AWC リレー>そして一つになる・9   担当:永山


        
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★タイトル (AZA     )  00/ 9/28   2:14  (200)
リレー>そして一つになる・9   担当:永山
★内容
「私、やっぱり郷野弘幸が犯人じゃないかと思うわ」
 蒜野は声を潜め、念のため辺りを窺った。ガラルームには茄原以外の誰の姿
もない。扉も現在はぴたりと閉じられている。
「何を根拠に」
 茄原もまた四囲を睥睨しつつ、声音を低く抑える。
「動機があるのは、彼だけよ。千葉貴恵まで狙ったのは、何て言うのか、親と
しての責任を問う気持ちだったんじゃないかしら」
「迂闊に口にしちゃいかんと、言ったはずだよ。内村友美とかいう女の子の自
殺に、ここのお嬢さん、それにご学友二人が関わっていたとしたら、だろ」
「そうでも考えないと、他に動機のある人が見当たらないもの」
「短絡的に過ぎるのぉ」
 腰に両手を当て、下を向き、首を振る茄原。それから疲れたような足取りで、
椅子へと戻った。蒜野も仕方なく続く。
「じゃあ、検討してみましょう。彼が犯人であるかどうか。その価値はあるん
じゃなくて?」
「わしは別に犯人探しをするつもりは毛頭ないんだが。ゴシップは好きだがね。
お客さんへのいいネタになるからさ」
「いいじゃない。折角居合わせたんだから、ゴシップにリアリティってものを
飾り付けたって。とにかく、茄原さんは聞いてくれるだけでいいわ。ただ、お
かしいと感じたら、すぐに言ってほしい」
「分かった分かった。落ち着いて、座って話しなさい」
 促され、蒜野は握りしめていた拳を解くと、椅子に納まった。それでもなお、
身を乗り出した前のめりの格好になる。
「動機に関しては、私の仮定を認めて。これが大前提。だって、犯人を郷野弘
幸とするんだから、当然でしょ?」
「千葉良香と瀬戸山、竜崎のおかげで、内村友美が死んだ、と。それは了解し
てもいいんだが、郷野は何故そのことを警察に訴えなかったんだろう?」
 いきなり疑問を呈され、出鼻をくじかれた形になった。蒜野は頭を掻き、考
え考え、口を開く。
「きっと、具体的な証拠がなかったのよ。仮に証拠があったとしたって、内村
友美の死は自殺。警察が積極的に動くかどうかはあやふやだし、捜査の結果、
三人が逮捕されたとしても、大した罰は与えられない。そう考えた郷野は、自
らの手で復讐を……」
「うむ、納得した。じゃあ、新聞記者さんの名推理を聞かせてもらおうかな」
「――郷野さんは最初は殺す気はなかった。認めてくれさえすれば、あとは警
察に任せるつもりだったと思う。千葉良香を部屋に訪ねた郷野さんは、説いて
聞かせる風に、訴えたでしょう。ところが、良香は証拠がないのをいいことに、
知らぬ存ぜぬの一点張り」
「あーっと、そういった空想の部分は、関係あるのかい」
「郷野さんの心理の移り変わりを、細かく表しているつもりですけれど」
「そこで問題にするべきは、何て言うかなあ、計画性があったかどうかじゃな
いかと思うんだが」
「計画性なら、あったと思います。千葉良香が認めなかったら殺そうという。
だいたい、瀬戸山、竜崎の両名を毒殺してるんだから、計画殺人なのは明らか
だわ。衝動的に、毒なんか用意できないもの」
「そうだ、そこも聞こうと思ってた。毒をどうやって手に入れたのかね。いく
ら有名とは言え、郷野さんは音楽家だよ」
 蒜野は当初考えていた筋書きから、ずれを感じた。が、質問されたので、や
むなくこの流れに乗る。
「有名人だからこそ、あらゆる方面にコネクションが強くなる可能性があるわ。
ちょっと頼めば、喜んで持って来てくれる人が周りにいるのかも」
「無理矢理つなげようとしてるとしか、わしには思えんな。この千葉家は医療
に携わっておるんじゃろ? だったら、千葉家に深い関係のある人物の方が、
よほど毒を手にし易かろう」
「それは、郷野が自分に疑われないようにするため、さらには、茄原さんが思
い込んだように、千葉家と強いつながりのある人間に容疑を向けさせるためじ
ゃないかしら」
「またまた牽強付会。本末転倒というものじゃないかね」
「待って。文句を言うのはかまわないけれど、じゃあ、茄原さんは誰が犯人だ
と思うの」
「わしは、警察や探偵じゃないからのう。考えてもおらんよ」
「そんなはずないわ」
 極めて断定的に、蒜野は言い切った。
