AWC おんなのこ2 第7章 1/3  凡天丸


        
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★タイトル (NXN     )  98/10/25  23:20  (200)
おんなのこ2 第7章 1/3  凡天丸
★内容
   第7章 作戦完了‥‥

 湧(ゆう)ちゃんと約束した映画の日の朝がきた。
 「あら、舞子(まいこ)。まだお昼前なのに、ずいぶんお早い御目覚めですこと」
 出掛ける支度を整えて階段を降りていくと、下で掃除機を手にしたママが、皮肉た
っぷりの口調でケンカを売ってきた。
 無言でママの脇を通り過ぎるあたし。
 「どこかに出掛けるの? 一人なの?」
 昨日何も話していなかったから、玄関で靴を履きだしたあたしに執拗にまとわりつ
いてくる。
 「うるさいなぁ‥‥どこだっていいでしょっ‥‥」
 あたしは低い声を漏らして、ワザと靴の爪先をケンケンしてから玄関を出た。
 後からママのサンダルの音がしたけどかまわずどんどん足を動かして振り切った。

 頭の上では、お日さまが空を真っ青に染め、白い雲が気ままに形を変えながら、当
たり前のようにプカプカ浮かんでいる。まだ、梅雨が明けていないっていうのに、足
元では、もう夏だと図々しく黒い影がコミカルに踊っている。
 肌を擽るさわやかな風‥‥服や髪の毛にまとわりつく陽の香り‥‥おデコに浮かぶ
玉の汗‥‥靴底に感じるアスファルトの熱さ‥‥‥何もかもが、あたしを責めたてて
いるようで腹立たしかった。
///
 昨日の放課後。あたしは今日の映画の計画をたてようと、久しぶりに湧ちゃんを連
れて梁子(りょうこ)の喫茶店に行った。

 昇降口を出る前から湧ちゃんは、あたしの腕にしがみつきながら身体をスリスリし
てきて不必要に皆の視線を集めてしまい、とても恥ずかしかった。
 校門までは我慢できたけど、さすがに学校の外までは耐えられない。
 「ねぇ、湧ちゃん。手つなごうか?」
 湧ちゃんは少し口を尖らせたけど、駄々を捏ねる事なく、すんなり手をつないでき
た。
 でも…指と指をからませている。どうして普通に手がつなげないかなぁ……

 「なんだよ…」
 重たい扉をヨイショと引いて中に入ると、カウンターでタバコを吸っていた梁子が
かったるそうな愛想のない声で、あたし達を出迎えた。
 このお店にお客さんが寄り付かないのも何となくわかるなぁ。
 「おや? 舞子、後ろに座敷童(ざしきわらし)が憑いてるよ」
 「湧っ、湧ちゃんよっ! 梁子っ、冗談はよしてよねっ!」
 ただでさえ二人の接触を懸念していたのに、いきなりの先制パンチに、湧ちゃんを
連れて来たのを少し後悔した。でも、学校じゃ目立ちすぎるし、他の喫茶店に制服姿
で入る勇気もない。
 「梁子せんぱい、お久しぶりでした」
 ヘッ!? てっきり弾けちゃうかと思ったのに湧ちゃんは意外にもペコリとした。
 梁子も、意表を突かれた感じで、返す言葉を失っている。
 どういう心境の変化かは知らないけど、今回の一件は、ちょっぴりこの子を成長さ
せたようだ。
 「舞、舞子はホットチョコだね。オマエは、イチゴパフェでいいかい?」
 「はい、お願いします」
 湧ちゃんが、ニコリと微笑んで、あたしの横にちょこなんと座った。そして、かる
く海の底を思わせるようなダークブルーの店内を見回してから、梁子に話し掛ける。
 「いつ来ても、落ち着く良いお店ですね」
 「悪かったね、いつもガラガラでっ」
 「あっ、すみません。そういう意味じゃなかったんですぅ。ごめんなさい」
 「あ…ああ……」
 偉いわ湧ちゃん……それにしても、反って梁子の方が大人気無く見える。
 すっかり調子を狂わされた梁子は、ぎこちない手つきで湧ちゃんにイチゴパフェを
出すと、顎であたしを店の奥に呼び込んだ。
 「おいっ、何だよアイツ……マシュマロでも頭にぶつけたのかい?」
 「何バカな事言ってんのよっ。だから前に言ったでしょ。あの子はもともと素直で
  良い子なのよ」
 湧ちゃんは一人、カウンターに座って足をブラブラさせながら、スプーン一杯にし
ゃくったパフェを口に含み、両手でホッペをおさえてブルッ‥‥と身震いし、まった
りと瞳を潤ませながら至福に満ちた表情を浮かべている。
 そこに全く汚れのないパフェ好きの少女がいた。
 それでも梁子は、素直に湧ちゃんの変化を受け止めようとはしなかった。まぁ、彼
女の性格からして、一度植え付けたイメージを簡単に覆したりはしないだろうけど。
 「ねぇ、せんぱい。明日ユウ、サンドイッチ作って行きますねっ。せんぱいは、タ
  マゴとハム、どっちが好きですかぁ? ちなみにユウは、どっちも大好物なんで
  すぅぅぅ!」
 ペロリと赤い舌で上下の口唇を舐め回しながら、サクラ色になったホッペで嬉しそ
うに言う湧ちゃんに、梁子がすかさず横槍を入れる。
 「ンッ、何だい? アンタ達、明日どっか行くのかい?」
 「エッ……う、うん。ちょっと映画見に」
 何よ、トボけちゃって。梁子がチケットくれたんじゃないの。いったい何を考えて
いるのかしら。
 さらに梁子は突っついてきた。
 「へぇ、いいねぇ…そういやアタシもしばらく映画なんて見てなかったねぇぇぇ」
 梁子が言い終わらないうちに、横からカチンッ☆ とスプーンでパフェグラスを叩
く音がした。
 それを見て、梁子の眼がニヤリと笑う。
 「ねぇ舞子。アタシ明日なら暇なんだけどさぁぁぁ」
 あたしに話し掛けてるくせに、眼は湧ちゃんを見たままだ。
 バンッ☆
 とうとう湧ちゃんが椅子から立ち上がって、両手を机に叩きつけた。
 噴火寸前だっ。
 「あ…で、でも…梁子。チケットは2枚しかないから……」
 「おやおや、そうなのかい? 残念だねぇぇぇ」
 緊迫した顔の湧ちゃんを満足そうに眺めながら梁子が、残念そうな声を出した。
 でも、顔はちっとも残念がってはいない。
 「湧、湧ちゃんホラッ、パフェが溶けちゃうわよっ」
 唸っていた湧ちゃんが、溶け始めたパフェに気を取り戻して、椅子に腰を戻す。
 そして、生クリームを頬張る毎に、荒げていた鼻息が徐々に静まっていった。
 でも、パフェを食べながらも、敵を前にした子猫の様な瞳は、決して梁子から離れ
る事はなかった。
 ふぅぅぅ……本当にこの二人って相性が悪いんだなぁ。
 疲れた心を、温かなホットチョコが癒してくれる‥‥

