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海鷲の宴(16−8) Vol
★内容
第22任務部隊は、警戒部隊とはいえ、巡洋艦部隊としてはかなり強力な陣容と
なっていた。日本艦隊は、水上砲戦部隊による夜襲を得意としているからだ。それ
に対抗するには、持ちうる限りの艦艇を投入して防ぐしかない。一昨日の航空偵察
で、ラバウルに在泊する戦艦は1隻に減少していることが確認されたが、巡洋艦以
下は未だに軽視できない戦力が維持されている。
そういうわけで、キャラハンの麾下の艦艇は、旗艦「ブルックリン」を始めとし
て、同型艦「フェニックス」「セントルイス」「ナッシュビル」、重巡「インディ
アナポリス」「ミネアポリス」「ルイスビル」、駆逐艦8隻の主隊に、軽巡「サン
ディエゴ」と駆逐艦8隻の前衛隊----合計巡洋艦8、駆逐艦16という、重厚な陣
容を誇っていた。ブルックリン級各艦と「サンディエゴ」はSG対水上レーダーを
装備しており、索敵の備えも怠りない。
「敵艦隊との距離に注意しろ。やつらの夜戦見張り員は夜目が利く。恐らく射程一
杯から撃ってくるぞ!」
復讐に燃えているとはいえ、キャラハンはまだ冷静さを失っていなかった。当然
だ。個人的な感情で判断力を左右されるような人間に、合衆国海軍は一個任務部隊
の指揮を委ねたりはしない。
だが、彼の冷静さは、状況が把握できている範囲内でのものだった。田中頼三と
いう男は、残念ながらキャラハン(の常識)よりも一枚も二枚も上手だったのであ
る。キャラハンがそれを悟るよりも早く、災厄----第二水雷戦隊の「球磨」以下が
発射した、合計68本の九三式二型酸素魚雷----は、襲いかかってきた。
「距離、16000!」
報告を聞いたキャラハンの口から、「射撃開始!」の命令が飛びだそうとしたま
さにその瞬間、「ブルックリン」は激しい衝撃と轟音に襲われた。
「雷撃だと!? ばかな!」
左舷艦首付近にするすると立ち昇った巨大な水柱を見て、キャラハンはよろめき
ながら驚愕の声をあげた。その直後、左舷中央部に二本目と三本目がたて続けに命
中。奇襲のショックから立ち直る間もなく、キャラハンは足元からの衝撃で弾き飛
ばされ、側頭部を壁に強打して昏倒した。
「ブルックリン」は、船体中央部の喫水線より下の部分をまるごと食いちぎられて
いた。建造時期の新しい彼女は、一ヶ所からの浸水で機関またはボイラーが全滅す
ることのないように、缶・機・缶・機のシフト配置を採用し、それぞれの間を頑丈
な水密隔壁で仕切っていた。……が、いくら隔壁が頑丈だからといって、炸薬量
600キロになんなんとする化け物のような魚雷が2発もめり込んだ挙げ句爆発し
ては、まったく話にならない。ボイラー室も機関室も、瞬く間に濁流となって雪崩
込んできた海水に蹂躪され、機能を停止した。それどころか、破壊されたボイラー
から噴出した熱で海水が沸騰し、高圧蒸気の奔流と化して艦内を荒れ狂った。中甲
板より下の層にいた乗組員は、これで全滅した。さらに、続いて発電機が停止する。
真っ暗闇となった艦内を逃げ惑う乗組員を、閉じる者のいない防水扉から流れ込ん
だ海水が捉え、水葬に処していく。この時点で「ブルックリン」の上甲板を海水が
洗っていたが、総員退艦命令は最後まで発せられなかった。
一方、第22任務部隊の他の艦艇も無事では済まない。「セントルイス」は、左
舷前部に魚雷を食らった。主砲弾薬庫が誘爆しなかったのが奇跡と思えるような位
置だったが、幸いにも「セントルイス」は沈没だけは免れた。だが、軍艦としての
「セントルイス」は、死んだも同然だった。前部主砲弾薬庫に注水してしまった上
に、速力が7ノットにまで低下してしまったからだ。
さらに、駆逐艦「ラムソン」に2本、「リード」「ケイス」「ダンロップ」に、
各1本の魚雷が命中した。当然ながら、排水量1500トン少々の駆逐艦がこれに
耐えるのは無理な話だ。「ダンロップ」は瀕死の重傷ながらも辛うじて浮いていた
が、「ラムソン」は大爆発を起こして沈没する間もなく消し飛び、「リード」は真
