AWC リレー>そして一つになる・7   担当:永山


        
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★タイトル (AZA     )  00/ 4/28  17:32  (200)
リレー>そして一つになる・7   担当:永山
★内容
 シャンデリアの飾りガラスが、細かく砕け、広がり、散っていく。スローモ
ーションのように見えた。
 眼前では、腰を抜かした様子の千葉貴恵が、松倉らに支えられるも、起き上
がれないでいる。糸の切れたマリオネット状態とはこのことだった。
 そのときの郷野は意識の短い空白の後、呪縛から解き放たれたような感覚に
陥った。
 周囲の悲鳴や怒号がかしましい。対照的に、郷野の心中は、次第に穏やかに
なっていく。ある種の奇妙な安堵感で、身体が満たされていく。
(私の殺意とは違う!)
 頭の片隅に残存していた疑念――「自分が夢遊病者のように無意識の内に三
人を殺したのではないか」――を、ようやく今、完全に打ち消すことができた。
(千葉貴恵まで殺そうとは、微塵も思っていない。それに、シャンデリアを落
とすなんて芸当、今日初めてここを訪れた私にはできないのだからな。シャン
デリアに触れる機会もなかった)
 自らに言い聞かせる風に、心のつぶやきを繰り返した郷野。一時的に、周り
への注意が留守になっていた。
「――郷野さん、郷野さん?」
 我に返ると、呼びかけてくる声に気付く。木幡だった。少し距離を置いて、
蒜野もいる。彼女はカメラを背中に隠すような仕種のあと、前に回って、郷野
の顔を覗き込む。
「どうかなさったんですか?」
「いや。突然のことに、動揺してしまったようだな」
 木幡に応じながら、蒜野の動きも注視する。どうやら、何らかの不信感を抱
かれたようだが……それ以上は読み取れない。
「もう大丈夫だ。千葉さんは?」
 木幡に聞いた。千葉貴恵の姿が、いつの間にか見当たらなくなっていた。
「執事の方が、奥の部屋にお連れしました。ご覧になってなかったんですか」
「ああ。怪我はなかったのかな」
「そこまでは知り得ませんが、命には別状ないでしょう。千葉さんがご無事で
よかったですわね。援助の話がおじゃんにならず――」
「くだらん話は、さっき打ち切ったはずだが」
 扉を閉ざすかのごとくぴしゃりと言って、郷野は蒜野へと向き直った。一瞥
すると、彼女はたじろぎ、怯む様子を見せた。
「記事にしない約束をお忘れなく、記者さん」
「……忘れてませんよ」
 唇を尖らせ、目を伏せがちにした蒜野は、あきらめた風にカメラを前に持っ
て来た。
「これはあくまでも、警察の捜査のためですから」
「結構な心がけだね。記者としては失格でも、人間として合格かもしれないな」
 冗談めかして言った郷野は、蒜野の反応を待たずに、背伸びをして辺りを見
渡した。松倉の姿を探す。が、見当たらない。千葉貴恵を連れて出て行ってか
ら、まだ戻って来ていないらしい。
 聞きたいことが山ほどあるのだが、今は無理のようだ。
 郷野は待つ間、自分なりの推理を進めてみようと思った。

