AWC 海鷲の宴(16−1)  Vol


        
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海鷲の宴(16−1)  Vol
★内容


 第三部第四章 焼け石の島

  ソロモン諸島の一角を巡る戦いは、転換点を迎えていた。二度に渡って繰り広
 げられた航空戦によって、日米両軍共に、即座に動かせる母艦航空戦力が払底し
 てしまったのだ。空母がその威力を失った戦場----そこは、戦艦を始めとする水
 上艦艇の独壇場と化したのである。


 1942年9月29日 ガダルカナル島 ルンガ泊地

  久々に、泊地内に活気が戻ってきた。仮設の桟橋に接舷した30隻余りの輸送
 船から、現地部隊が待ちに待った本国からの物資が、続々と荷揚げされ始めたの
 だ。密林の中に潜む日本軍(米軍は未だに、元々この島にいた兵力の全容を把握
 していなかった)を迎え撃つ、機関銃や迫撃砲といった重火器や、野戦トーチカ
 を構築するための資材。島嶼戦において、歩兵の頼もしい味方となるM3スチュ
 ワート軽戦車。滑走路を舗装するためのコンクリートや、ロード
ローラー、ブル
 ドーザーといった建設機械。整備された基地を拠点に、滑走路を狙う日本軍の中
 型爆撃機(九六陸攻)を洋上で阻止する陸軍や海兵隊の航空機。食糧・弾薬・医
 薬品といった消耗品も、数千トンの単位で陸揚げされた。
  何よりも将兵を喜ばせたのが、故郷の家族や恋人から送られた手紙の束だった。
 第一次ソロモン海戦で日本軍が殴り込んできたとき、彼らに送られてきた手紙な
 どが輸送船ごと全て灰になってしまい、兵士の士気が大きく低下するという事態
 が発生していたのだ。

 「どうやら、これでもう日本軍の空襲に脅える必要はなくなりそうだな」
  水陸両用部隊指揮官のターナー中将は、物資が荷降ろしされる様子を見ながら
 目を細めた。昼夜を問わず連日のように繰り返される日本軍機の空襲によって、
 米軍将兵の疲労は限界近くまで蓄積されていた。だが、これからは少なくとも、
 昼間空襲に対しては迎撃機を繰り出すことができる。
 「兵士達の負担も、これで少しは軽くなるというものだ……」
  そこへ、参謀が電文を持って駆けてきた。偵察に出ているカタリナ飛行艇から
 の至急電だった。
 ----ガダルカナル島西部海岸に、大規模な上陸の形跡を認む。日本軍の増援と思
 われる----


 10月6日 ガダルカナル島

  密林の中を、泥まみれの兵士達が敗走していた。増援としてガダルカナルに投
 入されていた、百木連隊だ。
  当初、陸軍上層と同じように、連隊首脳部も米軍を見くびり、夜襲によって簡
 単に飛行場を奪回出来るものと信じて疑っていなかった。だが、この敗北によっ
 て、彼らはそれが大きな誤りであることを、はっきりと思い知らされた。
  夜陰に紛れて米軍の守備隊陣地に接近した日本軍は、確かに最初のうちは、奇
 襲によって戦場に混乱を巻き起こすことができた。だが、それも、巧妙に配置さ
 れた機関銃陣地からの十字砲火に阻まれ、奇襲から突撃に転じた攻撃は、多くの
 犠牲を出して失敗したのだ。
  攻撃開始時は、増強連隊規模の8000名余りを擁していた連隊は、たった一
 度の攻撃に失敗しただけで、3割近い約2200名を失ったのだ。
 (酷いものだ……)
  連隊長の百木中佐は、敗走してくる自軍を見て呟いた。
 (旅順要塞に攻撃を掛けた第三軍の苦労が、よくわかる……)


 10月7日 東京 陸軍参謀本部

  ヘンダーソン基地攻撃失敗の報は、半日後に東京まで届き、参謀本部内に深刻
 な衝撃を与えた。
 「……どういうことかね?」
  杉山参謀総長の問いに、ガダルカナルへの増援投入を進言した辻中佐は固い表
 情で答えた。
 「……米軍の戦闘実力が、当初の予想を大きく上回っていたのです。縦横に張り
 巡らされた機関銃陣地は、死角が極めて狭く、間を縫って突撃しようとした兵士
 が多数戦死した、と報告にはありました」
 「そうか。ならば、増援を投入するまでだ。第十八師団と第七師団を使おう。海
 軍への連絡は、こちらで手を回しておく」
  少し考えて、付け加える。
 「それに第二独立戦車大隊をつけよう。機関銃陣地は、これで突破出来る筈だ」
  参謀本部の誰も知らなかったのだが、既にこの時点で、増援の投入は極めて困
 難な状況になっていた。


 10月20日 ソロモン海域

 「目標確認。これより攻撃に移る!」
  ヘンダーソン基地を発進した、合衆国陸軍のB25編隊は、洋上で日本軍の輸
 送船団を発見していた。指揮官の眼下には、10隻前後の輸送船が、2隻の駆逐
 艦に先導されてガダルカナルへと向かっている光景が広がっていた。
 「ジャップの護衛兵力は手薄だな。これなら楽勝だ」
  24機のB25は、胴体内に500ポンド爆弾10発を抱え、眼下の輸送船団
 目掛けて翼を翻した。