 ホットチョコを飲み終わって、カップをお皿に戻すか戻さないかという内に、あた
しは、いきなり肘を湧ちゃんに捕まれ、強引にカウンターから一番離れた隅のテーブ
ルに連れて行かれた。
 湧ちゃんはあたしの横に座ると、1ミリでも梁子から離れようと、クイクイ腰を押
しつけてくる。
 幾つも席が空いているのに、どうして一人分のスペースに二人で窮屈に座らなくち
ゃいけないのかしら‥‥
 (せんぱい…映画終わったら…公園の池で…お船に乗って…お弁当食べましょう)
 湧ちゃんは、しきりにカウンターの中の梁子を瞳で威嚇しながら、あたしの耳に手
を添えて、ヒソヒソ話しをしてくる。
 けど…今日の梁子は、あたしから見ても、しつこいと言うか、あまりにも意地悪か
った。
 「はいよ、御冷」
 らしくない気の使い方で氷水を運んで来た梁子は、テーブルのあたし達の前にコッ
プを二つ置くと、向かい合わせの椅子にそのままドッカと座って、脚を組んで煙草に
火をつけた。
 ちゃっかり自分のコップも持ってきている。
 たちまち湧ちゃんのホッペが、おまんじゅうみたいにプックリ膨らみ、あたしの膝
に置いていたちっちゃな手に力が入り、腿に爪が食い込んできた。
 「痛ったぁぁぁい!」
 湧ちゃんが、あたしのスカートの裾を掴んで、勢いよく立ち上がる。
 「きゃっ! ちょ…ちょっと、放してぇぇぇ!」
 あたしは懸命に開(はだ)けさせられたスカートの前を抑えながら、湧ちゃんに引
っ張られるまま、店の奥へと連れ込まれた。
 カチャカチャカチャッ!
 「えっ。ちょ、ちょっと湧ちゃんっ!? 大、大丈夫だから、ねっ! あたしから
  邪魔しないように梁子に言うから」
 あたしをお手洗いの個室に押し込め、自分も入って懸命に鍵を閉めようとしている
湧ちゃんを宥めるのは、一苦労だった。