「頭の中では、犯人探しをやっているはずよ。毒の入手先を検討してるなんて、
その最たる証。さあ、白状して教えてよ」
「えらく張り切ってるな」
「これも取材の一つですもの。それで、茄原さんは当然、犯人は郷野さんでは
なく、千葉家縁の人だと思ってる訳ね。千葉家の人間というと……あら、残っ
てるのは貴恵さんくらいで、あとは使用人の人達ばっかりだわ。じゃあ、貴恵
さんが犯人?」
「どうして、そうせっかちなんだろうね、全く。千葉家とつながりのある人物
と言っただけで、千葉の者に限定するなんて、言っておらんよ。今日の招待客
の中には、医療薬品の関係者が大勢おるんじゃないかな」
「あ、忘れてたわ。そうよね、何しろ三十五人もいるんだから」
「まあ、そういう訳だから、毒の入手経路から、犯人を絞り込もうというのは
難しいだろうねえ」
「なーんだ。思わせぶりな指摘をしておいて、それで終わりですか。全然、進
まないじゃないですか。恐くって、早く犯人見つけたいのに」
「わしが今考えておるというか、頭を悩ませておるのは、シャンデリアのこと
だよ」
 蒜野は、振り向いて、シャンデリアをちらと見やった。再度、背筋を冷たい
ものが素早く駆け抜ける。視線を茄原に戻し、尋ねる。
「さっきも言ってた、どうやって落としたか、ってことですか。あ、もちろん、
これが殺人未遂だとしたらの話だけれど」
「だから、わしは事故でなく、事件だと思っておる」
「じゃあ、どうやって」
「うむ……。タイミングを合わせて落とそうとするなら、真っ先に思い付くの
は、リモコン装置の類だが」
 斜め上方に目をやる茄原。シャンデリアの下がっていた痕跡が、醜く残って
いる。他には、特に変わった物は見当たらない。
「そのようなメカニカルな仕掛けは、多分、ない。次に考えられるのは、何ら
かの時限装置」
「時限装置? リモコンと大して変わらないと思いますけど」
「機械的な物じゃなく、もっと単純な……氷とか蝋燭を利用した仕組みのやつ
さね。吊す鎖の一部を、そういった物で作ったわっかと入れ替えておき、時間
が来るとそれが解け、シャンデリアが落下する」
「時間通りに都合よく、殺したい人物が下に立つとは思えません」
 一刀両断する蒜野に対し、この反論を予想していたのか、茄原は機嫌のよさ
げに頬を緩めた。
「そうじゃの。元々、千葉貴恵さんがパーティの席上で挨拶する予定があって、
その時間が決められていたとしても、それまでに殺人が起こって、ごたごたし
ておる。とても予定通りには進行しまいて」
「八方塞がりよ。あとは、シャンデリアを一本のロープで吊しておいて、その
ロープを切るでもしなきゃ」
 蒜野が、あきらめ半分の冗談を口にした。
 だが、茄原にはもう一つ、思い付いたことがあった。
「わしは若い時分……と言っても、タクシーの運転手を始める前までだから、
ほんの数年前だが、ごく普通の勤め人だった。金属一般を扱う企業でな、新製
品開発にもなかなか結構な額の資金が出され、割と羽振りもよかったんだが、
不景気になると途端に傾きかける」
「何が言いたいんですか」
 苛立ちを隠さず、蒜野はつんつんした物腰で口を挟んだ。
「脱線してしまった。すまんすまん。要するに、形状記憶合金を使ったんじゃ
なかろうかと、こう思う訳じゃよ」
「それって、下着やスーツにも使われてる、特殊な金属のことですか? 温度
で形が決まってくる……」
「その通り。形状記憶合金を使って、シャンデリアのチェーンに似せたリング
を一つ作り、要の部分に取り付ける。温度変化によって、輪が開き、シャンデ
リアは落下する……」
「うまく行きそうですが、それだと誰の頭上に落ちるか、分からないじゃない
ですか。それどころか、誰もいないときに落ちるかもしれません」
 疑問を呈した蒜野に、茄原は自信ありげにうなずいた。
「照明を忘れちゃいけない」
「……確かに、スポットライトが当たってましたね」
 思い出す風に首を傾げ、蒜野はこめかみに指先を当てた。
「でも、部屋は明るいままだったわ。ちゃんとパーティが行われていたのなら、
明かりを落としたんでしょうけど、さすがにそこまではできなかったのね」
「恐らく、そんなところだろうな。セッティングをした照明を使わないのは、
惜しいと思ったのかどうか知らんが、光が当たっておった」
「ライトの熱で、その合金のリングが開き、シャンデリアが落ちたというんで
すね?」
「ああ。千葉貴恵が挨拶に立つと分かっていたら、今言ったような細工を、シ
