AWC 海鷲の宴(21−1)  Vol


        
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海鷲の宴(21−1)  Vol
★内容

 第四部第二章 天空夢幻


 1943年11月29日 0845時 マーシャル諸島マロエラップ島沖

  真っ青に透き通った大海原。敷き詰められたような白雲。およそ緊張感と言うも
 のとは無縁なのんびりとした光景。おそらくは、人類発祥以前から同じ景色が広が
 っていたのだろう----飛行機が1機飛んでいることを除けばの話ではあるが。

 「どうだ、ブルース。何か見えるか?」
  第49任務部隊旗艦空母「エセックス」の偵察爆撃隊に所属するヘルダイバーの
 操縦席から、機長のエミール・ウィアード中尉が訊ねてくる。

  SB2Cヘルダイバーは、ダグラス社のドーントレスに艦爆の受注をさらわれた
 カーチス社が、艦爆の名門としての威信に懸けて送り出した新型機だ。型番から判
 るとおり、名機SBCヘルダイバー(先代)の直系である。その設計は、空母に数
 多く搭載するために全体をコンパクトにまとめ、艦攻のアベンジャーと同じ
 1700馬力エンジンを積んで、最高時速480キロを狙うという野心的なものだ
 った。画期的な数字が並べられたカタログデータは、海軍首脳部を惹きつけるに十
 分なものを持っており、ドーントレスに代わる次世代機として採用が決定した本機
 は、大活躍を約束された新兵器となる……筈だった。
  現実はそんなに甘くなかった。
  実地評価において問題となったのは、飛行安定性の悪さだった。名機の直系と言
 うのも善し悪しだったのだ。なにせ、先代は羽布張りの複葉機だったのだから。
  意外と知られていないが、複葉機と単葉機は胴体の設計そのものからして違う。
 複葉機は主翼による揚力が大きく、速力も低いために、空力安定性はあまり考慮し
 なくてもそれなりの結果が得られるのだが……単葉機、それも金属製モノコックと
 もなると、今度は機体の重心位置が大きくものを言ってくる。胴体が短いと、この
 重心の前後位置の調節が、極めて難しくなるのだ。SB2Cは、まさにこの典型だ
 った。先代の流れを組んだ古臭い複葉機式設計の胴体には、全備状態で5トンを超
 える機体重量と、時速500キロ近い速度は酷だったというわけだ。
  結局、量産にあたって出された改修命令により、飛行安定性はある程度の改善を
 見た。しかし、このせいで操縦席の視界が悪化したほか、最高時速は計画値より
 50キロ近くも低下し、反対に艦載機にとって生命線とも言える着艦速度(失速下
 限。低いほうが好ましいのは言うまでもない)は上昇し、胴体の延長によって設計
 時の売りであった収納時のコンパクトさは失われ、かといって安定性の改善は期待
 されたほどでもなく……と、SB2Cは当初の構想からは程遠い凡作機となってし
 まったのだ。
  そのような機体を合衆国海軍が敢えて採用したのは、日本軍の新型艦爆に対抗す
 るため、この一語に尽きた。それほどまでに海軍首脳を切羽詰まらせた日本の艦爆
 とは----三式艦上爆撃機「彗星」である。これはこれで問題の多い機体だったのだ
 が……詳細は後述する。

 「今のところは何も……って言うか、無茶ですよ。こんなに雲が多くちゃ」
  後席のブルース・ホーミング少尉が、投げやり気味に答える。
  低空の気象状況はお世辞にも芳しいとは言えなかった。発達したスコールと思し
 き雲の塊が密集している。もう少し拡大すれば、台風になりそうだ。雲量は7から
 8といったところか。偵察飛行には向かないコンディションだ。これでは雲の上か
 らだと、海面の状況はロクに確認できない。
 「どうする、一旦雲の下に降りてみるか?」
 「やめときましょう。下は土砂降りの嵐になっているはずです。事故ったら目も当
 てられない」
 「しかし、ジャップの空母がスコールの中に隠れている可能性もあるだろう」
 「二段目以降の連中に任せておきましょう。どっちみちスコールの中に入れないの
 なら同じですよ。それに、スコールの中にいれば、連中だって艦載機を飛ばすこと
 は……」
  そこまでホーミングが言った次の瞬間、上空から20ミリ機銃弾の雨が降ってき
 た。何が起きたのかもわからないまま、二人の肉体は風防ガラスやコクピットシー
 トごと粉砕された。主を失ったヘルダイバーは、主翼から黒煙を吐きながらしばら
 く滑空していたが、やがて燃料に引火したのか、大爆発を起こして空中分解しなが
 ら落ちて行く。その脇をかすめて、急降下してきた零戦がビクトリー・ロールを打
 った。

