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海鷲の宴(10) Vol
★内容
第二部第三章 急襲
1942年4月16日 0820時 小笠原諸島東方沖
「艇長、あれを!」
特設哨戒艇「「漁船を徴用して、機銃を取り付けただけの代物だったが「「の乗
組員が、南東の水平線を指して叫んだ。
艇長の特務少尉がそちらを見ると、水平線上にうっすらと煙が上がっているのが
見える。
「もう少し近付いて、確認して見よう。味方の輸送船と言うことも有り得るからな」
だが、確認の必要はなかったようだ。
「上空に敵機!」
見ると、ずんぐりした胴体を持ったF4Fが、哨戒艇目掛けて一直線に突進して
来るところだった。
同時刻 空母「エンタープライズ」艦橋
「敵の哨戒艇と思しき小型船を発見。戦闘機が撃沈しました」
「見つかったと思うか?」
伝令の報告に、ハルゼーがベイツに訊ねた。
「見つかったと思った方が良いでしょうね。連中の空母はおおむねインド洋に投入
されていますが、慎重になるに越した事はありません。まだ居場所が掴めていない
軽空母部隊だけでも、今の我々にとっては大変な強敵ですから」
「……とすると、艦載機の迎撃も考えられる訳だな」
「ええ。それに、連中は陸上機でも対艦攻撃能力の高い機体を装備しています。こ
こは先制攻撃を掛けるべきだと思いますが。幸い、ここからなら中国大陸までは十
分に到達出来ますよ」
「よし、“お客さん”を出すぞ!」
十数分後、「ホーネット」「ヨークタウン」の甲板に繋止されていた合計16機
の航空機が、一斉にエンジンから咆哮を上げた。やがて1番機が滑走を始め、飛行
甲板を目一杯使って発艦して行く。甲板の端を蹴った瞬間、機体が一瞬大きく沈み
込む。甲板上の将兵の中には、たまらず目を覆う者もいたが、1番機はそのまま体
勢を持ち直すと、よたよたと高度を上げて行った。
双発・双垂直尾翼の、特徴的な大型機だった。
0850時 海軍軍令部
東方海域を監視中の哨戒艇からの緊急電は、着信後すぐに、軍令部へと回された。
当然ながら、作戦課は蜂の巣をつついたような騒ぎになっていた。何せ、先月南鳥
島を空襲されたばかりなのだ。今度は本土空襲を狙っているに違いない。たまたま
顔を出していた伏見宮も、狼狽した表情を見せたと言う。
だが、哨戒艇から報告された海域を知って、騒ぎは一応の集束を見た。父島東方
沖、約1100海里。艦載機の航続圏を、遥かに超える位置だったからだ。結局彼
らが出した結論は、
「航続距離が短い艦載機ならば、空襲があるとしても翌日だろう」
と言うものだった。これは、
「帝都近辺の防空部隊が慌ただしく活動すると、敵が間近に迫っている事が国民に
悟られ、海軍の威信が低下する」
と言う、伏見宮の意見の影響も大きかった。爆撃そのものを許せば、嫌でも敵が来
た事が国民に判ると言うのに、理不尽な話もあったものだ。
よって、防空戦闘機の緊急出動は見送られ、帝都周辺に配備された各飛行隊には、
機体の整備に専念して翌日の出撃に備えるよう通達が出されていた。また、そのよ
うな事情もあって、陸軍への通報も行われなかった。
1330時 東京
後世交わされた議論の一つに、「もしも、このときの米軍の企図に日本軍が気付
いていたら」と言うものがある。実際、この当時既に、陸海軍機種統合計画によっ
て、共通の新型局地戦闘機として開発された「雷電」は、帝都防空を主任務とする
第114航空隊(114空)に配備されていた。だが、現実問題として、肝心の機
体(他の航空隊が配備していた零戦も)はこのとき格納庫の中で、GF司令部を経
由した軍令部からの指令に基づき、翌日の出撃に備えて整備補修の真っ最中だった。
油断から生まれた怠慢と言う他ないが、当時空母から双発爆撃機を飛ばすと言う
荒業は、考えられた事も無かったから、そもそも上記のような議論は、前提そのも
のに矛盾があるのだろうが……
ともかく、ジェームズ・ドーリットル大佐率いる、16機の陸軍双発爆撃機、
