AWC おんなのこ2 第9章 最終回  凡天丸


        
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おんなのこ2 第9章 最終回  凡天丸
★内容
   第9章 ホットチョコ

 映画を見終わった後、ファーストフードで晩ゴハンを食べてから、8時頃、梁子(
りょうこ)のアルバイト先である『あくありゅうむ』に着いた。
 梁子の店は、9時を過ぎるとスナックになってしまうので、その前に軽くお茶して
いくつもりだった。
 駅から梁子の店までの歓楽街は、昼間の殺伐とした感じとは打って変わって、居酒
屋やバーなどのネオンと店音で活気づき、会社帰りのサラリーマンやOL達でごった
がえしていた。
 その中を制服姿のあたしは湧(ゆう)ちゃんの手を引いて、異端者のようにシロい
眼で観られながら、早足で梁子の店に急いだ。

 「よう、お帰り」
 カウンターで暇そうに雑誌を見ていた梁子が、恐る恐る入ってきたあたし達に気付
いて、明るく出迎えてくれた。
 丁度この時間は喫茶店からスナックに変わる準備時間で、店内にはお客さんはおら
ず、カウンターの奥で寡黙なマスターが、下拵えしているだけだった。
 「こんばんは」
 丸い声で挨拶すると、かすかに後ろ姿の後頭部がコクリとしたので嬉しかった。
 40歳を越えている風のマスターには、以前に一度だけ会った事があるけど、その
時は、ほとんど眼を合わさず、無愛想で、感じ悪く思ったものだが、後で梁子に聞い
た話では、えらく人見知りの激しい恥ずかしがり屋さんで、あたしが帰った後、マス
ターが、しつこく自分の事を尋ねていたと聞いて、何となく親近感を抱いていた。
 「大丈夫だったかい? 思ってたより飲み屋が多くて驚いたろ? 駅まで迎えに行
  けって、マスターにしつこく言われてたんだよ。帰りは駅まで送るから何か飲ん
  でいきな。マスターのおごりだからさ」
 「すみません」
 あたしはポッと心が温かくなって、期待しないでマスターの背中にお礼を言った。