 大勢が騒ぎ出したため、各人はあてがわれた部屋に戻ってもよいとなった。
 郷野も部屋に戻り、鍵を掛けた。全てをシャットアウトし、一人、じっくり
と思考に取り掛かる。
 ベッドの縁に腰を下ろすと、思いの外深く沈んで、バランスを崩しそうにな
った。いや、むしろ疲労のため、反応が鈍っている。身体の節々が緊張によっ
て疲れ切っているはずなのだが、それをほぐすことを思い付けない。
 郷野はうなだれ、両目を瞼の上から押さえた。その姿勢のまま、ここに着い
てからの出来事を思い出しつつ、思考に入る。
(事件がいっぺんに起こって、頭の中がごちゃごちゃしている。引っかかる点
がいくつかあったんだが、整理しておかないと、分からなくなりそうだ)
 思い起こそうと試みるが、すぐには浮かんでこない。頭痛がしてきそうだ。
メモを取ってもいないことを悔やむ。
 郷野は自分の荷物を探って、ペンと白い紙を取り出した。これからは忘れな
いよう、書き付けていくとしよう。
(まず……楽譜だ。良香が用意したという楽譜が、消えて、瀬戸山の部屋の屑
篭から見付かった)
 腰を少し浮かせ、ポケットに入れたその楽譜を、布地の上から触る。取り出
して、広げた。
(何故、私が書いた楽譜なんだ? 楽譜が消え、瀬戸山の部屋で見付かった意
味は? 事件にどのように関係しているのか?)
 疑問を次々と書き記していく。
(他にもたくさんある。あの記者が言った、別荘の方から走ってきた車の存在。
瀬戸山らのジーンズが濡れていた件は、雪が関係しているのだろうか。それに)
 筆を走らせる音がやむ。ペンを置き、顎に手をやって、目は床の一点をにら
みつけた。たった今浮かんだ項目に関して、考えれば考えるほど納得が行かな
くなる。
(これは、案外、重要なのかもしれない)
 そう判断すると、居ても立ってもおられなくなり、郷野は部屋のドアを開け
た。松倉と佐藤、二人に会わねばならない。
 松倉がどこにいるかは知らないが、佐藤の部屋の場所は、さっき聞いている。
即座に向かって、ドアを二度ノックした。
「誰だぁ?」
 間延びした声が返って来たが、当然、ドアの開く気配はない。殺人犯が別荘
内にいるかもしれないのだ。不用意にドアを開けて、襲われてはたまらない。
「佐藤さん。郷野です。開けていただけませんか」
「ん? 何だ、あんたか。ちょっと待ってろ」
 先生と卒業生との会話らしくはないが、実際に教え教わるという関係がなか
ったのだから、それも致し方あるまい。
 三十秒ほどして、扉が開いた。だが、佐藤の姿は見えない。さらに五秒後、
ドアの影からようやく現れる。
「すまねえな、念のため、用心させてもらった」
「それが当然でしょうね。開けてくださっただけで、感謝しますよ」
 両手を広げ、何も隠し持っていないことを示しながら、中に入ろうとする郷
野。だが、押し止められた。
「話があるなら、外でしようや」
「――かまいません」
 廊下に出て、二人とも同じ側の壁に背を当てて、少々距離を置いて並んだ。
「実は、一連の事件に大きく関わるであろう、あることに思い当たりましてね。
佐藤さんにぜひとも聞いていただきたいのです」
 身ぶりを加え、なるべくやわらかい感じに努める。松倉はどうにでもなろう
が、佐藤に機嫌を損ねられては面倒かもしれない。ここは下手に出るべき。
 佐藤は、“世界の郷野”が軽くではあるが頭を下げたのに機嫌をよくしたか、
にんまりと笑みをなした。
「よかろう。応じるとしようじゃないか。廊下ではまずい話か?」
 郷野が無言でうなずくと、佐藤は先に動き始めた。
「じゃあ、二人きりで話せるところに。あんたの部屋がいいかな」
「ああ、二人じゃなく、三人なんですが」
「三人て、もう一人は誰だ?」
 それには答えず、郷野は松倉がいると思われる、千葉貴恵の部屋を訪ねてみ
ようと考えていた。

