AWC 海鷲の宴(16−2)  Vol


        
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海鷲の宴(16−2)  Vol
★内容

 10月28日深夜 ガダルカナル島

  後年公開された米軍の記録には、「オータム・クライシス」という一文が存在
 する。1942年9月から11月にかけて、ガダルカナルとその周辺に吹き荒れ
 た嵐のような日本軍の攻撃を指す言葉だが、米軍にとって、それはまさに「クラ
 イシス」----危機そのものだった。
  その災厄は、もはや飛ぶものすらいない筈の空からやって来た。

 「特急列車が空から駆け降りて来た」
  とは、この災厄に巻き込まれた海兵隊兵士の証言である。すっかり寝入ってい
 たヘンダーソン航空基地は、突如空から響いて来た轟音に叩き起こされた。続い
 て、滑走路が噴火したように沸き上がり、大量の土砂が硝煙の臭いと共に吹き上
 げられる。
 「どうした、何事だ!」
 「弾薬庫の爆発か!?」
  まさか、日本軍の戦艦がやって来ているなどとは夢にも思わない兵士や下士官
 の中には、早くも消火機材のところに駆け出す者もいる。
  その彼らの頭上で閃光が弾け、空一面を覆い尽くさんばかりの無数の火の玉が、
 投網を投げかけるように降って来た。この一撃で、ヘンダーソンは火の海と化し
 た。

 「弾着。敵陣に火災発生」
 「……あの中には、居たくないものだな」
  旗艦「扶桑」の艦橋から、双眼鏡で陸上の様子を見ていた三川中将は、新兵器
 の効果に驚嘆ともとれる声を上げた。
  三式弾。空中で炸裂すると、189個の黄燐焼夷弾子と400個余りの非焼夷
 弾子----ようは鉄製ベアリングだ----を撒き散らし、来襲する航空機をまとめて
 撃破するために開発された主砲弾だ。神参謀は、この砲弾が持つ焼夷効果に目を
 つけ、可燃物の多い飛行場への砲撃に使用しようと思い付いたのだった。

  それを32発一気に叩き込まれたヘンダーソンは、阿鼻叫喚の巷と化した。焼
 夷弾の直撃を受けたF4Uが、燃料タンクの誘爆を起こして真っ二つになり、木
 の葉のように宙を舞い、他の機列の上へ落下する。さらに、そこでも誘爆が発生
 し、夥しい破壊を拡大生産する。三式弾の炸裂を夜間空襲と勘違いして、猛然と
 火を噴き始めた対空砲座を、ベアリングの雨が襲い、とりついていた兵士を悉く
 引き千切って放り出し、砲そのものもスクラップに変えて行く。燃料集積所に焼
 夷弾が落下し、猛烈な衝撃波を伴った大爆発を起こす。爆風は近くに並んでいた
 B24の機列に襲いかかり、全備重量30トンを超える重量級の機体を片っ端か
 らひっくり返し、僚機に叩きつけ、残骸へと作り替える。それらの破片が火山弾
 のように舞い飛び、逃げ惑う将兵を殺戮して行く。
  防空壕に駆け込んで安堵の息をあげた者もいたが、彼らとて安全ではなかった。
 14インチ砲から放たれた重量数百トンの炸裂弾は、500キロ爆弾の直撃にも
 耐える筈の防空壕の屋根をあっさりと貫通し、壕内で信管を作動させたのだ。壕
 の上を覆っていた土砂ごと、大量の人体の残骸が、火災炎で赤く染められた夜空
 へと舞い上がった。
  建材や食糧などが堆く積まれた物資集積所にも、三式弾の火の玉が、舞い散る
 火の粉が容赦なく襲いかかり、兵舎や格納庫となり、あるいは数万の人間の命を
 繋ぐべき品々を消し炭に変えて行く。
  数十分が経過して、沖合いに陣取っていた日本軍は去ったが、ヘンダーソン基
 地はなおも燃え続け、夜闇の中にくっきりと鬼火の如く、自らの位置を誇示する
 かのように晒していた。


