#7256/7701 連載
★タイトル (USM ) 00/ 3/11 23:29 (144)
海鷲の宴(20−4) Vol
★内容
1005時
「ジェイク、そろそろジャップの空母部隊が見えてくる頃じゃないか?」
アベンジャーの中央席から、機長のアレン・バクスター少佐が声を掛けてくる。
「偵察機の報告じゃこの辺りですね。それより、少佐こそ海面よく見張っててくだ
さいよ」
機銃手のジェイク・ライト上飛曹が、やる気があるのかないのかよく分からない
声で答えた。
「わかったわかった、訓練の二の轍は踏まんさ」
バクスターは訓練の際、海面を大挙して全速航進していた母艦群を、完璧に見落
としたまま上空をフライパスしてしまった苦い過去がある。その記憶もまだ新しい
だけに、彼は海面のどんな些細な変化も見落とすまいと、目を皿のようにして風防
越しに下を見つめていた。
「前方、雲を通過します」
操縦席のエルモン・マイヤーズ少尉が報告してくる。前方を見ると、眼下の雲海
から上に向かって伸びた柱のような雲の塊が、左に流れて行くところだった。そし
て、前方の視界が開けた瞬間----
「!」
三人は、声を発するのも忘れて眼前の光景に釘付けとなった。雲の反対側にいた
のは、空を埋め尽くさんばかりの戦闘機の大編隊だったのである。
第52任務部隊を発進した攻撃隊が二航艦に到達したとき、上空では250機を
超える烈風が群をなしていた。しかし、飛行機の数が桁外れに多いのは攻撃隊も同
じである。エセックス級6隻とインディペンデンス級2隻から発進した攻撃隊は、
F6F184機、アベンジャー152機、ヘルダイバー160機の合計496機に
達していたのだ。そして、双方が持ち出したこの物量が、大乱戦の火蓋を切って落
とす原因となった。目の前に出現した機数のあまりの多さに、双方の搭乗員の大多
数が息を呑み----そして、少なからぬ数の戦闘機パイロットが、正常な判断力を半
ば失った興奮状態で、相手に向かって突撃を開始したのである。
双方合計757機の艦載機による、壮絶な混戦の開始だった。
空戦の口火を切ったのは、攻撃隊の上方やや右側面寄りから殴りこんだ、烈風の
一個中隊だった。制空隊のヘルキャットのお株を奪う、急降下からの一撃離脱だ。
27機合計108門の20ミリ機銃が唸りを上げ、ヘルダイバー7機とアベン
ジャー5機が黒煙を噴いて落ちて行った。これに動揺した攻撃隊の陣形が崩れたと
ころに、好機とばかり第二波が殺到する。
しかし、そうはさせじとF6F一群が立ち塞がった。24機の烈風と、22機の
ヘルキャット。たちまち、組んづほぐれつの格闘戦が始まった。
一方、戦闘機乗りの心理というやつで、最初からF6Fに標的を定めて襲いかか
る烈風もいる。零戦が主力だった当時なら考えもつかない贅沢だが、烈風なら格闘
戦でも一撃離脱でもズーム&ダイブでも思いのまま。
泡を食ったのはヘルキャットのパイロットだ。零戦相手に通用していたこれまで
の戦法が、まったく用を為さない。速力も上昇力も、加速力でさえも相手の方が上
で、あまつさえ格闘性能では零戦と変わらない強さを誇る新型機の前に、F6Fの
高速力に胡坐をかいていたパイロット達は強烈な一撃をお見舞いされた。格闘戦で
は勝ち目はない。ダイブ&ズームでも負けてしまう。かといってダッシュで逃げて
も追い付いてくる。唐突に現れた新型の圧倒的な性能の前に、恐慌を来す者も少な
くなかった。
とはいえ、なにしろ戦闘機だけで彼我合計400機を超える混戦だ。烈風にした
ところで無敵とは行かない。強化されたとはいえ防弾性能は零戦に毛の生えた程度
で、搭乗員の技量にも限りがある。12.7ミリを浴びて火を噴く機体も多かった
し、サッチ・ウィーブに引っ掛かって撃墜されるものもある。といっても戦場が混
乱している現状では僚機とはぐれてしまった機体も多く、そのような機体のほとん
どが手近な敵機との格闘戦にもつれこんで行ったため、手の付けられない乱戦は拡
大する一方だった。中には敵味方と空中衝突する機体や、逃げきれぬと悟ってか、
爆弾を早々と捨てて烈風に挑みかかるヘルダイバーもいる。
こうなると、米軍側は不利と言えた。彼らも格闘戦の訓練は一応受けているが、
米軍戦闘機の一般的な戦術ドクトリンは、基本的に一撃離脱を主体とした編隊空戦
だ。編制上は小隊単位での行動が建前とはいえ、個々に格闘戦を挑む戦い方を好む
風潮の強い日本軍(しかも、母艦航空隊には格闘戦の経験豊富なベテランが数多く
生き残っている)とは、場馴れの度合に雲泥の差があった。しかも、こうした組ん
づほぐれつの乱戦には、F6Fよりも烈風の方が向いている。それに加えて敵味方
の戦闘機の数の差もあって、制空隊は徐々に押されはじめていた。
中隊の後方から、新型機が追いかけてくる。ヘルキャットを易々と蹴散らして見
せた、死に神のような奴だ。先頭を飛ぶアベンジャーのコクピット内で、バクス
ター達三人は生きた心地がしなかった。8機編隊の後方から迫った新型は、最後尾
のアベンジャーに20ミリ4門の火箭を浴びせ、瞬く間に海面に叩き落としてしま
った。
続いてその前の機体が食われる。爆弾倉を炸裂弾に直撃されたアベンジャーは、
抱えていた魚雷が誘爆を起こし、真っ赤な火球となって四散して果てた。
続けざまに2機を血祭りにあげた新型機は、つまみ食いのような気軽さで次の機
体に照準を合わせている。アベンジャー編隊も、後部座席の12.7ミリ旋回機銃
を振りかざして応戦するが、じれったいほどに当たらない。
----だめだ、殺られる!
