AWC 新種のあひる 〜初代佐野祭の生涯〜 3


        
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★タイトル (GVB     )  00/10/29  23:00  (109)
新種のあひる 〜初代佐野祭の生涯〜 3
★内容

「双方向なんだよ」
 祭が言い出した。大門はぎょっとして尋ねた。
「なんだそりゃ」
「これからのウェブは、双方向でなければいけないんだよ」
 大門はソーホーコーというのはどういう字を書くのか尋ねた。祭は「雙方向」
と書いた。
「でなんだそりゃ」
「うむ。ウェブに今一つ人気が出ない原因が分かったのだよ」
「ほう」
「つまりいままでのウェブは、一方的に俺の側から読者に向かって情報を発信し
ていたわけだ」
「まあ、そうだな」
「そんなことは新聞だろうが書籍だろうができることなんだ。ウェブではそんな
ことはない。逆に読者から作者に向かって情報を発信することもやろうと思えば
できるんだ」
「なるほど、それで二方向か」
「そうだ。人が与えた情報を受け取るだけではない。自分からも情報を発信する
二方向になってこそ、ウェブの人気も上がるんだ」
「ふうん。面白そうだな、その二方向ってやつ」
「うん。俺はこの二方向を実現するために……ちょっと待て、二方向じゃなかっ
た気がする……なんだっけ」
 祭はさっき「雙方向」と書いた紙を見た。
「そうだ、双方向を実現するために、いろいろ考えてはみたのだか」
「うむ」
「どうしよう」
「なんだそれは。思いつかなかったのかよ」
「いや、いろいろ考えたんだよ。例えばね、小説がどういう風に続くか、読者の
投票で決めるとか」
「それって面白いの」
「さあ」
「小説なんか読者の思ってもみない方に話が行くから面白いんじゃないか」
 結局そのときはなんら案がまとまらないまま終わったが、祭は大門の言葉から
しっかりヒントはつかんでいた。
 思ってもみない方に話が行く。
 そう、作り手が変にこうしようああしようと細工する必要はないのだ。読者が
好きなときに好きなことを書く、それでいいではないか。
 しばらくたって大門が祭の家を訪れると、祭は自信に満ちた表情で出迎えた。
「大門。俺はついに双方向を実現したよ。まあ、見てくれ」
 大門が見ると、見慣れぬ画面が出ている。日付と佐野祭という名となにやら文
章が連ねてあった。
「いいか、ここに文章を書き込んでだ、こうすると……ほら。誰でもウェブ上に
文章が書けるのだ」
「誰でもって、お前しか書いてないじゃないか」
「それは始まったばかりだからしょうがない。いいか、こいつはこれに留まらな
い。この文章に対して、応答を書くことができる。ちょっとお前書いてみろ」
「はあ。それでは応答を書いてみます、と……なるほど」
 今で言うレスである。レスポンスの略ですね。
「どうだ。まさに双方向だと思わないか。俺はこれを掲示板と名付けたよ」
 ここに祭の大きな誤算があった。そもそも双方向を期待するなら、「掲示板」
などという名前を付けるべきではなかったのである。
 例えば大学の掲示板。「25日水曜3限 応用哲学佐野先生の授業は休講です」
という掲示に対して、レスがついたのを見たことがあるか。
「ラッキー! ちょうどいいから美容院行ってきます。ホントは先週行こうと思
ったんだけど、飲み会がはいっちゃって行けなかったのれす。じゃあねえ」
「いいなあ、佐野先生の応用哲学は休講が多くて。私も応用哲学とろうかと思っ
たんだけど、何やるかわけわかんなかったから取らなかったんだよね。あーあ、
私も応用哲学にすればよかったよー」
「アンラッキー! 美容院いったんだけど短く切られすぎてしまった……ふえー
ん、なんで? これというのも佐野先生がいきなり休講にするからだ」
 この場合先生は、自分の休講にレスがついた方が嬉しいのだろうかつかない方
が嬉しいのだろうか。
 レスのついた掲示板というのもごくまれになくはない。例えば、
「当マンションの駐車場に空きが出ました。ご希望の方は下に部屋番号をお書き
ください」
てな掲示がそうである。しかしこれだって単に部屋番号を書くだけであり、
「こんにちは、503号室の佐野です。
 このマンションの駐車場に空きがなかったため外に借りておりました。しかし
その駐車場では近所の小学生が野球をやっており、車にボールをぶつけられるこ
とが何度かありました。駐車場のオーナーに申し入れしたのですが、野球禁止の
貼り紙だけはしたもののフェンスを建てるなどの抜本対策はしてくれず、やむな
く他の駐車場を探しました。
 今度の駐車場は野球をする子供もおらずよかったなと思っていたところ、大雨
のときに車が半分以上浸水してしまいました。その駐車場は低地にあったのです。
 二度とこんな駐車場はごめんだと現在はバスで30分かかる駐車場を利用して
おり、野球をする子供も雨による被害もないためよいところを見つけたと思って
おりますが、いかんせんバスの本数が少ないため不便さを感じていたところ今回
空きができたというお知らせをきき、さっそく応募した次第です。このような事
情をご配慮いただければと思います」
 などとレスがついているのを見たことがない。
 つまり掲示板とは、もともと単方向のものなのである。
 台湾では「留言板」というそうな(流言板ではないので念のため)。こっちの
名前の方がよかったかもね。
 ということを今更言っても百年遅いのであって、とにかく先代は「掲示板」と
名付けてしまったのである。
 案の定。掲示板は掲示だらけになった。
「今月二十日、町内のどぶさらいをやります」
「店員急募。居酒屋おおどんぶり。委細面」
「小便無用」
「下総屋饅頭店では蒸饅頭、栗饅頭他、各種饅頭を取り揃えております。吉事の
紅白饅頭、不意の事の葬式饅頭の御用命も承っております。今なら紅白饅頭に家
紋をお入れいたします、追加の代金はいただきません。下総屋饅頭店を御愛顧下
さい」
 祭は自分の目指す方向性とずれているのは感じていたが、ここでやめるわけに
はいかなかった。これらの呼びかけに対して反応がなければ、双方向とはいえな
い。
 しかし、レスらしきものはなかった。掲示板だから。
 そこで祭は自ら応答することにした。つまり、二十日にはどぶさらいをし、お
おどんぶりで酒を運び、小便は我慢し、下総屋饅頭店で家紋入りの紅白饅頭を買
ってきたのだ。
 大門が祭の家に行ってみると、祭はちょうど饅頭を食っていた。
「おー、大門。うまいぜ、この饅頭」
「ふーん、これが例の掲示板の饅頭か」
「そうだ。掲示板がなければ、俺はこの饅頭と巡り会うことはなかっただろう」
 祭は饅頭を頬張って言った。
「時代は二方向だね」
 かくして、双方向という言葉が定着するのはずっと後のことになる。

                              続く




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