  その輸送船団は、蜂の巣をつついたような騒ぎとなっていた。何せ、こちらは
 高角砲はおろか機銃一丁摘んでいない輸送船が11隻。一応護衛艦がついている
 とはいえ、8センチ平射砲4門に魚雷発射管しか積んでいない旧式駆逐艦が2隻
 では、航空機には手も足も出ない。一発の対空砲火も受けぬまま船団上空に到達
 した爆撃機隊は、運んできた500ポンド爆弾を次々と投下しはじめた。
  直撃を受けた輸送船「柏丸」の内部では、乗船していた陸軍将兵が、甲板を突
 き破って突入してきた爆弾の爆発に巻き込まれ、次々と吹き飛ばされ、絶命して
 いた。さらに、船内で猛烈な火災が発生し、炎と黒煙が狭い通路内に立ち込め、
 直接爆発の被害を受けなかった将兵までを窒息死させていく。やがて、すっかり
 黒煙と水蒸気に包まれた「柏丸」は、ボイラーの爆発によって船底に空いた穴か
 らの浸水で転覆し、なおも炎と黒煙を吹き上げながら沈んで行った。
  他の輸送船の運命も、「柏丸」とさして変わらない。この攻撃で、輸送船6隻
 と護衛の駆逐艦「野風」が沈没し、陸軍将兵6000人近くが海に投げ出され、
 あるいは乗っていた輸送船もろとも海底深く沈んで行った。
  また、重火器と弾薬類の半数と、虎の子の九七式中戦車全て、それに食糧と医
 薬品の7割が失われた。後には、立ち昇る黒煙と、無数の漂流者が残されていた。


 10月24日 第八艦隊司令部 戦艦「日向」作戦室

 「問題はガ島の飛行場だな。これを無力化しない限り、どうにもならん」
  作戦会議での三川中将の発言に、ほぼ全員が首肯した。

  先月末に完成したヘンダーソン飛行場は、ガダルカナル奪回を目指す日本軍に
 とって、最大の障害と化していた。昼間強襲をかければ、スクランブル発進した
 陸軍のP40や、海兵隊の新顔・F4Uコルセアに襲われる。特にコルセアは強
 敵で、速力・運動性能共にF6Fを上回っており、ラバウルから片道1000キ
 ロ以上を進出して戦う零戦は、搭乗員の疲労も手伝って、次第に消耗が拡大する
 様子を見せていた。大陸戦線以来のベテラン揃いだった基地航空隊も、櫛の歯が
 抜けるように熟練者が戦死し、あるいはマラリアなどの熱帯病に冒されて内地送
 還となり、急速にその戦力を消耗して行った。
  加えて、再建なったポートモレスビー基地からは、連日のようにB17、
 B24、B26といった重爆撃機が飛来し、ラバウルを攻撃してくる。これを護
 衛する陸軍の新鋭戦闘機P38ライトニングが、これまた難物で、双発双胴とい
 うメザシのようなシルエットながら、最高時速670キロの高速と、20ミリ機
 銃一丁、12.7ミリ4丁の重武装、さらに3500キロを超える航続距離は、
 侮りがたい戦力だった。
  迎撃に使える機体は、未だに零戦しかおらず、P38相手ならば格闘戦に引き
 ずり込んで互角に戦えるものの、重装甲と濃密な防御砲火を持つ重爆相手には、
 どう見ても力不足は否めず、10月19日の空襲では、ラバウル港に碇泊中の駆
 逐艦「狭霧」が、B24から投下された500ポンド爆弾の直撃を受けて浸水、
 そのまま港内に着底するという被害まで生じた。

 「とにかく、このままではジリ貧に陥ることは確実だ。差し当たってはポートモ
 レスビーに対する防戦に務め、内地からの増援を待って、一気にガ島を落とす方
 向でいこうと思う」
  そのとき、
 「お待ちください」
  と声がした。第八艦隊参謀長の、神重徳中佐である。
 「ガ島を放っておいては、いずれ第二のポートモレスビーが生まれることは必至
 です。ここは、両方を一気に潰さねば、後々さらに状況は悪化するでしょう」
 「しかし、現状で何か打つ手はあるのかね?」
  三川の問いに、神は不敵な笑みを浮かべた。
 「現在、我が艦隊には5隻の戦艦がおります。これを使って、ガ島に夜間艦砲射
 撃を行うのです」
  その途端、作戦室は騒然となった。
 「ばかな、艦隊決戦の主力たる戦艦を、こともあろうに対地射撃に使うのです
 か!?」
 「そんなものは、基地航空隊の陸攻に任せておけばよいではありませんか!」
 「そもそも、戦艦が陸上基地と撃ち合って勝てないことは、第一次大戦で証明済
 みです!」
 「戦艦部隊を夜間ガ島海域に送り込んで、座礁でもしたらどうするのですか!」
  異口同音の反対意見の嵐にも、神は寸分動じなかった。
 「現状を打破するには、この手しかない。幸い我が艦隊には、内地から送られて
 きた新兵器がある。また、座礁の危険とのことだが……」
  そこで神は、一際大きい声で宣言した。
 「先日の夜襲を見事成し遂げた我が艦隊の練度を以ってすれば、座礁の危険は極
 めて小さいものと信ずる」
  居並ぶ幕僚や戦隊長、艦長達は、まだ何か言いたげだったが、続く三川の一言
 で反論は封じられた。
 「なるほど、そこまで計算済みだったか。ならば言うことは何もあるまい。参謀
 長が十分な成算を持っているのだから、ここは一つ試してみようじゃないか」

  かくして、後に言う「アイアン・ボトムの戦い」の第二幕の火蓋が、切って落
 とされることとなったのである。

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