AWC そして一つになる・2    担当:ジョッシュ


        
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★タイトル (PRN     )  00/ 1/23  13:57  (198)
そして一つになる・2    担当:ジョッシュ
★内容
 郷野弘幸が、千葉良香の死を知らされて呆然としているのと同じ頃。

 千葉家の別荘に至る急峻な山道を、別荘に向かって走る1台のタクシーがあ
った。
 冬の高原は天候の変化が激しい。先ほどまでは高原の向こうの雪をいただく
冬山まで見えていたのが、タクシーの行く手はもう一面の白い吹雪に遮られて
しまっていた。黄色のフォグランプを点灯していても道路脇のガードレールす
ら視界から消えそうになる。
「ひどい降りになりましたね、お客さん。これだとこの先は無理かもしれませ
んよ」
 運転手の茄原作蔵(なすはらさくぞう)が心配そうな声を出した。が、乗客
の蒜野有紀(ひるのゆうき)からぴしゃりと否定された。
「駄目!私の人生がかかっているの。死んでもイイから行って」
「し、死んでも?」
 有紀の勢いに気圧されて茄原は二の句が継げない。
 道路には降る雪がどんどん積もってゆく。ほとんど車の走らない山道では轍
を辿るという安全策も使えない。スリップして左手の断崖にでも突っ込めば、
まず春まで行方不明になってしまうほど深い谷が待っていた。スノータイヤは
履いていても慎重になるに越したことはない。
 何とか新雪を避けて、ゆっくり進むことにする。冬の高原まわりではタクシ
ー需要は多いし、茄原は20年以上のベテランだった。このくらいの雪道なら
大丈夫だという自負はあった。しかし、この天候だとスリップよりも恐いもの
がある。
「でもお客さん、こんなひどい天候でも千葉さんの別荘へ行きたいっていうか
らには、なにかあそこであるのですかい」
 茄原は自分の不安を紛らわすために話しを続けた。
「ええ、大ありよ。運転手さん、郷野弘幸って知ってる?」
「いえ、不勉強なもので。誰ですかその人」
「世界的なバイオリン奏者よ。25歳でパリのデ・モエールコンクールで金賞
をとって、一躍有名になったわ。もっとも日本ではそんなに名前は売れてない
から、運転手さんが知らなくても無理ないかもね」
「へー、バイオリンというとクラシック音楽ですね。わしはまあどっちかとい
うと歌謡曲が好きなもんで」
「郷野弘幸が日本でそれほど名前が知られていないのにはもうひとつわけがあ
るの。それは日本ではほとんど演奏会をやらないから。しかも大変な日本人嫌
いと言われている。だからなかなか記事にならないのよ」
「その郷野さんがなぜまた、こんな辺鄙な山の上にある千葉さんの別荘に来て
いるわけなんで」
「そうよ、そこなのよ。わたしがつかんだ情報によるとね、今夜、あの別荘で
千葉家のパーティーがあるらしいわ。そのパーティーに出席するらしいの。で
もね、郷野さんと千葉家ってそれほど親交があったとは聞いてないから、ちょ
っと不思議なのね。日本人嫌いの郷野さんがわざわざこんな遠くまで来てでる
ほどのパーティーってどんなものなのか」
「ははー、お客さんは新聞記者かなにか、ですかい」
「臨時雇い」
「臨時雇いって?」
 有紀が後部座席で脚を組み替えるのがバックミラーに見えた。東京から着て
きたらしい薄いダスターコートに薄手のマフラーを首にひと巻きしている。外
に出たらすぐにでも風邪を引きそうな軽装だった。
「埼京新聞って知ってる? 関東圏で駅売りしている夕刊紙なんだけど、わた
しはそこの臨時雇い、まー平たく言うとアルバイトね。新聞記者になりたくて、
あちこちの新聞社の試験を受けたんだけど、ぜんぜん採用もらえなくって、結
局、アルバイト。編集局で記事の整理とかをやっているの」
「ふーん、アルバイトがどうして今日はこんなところまでこれたの?」
「郷野弘幸情報をつかんだのがわたしだったのよ。ちょっと情報を脚色して編
集デスクに売り込んで、やっとオッケーが出たの」
「ほう、良かったじゃないか。それじゃ、やりたかった新聞記者の仕事ができ
るってわけだ」
「うん、でもそれだけじゃないの。もし今度の記事が本紙に採用されたら、わ
たしを編集サブで雇ってくれるかもしれないの」
 有紀の瞳が生き生きと輝いている。こんなに熱中して話をする若者を見るの
は茄原は久しぶりだった。こちらまで胸が暖かくなる。
「で、その記事はどんな感じになるのかな」
「へへっ、もう見出しは考えてあるんだ。ショック!郷野弘幸はあの千葉家か
ら資金援助を受けていた!」
「おやおや、なんかゴシップくさい記事だね」
 有紀が不満そうにぷっと頬を膨らませた。
「仕方がないじゃない。埼京新聞て駅売りの夕刊紙だもの。センセーショナル
に書かないと部数が出ないのよ。わたしはあんまり気が進まないけど」
「そうか。あまり気が進まないか。まあ、わしにはよくわからんけど。何につ
けても初志を貫徹するのがいちばんのような気がするけどね。自分らしさが出
るような記事・・・おっとと。やっぱり、こりゃまずいな」
 言葉の最後のほうは有紀に向けられたものではなかった。タクシーは切り通
しにさしかかっていた。茄原はタクシーを最徐行させて、右にせり出した山肌
を見上げた。茄原の不安は的中していた。
「お客さん、せっかくの新聞記者のチャンスだけど、これから先へは進まない
方が良さそうだ。あれを見てくれ」
 茄原の言葉に有紀が飛び上がった。茄原の指さす方を見ても、白い雪原が見
えるだけだ。
「上に少しせり出した白い固まりが見えるだろ。あれはこの雪が降り積もった
新雪でね、下のアイスバーンの上に乗っかってああなっているんだ。あの上が
千葉さんの別荘なんだが。あそこは雪崩がおきやすい場所で有名でね。この雪
の勢いだとあそこは遅かれ早かれ崩れてくる、雪崩だな。そうするとこの道は
通行不能だ。たとえ別荘にたどり着いても、そのまま閉じこめられてしまう確
率が高い。なにしろあの別荘へはこの道の他にはまともな道はないからね。引
き返した方がいいと思いますよ」
「そんな・・・お願いよ、ねえ、わたしの人生がかかっているの」
「そう言われてもねえ」
 茄原は思案した。
 千葉家の別荘まではあと10分くらいだろう。そこで有紀を降ろしてUター
ンで戻る。ここを抜けるのにさらに10分。合わせてあと二十分、あの新雪が
もってくれるかだが。
 有紀が身を乗り出して「お願い」を繰り返した。結局、有紀の熱意に茄原は
折れることにした。

