AWC 美津濃森殺人事件 23   永山


        
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★タイトル (AZA     )  97/ 8/27   9:15  (200)
美津濃森殺人事件 23   永山
★内容
 東輝美は疲れていた。
 精神的疲労のため、一息つける今現在の状況にあっても、なかなか落ち着か
ないでいる。
 一人で静かにしていると、かたかた、音がする。
 何かと思ったら、自分の上下の歯がぶつかって鳴っていた。
(震えてる、私)
 両肩を自ら抱えて力を込めると、しばらくして収まった。
 パイプ椅子に座ったまま、うつむいている輝美に、警官の声がかかる。
「東さん。−−大丈夫かい?」
 途中で、言いたかったことを変更したような響きがある。
 が、それは気にせず、輝美は顔を起こし、弱々しく微笑んだ。
「はい、とりあえず……大丈夫だと思います」
「落ち着いたのなら、話を聞きたいのだが、どうだろう」
「え、ええ。大丈夫、大丈夫です。聞いてください」
 自らに言い聞かせる輝美。
 警官は、粗末なスチール机を挟み、輝美と向き合った。手元には調書のため
の用紙と、その下書きにでも使うのか、白い紙がある。
「君に乱暴をしようとしたあの男は、知り合いかな?」
「いえ……全然知りません。先ほどお話ししたように、私は地元の者ではあり
ませんから。浜野さんの親戚で、百合亜の事件を聞いて」
「ああっと、浜野さんの娘さんの件は、置くとしよう。普通、こういうもめ事
は、お互いの話を聞いて、片方が謝罪、双方に落ち度が認められる場合はとも
に謝罪し合って、それで手打ちにするのだけれど……訴える気はある? 小さ
くても、傷害は傷害だ」
 男に強く握られたせいで、輝美の腕には痣ができていた。その上、爪による
引っかき傷も五つ六つ、作ってしまった。
「これぐらいなら……謝ってもらえれば、いいです」
 自分の腕の表裏を見つめながら、輝美は答えた。
「そうか、よかった」
 ほっとした風な警官。目元に笑みまで浮かんでいる。
「いやあ、実は、あの男は市会議員の一人息子で、訴えるとなったら、ややこ
しいだろうからね、ははは。あの男にしたって、父親に知られるとまずいから
って、内緒にしたがっていた」
「市会議員……名前、教えていただけますか」
「うーん、仕方ない。男の名前、栗木彫弥と言うのだよ。こういう字」
 白紙の端っこに、達者だが神経質そうな文字を書いた警官。その部分を破き、
輝美へと渡す。
「電話番号や住所は勘弁してもらえるかな。君がそうするという意味じゃない
が、あとでお礼参り等のトラブルが起きたら、責任問題になってくる」
「え、ええ。でも、この栗木……さんから直接、謝っていただけるのでしょう
か。すっきりさせておきたいんです」
 メモと警官を交互に見る輝美。
「今は難しい。この男、ちょっと興奮気味でね。別の者が調べに当たっている
んだが、どうなってることやら。冷静になるようだったら、引き合わせるよ」
「……その人、もしかして、百合亜と同じ学校ですか」
「ああ、美空高校だね」
「あの、腕を掴まれたとき、百合亜のことを口走っていました。事件に関係が
あるんじゃないでしょうか。いえ、きっとあります」
 机に置いた腕に体重を預け、輝美は身を乗り出した。警官は腕組みをして、
苦笑いめいたものを浮かべながらうなずいた。
「調べているところだから、東さん、あなたは安心してください。ただし、一
つお願いがあるんですがね」
「何ですか?」
「あなたは今、浜野さん宅に身を寄せているんですよね」
「はい。泊めていただくことになっています」
「当然、浜野さんご夫妻とお話をされることでしょうが……今日の件は、伏せ
ておいていただきたい。よろしいいですな」
 最後になって、強い口調になる警官。
 輝美は承伏しがたく、即座に聞き返す。
「何故です?」
「まだ何も分かっていないんですよ。あやふやな話を被害者のご両親にして、
間違った方向に想像力を働かされてもらっては困る。これは栗木さんが市議で
あることとは関係ありませんから、誤解なきよう」
「しかし……」
 輝美は唇を一旦噛みしめ、考えてから口を開いた。
