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海鷲の宴(12−2) Vol
★内容
0835時
モレスビーを発進した爆撃機隊が第八艦隊上空に姿を現したとき、6隻の空母の
格納庫内では、兵装転換作業がたけなわとなっていた。
「取り舵一杯!!」
号令が飛び、回避運動を掛ける空母の船体が、艦の回頭に伴って大きく右へ左へ
と傾ぐ。その度に、格納庫の床に放置されている陸用爆弾が転がって歩き、整備員
の一部は、それを止めるのに奔走しなければならず、兵装転換は難航を極め、遅々
として進捗しなかった。
まず、北西方向から現れた6機のA20が、低空飛行から反跳爆撃を敢行した。
だが、これは直掩隊の零戦が易々と撃ち落とし、射点へ辿りつけた機体は皆無だっ
た。
続いて、B17とB26の混成編隊およそ20機弱が、高度3000付近から水
平爆撃を狙った。しかしこれも、空母の巧みな回避機動によって全て回避し、損害
は全くなかった。
さらに今度は、10機余りのB26が低空からの雷撃を試みたが、鈍重な双発機
でこれをするのは無理と言うものだった。零戦に上空から襲われ、対空砲の水平射
撃を浴び、11機のB26は、ホースの水をかけられた蚊の悉く海面に叩き落とさ
れ、海の藻屑と消えた。
「おかしい……」
草鹿龍之介参謀長が、怪訝な表情で呟いた。
「何がかね?」
南雲忠一第八艦隊司令長官が、こちらは余裕さえ伺える表情で訊ねる。先程から
がむしゃらに突進しては散って行く敵爆撃隊を見て、自艦隊の空の守りに絶対の自
信を持っているのだ。
「敵の攻撃がですよ。余りにも単調だとは思いませんか?」
「そうかな。陸上機にしては、反跳爆撃に水平、雷撃と手を変え品を変えやって来
ているように見えるが」
「そうではなくて、敵空母が発見されたと言うのに、やって来るのは陸上機ばかり。
何か誘われているような気がしてならんのです。杞憂に終わってくれればいいので
すが……」
草鹿がそこまで言ったとき、「天城」の見張り員が叫んだ。
「9時方向に敵機! 数、およそ20!」
猛然と火を噴き始めた対空砲火の炸裂音が、周囲の空間を満たし始めた。
0845時 第八艦隊上空
「ビリー、何機ついて来てる?」
「ひい、ふう、みい……ありゃ、半分以上脱落したみたいっすよ、少佐」
空母「ホーネット」艦攻隊長デニス・フーバー少佐の問いに、機銃手のビリー・
ロックマン上飛曹が、呆れたような声で答えた。
出撃したときは、ドーントレス20機、デバステーター20機、アベンジャー10
機いた編隊が、今やドーントレス十数機とアベンジャー10機を残すのみとなって
しまっている。撃墜されたのではなくて、編隊とはぐれてしまっただけというのが、
不幸中の幸いやら情けないやら。
「あのヘタクソども、帰ったらみっちりシゴいてやらにゃいかんな」
「この上まだ特訓っすか?」
「当たり前だ。自機の機位すら見失うような奴らが生き残れるほど、戦争は甘くな
いぞ!」
「あの〜、少佐……」
操縦席のマック・ボーソン飛曹長が、恐る恐るといった調子で言った。
「どうした、マック?」
「そろそろジャップの頭上辺りだと思うんですけど……」
フーバーが風防の外を見ると、護衛のF4Fと零戦が、早くも組んずほぐれつの
大乱戦を演じ始めていた。
「いけねぇ、ジークが来る前にとっとと仕事を片付けて引き上げるぞ! マック、
高度1000まで下げろ!」
「了解!」
フーバー率いる10機のアベンジャーは、胴体内の爆弾倉にそれぞれ必殺の魚雷
を抱えて、眼下の日本機動部隊目掛けて緩降下に移った。
同時刻 第八艦隊
「第二次攻撃隊の準備は、まだ終わらんのか?」
「残念ながら。各艦とも、先程からの回避運動に伴う傾斜で、作業が捗っていない
