AWC 新種のあひる 〜初代佐野祭の生涯〜 1


        
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★タイトル (GVB     )  00/10/ 4   2:32  ( 88)
新種のあひる 〜初代佐野祭の生涯〜 1
★内容
 初代佐野祭は明治時代末期に活躍した日本初のウェブ作家である。実用面だけ
ではなく、ホームページをエンタテイメントとしてとらえたことに関しても先駆
者である。祭なくして現在のウェブの隆盛はありえなかったといってもよいであ
ろう。
 にもかかわらず佐野祭の名は一般にはさほど知られていない。当時インターネ
ットがなかったからである。

 そんなわけで佐野祭に関する文献はきわめて少ない。インターネットの検索エ
ンジンで検索しても、佐賀県の佐野祭という祭りのページくらいしかヒットしな
いであろう。別に先代が佐賀を訪れて杖で地べたをたたくと井戸が湧き出てきた、
などという言い伝えがあるわけではなく、これは日本赤十字社を設立した佐野常
民のお祭りであり、佐野常民はこの物語が始まる一年前に死んでいるので全く関
係ない。
 先代に関する資料といえば、わずかに自分でしたためていた「祭囃子」という
日記が残されているくらいである。これは今日よくあるようなウェブ上の日記で
はなく、帳面につけたもので、何でそんなものにタイトルをつけたのかよくわか
らないが、まあそれがウェブ書きというものだろう。
 しかしこの日記大切なことはなにも書いてなく、どうでもいいことしかないの
だ。どだい肝腎の、先代がどういうページを作っていたかについてほとんど書い
てないのである。
「七月十五日 くまざさ更新する
 七月十六日 あんぐり鍋更新する」
 これだけ読んでも、くまざさとか、あんぐり鍋とかがいったいどういうページ
なのかさっぱり見当がつかない。
 あとは祭の友人である三浦大門(みうらだいもん)という人が書いた日記に、
わずかに先代に関する記述を見ることができる。しかしこの大門という人どちら
かというと三日坊主のたぐいで、日記も一年に十日残っていれば良い方という有
様である。
「八月四日 祭の新作を見る。オチがよくわからない」
 ここから何を分かれというのか。
 そんなわけで先代に関する資料はきわめて少ないが、その貴重な資料の中から
わずかながらも佐野祭の足跡をたどっていけたらと思うのである。

 祭がウェブ制作に手を染め始めたのは1903年(明治36年)暮れのことで
ある。しかし祭が興味を持つほど、世の人々の興味はウェブには向いていなかっ
た。
 決して当時の人がそういう新しい技術に関心がなかったわけではない。なにし
ろその年にはライト兄弟が世界で初めて飛行機を飛ばしているのだ、そりゃもう
大騒ぎである。ウェブができるのと飛行機が飛ぶのではどちらが技術革新かとい
うと、ITだなんだと申しましてもやっぱり飛行機のような気がする。
 そのような時代であるから、祭の仕事はまずウェブの普及から始まった。ウェ
ブとは何かを事細かにしたためた原稿用紙で言えば二百枚にわたる文を著し、自
らのホームページに掲載した。しかし一向にだれも読んだ気配がない。
 現代の感覚で言えば、祭のやろうとしたことは決して間違っていないのである。
誰もが必要な情報をウェブから得る、いまそうなっている状況こそが祭の目指し
ていた道だった。
 しかしこのときは誰も読まなかった。祭は考えた。
 二百枚は長かったかな、と。
 思い切って三枚に減らしてみたが、それでも誰も読む気配がない。
 思うにこれは、ウェブでウェブの解説をやろうとしても無理なのではないか。
 何を当たり前のことをと考えてはいけない。現代においても、本の解説をした
本、テレビの解説をしたテレビ、新聞の解説をした新聞はいくらでも見ることが
できるではないか。メディアがそれ自身の解説をすることは決して無意味なこと
ではないのである。ただ問題は、人々がそもそもウェブの見方すら知らなかった
と言うことである。
 そこで祭は自分で広めて回ろうと、ウェブ講習会を開くことを思い立った。
 茶菓子に惹かれて近所の物好き連中が集まった。
「なんだろうねウエブというのは。八っつぁんお前知ってるか」
「知らん。よくわからんが柔らかいものじゃないか」
「あてになんねえな、源ちゃんあんたはインテリだから知ってるだろう」
「英語で水かきのことだな」
「水かき。つーと何かね、新種のあひるかね」
「ちげえねえ。おっと、おいでなすったな」
「あひる連れてないね」
「そうだな。おおい、もったいぶらずにあひる出せ」
 演台に立った祭はおもむろに語り始めた。
「おほん。ご来場の紳士淑女諸君。私佐野祭が皆様にご紹介したいのがウェブと
申しまする新技術。書籍のように編集し校正し出版し流通し販売されるの時間を
待たず、まさに書かれたときが読まれるとき。いまや町中に鉄道が走り速さが求
められる時代。まさに時代が必要としている技術なのであります」
 祭は熱っぽくウェブの便利さ、楽しさ、面白さを説いた。
 聴衆の一人が感心したようにうなった。
「ふーん。大したもんだねえ、そのウエブというのは」
「ウエブではありません。ウェブです」
「だから、ウエブだろ」
「ウェブ。いいですか、口をすぼめたまま、『エ』」
「エ」
「それでは単なるエです。いいですか、『ウェ』」
「エ」
 祭の計画は思わぬ障害を迎えた。当時すでに「え」と「ゑ」は発音が同化して
おり、日本語には「ウェ」の発音はなかったのである。
「いいですかまず唇をつきだしておいて、『ウェ』」
「ゥエ」
「そうだいぶよくなってきましたよ。もう一度、『ウェ』」
 聴衆たちの発音を聞きながら祭は、一歩自分の理想に近づいたのを実感してい
た。

                              続く




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