誰もがそう思った次の瞬間、当の敵機自身が火を吹き出した。パイロットが脱出
する間もなく、滑り込むように海面に叩きつけられた烈風の頭上を、一機のヘルキ
ャットが軽やかに飛び抜ける。
「バカ野郎、遅いぞ! 今頃来やがって……」
九死に一生を得たバクスターは、今にも泣き出しそうな表情で叫んだ。前方には
景気よく対空砲を撃ってくる駆逐艦が見えていた。
二航艦の直衛駆逐艦は、第三防空戦隊の秋月級6隻と、第十水雷戦隊の夕雲級
8隻の混合編成となっていた。夕雲級は主砲として高初速の長10センチ砲を採用
した初めてのクラスだが、艦隊型駆逐艦として設計され、魚雷兵装を搭載した艦を
「防空艦」と呼ぶことに艦政本部が抵抗を示したため、実態は防空戦隊だが、十水
戦は「水雷戦隊」と呼称されている。14隻は、攻撃隊の侵入を許すまじと猛烈な
勢いで高角砲を撃ちまくっていた。その砲声を圧する勢いで、突如大音響が轟き、
攻撃隊が突入してくる方角に炎の幕が生まれた。第三戦隊の「比叡」「霧島」が、
主砲から三式弾を斉射したのだ。巻き込まれたヘルダイバーやアベンジャーが、
十数機まとめて叩き落とされる。各艦の甲板上で、わぁっと歓声が起こった。
しかし、侵入してくる敵機は50機以上。防空艦はもとより、戦艦2隻や空母自
身までが砲身も焼けよと高角砲や機銃を乱射しているが、食い止められる数には自
ずと限界がある。それでもまた一機。海面すれすれを這うように接近していたアベ
ンジャーが、高初速の10センチ砲弾の直撃を浴びて粉々に吹き飛んだ。負けじと
一連射された25ミリ機銃弾が、別のアベンジャーに火を噴かせる。続いてもう一
機が血祭りに挙げられた。だが、4機目から先はだめだった。5本の航空魚雷が、
ずんぐりとした機体の腹の爆弾倉から、ぽろぽろとこぼれ落ちる。白い気泡の雷跡
を長々と曳いて迫る、海中の殺し屋たち。突き進む先には、四航戦の大鳳級空母の
シルエット。
「今だ、おもかぁーじっ!」
「大鳳」艦長の梶間茂大佐が、大音声で号令を下す。ぐぅっと左舷に傾く
30400トンの巨体。改装によって大鳳級の4隻は、10センチ高角砲16門、
25ミリ機銃33丁だった対空兵装を、10センチ高角砲20門、25ミリ機銃
85丁に強化していた。その分の重量増加で速力は1ノット低下したが、ぐんと密
度を増した対空弾幕と引き換えなら、安い買い物だ。
雷跡は5本。いずれも「大鳳」を目指して、するすると伸びてくる。だが、間隔
が広い。
「米軍のヘタクソめ、当たりやせんわい!」
大言壮語に聞こえるが、決して強がりではない。「大鳳」の全長260メートル
に及ぶ巨体を己が手足のように操る梶間の経験ならではの、確固たる自信だ。現に
魚雷は5本とも「大鳳」の舷側から20メートル以上離れた位置を通過し、一本も
命中していない。
「9時方向、雷撃機!」
「2時に降爆、10機以上!」
今度は、米軍お得意の鉄床攻撃。ダイブブレーキから地獄のサイレンのような唸
りをあげて、ヘルダイバーが急降下する。海面に目を移せば、爆弾倉の扉を開いた
アベンジャーの群が、必殺の魚雷を叩き込むべく海面すれすれを慕い寄る。
「舵そのまま!」
梶間が操舵長を叱咤する。先に投弾位置に到達したのはヘルダイバー。12発の
1000ポンド爆弾が、次々と空中にばらまかれる。
(全部はかわせんか)
頭のどこか覚めた部分で、そう考える。
「甲板、被弾に備え!」
何を備えようとも、爆弾が命中すればその周辺の人間は無事では済まない。しか
し、何かが壊れたとき、心の準備が出来ているのといないのとでは、対処に掛かる
時間に天と地ほども差が出る。
腹の底から響くような、ズシンと言う衝撃。飛行甲板に爆炎が踊り、破片が艦橋
の壁面を叩く。着弾位置周辺の将兵が消し飛び、近くの機銃座に着いていた要員が
弾片の雨を浴びて倒れた。続いてもう一発。それでも「大鳳」は止まらない。
「戻せぇーっ、舵中央!」
「大鳳」の艦首が、突き進んでくる魚雷と正対する。
(ようし、こっちは全部回避だ……)
そう梶間が思ったとき、右舷に位置していた「阿賀野」の陰から、一機のアベン
ジャーが飛び出してきた。