ャンデリアのチェーンにしておけばよかろう。たとえ挨拶がなくなったとして
も、影響は出ない」
「現場に、開いたリングがなかったというのは?」
「平温になると、また元通りになるようにできているのだから、当然じゃよ」
「じゃあ、ひょっとしたら、あの残骸の中に、問題の合金リングが残っている
かもしれない!」
 闇に光を見出した洞窟の遭難者さながらに、大げさに声を高くする蒜野。目
も輝いているかのようだ。
「うむ、あるかもしれん。犯人がこの細工をしたとして、仕掛けのリングを持
ち去るのは、騒ぎの混乱に乗じても、ちと、厳しいかろうな。だが、わしらに
も見つけられる物ではないよ。改めて照明を当てれば分かるかもしれないが、
そんな真似をすれば、犯人に勘付かれる恐れがある」
「こっそりやれば」
「いやいや、余計なことはせん方がいい。下手にいじって、証拠としての価値
をなくしてしまっては、元も子もない」
「まあ、いいわ。いざというときの証拠になるのは、間違いないんだから」
 ひとまず納得した様子の蒜野。早速メモ帳を取り出し、これまで気付いた点
を書き付けていく。
「犯人は……シャンデリアにさわれる人、ということになりますよね」
「そうだなあ。おやおや、またも千葉家の人間という条件が出て来る」
 苦笑する茄原。しゃっくりに似た笑い声を立てた。
「客人がシャンデリアに手を伸ばしてるという図式は、相当に不自然だわ。細
工をしたのは、千葉家の人間に限定していいんじゃないかしら」
「――女新聞記者さん、一つ意見を求めたいんじゃが」
 茄原が、洒落者のように人差し指を立てた。似合わない。蒜野は遠慮なく吹
き出してから、「記者が質問を受ける立場になるとは、まるで想像できません
でしたわ」と気取った調子で応じた。
 茄原は声を一層低めて、切り出した。
「聞きたいのは、女主人を、容疑の枠から外すか否か、ということでな」
「……シャンデリアの落下は、狂言だと仰るのですか」
 頭の回転よく、先回りする蒜野。だが、その目は見開かれ、明らかに驚いて
いる。彼女にとって、思いも寄らない見方だったのだろう。
 だが、すぐに咀嚼し、その可能性を信じ始めたらしい。今や、腕組みをし、
しきりにうなずいている。
「指摘されてみれば、絶対ないとは言い切れませんね。千葉貴恵が犯人で、自
らは嫌疑を逃れるため、襲われたふりをする……ありがちな手だわ」
 そこまで独り言のように喋ると、急に表情を曇らせる。
「でも、それだと、娘を殺したことになっちゃう。いくら何でも、そんな……。
動機がない」
「たとえばの話、こんな筋書きはどうかな。娘を殺された貴恵が、復讐鬼とな
って犯人――瀬戸山と竜崎を殺した」
「それなら、理屈は合いますけど……」
 小首を傾げた蒜野。
「千葉貴恵はどうやって、瀬戸山と竜崎が娘を殺したことに、気付いたのでし
ょうか?」
「そりゃ分からん。分かってたら、こんなに悩まんだろ」
 とぼけた調子になる茄原。食えない人だ。あるいは、この態度自体、演技な
のか……殺人事件に巻き込まれた恐怖を紛らわすための。
「とにかく、今はこのシャンデリアの保存が肝要だろう。信頼のおける人物数
名で見張るのがよいのだが、適当な人間が思い浮かばない。あの執事に一任す
るのも、危険だしなあ」
 茄原が嘆き気味につぶやいた刹那、ガラルームの扉が開かれた。その音にび
くりとして振り向くと、松倉、郷野、佐藤の三人が一団となって、入ってくる
ところだった。皆、一様に表情が険しい
「どうかしたんで? まさか、また犠牲者が……」
「いえ。シャンデリアを、改めて調べてみようと意見が一致しましたので」
 松倉がいい、郷野と佐藤がシャンデリアに手を伸ばそうとする。蒜野は鋭い
声を飛ばして、その作業を中断させた。そして茄原に目配せをする。受けて、
タクシー運転手は、最前の推測――形状記憶合金が使われた可能性を話した。
「……面白い話だな」
 佐藤が顎をなで、にやりとした。薄笑いを浮かべる教師を、松倉が指差す。
だが、言葉はついてこず、口を半開きにして固まる。
「松倉さん?」
 誰ともなしに、その名を呼ぶと、松倉はようやく喋り出した。
「さ、佐藤様は、照明のセッティングを引き受けておられましたね。脚立もあ
りました。あれを用いれば、シャンデリアに細工することもできるのでは」

――続く




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