 やっとのことで湧ちゃんの気を沈めて、お手洗いから生還したあたしは、早速梁子
に注意したんだけど、そしたら彼女、拍子抜けするほどあっさりカウンターに引っ込
んでしまった。
 もうっ、梁子ったらっ。どういうつもりよっ!?
 そんな梁子を見て、ようやく安心した湧ちゃんは、フゥ‥‥とため息を漏らすと、
あたしに抱きついてきて、鼻に掛かった甘えた声で、取り上げられていた数日間を取
り戻すべく、思う存分触り、喋りまくってきた。
 よほどあたしに飢えていたのか、湧ちゃんの行動はどんどんエスカレートしていき
しまいには、膝の上に跨ってきて、胸を両手でムニュムニュしながら、プクプクのホ
ッペをあたしの頬にスリスリしだした。
 ここだからまだいいけど、こんなの学校なんかで見られたら、間違いなくあたし達
は、S(シスター)だと勘違いされるに違いない。
 でも、顔を上気させ、イチゴの息を弾ませながら幸せそうにしている湧ちゃんを、
突き放す
事なんて出来やしない‥‥
 自分で望んだ事なのに、後悔しているなんて‥‥どうしたらいいの‥‥
///
 今頃‥‥湧ちゃんと映画を見ている筈だったあたしは、梁子のマンションに居る。
 スピーカーから噴き出す16beatのハードロックが、激音の漲流と化して、丸
ごとあたしをガンガン揉みしだいている。
 ここでは何も考えずにただ心と体を預けて木の葉の様に漂っていればよかった‥‥
 不意に梁子がリモコンでCDを止め、あたしを現実に引きずり上げた。
 「ピザでもとろうか、朝メシ食ってないんだろ?」
 「うん…」
 遠くにTELしている梁子の声を聞きながら時計に眼を泳がせると、針は期待を裏
切っていた。
 「…CDかけて」
 静かな中にいると、いろんな事が脳裏にこみあがってくる。一刻も早く音楽の中に
逃げ込みたかった。
 熱く歪んだ向こうで梁子は何か言いたげだったけど、頬に滑り落ちるものと共に音
楽が噴き出してきて、再びあたしの何もかもを飲み込んでくれた。
 あたしの心を癒すものが時間だけだとしたら、こうしているうちに、何倍もの速さ
で過ぎて欲しかった。
///
 あたしは、思い出したように、ハッと息を吸い込んだ。
 辺り一面…オレンジ色だ。
 窓の外で陽が眼の高さにまで落ちてきて、押し寄せる闇に反発するかのように、光
を放ちながら、雲を巻きこんで溶けかかっている。
 室内は、ぼんやりと静まり返り、目の前のテーブルの上には、ポツンと寂しげにM
サイズのピザの箱が、夕日に照らされていた。
 聞こえるのはエアコンの音だけ‥‥居るであろう梁子の姿を探したが、どこにもい
ない。
 ドアの向こうから聞こえるかすかな水音で、彼女がシャワーを浴びている事が分か
ると、あたしは小さなため息をついて、冷たくなったピザで空腹を満たした。

 「おっ、やっと起きたか。はいよっ」
 最後の一切れを口に頬張った時、部屋のドアが開いて、裸体の頭と身体にタオルを
巻いただけの艶っぽい姿の梁子が、シャボンのいい香りと共に入ってきて、冷えた缶
ビールを、あたしの膝に放り込んできた。
 膝に落ちた缶の痛さと冷たさで、ようやく、いま居る自分を実感する事ができた。
 「…あ、あの、あた、し…」
 何年かぶりに声を出したようで、うまく口が動かない
 「何だよ、覚えてないのかい? アンタ、ピザ来る前に寝ちまったんじゃないか」
 プシュッ‥
 梁子は冷えて汗をかいた缶ビールを開けると、美味しそうにグビグビとノドを鳴ら
しながら、火照った身体を一気に癒して、
「ぶはぁぁぁっ」
と、大きく身震いした。
 「ゴメン……梁子」
 「何が?」
 自然にトボけてくれるのが嬉しい‥‥
 「だって、きょう1日、ずっと居座っちゃったもん」
 「いいよ別に。アタシの考えた作戦だったんだからさ。それに、アンタが居ようが
  居まいが、どっちみち独りぼっちだったしね」
 あっと言う間にビールを飲み干した梁子は、片手で缶を握り潰すと、キッチンに空
き缶を捨てに行った。
 一人になったあたしは、手の中の冷たい缶ビールを見つめ、躊躇う事なく開けた。
 ビールはママに勧められて何度か口にした事はあるけど、苦くて、パチパチして、
どうしてこれが美味しいのかてんで分からなかった。
 でも今なら、何となくその美味しさが分かるような気がする。
 プシュッ‥!
 プシュプシュプシュゥゥゥーッ! シュワッシュワシュワワワワワァァァッ!!
 フタを開けた途端、勢いよく泡が飛び出し、あたしの顔面を蹴り飛ばしてきた。




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