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おんなのこ2 第5章 2/2 凡天丸
★内容
それなのに湧ちゃんはソレを水でかるく注いでから、思いきり顔を拭いた。
「コレッ、洗って返しますね!」
ハンカチの下から現れた無垢な眩しい笑顔に、あたしは眼が眩みそうになって、思
わず半歩、後ずさりした。
ど、どうして……どうしてここまでしてるのに、嫌われられないの!?
せっかく苦労して土俵ぎわにまで追い込んだのに、あっけなく中央まで突き返され
てしまったような気分だ。
ううん、こんなのオスモウじゃない。丸いステージでリズミカルに踊っている湧ち
ゃんの横で、あたしは独りでオスモウをとっていたにすぎなかったのだ。
アハッ‥アハハハハッ! チャンチャラおかしいわっ。オヘソでオフロ沸かしちゃ
うわよっ!!!
もう…今までのやりきれない作戦はなんだったのよぅ………
あたしは、フンワリと湧ちゃんの細くて華奢(きゃしゃ)な肩に両手をおくと、そ
っと、黒板の横にあるボードに彼女の身体を押しやった。
「瞳を閉じて……」
「えっ……?」
湧ちゃんが、ビクッとして、あたしの瞳を見つめかえす。
「あたしのこと…好きなんだよね……なら、言われたとおりになさい……いうこと
きかないコは、嫌いよ……」
まさか、こんなセリフを、自分が口にするなんて夢にも思ってなかった。
辺りは、シン…と静まりかえり、湧ちゃんの浅い鼻息だけが、かすかに聞こえてい
るだけだ。
さぁ、もう逃がさないわ。踊りはやめて、あたしとオスモウとってもらうわよ。
もうすぐ湧ちゃんはたえきれなくなって、「いやぁっ!」と泣き叫んであたしを突
き飛ばして逃げていくはず…
そして作戦完了だ。
あたしは気を緩めずに、最後まで脅すような眼で彼女を睨みつづけた。
すると湧ちゃんは長いまつ毛を閉じ合わせ、顎を軽く持ちあげて、サクランボのよ
うにプックリした口唇をつきだしてきた。
こ、これはっ…?
やだぁぁぁぁ! ウソでしょぉぉぉ!?
組み合ってどうすんのよぉぉぉ、そのまま土俵割ればおしまいなのにぃぃぃっ!!
まさしく、ガップリよつだ。止まった時間の中、脂汗だけがナメクジのようにヒタ
ヒタと、制服の下を這っている。
この絶体絶命のピンチに、あたしはたまらず沙世に助けを求めた。
沙…沙世……あんた!!
彼女はピアノの上に身を乗り出し、好色に満ちた眼差しで、指をくわえてこっちを
見ていた。
…ダメだ。
あたしは沙世をあきらめ、どこかにいるであろうもう一人の仲間の姿を探して、教
室の後ろの方に視線を流した。
………あんたまで!
知美もまた、大きなロッカーの陰から身を乗り出し、興味いっぱいの瞳でこっちを
見つめていた。しかも、牛のようにヨダレまで垂らしている。
あたしは戦場に独り、とり残されてしまった。
ここに仲間はいない…いるのは、目の前に敵が一人、そしてハイエナとハゲタカが
1匹ずついるだけだ。
これからの展開に行き詰まっていると、いきなり強い力で湧ちゃんの腕があたしの
身体にからみついてきて、クルリと体勢を入れ替えてきた。
「きゃっ」
ボードに背中がぶつかった瞬間、不覚にも小さな悲鳴を漏らしてしまった。
「せんぱい……ユウがキスしてあげる…」
赤い舌でペロリ…と、上下の口唇を舐めながら、妖しげな色を瞳にやどした湧ちゃ
んが、甘くかすれた声音であたしに囁きかけてきた。
「ひぃぃっ」
ググ…と迫り寄ってくる薄桃色に火照った艶っぽい美少女の顔を、あたしはとっさ
にくいとめたけど、それも時間の問題だ。
まだ蒼い甘酸っぱいような少女の体臭が、あたしの身体を包みこむ。顔に小刻みに
湿った吐息がかかり、温もりを感じる距離にまで迫ってきた。
逃げられないっ。
ううっ…いやっ…やめてぇぇぇ……っ
16年間‥‥
大切にとっておいた、”ファーストキス”が、幼さを残す美少女に散らされようと
した‥‥‥
その時っ、
ジリッ‥! ジリジリジリジリジリジリ………ッ!!!
と、けたたましい音をたてて非常ベルが妖しい空気を切り裂いた。
一瞬、湧ちゃんの身体がピョコッとひるみ、そこをすかさず思いきり突き飛ばして、
なんとか逃げ出すことができた。
///
「ありがと……梁子」
「たくっ、アンタもよくやるねぇ」
あたしは梁子と二人きりで、第2音楽室と同じ校舎の最上階にある、体育館に入る
手前の踊り場にいた。
あの時、廊下にいた梁子が機転をきかせて非情ベルを押し、中から飛び出して来た
あたしを、ここまで連れてきてくれたのだ。
「舞子……」
真剣な眼になった梁子に、あたしはとっさに身構えた。
「バァァカ! 何あせってんだよっ」
「ご、ごめん…」
梁子に限ってそんな事するはずないとは頭で判っていても、神経過敏になっている
今は、それが例え熊のぬいぐるみであったとしても、同じ反応をしてしまうだろう。
「これからどうすんのさ。まだ、あんなくだらない作戦を続けるのかい?」
当然かぶり(頭)を振って否定した。もう二度とあんな目にあうのはこりごりだ。
「なら、アタシの作戦にのるかい?」
「えっ…ど、どんなこと…するの?」
梁子は片頬で笑いを浮かべただけで、内容はさして喋らなかった。
大丈夫かなぁ‥‥‥
−−第5章 おしまい!
第6章 揺れる心‥‥ に、つづく…−−