 「舞子(まいこ)、映画は楽しかったかい?」
 「うん。良かったよね……?」
 カウンターの中のエプロン姿の梁子から湧ちゃんに視線を回そうとしてあたしは、
止め場を失い、そのままツルンと眼が店内を滑った。
 「あれ? 湧ちゃんが蒸発しちゃった…」
 「ああ、アイツなら、トイレに入ったよ」
 カウンターの中から梁子が教えてくれると、あたしは安心して、偽っていた思いを
彼女にぶちまけた。
 「ねえ梁子。あたしってつまんない女なのかなぁ?」
 「あん? 何だよそれ…楽しくなかったのかい?」
 あたしが湧ちゃんに内緒にしたいのを察してくれたのか、梁子は手を止め、身を寄
せて、静かに尋ねてくれた。
 「そりゃ映画はおもしろかったけどさぁ。湧ちゃんたら、何かと用つけて席立った
  りして10分もじっとしてないんだもん。それにね、映画の後、お腹空いてるか
  と思って、湧ちゃんの大好きなハンバーガーを食べようとしたのに、あの子ぜん
  ぜん食べないで残しちゃったし……あたし、頑張ったんだよ。それなのに湧ちゃ
  んたら無理して喜んでるフリしてるみたいで…」
 あたしは自分にデート経験がないのが原因なのではないかと、密かに自暴自棄に足
を踏み入れていた。
 湧ちゃんにしてみれば、いろんなタイプの人と何度もデートしてきたんだろうから
百戦錬磨な訳で、そんなあの子をド素人のあたしなんかがリードするなんて、身の程
知らずもいいとこだったのだ。
 「あたし、この先あの子の相手していく自信ないよ…」
 「考えすぎだよ。アタシは、湧がアンタとデートできて、すごく喜んでる風に見え
  たけどね」
 「じゃ、どうしてあんなにチグハグ空回りしちゃってたのよっ!」
 言った後で、梁子に八つ当たりしたのを悔いて、申し訳なく顔を上げると、彼女の
方が、よりすまなそうな顔をしていたのが不思議だった。
 「ごめん。梁子には関係ないもんね。あたし、つい…」
 梁子が、苦虫を噛み潰したような顔をして、気まずそうに口を開いた。
 「いや、あのさ、まいったなあ……あのさぁ、昨日ここに湧が来たって話したろ?
  マスターが女の子と酔っぱらいを一緒にゃ出来ないっつって、客追い出しちまっ
  て準備中の札外さないもんだからさぁ、早く帰しちまおうと思って、食べ終わっ
  たんなら帰れっつったんだよ。そしたら、食べ終わる毎にすぐパフェ注文してき
  てさぁ。結局、11時過ぎまで、4杯もおかわりしちまったんだよ。普通だった
  らやっぱ、腹こわすよねえ…」
 あたしの頭の中でカタカタと、オモシロイようにパズルが組み合わさっていった。
 校門で遅れて来たのも、映画の途中でよく席を立ったのも、ハンバーガーを食べな
かったのも、どことなく無理した笑顔も、みんな腹痛のせいだったんだっ!
 なのに…あたしったら、心のどこかで湧ちゃんにしてきた仕打ちの罪滅ぼしを早く
して楽になろうって、自分の事ばっか考えて映画に誘って、湧ちゃんが具合悪いなん
てちっとも考えなかった。それどころか、湧ちゃんが喜んでくれないからって、勝手
に苛立ってあの子をどこかで責めてた。
 「梁子……あたし…」
 「……」
 梁子は俯いたまま、何も言ってくれない。
 薄暗い青い証明の中で、沈黙が息苦しい。
 店の奥からは、カラコロ‥カラコロ‥と、今にも湧ちゃんが飛び出してきそうだ。
 一刻も早く逃げ出したいのに、足が動かず、椅子があたしを押さえつけているみた
いだ。
 と、次の瞬間、張りつめた糸が柔らかい音色によってフワリと緩まされた。
 「梁子クン。お客様をお待たせしてはいけませんよ」
 「あ、はいっ」
 男の人の声にやり場を与えられた梁子が、するりとあたしを残して底なし沼から這
いあがり、入れ替わりにその人が入ってきた。
 誰でもいいから、あたしに何か言ってっ!
 「舞子さん。人間の眼は二つもあるのに、二つとも並んで前に付いている。おかし
  いとは思いませんか?」
 ジャジャーッ……!
 「それぞれが左右の横にあれば、360度全体を見わたせて、機能的でいいと私は
  思うんですけどねえ」
 ゆったりとした音色とともに、初めて聞いたはずのマスターのとぼけた声が、自然
にあたしの気持ちに入り込んで溶けた。
 「クスッ‥‥そんなバカなあぁぁっ。宇宙人じゃないんですから、そんなの気持ち
  悪いですよぉぉぉっ」
 「なにが気持ち悪いんですかあ?」
 「あのね湧ちゃん。マスターったら、二つの眼が横に一つずつ付いてた方が便利で
  いいって言うのよぉ」
 「うわぁぁぁっ、宇宙人みたぁぁぁいっ!」
 あれっ…?
 いつの間にか底なし沼は、甘いカカオマスに満たされた湖に変わっていて、湧ちゃ
んも加わって楽しく話が出来ていた。
 湧ちゃんも梁子もあたしも、マスターの回すコーヒーカップの中で、普通に笑えて
た。
 「舞子、あんましマジ(本気)に聞かない方がいいよ。マスターは変わり者だから
  さ」
 「それは酷いな梁子クン。君は、ウサギが気持ち悪いんですか? インコだって、
  金魚だって、みんな横に眼が付いているじゃありませんか」
 湧ちゃんがすぐさま席を立って水槽にへばりつき、熱帯魚に拍嘆の呻きをあげた。
 「それはそうですけれどマスター。人の眼が横に付いていたら、やっぱり気持ち悪
  いですよぉぉぉっ」
 「だから、おかしいんです。それでは後ろが全く見えない」
 「アハハハハ、それは仕方ないですよぉ」
 「そう。仕方ないんです。人間は誰でも後ろを見る事が出来ないんですから」
 ………あたしは妙な胸の揺らぎを感じた。なんか、スプーンで、ゆっくりとかき回
されているような……あれほど凸凹していた心が、今はまったりしている。
 「気をつけなよ舞子。マスターの女殺しの饒舌は、そのスジじゃ有名だからね」
 「ただの噂ですよ。信じてはいけません。私は昔からご婦人よりも、むしろ男性に
  モテるという厄介な性分なんです」
 それが本当なのか、あたしに気を使って言ったのかは分からないけど、マスターが
饒舌なのは確かみたいだ。
 「あぁっ、ユウ、こんなの頼んでないもんっ!」
 熱帯魚の眼に納得して水槽から戻ってきた湧ちゃんが、出されたホットチョコを見
て、梁子に突っ掛かった。
 「すまないね。ウチは品揃えが悪いんだよ」
 「ウソつきっ!」
 「鏡に向かって言いなっ!」
 「ちょっとぉぉぉっ!!」
 二人は相変わらずだけど、梁子も湧ちゃんを思っているし、湧ちゃんもブツブツ文
句言いながらも美味しそうにホットチョコを飲んでいる。
 カフェ『あくありゅうむ』は、暖かくて甘ったるいカカオマスの香りに、甘酸っぱ
さとほろ苦さ、辛さと塩辛さの隠し味が微妙に溶け合って、最高の美味しさを醸し出
していた。
 「ねえ、湧ちゃん。また今度、今日の映画見に行こうよ」
 湧ちゃんは、口唇のまわりについたチョコをペロリと舐めながら、何やら言いた気
な上目遣いをしてあたしを見つめた。
 「ん、なに? あたし、言ってくれなきゃわかんないよ」
 すんなりと出たこの言葉を口にするのに、どれだけ時間がかかった事か…
 人間なんだもん、見えないところがあって当たり前なんだよね。
 「あのぅ…ホント言うとユウ……あの映画もう見ちゃってたんですぅ。できれば違
  う方が…」
 「あはっ、うん。それじゃ、違うの見ようねっ」
 「うわぁぁぁいっ!!」
 湧ちゃんが抱きついてきて、素直にあたしも抱き留めた。でもそれは腕の中で嬉し
そうに弾む身体だけじゃなく、その心もだ。
 この純真な笑顔の湧ちゃんが、あたしは大好きだってちゃんと言える。
 だってもう、偽って湧ちゃんを避けるのが嫌だから。
 これがあたしのホントの気持ちなんだもん。
 こういう関係ってやっぱり、シスター…レズビアン…同性愛…なんて言われちゃう
のかな?
 でも、あたしは違うよ。
 別に信じてくれなくてもいいよ。
 でも…信じて……くれるよねっ!!

      −−第9章 おしまい!
           第10章 に、つづかない…−−

      【おんなのこ2】 全9章 −完−

 ご注意…【おんなのこ2】は、この章で完結しました。
     以前に、【おんなのこ1】等の関連作品は存在しません。
     また、【おんなのこ3】等の続編作品も、98/11現在、予定しており
     ません。
     ”おんなのこ2”の”2”は、累乗の意です。

 最後に…最後まで読んで下さって、ありがとうございました。




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