AWC ぎりぎりっ 〜 the upper limit 〜 3.ばればれ   永山


        
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ぎりぎりっ 〜 the upper limit 〜 3.ばればれ   永山
★内容
 一見、極普通のアパートを思わせる造りをしていたが、中に入ってみると、
やはり牢屋でしかなかった。
 アダムスキーが呼んだ看守に案内されて来たカシアスは、三十三号棟の第二
十四号房を与えられた。寝起きするためのベッドは机を兼ねている。どちらが
主要使途なのか分からない。
 古びた電気スタンドが壁から首を突き出している。スイッチがないところを
見ると、刑務官か誰かが総括して操作するらしい。そして同様に時計も壁に埋
め込んであった。
 この狭い個室にトイレの設置はありがたくない。申し訳程度に仕切りがある
だけで、臭気がきつい。が、なければ困るのも厳然たる事実だ。
 防音設備などあるはずもなく、正面の房とは互いが丸見え。左右両隣とは近
いが、隙間から手を伸ばしてもとても届きそうにない。
「町全体が監獄だってのに、こんな扱いか……」
「ウォーレンの中でさえもめ事が絶えんのだ。文句言わずに我慢しろ」
 アダムスキーはカシアスに喫した敗北をきっかけに、態度に多少の変化を見
せた。そのアダムスキーから某かの言を含まされたのか、看守は新入り相手に
しては気持ち悪いくらいに馴れ馴れしく、親しみを込めた調子で言った。カシ
アスがアダムスキーを負かしたことは早くも噂になっているらしく、他の受刑
者の目の色も明らかに違う。
「入獄当日を含めて八日間、原則的にギャンブル自由だ。どんなギャンブルで
あろうと、当事者同士の同意があれば、そして立会人が就けば常に成立する。
ただし、他人の対戦の勝敗を、関係のない者が賭けの対象にしてはならない。
 おまえはアダムスキーを倒したおかげで評判になっている。勝負を挑んでく
る奴が山といるだろう。まあ、せいぜい相手を選びな。アダムスキーは所詮紛
い物の強さだったが、ここには本当に強い奴がいるかもしれんぞ」
 扉を閉め、房での規則を言い渡すと、看守はさっさと立ち去った。昼間は鍵
を掛けないものらしい。
 カシアスがとにかくこの雰囲気に慣れようと、気を落ち着かせていると。早
速、お呼びが掛かった。
「よう、坊主。門番のアダムスキーに勝ったんだって? 何て名だ? 娑婆で
何した? レベルは?」
 正面の房の男が廊下に出て来て、カシアスの房の鉄格子に張り付くようにし
て聞いてくる。髪も髭も伸び放題で、表情や肌の色つやさえよく分からない。
手足の細長い、やせぎすな男だ。
「カシアス=フレイム。濡れ衣を着せられた。よりによって殺しの濡れ衣でね。
レベル9を食らって、この様だよ」
「濡れ衣? こいつは間抜けな野郎だぜ! 本当に門番の野郎をやっつけたっ
てか? 信じられんわい」
「ああ、自分だって信じてない。運がよかった。これまで運の悪かった分、幸
運がやってきただけかもしれねえ」
「ふふん。コイン、いくつになった? 十一か?」
 アダムスキーの賭ける額は昔から変わらぬらしい。
 カシアスは肯定の返事をよこしてから、人間関係を築くべきだと思い、実行
に移した。仲間とまでは行かずとも、情報交換できる相手ぐらい、作りたい。
「あんたのこと、聞いていいかい」
「いいとも。グレアム=グレアンてんだ、俺」
 にーっと歯を覗かせ笑うグレアン。前歯が上下一本ずつ、互い違いに抜けて
おり、黒と白の升目ができていた。
「グレアンと呼んでくれ。投獄されるのはこれで四度目でな。盗んでは捕まり
を繰り返す内に、四日前、レベル6を食らった。これまでで一番重たい刑だぜ。
へへ。で、おまえを何と呼べばいい?」
「カシアス。名字、嫌いでね」
 理由を言わなくとも、グレアンは詮索せずに、ただうなずくだけだった。カ
シアスは少し気をよくした。
「今、何枚? 新入りが聞いちゃいけないのなら言ってくれ、取り消す」
「かまわねえよ。千と少しだ」
 二百枚を元手に、四日でやっと千枚か……。カシアスは道のりの険しさを、
改めて痛感した。恐らくこのグレアンにしても、うまく立ち回ってこの結果に