「私が栗木彫弥という人に襲われたのは事実です。それに、あの人は百合亜が
殺された事件について、何かを知っている。これも間違いないんですよ」
「何と言われようと、だめなんですよねえ。浜野さんの家に戻るのが遅くなっ
た理由は、単に、若い男ともめたために、警察に寄ったからだと説明してくだ
さい。いいですな」
「待ってください、そんな理不尽なこと……」
 輝美が必死の思いで相手を見据えると、警官はやれやれといった体で首を振
った。
「しょうがないな。でもねえ、東さん。あなただって、浜野百合亜さんの事件
の早期解決を願っているでしょうが」
「当たり前です」
「だったら、協力してください。事件に関連ありそうな情報は、なるべく伏せ
ておくのがいいんです。犯人しか知り得ないことを掴めば、決め手になる。分
かるでしょう」
 口ごもる輝美。今度の言葉には、さすがに反論しにくかった。
「……被害者の身内の人にも、教えられないものなんでしょうか……」
「言いにくいんですが……被害者に近い人間も、容疑者の範囲にあるというこ
とです。今度の事件がそうだとは言いませんし、自分は捜査そのものに関わっ
てもいない。上の命令で、動いてるだけでしてね。悪く思わないでください」
 弁解がましさと使命感が複雑に入り混じっているような、そんな響きが警官
の口調には感じられた。
「分かりました。仕方ありませんね」
 とりあえず、この場は納得した輝美。
(沙羅伯母さんも、まだまだ平常心を取り戻していないから、言わない方がい
いのよね、多分)
 そんなことを思った。

 殺人事件を抱えているため総動員態勢とは行かなかったものの、その殺人と
関連があるやもしれぬということもあって、倉敷妙子の捜索にはかなりの人員
が投入された。
 にも関わらず、手配してから一時間強が経過した現在も、めぼしい情報は何
ら得られていない。
 高校でも、校長や教頭といった要職は無論、二年生の学級担任も全員集まり、
対応に追われていた。電話連絡網による各生徒の居場所の確認及び、倉敷妙子
の行方について、何か知っていないかどうかの質問もなされた。しかし、こち
らの方でも、下校時点での目撃を最後に、有力な手がかりはない。
 本人からの連絡等が自宅にあったときのことを考え、姉の倉敷秀美を刑事付
き添いで家に帰したが、ここもまた空虚な時間を過ごしている。
「まずいな」
 捜査本部を置く署に戻った桑田は、会議室にずらりと並ぶ長机の端に陣取り、
珍しく焦っていた。
 目の前の机の上には、アップルケーキとブラックコーヒーという彼の好きな
組み合わせが置いてあるのだが、わずかに二度ばかりカップを口に運んだだけ
で、ほとんど手を着けていない。
 息を深く吐き、自慢のリーゼントが崩れるのもかまわず、髪に指先を突っ込
んだ。頭皮を刺激することで脳細胞を活性化させられたら、どんなにありがた
いだろう。
 が、今は事件に巻き込まれていないことを祈るしかない。浜野百合亜の事件
だけでなく、他のどんな類の事件にも巻き込まれていないことを。
「湖の捜索、日没のため、今日は打ち切りました」
「ああ。ご苦労さん」
 守谷の報告に、桑田は疲れた声で返事をする。
 一方、女刑事は背筋を伸ばしたまま、芯の通った声で続ける。
「目立った成果は、残念ながら上がっていません。ぼろの類はいくつも引き上
げていますが、西門証人が目撃したらしい問題の布切れと同一と断定する材料
に乏しい状況です」
「そう。こっちもよくない。言ったように、湖の周辺住人で、早朝の散歩等を
日課とする人物をリストアップしたいんだが、なかなかね。こちらの質問に嘘
をついたり、日課のことを認めても記憶が曖昧だったりする人間もいるようで、
範囲を限定するのは簡単じゃない。どうしたらいいと思う?」
「……それより、被害者と同じ高校の女生徒が、行方不明になっていると耳に
したのですが」
 目つきが鋭くなる守谷。
「関係があるかどうか分からないが、手は尽くしている。全く別の事件−−た
とえば誘拐された可能性もあるから、その場合は新たに捜査本部が設置される
だろうが……」
 人間誰しも、考えられる最悪の結果には、目を向けたくないものであろう。