  そう、確かに、いくら日本軍の母艦航空隊の練度が高いとは言え、スコールの中
 での発着艦作業はさすがに無理だった。しかし、晴天域で直掩機を発進させ、スコ
 ールの中にいる間の上空警戒をさせておくくらいのことは、造作もなかったのだ
 (と言うか、米海軍でもその程度のことはできるだろう)。それに気がつかなかっ
 たのが、二人の不運と言えば不運ではあった。代償は高くついたが。
  ウィアード機の撃墜によって、第49任務部隊は、日本軍に対して先制攻撃を掛
 ける最大のチャンスを逃したのである。


 同時刻

 「直掩機が敵索敵機を発見。撃墜しました」
  スコールの直中、豪雨に打たれ、高波に揺さぶられる三航艦旗艦「隼鷹」の艦橋
 に、通信室から報告が入ってくる。三航艦の空母はいずれも小型であるため、図体
 の大きい烈風は数を積むのが難しく、代わりに零戦五四型を搭載していた。
 「よし。こちらの索敵はどうなっている?」
 「まだ敵発見の報は入っておりません」
  松永中将の問いに、通信参謀が答えた。
 「彩雲のことだ、よもや撃墜されたわけではあるまいが……」

  日本軍がこの戦場に持ち込んだ新型機は、烈風と天山だけではなかった。三式艦
 爆「彗星」と、三式艦偵(艦上偵察機)「彩雲」が、それぞれ期待の秘密兵器とし
 て各空母に搭載されていたのである。

  このうち彩雲は、世界でも類を見ない偵察専門の艦上機だった。社運を賭けて開
 発した「誉」の初代搭載機を三菱に持って行かれた中島が、「誉」専用機として鋭
 意製作した機体である(烈風の発動機は、当初、三菱ハ−43「土星」が予定され
 ていたが、「土星」の開発に遅延が生じていたために、やむなく「誉」が採用され
 た経緯がある)。武装は7.7ミリ旋回機銃だけで、装甲も貧弱な機体だったが、
 なにより時速609キロの高速力と、増槽装着時で6600kmに達する航続距離
 が、本機を一流の偵察機たらしめていた。当初海軍は「偵察しかできない飛行機」
 には見向きもしなかったが、井上成美航空本部長の「光るものがあるなら、使って
 みようじゃないか」という鶴の一声で、増加試作型40機余りが引き渡され、各空
 母に搭載されていた。
  このように、彩雲が、必要な性能を絞りこんで無理をせずに開発された手堅い機
 体であるのに対し、彗星はまったく野心的な機体だった。設計を担当した空技廠
 (海軍航空技術廠)が開発にあたってぶち上げたコンセプトが、「戦闘機の追撃を
 振り切って投弾を敢行できる艦爆」というものだ。このために選定された発動機が
 ドイツのダイムラー社製液冷エンジン・DB601系列をライセンス生産した、
 「ハ−40」1340馬力だった(空冷発動機と比べて前方投影面積の小さい液冷
 発動機は、空気抵抗が小さく、同じ馬力でも高速力が得られる)。これにより、彗
 星は時速564キロという高速力を発揮するに至り、諜報活動や中立国経由でこの
 機体の存在を察知した合衆国が、対抗してヘルダイバーを無理に採用するほどの高
 性能機となった。
  しかし、彗星は誕生当時から大きな問題を抱えていた。存在意義である高速力を
 もたらした、発動機そのものにである。
  結論から言ってしまえば、製造にあたって高度な冶金技術を要求する液冷エンジ
 ンは、日本の工業力のレベルでは手に余る存在だったのだ。また、整備手順が繁雑
 で手間の掛かる「ハ−40」は、現場からも嫌われた。量産ラインができているに
 もかかわらず発動機の製造は遅々として進捗しないわ、完成した発動機も初期不良
 が多くて信頼性に乏しいわ、整備に手間がかかることから稼働率は極端に低下する
 わ、と、彗星は飛行機としては高性能でも、兵器としてはまるで役に立たない機体
 となってしまったのだ。
  実戦部隊での稼働率が訓練ですら20%に届かない状態に青くなった空技廠は、
 トラブルの根源であった液冷エンジンに早々に見切りをつけ、代替となる発動機の
 選定に奔走した。