 松倉が用意した小部屋で、郷野と松倉、佐藤の三人は席に着いていた。窓や
扉はしっかり閉ざされ、中での声や物音が、外に漏れ聞こえる心配はない。
「始める前に……千葉さんのご容態はどうです?」
 郷野は先に、女社長の身を案じてみせた。良香への怨念故、その親である千
葉貴恵に対して、人並みの同情を持つのはどうしても難しい。
「このような事件に巻き込んでしまった上、ご心配をおかけしまして、大変申
し訳なく思っております」
 松倉はわざわざ起立し、ズボンの縫い目に指を添え、深々と頭を垂れた。
「気にすることはない。あなたの責任ではないのだから」
 郷野の優しい響きの声を追い立てるかのごとく、続いて佐藤が銅鑼声で言う。
「それよりも、奥さんの容態はどうなんだと聞いてるんだ」
「幸い、シャンデリアの破片による怪我は、ごくごくわずかで軽いものでした。
手当てを終え、今は鎮静剤をお飲みになり、寝室でお休みになっています。精
神的ショックの方が、遥かに大きかったご様子でして……」
「一人にして大丈夫なのか? 危ないだろう」
「ドアには内側から施錠しておきましたし、メイドの者が交代で付いておりま
すから、問題ないものと存じます」
 着席した松倉の自信に満ちた言に、佐藤も合点が行った風に何度かうなずい
た。二人とも、メイドが殺人犯という考えは、はなから頭にないらしい。
「ひとまず安心してよさそうですね。ご回復を祈念しています。ところで」
 郷野は敢えて指摘せず、本題に入ることにした。
「今度の事件を考えている内に、お二人に窺いたい点が浮かび上がりましてね。
事件の根本に関わる重要事だと思うのですよ」
 話の場を制するために、細めた目で二人を見据える郷野。空気を緊張させた
彼は、次の瞬間、緩和に転じる。
「と言っても、誰でも気付くような些事です。私が言い出さなくても、いずれ
どなたかが口にするでしょう。しかし、早く確認するに越したことはない……」
「もったいぶらんで、ずばり、言ってくれんかな」
 佐藤の指が、肘掛けを忙しなく叩いた。その左手首を飾る高級腕時計に視線
をくれてから、郷野は切り出した。
「最初に、佐藤さん。あなたの腕時計を見せてもらえますか」
「あん?」
 手の動きを止め、自身の腕時計をまじまじと見つめる佐藤。
「これがどうかしたか?」
 左手を持ち上げ、前に突き出すと、手首を曲げて郷野に時計の盤面を示す。
 郷野は、その時刻がほぼ正確であると知った。佐藤に礼を言い、次いで、松
倉に身体を向ける。
「松倉さんは、時計は?」
「――はい。こちらですが」
 懐に手を入れ、再び出す松倉。そこには、懐中時計が握られていた。丸く平
べったい、焦げ茶色をしたそれは、相当年季が入っている。
「ぶしつけですまないが、開けてください」
 郷野の求めに、松倉は黙って素直に応じた。開かれた時計の文字盤は、やは
り正確な時間を刻んでいる。違いを挙げるなら、松倉の時計はクオーツである
のに対し、佐藤のは針の動きがスムースだ。
「郷野さん、何なんだ、これは」
 声を大きくした佐藤。下手に出た効果が早くも切れ始めたらしい。
「もうしばらく、時間をください。松倉さん、この別荘の中にある時計は、ど
なたが管理なさっています? 磨いたり、油を注したり、あるいは時刻を合わ
せたり……」
「私がしておりますが」
 松倉もさすがに怪訝な顔付きになる。郷野は、最後の前提条件を押さえにか
かった。
「職務に忠実なあなたのことだから、時計の時刻も、常に正しく合わせてある
んでしょうね?」
「週に一度、合わせます。お客様のお越しに備えて、昨日合わせたばかりです
から、どの時計も一秒とずれていないものと信じております。あの、郷野様。
時計に関連して、何か不都合があったのでしょうか」
 眉を寄せ、表情を曇らせた松倉に、郷野は素早く反応した。
「いえいえ。それはありません。ただ、この邸内にいて、時刻を誤って認識し
てしまう可能性があるのか、知りたかったんですよ」
「ないと分かった訳だ」
 佐藤が横合いから言った。
「ええ。それで、ここからがいよいよ本論です。どうか、私の話が終わるまで、
一切口を挟まないでいただきたいのですが、よろしいでしょうか。ご意見はあ
とで拝聴しますから、お願いします」
 早口で捲し立て、二人を再び見据える郷野。
 佐藤と松倉は、しばし戸惑ったように、落ち着きなく身体を動かしたが、ま
ず最初に松倉が承諾し、次いで佐藤も「よかろう」と大きく頭を振った。
 郷野は改めて礼を述べ、やや身を乗り出して、両膝に肘をついた。
「順序をどうするかな……まあ、私が知った順に話すとしましょう。私は今、
千葉良香君の遺体が見付かった時刻を問題にしています」
 言葉を切り、二人の様子を盗み見た郷野。佐藤も松倉も、特段の変化を見せ
ることはない。当てが外れた。
「良香君の死を松倉さんから知らされたとき、私は部屋で眠っていた。三時四
十分頃だった。松倉さんによれば、彼が良香君の遺体を見つけたのは、三時三
十分から三十五分の間という」
 今度は言葉を切らずに、佐藤の様子を窺う。顔色が赤くなるのが見て取れた。
物言いたげだが、先の約束を思い起こしたのだろう、唇を噛みしめ、ぐっとこ
らえているのがありありと分かる。
「ところがあとになって、私は別の人から、別のことを聞かされた。その人が
言うには、良香君が死んだのは午後二時半頃」
 松倉の反応を見る。目を若干見開いたようだが、表面上、無変化と言ってい
いほど冷静なままだ。
「その人は、いかにして良香君の死を知ったか。不思議なことに、私と同じく、
松倉さんから聞いたらしい。ガラルームで照明のセッティングをしているとき
に、松倉さんが慌ただしく駆け込んできたとね。
 午後三時半と午後二時半、一時間の開き。この明らかな矛盾を解消できる道
筋を探して、私は煩悶していたところなのです」
 はったりを効かせ、郷野は佐藤、松倉の順に目を向けた。それからゆっくり
とした動作で、両肘を膝から離し、背筋を伸ばす。
「以上です。これについて、あなた達の話を聞かせてください」

――続く




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