ノースアメリカンB−25「ミッチェル」は、一発の対空砲火も、一機の戦闘機の
迎撃も受ける事なく、易々と東京上空への侵入に成功し、運んで来た1機当たり4
発の500ポンド爆弾を無事投弾し終えると、中国大陸方面へと離脱して行った。
日本側が受けた被害は、死傷者91人、家屋56戸焼失。数字の上では軽微な被
害だったが、軍や国民が受けた衝撃は大きかった。
大本営発表は撃墜14機と大々的に報じたが、後に某歴史雑誌のインタビューに、
この空襲を目撃した、当時国民学校の低学年だったある作家が、以下のように答え
ている。
「ちょうど体育の授業で校庭に出ていたら、聞き慣れない飛行機のエンジンの音が
したから、そっちの方を見たんだ。そうしたら、10機ぐらいの双発機が編隊を組
んで、こっちに突っ込んで来るのが見えた。先生が、『海軍の飛行機だ。帽子を振
って応援しなさい』って言ってるのが聞こえた。まさかアメリカの飛行機が東京を
襲うなんて、誰も考えないだろ? いつも見る飛行機よりちょっと速いのが気にな
ったけど、一応帽子を振って見送ったのさ。そうしたら、飛行機が飛んで行った方
から、ドドーンって爆発みたいな音が聞こえて来た。今思えば、あれは爆撃の音だ
ったんだなぁ。
え? 防空戦闘機? 泡食ったみたいに飛んで来たよ。爆撃から10分も経った
後だったけどね」
1500時 軍令部
「何と言うざまだ。よりにもよって帝都への空襲を許すとは!」
伏見宮は、今にも口から火を噴かんばかりの剣幕で、永野修身軍令部総長を怒鳴
りつけた。
「しかし、通報にあった敵空母の位置は、艦載機の航続距離を遥かに越えていまし
た。まさか、空母から陸軍機を飛ばすなど……」
「言い訳はいい。問題は、この責任は誰が取るかと言う事だ」
伏見宮の冷ややかな視線に、永野は縮み上がった。
(そもそも待機命令の根拠となったのは、殿下、あなたの見解ですよ!)
そう怒鳴りたい思いもあったが、それよりも、この宮様の機嫌を損ねて、報復を
受ける事を恐れる気持ちの方が遥かに強かった。
永野は必死の弁解を試みた。
「で、ですが、航空隊への命令権はGF司令部に……」
「そのGFを動かすのが、軍令部の役目であろう。その責務を怠った以上、君の責
任は免れんぞ」
普段はGFを軽視しているのに、こう言う時だけは都合の良い理屈を持ち出す。
永野は、背筋が凍り付くような恐怖と共に、自分の目の前が真っ暗になるような
錯覚に捉われていた。
翌日、永野修身軍令部総長は、「健康上の理由により」その職を辞し、軍事参議
官の地位に退いた。だが、事実上は帝都空襲の責任を問われての解任だった。代わ
って軍令部総長となったのは、第一戦隊司令の古賀峯一大将(就任に当たって昇進)
だ。本来なら、一個戦隊の指揮官などではなく、艦隊司令や、呉や横須賀と言った
重要な鎮守府(海軍根拠地)の長官に就いていても良いキャリアの持ち主だが、山
本GF長官のたっての望みで、第一戦隊を率いてマーシャル沖海戦に参加し、大き
な武勲を立てた功将だった。
1942年4月30日 ハワイ
「ようやく、ある程度揃って来たな……」
チェスター・ニミッツ合衆国太平洋艦隊司令長官は、真珠湾に浮かぶ艦船の群を
見て、安堵の息を漏らした。ハルゼー率いる第四任務部隊が凱旋して1週間、真珠
湾には、修理が完了した艦や、新たに配備された艦が一様に顔を揃えていた。
巡洋艦部隊は、マーシャル沖の痛手から完全に立ち直り、大西洋から回航されて
来た補充艦を含めて、ほぼ開戦時と同等の戦力を回復するに至っている。駆逐艦の
数は、開戦時の2倍に増えた。量だけではなく質の方も充実しており、ベンソン級、
リバモア級といった新型艦が大半を占めている。
さらに、大西洋から「ニューメキシコ」「ミシシッピー」「アイダホ」「アーカ
ンソー」の4戦艦が回航され、ジェス・オルデンドルフ少将率いる第14任務部隊
に編入されていた。
米軍の反攻の準備は、着々と整いつつあった。
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