模様です」
南雲の問いに、草鹿参謀長が答えた。散発的に襲って来た陸上機に続いて、今度
は艦載機がばらばらと飛んで来た。艦載機が飛んで来ると言う事は、敵空母は近い。
だが、それを攻撃すべき第二次攻撃隊は、未だに兵装転換の最中だった。
航空参謀の源田中佐は、陸用爆弾のままでの出撃を進言していたが、南雲はそれ
を退けた。予備の零戦も直掩に上げた今、第一次攻撃隊が戻って来る前に次の攻撃
隊を出すとなると、爆装135機を丸裸で送る事になる。
戦闘機の護衛の無い爆撃機がどんな目に遭うかは、たった今この場で目撃したば
かりだ。落とされる危険が大きいままで出撃させる事は出来ない。
直掩隊の零戦は、奮闘していた。まず、先陣を切って突入して来たドーントレス
10機余りを、瞬く間に血祭りに上げた。続いて、低空から迫って来た6機のデバ
ステーターをあっさりと全滅させ、殆ど同時にもう一群が、同じく低空からやって
来たアベンジャーのうち、4機を撃墜して追い払った。
さらに、遅れて到着した陸軍のB26数機を、一機につき3〜4機の零戦が、群
がるようにして襲った。こうなると、襲われた方は堪ったものではない。鯱の群に
飛び込んだ鯨のように、20ミリ弾に全身をボロボロに食い破られ、のたうつよう
にして空中分解しながら落ちていった。
この光景が象徴するように、米軍機は飛行途中で編隊とはぐれたり、航法を誤っ
たりして、目標に正しく辿り着けない機が続出していた。そのため、編隊を組んで
一斉に攻撃を仕掛ける筈が、10〜20機の編隊に分かれた波状攻撃となってしま
っていたのだ。
源田航空参謀は、「赤城」の航海艦橋の窓から、零戦隊の奮戦の様子を頼もしげ
に見守っていたが、ふとある事に気付いて、嫌な予感がした。
さっきから、水平爆撃隊や雷撃隊ばかりが襲って来ているせいで、直掩隊の層が
低空に下がり過ぎている。これは、つまり「「
「「上空の雲の切れ端の陰から、数十機のドーントレスが真っ逆さまに降って来
たのは、次の瞬間だった。
「ヒャッホウゥゥゥゥゥッッ!」
「ワスプ」所属のドーントレス隊、VB−20隊長のアレックス・リンゲン中尉
は、鬨の声を上げながら眼下の日本空母目掛けて突進していた。高度計は、気でも
狂ったかのようにグルグルと回転している。ダイブ・ブレーキを兼ねている穴空き
フラップが風を切る音が、空襲警報のサイレンのように轟々と響いている。降下速
度は、時速500キロを超えた。
リンゲンは、先行した連中の最期を目撃していた。ついでに言えば、直掩隊のジ
ークどもが、彼らに引き付けられて低空へ集まる様子も見ていた。周囲にジークが
いなくなったのを確認したリンゲンは、千切れ雲の陰に隠れて隙を窺っていたのだ。
普段の訓練ですら決して命中率が良いとは言えない彼らだったが、このときは、
途方もない幸運に恵まれていたらしい。
すなわち、直掩隊の零戦が、低空からの波状攻撃に釣られて上空には一機もおら
ず、艦隊の陣形内に入って来た直掩機を落とさないように、各艦の対空砲火が散発
的になっており、空母各艦が兵装転換作業の真っ最中で、爆装の航空機や放置され
た爆弾が、そこら中にゴロゴロしていて、さらに彼らが一斉に投下した1000ポ
ンド爆弾は、奇跡的な確率で、狙い違わず日本空母の飛行甲板を次々と直撃したの
だ。
「敵機直上、急降下!」
「赤城」の見張り員が絶叫した。各艦に装備された対空砲や機銃が、慌てたよう
に一斉に仰角を掛ける。
だが「「間に合わない。対空砲が火を噴き始めるよりも早く、ドーントレスの腹
の下を離れた1000ポンド爆弾が落下して来る。
次の瞬間、「赤城」に4発、「天城」に3発、「蒼龍」に2発の爆弾が次々と命