 10月29日早朝 ヘンダーソン基地

  地獄が現出したような一夜が明けた。硝煙の匂いがする煤っぽい黒い雨が降り
 しきる中、地上に突如として現れた月面……といった面持ちのヘンダーソン航空
 基地----いや、もはや「基地跡」と言った方が正しいか----では、明らかに疲労
 し、精気を欠いた表情の海兵隊員や基地要員達が、黙々と瓦礫や遺体の後始末を
 行っていた。戦場神経症を患って精神に失調を来したらしく、訳の判らない事を
 喚き散らしながら座り込んでいる者も少なくない。
  昨日まで、数百機の陸上機と数万の将兵が駐屯し、誰の目にも難攻不落と思わ
 れていた基地は、一夜にして瓦礫と灰の山へとその姿を変貌させた。それまで小
 刻みに繰り返されて来た空襲によるものではなかった。いくら航空機の攻撃力が
 強大になったとはいえ、ここまで破壊の限りを尽くす事はできない。
  昨夜の地獄を演出したのは、彼らが思っても見なかった相手----戦艦だった。
 日本軍は、あろうことか夜闇に紛れて戦艦部隊をガダルカナルに突入させ、基地
 に対して主砲を撃ちまくって行ったのだ。被害は、甚大なものだった。
  戦闘機と爆撃機だけで150機を数えた航空機は、うち100機近くが完全に
 破壊され、残りのほとんども大小の損傷を受け、まともに飛べる機体は、運良く
 直撃を免れた掩体壕の中のB25が3機と、奇跡的に生き残ったP40が5機だ
 けにすぎない。他に、修理すれば飛べそうなものが30機余り残っているが、肝
 心の滑走路も徹底的にほじくり返され、すぐに使用可能なものが一本も残ってい
 ない。
  さらに、戦車・建設機械など車輌の6割と、弾薬・食糧・医薬品の半数、破壊
 された基地を再建すべき建材の4割以上、なによりも航空燃料の8割が焼き払わ
 れ、人員の被害も、判明したものだけで死者4000名、行方不明2000名、
 重軽傷5000名と言う莫大な数に達している。
  この他、精神に失調を来して使いものにならない者も含めれば、実に2万人近
 い人員が失われたことになる。
 「こんな所に、空襲を食らったら……」
  さすがのバンデクリフトやターナーも、顔色を失わずにはいられない損害だっ
 た。
 「とにかく、滑走路の復旧が最重要だ。ブルドーザーと鉄板マットを持って来い!
 穴を塞いで、少なくとも戦闘機が運用できる程度にまで修繕するんだ!」
 (建材や車輌の損害が比較的少なかったのが、せめてもの救いだ----)
  ターナーは、この状態でなお修復工事が可能であることを、神に感謝した。
  やがて、破壊を免れたブルドーザーが引っ張りだされ、砲撃で空いた穴の周囲
 に盛られた土を取り除き、穴の上に鉄板を渡す作業に取り掛かり始めた。


 同日午後 ソロモン諸島上空

  この日、据え物斬りぞとばかりにヘンダーソンに止めの空襲を仕掛けようとし
 た陸攻隊の搭乗員は、眼前に出現した30機を超えるF4UやP40の群を見て
 仰天した。
  こちらの護衛機は、敵が戦闘機を飛ばすどころではないだろうという判断や、
 近頃消耗の度合を深めている戦闘機搭乗員を休養させるためもあって、零戦が一
 個中隊9機しかついていないのだ。
 「どういう事だ、話が違うぞ!」
  指揮官が悲鳴を上げる間もなく、直衛の零戦に対して10機ほどを割いただけ
 で、残りの20機余りが陸攻の編隊に取り付き、片っ端から叩き落とし始めた。
 大半は、既に旧式化しつつあるP40だが、最大速度560キロ、12.7ミリ
 機銃6丁の性能は、鈍重で防御力の低い陸攻にとっては、F4Uと変わらぬ脅威
 だ。
  出撃時に36機いた陸攻は、ほうほうの体で爆弾を捨てて帰途に就いたときに
 は、半数以下の16機にまで減っていた。さらに、帰路4機が、力尽きて洋上に
 不時着し、ラバウルに辿りついたのは、出撃時の3分の1にあたる12機に過ぎ
 ない。零戦隊も、中隊長機を含む2機を失い、攻撃隊は事実上壊滅したといって
 よかった。

 「計算通りには行かぬものだな……」
  第八艦隊司令部では、ヘンダーソンの滑走路がまだ使用可能であることに、衝
 撃を受けていた。あれだけ執拗に砲撃を加えてなお、米軍はあっという間に滑走
 路を修復し、戦闘機を飛ばすことに成功したのだ。
 「一度や二度の砲撃で、滑走路を完全に潰せると思ったのが間違いだったのです。
 かくなる上は、五度でも六度でも砲撃して、徹底的にガ島を整地してやるのみで
 す」
  神の主張によって、第二次以降の砲撃隊が編成され、ガダルカナルに対して投
 入されることになった。第二陣以降は、次のように編成された。


 第二次砲撃隊……戦艦「比叡」「霧島」、重巡「利根」「筑摩」、軽巡「神通」、
         駆逐艦9隻
 第三次砲撃隊……重巡「妙高」「羽黒」「那智」「足柄」、軽巡「阿賀野」、駆
         逐艦9隻
 第四次砲撃隊……戦艦「榛名」「比叡」「霧島」、重巡「伊吹」「鞍馬」「鳥海」
         「摩耶」、軽巡「球磨」「多摩」、駆逐艦17隻
 第五次砲撃隊……戦艦「扶桑」「山城」、重巡「青葉」「加古」「古鷹」「衣笠」
         軽巡「神通」「那珂」、駆逐艦15隻

 以降、必要に応じて砲撃隊を編成し、ガダルカナル海域に投入する----


  まさに、第八艦隊の総力を投入した殲滅作戦だ。これでヘンダーソンを叩き続
 けなければ、ラバウルが二方向からの圧力に押し潰される危険がある。また、陸
 軍を支援するためにも、砲撃は必要だった。
 「ガ島を奪回できるか否かは、諸君の奮闘に懸かっている。総員粉骨砕身の覚悟
 で、徹底的な砲撃を行ってもらいたい」
  三川は、艦隊全将兵への訓示においてこう述べ、必勝を期した。

  だが、この作戦こそが、後世に「史上最も近い距離で超弩級戦艦同士が殴り合
 った海戦」と呼ばれる、滅茶苦茶な戦いの引き金を引くことになるのである。

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