違いない。
「命が懸かってると、大胆にはなれないものかい?」
「つまんねえ答で悪いが、人それぞれだろうな。俺はなれない。だが、世の中
には天性の賭博師がいる。死線を切り抜けてきたような奴は強い。俺もこの四
日間で、何人か見たね。ああいうのとはやりたくない。負けるだけじゃなく、
運気を吸い取られちまう」
「そういう奴とやって出し抜けば、枚数をがっぽり稼げるんじゃないか?」
「理屈ではな。俺はやらん。懲りた。それに、強いのはそういう奴ばかりじゃ
ないぜ。ここには、詐欺やいかさま賭博でここに放り込まれた輩だっている。
奴らは巧妙で、たちが悪い。全く、ハンデってもんだぜ」
「確かにハンデだな。――なあ、グレアン。さっき、看守が去り際に、勝負を
挑んでくる奴が山ほどいるって言ってたが、どういう意味さ? 一応、あのア
ダムスキーを破った俺は、強いと見られてるんだろ?」
「ああ。実際はどうあれ、そう思われてるだろうよ。俺だって、まだ見極めら
れない」
 グレアンの眼差しが、観察するような光を一瞬覗かせた。
 カシアスは余裕ありげに肩をすくめてみせた。半分、虚勢だ。
「強いと思われてる俺に、勝負を挑んでくる者が殺到する? 意味分かんねえ」
「コインの枚数が少ない内に叩き潰そうという腹さ」
 汚れた歯を覗かせて、にかっと笑ったグレアン。
 薄気味悪く感じながらも、なるほど、とカシアスは納得できた。枚数が少な
い者ほど、闘い方の幅が狭くなるのは当然の理屈だ。新入りが強い奴なら、早
めに潰す。コインをたっぷり蓄えたそいつと闘う羽目にならない内に……。
「そこでだ」
 急にグレアンは人差し指を立てた。
「一つ、ビジネスをしねえか? おまえが相手を選ぶには、そいつらの癖や闘
い方を知る必要があるだろ。教えてやってもいい。コインと引き替えにな」
「な……」
 これが目的だったのか。カシアスは思わず苦笑した。こんな場所に叩き込ま
れて、初日の内から早くも笑えるとは自分でも意外だった。
「俺の情報の確かさは、これまでの話でぼんやり見えてきたと思うが。今まで
の華々しい投獄経験も加味して、評価してくれよ。へへへ」
 売り込みをかけるグレアンに、カシアスは疑問を呈した。
「待ってくれ、グレアン。コインのやり取りはギャンブルのみで動くんじゃな
いのか? そのために立会人がいて、勝敗や枚数の記録を付けるのだと解釈し
ていたんだが……」
 刑務所側が記録を付けるからこそ、力尽くで他人のコインを奪おうとする者
が現れないのだろうとも思っていた。
「確かに言う通りさ。ギャンブルのみでコインは動く。だが、同時にここじゃ
あ、たいていは当事者間の同意があれば成立する。立会人を呼ばないといけね
えのが、面倒だがね」
「一体、どういう……」
「八百長をやるんだよ。たとえばそうだなぁ、ジャンケンは知ってるよな?」
「ああ」
「ジャンケンが手っ取り早いからよく使われるんだ。立会人にはコイン一枚を
掛けたジャンケン勝負をやると申告しておいて、おまえは俺にわざと負ける。
俺は立会人の前でコインを一枚受け取り、あとでおまえに情報を教える」
「なるほど。だが――疑って悪いな――あんたがコインを受け取ったあと、情
報を俺にくれる保証がどこにもない。コイン一枚に値するだけの情報をね」
「疑り深い奴だなあ。ま、そんぐらいじゃなきゃ生き残れねえよ」
 気を悪くした風もなく、グレアンはにへらと笑った。鉄格子から離れ、房に
戻って床に身体を横たえたところを見ると、これで話は終わりらしい。
 カシアスは己の鉄格子を軽く揺らして、注意を惹きつけようとした。
「もう少し付き合ってくれないか、グレアン」
「何だあ? 俺の話はもう終わりだぜ」
「今度はこっちの話だ。最初にあんたとやってみたいんだが、どうかな?」
 寝そべっていたグレアンが、上体だけ起こした。しばし唖然として目を見開
いていたが、その内、長い髪に五指を突っ込み、音を立てて掻いた。
「これまでの会話で、俺になら勝てると踏んだ訳かい?」
「そんな判断ができたら、プロのギャンブラーになってたよ。ただ、全然知ら
ねえ奴といきなり勝負するよりは、いくらかましだろうってこと」
