を横にしなくても、表示されている文字が倒れればよい話
ではないか。
さっそく左に九十度傾いた文字を用いて画面を表示し、その前に長々と横たわ
った。
読める。
これなら読めるぞと、誰か他の人間の意見を聞こうと大門を連れてきた。
画面の前に横たわった大門は言った。
「読めん」
「そりゃ大門、頭が逆だ。こちらを頭にして寝なければ逆さまになる」
「そっちは北枕だ」
「そんなことはどうでもよかろう。……ええいわかったわかった、いま画面の方
をそっち持ってゆくから逆を向け。これでどうだ」
「おお、読める。これなら読めるぞ」
「どうだ、すごかろう」
「凄いが、これはしかし寝返りが打てぬな」
「とりあえずそれは次の段階だ。まずは寝ながらにして読むための第一歩だ。こ
れからのウェブはウェブが姿勢を選ぶのではなく、人が姿勢を選ぶのだ」
こうして祭の新作が発表され、寝ながらにして読めるということでごく一部で
評判になった。が、その間に『吾輩は猫である』の方は日本中で無茶苦茶な評判
になっていた。
こうして祭の『猫』との闘いは一方的な敗北に終わった。
まあ、これははっきりいって相手が悪かった。なにしろ相手は今なおお笑い文
学の最高峰として日本文学史上に残る名作なのだから。祭はそのときはそんなこ
とは知らなかっただろうけれど。
でも先代がもしそのことを知っていたとしても、やっぱりくやしかったんじゃ
ないかと私はちょっと思うのである。
続く