特に、その最悪の結果を回避する手だてが全くなく、ただただ雲を掴むような
努力を重ねるしかない状況に追い込まれているときは、無意識の内に、頭の中
から悪夢を追い出す。
 だが、桑田には嫌な予感があった。理由なき直感である。それ故、最悪の結
果を捨て去ることができない。
(浜野百合亜を殺したのが肉体目的の変質者で、その第二の犠牲者に倉敷妙子
が選ばれてしまったのだとしたら……アリバイがないのは誰だ? 昼近くから
現時点までのアリバイ。我々が接触した人間の中で−−)
 考えたくないのだが、考えてしまう。
「桑田さん、栗木彫弥が面倒を起こしたみたいですよ」
 部屋のドアが開き、今度姿を見せたのは虎間だった。手にはファックス用紙
らしき物が握られている。
 桑田は顔を起こし、虎間を指差した。
「栗木彫弥というのは、北勝さん達が伝えてくれた情報にあった連中の一人だ
ったね?」
「そうです。浜野や倉敷と同じ美空高校二年−−」
「そんなことは、分かっている。彼がどんなもめ事を起こしたのか、そちらを
早く聞きたい」
「はあ。場所は、この近くのスーパーマーケット。そこへ買い物に来ていた同
年齢の女性に声をかけ、乱暴をしようとしたと、まあ、表面上はそのようにな
っています」
「表面上とは何だい?」
 桑田の声に、いらいらした響きを感じ取ったのだろう、虎間はいくぶん早口
になった。
「乱暴と言っても、単に腕を掴んだだけなんですが、その相手の女性というの
は、浜野百合亜の従姉妹に当たる人物で、名前が、えっと、東輝美。方角の東
に、輝く美しいと書きます」
「従姉妹。どうしてまた、その子はこの町に来たんだろう? これまでの調べ
で、美津濃森に浜野家の親戚は居住していなかったとなっているはずだよ。つ
まり、外からやって来たと思うのだが」
「その通りです。美津濃森来訪の目的はまだ分かっていませんが、本人が言う
には浜野百合亜が殺されたと聞いて、居ても立ってもおられず、駆けつけたと
か。で、浜野家に滞在しているそうです」
「いつから?」
 短く、鋭く質問を飛ばす桑田。返事も素早かった。
「七月二十日ですね」
「東輝美は高校生? 同じ年齢だと言ったけど」
「そうです。東京の方の高校の二年生とあります」
「美津濃森に来たのは初めてなんだろうか?」
 今度の問いかけには、すぐには答えられず、紙に視線を落とす虎間。しばら
くして首を振った。
「分かりません。親戚の家があって、今度、駆けつけているぐらいですから、
多分、何度か来ているとは思われますが」
「ならば、栗木彫弥と面識はあったの、なかったの?」
「なかったと言ってますね。彫弥の方の証言は、話が結構、支離滅裂らしくて、
要領を得ないので不明のようですが」
「ふむ。一度、会ってみる必要がありそうだ」
「それでですね、桑田さん。注目したいのは、このあとなんです。彫弥が妙な
ことを口走ったというものなんですが」
「ん? 東輝美に乱暴を働いた件で、事情を聴取しているときにかい?」
 桑田の質問に、一瞬、間が空いた。意味がすぐには飲み込めなかったらしい。
虎間は小さくうなずくと、再び口を開く。
「違います。騒ぎを起こした時点で、東輝美に向かって、詰問するように言っ
ていたそうなんです。『おまえ、浜野百合亜だろう』とか何とか」
「ふん……。これは僕の想像なんだが、虎間君。ひょっとすると、東輝美の顔
立ちや背格好は、浜野百合亜に酷似しているんではないかな?」
 口元に手を当て、くぐもった声で桑田が意見を述べると、虎間は片手の親指
を立てて、前に突き出した。
「ビンゴ!ですよ、桑田さん。奴さん、浜野百合亜とそっくりな女が現れたん
で、びびってるんです、きっと」
「もしかすると、栗木彫弥が浜野百合亜殺害犯……?」
 守谷が疑わしげな口調でつぶやいた。
 桑田は彼女の顔を見てから、肩をすくめる。口笛も吹きたかったが、現況で
は不謹慎に過ぎると、思い止まった。
「さあて、どうかな。そう簡単に行けば、僕らも苦労せずに済むんだがね」
 軽口を叩く桑田の脳裏では、倉敷妙子の件が変わらず、引っかかっている。

−続く




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