っ二つに折れて轟沈し、「ケイス」は被雷から20分後、倒れこむように転覆して
沈んでいった。
「ば……化け物か、奴らの魚雷は……」
前衛隊のノーマン・スコット少将は、主隊の惨状を目の当たりにし、自分が反撃
を命じるべき次席指揮官の立場にあることも忘れて呆然としていた。つい数分前ま
で白波を蹴立てて主砲を旋回させ、日本艦隊を叩きのめそうとしていた強力な巡洋
艦部隊の面影は、どこにも残っていなかった。旗艦「ブルックリン」は、中央部か
ら妙な形に折れ曲がって沈みかけ、「セントルイス」は艦首から海中に突入せんば
かりに傾き、駆逐艦も3隻が沈没し、1隻が艦首から黒煙と炎を上げている。被雷
を免れた艦も、指揮系統の混乱と奇襲のショックで滅茶苦茶な混乱状態に陥ってお
り、とても統制のとれた砲撃などできない状態になってしまっている。
「だめだ、これでは支え切れん……」
主隊が使い物にならない以上、前衛隊だけで敵を食い止めるしかない。スコット
が覚悟を固めかけたその時……
「敵艦隊、後退して行きます!」
レーダーからの報告を聞いたスコットは、自分の耳をうたがった。
「間違いはないのか!?」
「間違いありません。敵は我が艦隊から遠ざかる方向に移動しています!」
「どういうことだ……?」
相手の混乱に乗じて一気呵成にたたきつぶすのは、戦術の常道だ。それを行わな
い日本軍の指揮官の心理が、このときのスコットには理解できなかった。
「よろしかったのですか?」
「何がだね?」
参謀長の問いに、田中少将は不思議そうな表情で尋ねかえした。
「敵は混乱に陥っていました。あのまま攻撃を続行すれば、間違いなく戦果を拡大
できたものと思われますが」
「たしかに正論だ。俺だって、物資を降ろした帰りならばそうしている……だが、
今の我々が最優先すべきは、あれだろう」
田中は「球磨」の左舷方向を指さして見せた。もっとも、視界は完全な闇に沈ん
でいたが。
その指さされた先では。
「敵艦隊は、主隊が撃退に成功したようです」
「さすがは天下の二水戦。俸給分以上の仕事でもきっちりこなしてくれる」
「俸給の外ですか。確かに駆逐艦が護衛を必要とするなど本末転倒ですからな」
輸送隊旗艦に定められた「朝潮」の艦橋では、そんな会話が交わされていた。
「しかし、我々も魚雷を積んでいれば、敵に一撃見舞ってやれたのにな」
「今回は仕方ありませんよ。次の機会にドカンと勝負です」
輸送作戦は駆逐艦の本分の外であるから仕方ないのだが、いまだに戦闘艦を第一
目標とする体質は改められていなかった。
1943年1月14日 正午
日本軍が、駆逐艦を用いて夜間に物資の揚陸を行っているらしい----
南太平洋部隊司令部がこの情報に確信を抱いたのは、第22任務部隊の戦闘報告
によるものだった。前衛隊の旗艦「サンディエゴ」のレーダーに映っていた二組の
部隊のうち、後方に位置していた部隊の挙動が明らかに不自然だったのだ。隊列や
反応強度からして駆逐艦部隊と思われたのだが、これまでのような襲撃行動は見せ
ず、ひたすらこちらを避けるような運動に終始していたとの報告を受けて、通常の
駆逐艦部隊ではないとの疑問が生じ、ポートモレスビーからB−17を飛ばしてラ
バウルを写真偵察した結果、停泊中の駆逐艦の上甲板に魚雷発射管が見当たらず、
代わりに、明らかに木箱や梱包と思われる物がところ狭しと並べられていたのだ。
「いやはや、貧乏とはなんとも辛いものだ」というのが、報告を受けたゴームリー
長官の第一声だったと言われる。
(キャラハンは、エリートであることを鼻にかけてはばからない嫌な男だったが、
最期に一つだけ大きな功績を残してくれた)
ネズミ輸送阻止のために編成された第41任務部隊の旗艦「インディアナ」の艦
橋で、リー少将はそう回想した。
(ガダルカナルを早期に制圧するための、大きな手掛かりを作ってくれたのだから
……)
無論、相手が物資満載で戦闘力の低下した駆逐艦だからといって、手を抜くつも
りはさらさらない。その証拠に、第41任務部隊には、旗艦「インディアナ」を始
