AWC 三宮晴樹とその友人達(35)           ハロルド


        
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★タイトル (GSA     )  98/ 5/21   0: 9  ( 56)
三宮晴樹とその友人達(35)           ハロルド
★内容
 晴樹は電話に飛びついて、友世から受話器をひったくった。
「あ、もしもし三宮ですけど。はい、いえ違いますよ。従妹は冗談で言ってるんで
す」晴樹は苦笑した。「それで郁太の働きぶりはどうでしたか?」
「酷いもんよ。酷いもいいとこ!」抑制された川瀬の声は、今にもこみ上げてくる
怒りが噴火しそうな雰囲気だった。
「何かまずいことでもしたんですか?」晴樹はおそるおそる尋ねた。
「新人が業界用語を全く理解できていなくて勘違いするのはわかるんだけど、少し
考えれば誰でもわかりそうな間違いでも、あの郁太郎って子は平然とやらかすのよ」
「どんな間違いですか?」
「まず私達は、デルモと商品の撮影から入ったんだけどね、照明スタッフの一人が
郁太郎に、『少しだけアクセントをつけたいから機材庫からバッテラを持ってきて
くれ』って指示して、あいつはそれを取りに行ったのよ」
 「デルモ」とはモデルの倒語で、「バッテラ」とはバッテリーライト、すなわち
バッテリーで点灯する手持ちの小型ライトの略語のことである。
「でもいつまでたっても帰って来ないから、あまりに遅いと言うんで他のスタッフ
が様子を見に行ったのよ。そうしたらスタジオの玄関で待ってたのよ」
「何を待ってたんですか?」晴樹は怪訝な表情で尋ねた。
「バッテラよ。バッテラが届けられるのを待ってたのよ。しかもバッテリーライト
じゃなくて出前で頼んだ本物の鮨のバッテラをね!」
 晴樹は信じられない、といった表情で川瀬の話を聞いていた。
「聞いたらスタジオの事務室にある電話を使って、鮨屋にわざわざ作らせたって言
うじゃない。出前を受け取る為に今まで玄関で待ってたんだって」
「まさか冗談で言ってるんでしょ」晴樹は、顔を引きつらせて笑った。
「何なら鮨屋の領収書見せましょうか」
「いえ、結構です」
「それだけじゃないのよ。撮影するのに、商品の一部が要らなくなったから、私は
郁太に『その商品をワラって』と頼んだのよ」
 「ワラう」とは、撮影の指示の際に使われる隠語で、レンズに写っている不必要
な物を写らない所へ撤去する、という意味がある。
「まさか郁太郎の奴、本当にその商品に向かって笑った、なんて言うんじゃないで
しょうね、コントみたいに」
「実際に見せてやりたかったわよ。その商品を扱ってるクライアントのいる前で、
その商品に向かって、『ハハハー、お前本当に役に立ちそうもない商品だなあー、
ギャハハハー』って言って指差して笑ってんの。他のスタッフに『それはお前だ』
とツッコまれるし、クライアントは自分とこの商品を馬鹿にされて不機嫌になるし
大変だったわよ」
 晴樹は聞いている内に陰鬱な気持ちになった。
「それは確かに酷いですね」晴樹は溜息をついた。
「酷いなんてどうしてわかる?」川瀬は言った。「私の言う酷い話は、まだこれか
ら話すところなのよ。貴方はまだ聞いてないでしょ?」
「今聞いていま・・・」晴樹は言い淀んで、すぐに言い直した。「確かにそれはま
だ聞いてませんでした」
「あいつがしでかした酷い話というのはこうよ。カメラのスタッフが、『移動撮影
をするから、ドリーを持ってきて』と郁太郎に頼んだのよ」
 「移動撮影」とは、カメラの位置そのものを移動させながら行う撮影のことで、
「ドリー」とは、その移動撮影の為に使われる、カメラを乗せる専用の台車のこと
である。
「そしたら、あいつはどうしたと思う?」川瀬は言った。
「何をしたんですか?」
「また事務室まで行って電話をかけたのよ」
「今度はどこへかけたんですか?」
 川瀬は、思い出すのも忌々しいという様子で絶叫した。
「今度はイギリスのエディンバラにあるロスリン研究所に国際電話をかけたのよ!
そしてイアン・ウィルムット博士を電話口に呼び出して、『おたくが作った羊を貸
してくれないか』って頼んだのよ!」
                                                              (98/05/18)




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