中した。「赤城」への命中弾は全て前部に、「蒼龍」には後部に集中した。飛行甲
板をぶち破って格納庫に突入した爆弾は、並べられた爆装機の真っ只中で炸裂した。
そればかりか、その周辺には放置された陸用爆弾が山ほど転がっている。それらが、
一斉に誘爆した。
一瞬で、3隻は戦闘力を失った。格納庫中に並べられた艦載機の爆弾や燃料のガ
ソリン、そして放置された陸用爆弾が次々と暴発し、二層の格納庫が瞬く間に火の
海となった。逃げ惑う整備員を次々と巻き込んで、猛烈な爆風が、密閉された格納
庫の中を荒れ狂う。爆風は、飛行甲板に空いた破孔から外へ吹き出し、飛行甲板に
並んで待機していた攻撃隊の爆弾をも誘爆させ始めた。機体や爆弾、飛行甲板の破
片などが、鋭利な刃物と化して甲板上の人間を襲う。「赤城」の前部弾薬庫とガソ
リンタンクが、一斉に誘爆する。衝撃と爆風で跳ね上げられた前部エレベーターが、
艦橋に向かって一直線に弾け飛んでいった。
南雲長官は、その光景を呆然と見つめていた。
忽然と現れた敵艦爆が、次々と黒い塊を降らせて来たところまでは、はっきりと
意識している。だが、そこから先の光景は、ひどく現実感に乏しいものだった。
飛行甲板にまっすぐ吸い込まれていった爆弾は、まず木片を宙天高く舞い上げた。
続いて、艦の内部から地響きのような振動が伝わって来た。そして、一際大きな揺
れが来たと思った瞬間、飛行甲板が下から膨れ上がり、前部エレベーターが、下か
ら上がった火柱に突き上げられるように外れて、爆風や無数の破片と共に艦橋の窓
目掛けて空中を突進して来た。
彼の生涯最期の視界は、急速に迫って来る硝煙に煤けた鈍色の金属塊に覆い隠さ
れつつあった。
「赤城」の前部エレベーターは、戦闘艦橋を中にいた人間もろとも押し潰した。
0900時
天井が大きくひしゃげ、踏み潰されたケーキの紙箱の内部のようになった「赤城」
の戦闘艦橋で、駆けつけた源田航空参謀は呆然と立ち尽くしていた。
うっすらと白煙が立ちこめる中、破壊された機器や壁材の残骸の中に、今の今ま
でそこにいて指揮を執っていた第八艦隊の幕僚陣が、ぼろ切れのような姿になって
転がっている。押し下げられた天井と床の間から突き出している足は、大石先任参
謀のものだろうか。南雲長官はその向こう側にいたらしく、姿を見る事は出来なか
った。尤もこの状況では、生きているとは思えなかったが。
エレベーターが衝突したときの衝撃は航海艦橋にも伝わり、衝撃で転倒した源田
は、壁に頭を強打していた。
ふらつく足取りで艦橋の外に出た源田は、我が目を疑った。
「赤城」が、「天城」が燃えている。舷側から、飛行甲板の破孔から火の粉と黒
煙を吹き出して、竣工以来14年もの間世界最大の空母の座に君臨していた
36000トンの巨体が燃え盛っている。
隣では、17000トンの「蒼龍」が、これまた全艦炎の塊と化したような勢い
で燃えている。鋼鉄製の船がこんなにも燃えるものかと思うほど、3隻は激しく炎
上していた。
甲板上には、誘爆に巻き込まれた整備員が転がっている。つい数分前まで甲板上
を埋め尽くすかのように敷き並べられていた艦載機群は、見るも無残なスクラップ
となって、ガソリンが燃える炎に包まれていた。操縦席では、緊急発進に備えて待
機していたであろう飛行服姿の人物が、真っ黒に炭化した屍となって座っていた。
根っからの航空屋で、空母航空隊の練度を誇りに思い、部下を何よりも大切に思っ
て来た彼にとっては、あまりに残酷な光景だ。
不意に彼の脳裏に、先程自分の進言を一言の元に却下した南雲長官の顔が浮かん
で来た。思わず、彼は呟いた。
「だから……だから言わんこっちゃないんだ……!」
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