 ゆっくりとタクシーを走らせる。そうと決まったらこの道をできる限り早く
抜ける方がよい。雪は相変わらずどんどん降り状態だった。少し走って、どう
やら雪崩のおそれのないところへ抜けてから、茄原が声を出した。
「おや、向こうから車が来る」
 黒い影のようなものが雪の中に見えた。向こうはフォグランプを着けていな
いのか、白っぽいヘッドライトが雪道に反射しているだけだ。
「危ない!」
 茄原と有紀は同時に声を出していた。茄原がタクシーを道の脇に寄せて停め
た。反対側からやってきた車は、ほとんどスリップしているかのような猛スピ
ードで、タクシーの脇を走り抜けて、下っていったのだ。バックミラーから車
の後ろ姿はすぐに消えた。
「いったい、なんなのあれ」
 有紀が口をとがらせた。
「なんだかずいぶん慌てていたようだけど、あのスピードじゃあ、スリップし
たらまっすぐに崖の下行きだな、あ、ちょっと待てよ」
 タクシーがかすかに震動した。
「なに?」
 小さな震動はやがて地響きのような不気味な低い音になった。
「なにこれ?」
「雪崩だ。ついにやっちまった。大丈夫かな、さっきの車。ちょうど雪崩に出
くわすようなタイミングで走っていっちまったけど」
 しかし確かめに戻るわけにも行かなかった。そうしたら、こっちまで雪崩に
巻き込まれる。茄原は無線を取り出し、麓のセンターに雪崩の発生を知らせた。
「この道はもう通行不可能だな。警察に連絡しておいてくれ。え、わしか? 
雪崩の上に来ているから大丈夫だ。だが、道が復旧するまで戻れないな。商売
は開店休業だ。千葉さんの別荘に頼み込んで、そこで休んでるよ」
「ごめんなさい、私が無理に頼んだせいで、戻れなくなって」
 有紀だった。茄原の無線連絡が聞こえたらしい。
「ま、いいさ。じたばたしても始まらない、骨休めだと思ってゆっくりさせて
もらうさ」
 もう千葉家の別荘は雪の向こうに見えていた。