めとして、最新鋭戦艦「アラバマ」、旧式艦ながらまだまだ有用な「ニューメキシ
コ」「ミシシッピー」「アイダホ」と、5隻もの戦艦が配備され、いかなる事態に
も対処できる布陣が敷かれていたのだ。
例え微弱な相手であろうと、叩くべきであれば全力を尽くして徹底的に叩く。
公園のボート一隻沈めるのにも、必要とあれば戦艦を繰り出すのが、アメリカと言
う国だった。
1月19日 深夜
第41任務部隊の動向は、日本軍も航空偵察で把握していた。第十一航空艦隊の
一式陸偵が、フィジー・サモア方面を定期的に巡回し、場合によってはガダルカナ
ル上空を航過しての偵察を行って、米軍の動向を探っていたのだ。偵察は陸偵1機、
水偵4機の犠牲を出しながら続行され、その甲斐あって、護衛隊と第41任務部隊
の会敵は、夜戦を舞台に選ぶことができた。
「彼らの犠牲、無駄にはできんな」
田中少将の決意は固い。
「1時方向に水雷戦隊! 巡洋艦を先頭に向かってきます。距離30000」
「後方に大型艦2隻。主隊と思われる」
レーダー室から、ちゃくちゃくと報告が上がってくる。リーは、照明灯の明かり
が漏れないように覆いを掛けられた海図を眺めながら、冷静に戦況を分析していた。
「レーダー、敵艦隊の後方に注意せよ。輸送部隊はこの奥にいる可能性が高い」
----よろしい、ここまでは予定通りだ。
リーの計画では、戦艦戦隊を正面に立てて護衛隊の注意を引き付け、その隙に別
働隊として分離した、軽巡「サンファン」を旗艦とする一個駆逐隊が輸送部隊を襲
うというものだった。魚雷のない駆逐艦程度なら、何も戦艦を繰り出す必要はない
からだ。それよりは、巡洋艦を基幹とする護衛部隊を掃討するために用いた方が、
戦艦本来の働きができるだろうと言う配慮もある。
その戦艦部隊は、旗艦「インディアナ」を先頭に、「アラバマ」「ニューメキシ
コ」「ミシシッピー」「アイダホ」と、単縦陣を組んで進撃していた。もっとも足
の速い「アラバマ」が先頭でないのは、熟練度の低い艦を旗艦とすることにリーが
不安を抱いていたためだ。
「取舵30度。距離22000で射撃開始だ」
戦況は、現在のところ事前の計画通りに推移していた。これで護衛部隊を引き付
けておけば、あとは別働隊が目的を果たしてくれるだろう----
ところが問題は、日本側も同じような作戦を立て、実行に移していたということ
だ。第八艦隊の実質的な指揮権を握っている田中頼蔵は、こと雷撃戦に関する限り
は、不世出の天才と言ってよい男だったのである。
この夜の海戦における驚異的な活躍によって、田中は「タナカ・ザ・テナシアス
(恐怖の田中)」というニックネームを米軍から奉られ、マークされることとなる。
一時間後
「なんてことだ……敵の指揮官は、私よりも上だったと言うのか……」
傾斜した「インディアナ」の艦上で、リーは呆然と呟いた。舷側やハッチからは
黒煙が濛々と沸きだし、色々なものが燃える臭いが、夜戦艦橋にまで漂ってくる。
主隊の眼前に現れたのは、軽巡「球磨」を旗艦とする第二水雷戦隊と、重巡「古
鷹」「加古」の第八戦隊だった。これに対して主隊の5隻の戦艦が激しく砲撃を加
えている間に、背後の島影から忍び寄った、田中少将直率する第一水雷戦隊の「北
上」「大井」が雷撃を加えたのだ。奇襲を受けたものの、相手はたかが軽巡二隻と
油断したリーだったが、この両艦は改装によって、片舷20本もの魚雷を同時発射
可能な重雷装艦に生まれ変わっていた。結果、二波合計で80本もの魚雷に襲われ
た主隊は、一瞬で戦闘力を喪失したのである。「インディアナ」は、左舷に4本の
魚雷を受けて、20度近い傾斜を生じていた。懸命の復旧作業にも関らず、傾斜は
刻一刻と酷くなっていく。
「司令官、本艦はもう救えません。手遅れとなる前に、総員退艦の許可を願いま
す」
蒼白な顔で報告する艦長に、リーは肯くしかなかった。窓の外では、5本の魚雷
を受けた「アラバマ」が、こちらも黒煙に包まれて沈もうとしている。さらに後方
では、「ニューメキシコ」と重巡「ミネアポリス」が、懸命に浸水と戦っている最
中だった。