  真っ先に候補として名前が挙がったのが、中島の自信作「誉」だった。しかし、
 これは量産に入ってから日が浅く、烈風の生産に間に合わせる分だけで手一杯だ。
  では、馬力の点でこれに並ぶ三菱の「火星」は?
  だめだ。直径が大きすぎる。これでは重心が移動しすぎて、機体全体の再設計に
 まで手を付けなければならなくなってしまう。
  ならば、直径がほぼ一致する中島「栄」では?
  大きさと重量の点では申し分ないが、出力1130馬力ではパワーが弱すぎる。
 これまたよろしくない。

  結果、白羽の矢が立ったのが、九六陸攻、九九艦爆で実績をもつ三菱「金星」の
 最終発展型である六三型、最大出力1610馬力である。これにより彗星は、何と
 か実用に耐えるだけの信頼性を獲得し、彗星二一型という制式名称を授かった。
  しかし、本来液冷エンジンの搭載を前提として設計された機体は、表層空力の変
 化による気流の乱れのためか、特に中〜低高度域においてどうにも怪しい挙動を示
 す癖がついてしまった。また、空冷エンジンに換装したことによる機首部の空気抵
 抗の増加と、全長の短縮に伴う重心位置の変化は、最高速度と飛行安定性の低下と
 言う形で、如実に現れた。
  それでも、である。
  当初の構想から大幅にスケールダウンしたとは言え、そのスペックは、海軍にと
 っては満足すべきものだった。なにせ、たび重なる改修にもかかわらず、従来機で
 ある九九艦爆は、未だに最高時速400キロの壁を突破できていないのだ。搭載量
 も、僅かに250キロ。これでは、ちょっと面の皮(甲板装甲)の厚い相手には、
 傷ひとつ負わせることができない。それに比べれば、最高時速478キロで500
 キロ爆弾を搭載可能な彗星二一型は、福音とも言える機体だった。今回の作戦にお
 いて、空母艦載機の中に九九艦爆は一機たりとも含まれていない。結局のところ、
 何事もほどほどの妥協が大事と言う典型例のような機体が、現在26隻の空母に搭
 載されている彗星二一型の本質だった。


 0855時

 「『飛鷹』一号機より入電! 『敵艦隊見ゆ。空母8、戦艦1、甲巡6、駆逐艦多
 数。方位200へ向け22ノットにて進行中。なお、敵戦闘機の追撃を受くも、こ
 れを振り切る。我に追い付くグラマンなし』」
  電信文が読み上げられると同時に、「隼鷹」の艦橋内にどよめきと歓声が沸き起
 こった。敵艦隊の先制発見に成功したからばかりではない。最大時速600キロオ
 ーバーを誇るF6Fヘルキャット。これまで日本軍機が散々辛苦を舐めさせられて
 きた宿敵とも言える戦闘機を、悠々と振り切る機体がついに現れた。異様などよめ
 きは、その事実に対する感動のあらわれだった。
 「攻撃隊発進! 一航艦・二航艦への通報も忘れるな!」
  松永が、どよめきを制するように大音声で命じた。命令が伝達され、発着艦指揮
 所で「発艦よし」の旗が振られ、甲板上でエンジンを廻していた零戦や彗星・天山
 が、続々と発艦して行く。上甲板の乗組員が帽振れで見送る中、ひとつ、またひと
 つと、上空に散らばった機影が編隊を成していく。

 「司令、羨ましそうですね」
  先任参謀の榊友政少将が、露天艦橋から上空を見上げていた松永に声をかけた。
 松永が美幌空の陸攻隊長をやっていた頃からのつき合いだ。
 「あぁ、やっぱり分かったか?」
 「顔にそう書いてありますので」
 「あのまま中攻に乗ってりゃよかったと、ときどき思うよ。あの頃は中攻でも天下
 が取れたからなあ」
 「今じゃ、中攻の図体で雷撃なんて無茶はできなくなりましたからね」
 「まったくだ。司令部の椅子で戦果報告を待つ身分がこんなにまどろっこしいとは
 思わなかったぞ」
  顔を合わせて苦笑した二人は、北東の空に向かって飛び去っていく海鷲の群に向
 かって敬礼を送った。






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