 茄原作蔵と蒜野有紀は千葉家の別荘では歓迎されなかった。
 ドアを開けて出てきた執事のような男、松倉信吾は二人を見て、明らかに迷
惑そうな顔をした。眉をひそめて有紀の差し出した名刺(間に合わせに作った
ので新聞社の下の名前は手書きになっていた)を見て、それから屋根に雪の積
もった茄原のタクシーをしげしげと眺めた。
 パーティー用の黒のタキシードに身を固めた松倉は、どうも二人を中へ入れ
たくない素振りだった。
「雪崩で道路が塞がれてしまったようで、帰れといわれてもどうにも戻れなく
なったんですよ」
 茄原がそう言うと、松倉は大げさに驚いている。
「そ、そんな、困ります。私の手には負えません」
「は?」
 意味不明の言葉だった。松倉が慌てて言い直した。
「実はただいま、大変取り込んでおりまして、お二人様をおもてなしする余裕
がございません。それに道路が雪崩で通行不能だなんて。まったくもって困り
ます。いったい私にどうしろと警察は言うのでしょう」
「警察? 何かあったのですか?」
 有紀のアンテナが何かをキャッチして反応した。警察という言葉は夕刊紙記
者にとっては、目覚まし時計のベルみたいなものだ。さっと体の隅々にまで電
気が走る。条件反射のようにポケットの手帳を取り出した。
「あ、あ、いえいえ」
 松倉は有紀の手帳を見てさらに取り乱した。茄原はきょとんとして、汗を拭
く松倉と鋭い顔つきの有紀を見較べている。
 それにしても二人とも別荘の外に立ったままだった。寒い外気でだんだん体
が冷えてくる。薄いコートだけの有紀は唇の色が白い。
「とにかく中へ入れてもらえませんかねえ。ここじゃ、凍え死んじまうよ」
「は、はあ」
 松倉は観念したのか、やっと体を横に開いた。とたんにざわざわした話し声
が聞こえてくる。
 玄関ホールの正面に大きな両開きの木製ドアが見えていた。ガラルームとい
うシルバーのプレートがかかっている。ドアの片方が少し開いていて、話し声
はどうやらその中から漏れていた。
 ところが松倉はそのドアには向かわず、二人を右手の方に案内した。窓際に
ソファーがおいてあり、白いシェードをかぶった背の高いライトスタンドのそ
ばがちょっとした応接スペースになっていた。
「恐れ入りますが、こちらでしばらくお持ちいただけませんか。ただいま千葉
夫妻はちょっと手が離せませんので。手が空き次第、必ずご挨拶にまいります」
 松倉はそう言うと、四十五度に体を折ってお辞儀した。茄原と有紀が勧めら
れたソファーに腰を下ろした、その時だった。
「ほう、やっと警察のお出ましか」
 大きな声に松倉が飛び上がらんばかりになった。
「佐藤様、ガラルームからお出になってはなりません」
 神経質そうな骨張った顔をした背の低い中年男が、ポケットに手を突っ込ん
で立っていた。立っている位置から推測するに、ガラルームから歩いてきたら
しい。
「警察の指示かい。ふん、もう三十分もあそこに押し込められているんだぜ。
いい加減にして、早いとこ取り調べとかを始めてもらおうじゃないか」
「さ、佐藤様、こちらは警察の方ではありません。お口を謹んでください」
「なにぃ? 警察じゃないって、そんなバカなことはあるまい。人がひとり殺
されたって言うのに、まーだ警察は来ないのか。いったいなんてのろまな警察
なんだ」
「人が殺された?」
 今度は有紀が飛び上がる番だった。
「いえ、そんなことはございません。佐藤様、冗談にもほどがあります。ささ、
ガラルームへお戻りください」
 松倉が佐藤の体を押すようにして、有紀の視線を遮った。
「冗談だって? 笑わせるなよ。俺の教え子が殺されたんだぜ。Q音大付属高
校のホープ、バイオリンの千葉良香がね。俺はあの子を全身全霊をかけて育て
たんだ。やっと留学試験にもパスしたって言うのに、良香は俺の希望の星、俺
の人生をかけた優秀なバイオリニストだったんだよ。それをこともあろうか、
殺したやつがいるんだ。今夜のパーティーの出席者に中にな。あのガラルーム
に集められたパーティー出席者の中に犯人はいるんだ。そんな中へ俺に戻れっ
ていうのかい、バカ野郎」
 佐藤はかなりアルコールが入っているようだった。松倉が抱えるようにして、
暴れる佐藤をガラルームへと押し込んだ。
 有紀と茄原は顔を見合わせた。
「確かに取り込み中らしいね」
 二人は思わず呟いていた。
(以下、続く)
 
 




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