「ふん。おまえの戦略は、半分だけ正解だ」
 あぐらをかくと、相変わらず頭をかきむしりながら、グレアンは言った。
「俺の仕種や目の動きなんかで、心の中を推し量ろうってんだろう。だが、俺
だって、おまえのことはたっぷり観察させてもらった。要するに、知ってる奴
とやろうが、知らない奴とやろうが、おまえにとっちゃあ同じだ」
「やりたくないのか?」
 挑戦的な口調で、カシアス。グレアンは手の動きを止め、困ったように腕組
みをした。
「なあ、カシアス。明日の土曜から二日続けて、公式ギャンブルがあることを
忘れてんな? レベル9の奴は普通一枚しか持たずに勝負しなければならない
から、大人しくしてるもんだぜ。十一枚あるからって、二日を乗り切るにはき
ついだろう。減らしたくなけりゃ、大人しくしてな」
「あと三分だ」
 時計を顎で示したカシアス。時刻は二時五十七分。
「三時になるまでに、決断してくれ。でないと、俺は他の奴とやる」
「決断も何も、俺に得があるんならともかく――」
「勝負方法は俺に決めさせてくれ。その代わり、一回勝負に十一枚全てを賭け
てやる」
「何だって?」
 惚けたように口をぽかんと開けたグレアン。対して、カシアスは畳み掛ける。
「俺をゼロに追い込めば、あんたには百枚のボーナスがあるんだろ。たった一
回で百十一枚を稼ぐチャンス。しかも、そっちのリスクは十一枚だけ。いい条
件じゃないか?」
「おいおい、とち狂ったこと吐くんじゃねえ。おまえ、捨て鉢になってるぜ。
だいたいなあ、獄長にとっておまえはおいしい存在のはずだ。初めてアダムス
キーを破ったレベル9ってのは、いい売りになる。公式ギャンブルは見せ物な
んだ。見せ物には、目玉商品が欠かせねえ。今度の土日はおまえが目玉商品な
んだ。獄長はきっと面白い対戦を考えるさ」
「あと一分半だ。他の奴にこの条件を持っていったら、どうなるかな?」
 大声で叫ぶカシアス。聞きつけた隣近所の房から、反響が折り重なって上が
った。素知らぬふりをしながら、ことの成り行きにきっちり耳を傾けていたに
違いない。
「目玉商品を潰したら、俺が獄長に睨まれる。睨まれたら、不利な対戦を組ま
されるかもしれねえ」
「勝つ自信があるってことじゃないか、グレアン」
 にやりと笑みをなし、挑発する。
「さあ、一分を切ったぜ!」
「分かんねえ野郎だね、全く」
 グレアンは立ち上がった。
「受けてやらあ。俺がゼロになることは絶対にないんだしな」

 勝負の前に、コップが二つ用意された。水をなみなみと注がれたガラスのコ
ップ。
 机を挟んで対峙したグレアンとカシアス、二人の前に一つずつ置かれている。
 立会人が確認を始めた。
「対戦者はグレアム=グレアンとカシアス=フレイム。賭け金はエッジ十一枚。
一回勝負。ルールは、私が合図をしてから三分間、カシアス=フレイムの行動
を、違えることなくグレアム=グレアンが模倣する。三分間を通して模倣しき
れば、グレアム=グレアンの勝ち。模倣し損なった場合は、カシアス=フレイ
ムの勝ち。模倣の失敗の判断は私が下す。これでいいのだな?」
 カシアスが先にうなずき、グレアンが続いた。グレアンは密かにほくそ笑み、
同時にカシアスへの哀れみを感じていた。
(やっぱ、小僧は小僧だな。こんな古臭い手口で仕掛けてくるたあ)
 グレアンはこの勝負のポイントを知っていた。いや、グレアンだけでなく、
周囲で見守る者全員が恐らく知っているだろう。
(カシアス、おまえはこうするつもりだ――水を口に含み、いかにも飲み込ん
だように見せかけて、いきなり吐き出す。実際に飲んでしまった相手は大慌て
――という寸法なんだろうが、そんなに甘くねえよ)
 見据えていると、カシアスがかすかに笑うのが分かった。グレアンは同じよ
うに笑い返した。
「グレアム=グレアン。準備はいいかね」
「いつでも」
「カシアス=フレイム。準備はいいかね」
「ええ」
 急に神妙な面持ちになり、丁寧に答えたカシアス。少し意表を突かれた思い
のグレアンの横で、立会人がストップウォッチに指を添え、やがて叫んだ。
「では――始め!」

――続く




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