AWC わが恵み、なんじに足れり(仮題) 第4章  香田川旅出


        
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★タイトル (AVA     )  97/ 5/ 9  13:43  (132)
わが恵み、なんじに足れり(仮題) 第4章  香田川旅出
★内容
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       わが恵み、なんじに足れり(仮題) 第4章
                            香田川旅出
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 舞台は再び東京・松田荘。
 高明は、独り机に向かい、先日のあの理事会での事を振り返っていた。
 机の上には、昨日付の李衆(りしゅう)日報が広げられていた。そしてその
社会面には、先日のトム・ベイリー時間移動事件の記事が小さく掲載されてい
た。
〈トムの処分は、あくまで時間移動を繰り返したためだ。歴史に介入したから
ではないし、そもそもトムの行為が歴史に影響したかどうかは、議題にすらな
っていない〉
 前章の高明の台詞にあった「超者と一般社会との契約」は、この時代には、
国際条約として規定されていた。ベータでは、条約はそのまま加盟国を支配す
る法律であり、それに違反すれば処罰の対象となる。そして過去の色々な経緯
もあり、違反者が超能力者の場合は、今日ではTAPに懲罰権がある。
〈それというのも、全理事に『歴史への介入なんて出来る訳ない』という想い
があったからだ。確かに、僕もそれには反対しないし、事実そう信じている。
しかし……〉

 何故「出来る訳ない」のか。これについては、解説が必要だろう。
 キーワードは、前章のマックの台詞に出て来た「聖3箇条」である。
  (1)命を操るべからず
  (2)心を操るべからず
  (3)事を操るべからず
 この聖3箇条は、ベータ世界の超者社会に今日まで伝えられて来た、掟のよ
うなものである。いや、掟というのは正しくない。むしろ、如何に超能力者と
いえども出来ない事柄を示すものとして、伝えられて来たものだ。
 まず(1)により、超能力で死者を生き返らせることや、逆に超能力を殺人
の道具とすることは出来ない。また(2)により、人の精神や感情、記憶とい
ったものに介入することは出来ない。今回問題になっている、歴史への介入禁
止は(3)である。
 何故出来ないのか。これについては、超者社会内部でも色々な主張がなされ
ている。概ね、それが超能力の物理的(?)限界だからだという説と、超能力
者が持つ高い倫理観に根拠を求める説とに大別されるが、何れの説にも弱点が
あり、決定的なものとはなっていない。
 ただ、信頼できる過去の記録文書は、聖3箇条を破った――いや、破ろうと
した者がどうなったかを伝えていた。実際に破れた者は一人もいないばかりか、
それを試みた者の殆どが、悲惨な最期を遂げているのである。

 高明の想いは続く。
〈……しかし、本当に出来ないことなのか? 勿論、記録が語る悲劇が事実で
あることを疑っている訳ではない。しかし、あの時も言ったが、あくまでも過
去は過去だ。現在、そして未来においてもそうなるという保証はどこにもない〉
 その時だった。ふと、高明にこんな“声”が。
〈やってみれば?〉
 どきっとして、高明は思わず辺りを見回した。しかし、人の姿はおろか、気
配すら感じない。
「気のせいか……」
 高明はそうつぶやいた。しかし、また“声”が。
〈やってみれば?〉
 高明はやっと気が付いた。
〈……そうか、これは耳から入る声じゃない。テレパシーで僕の心に直接響か
せてるんだ〉
〈やっと気が付いたか〉
「誰だ!」
 高明は、部屋の真ん中に向かって叫んだ。別にそこに相手がいる訳ではない
が、取りあえずどこかに向かって話さないと、会話にならない。
〈誰でもいいじゃない。それより、さっきから何悩んでんだ?〉
「悩んでる訳じゃない。心配なだけだ」
〈だから、何が心配なんだって?〉
 相手は姿を現さない。相変わらず台詞はテレパシーだ。
「何がって……」
〈要するに、聖3箇条が本当に有効なのかってことだろ?〉
「まあ、簡単に言えばな」
〈だったら、自分でやってみればいいじゃないか、それを〉
「超者社会の最高指導者である僕に、聖3箇条を破れって言うのか!」
〈しかし君は、ベータで唯一、超次元移動が許されている人間だ。でなければ、
どうして李衆と日本を往復できる〉
「その権利は、アルファ出身である僕が帰郷権を盾に裁判で勝ち取ったものだ。
確かに超次元移動には事実上、時間移動も含まれるが、僕にはその意志は全く
ないし、まして歴史をいじる必要なんて」
〈ないことはないだろ?〉
 この返答には、高明も意表を突かれた。
「何だと!?」
〈火が恐いんだろ? いや、正確には火を見るのが恐いのか〉
「人の弱点のことなんかほっといてくれ。第一、それとこれとどういう関係が」
〈大ありだね。だって、それって2歳の時の火事が原因なんだろ?〉
「よく知ってるな。確証はないが、恐らくはそうだ」
〈だったら簡単じゃないか。その火事を、なかったことにすればいい〉
「……どういうことだ」
 いつの間にか、高明は相手の“台詞”に引き込まれていた。
〈まだ判らんか? 26年前に戻って火事を消せば、お前は火の恐怖に遭わなか
ったことになる〉
 確かに理屈ではそうなる。しかし……。
「無茶を言うな。そんなことをすれば、歴史はそれこそ目茶苦茶に」
〈なる訳ないだろ。歴史なんてのは、人間よりも遥かにでかい存在だ。たった
一人の人生の一つや二つ変わったところで、歴史全体はびくともせんわ。
 更に言えば、火事を未然に防げば、その火事で死んだ筈のお前の両親も助か
る。お前、自分の親を見殺しにするつもりか?〉
「し、しかし……」
〈何をためらってる。お前と親の人生がかかってんだぞ。人の命と歴史とどっ
ちが大事だ〉
「やめろーっ!!」
 高明は部屋全体が響かんばかりに叫んだ。
 再び、部屋全体を支配する静けさ。そして、それっきりテレパシーは高明の
心には飛び込んで来なかった。
「何だったんだ、今のは……」
 落ち着きを取り戻し、高明はふとつぶやく。
 その時、壁の向こうからドンドンと激しいノック。
「タカ坊、どうした!」
 隣室の守が、壁越しに高明に呼びかける。
「悪い。何でもない」
 そう高明が返事をすると、
「本当か?」
と言って、守から壁からニュッと顔を出して来た。いつもの事だから、これぐ
らいでは高明は驚きも呆れもしない。
「ああ」
 そう高明は答えた。それが強がりであることぐらい、守には勿論お見通しで
あるが、あえてこれ以上突っ込むことはしなかった。ただ、次の言葉を除いて。
「そうか。ただ、これだけは言っておく」
「何だ?」
「History is His Story. 歴史は神の物語。人が立ち入れない神の領域。それ
だけだ」

 そう。高明はそれを決して表には出さなかったが、しかし確実に、徐々にで
はあるかも知れないが、高明の中で何かが変わっていた。
 「聖3箇条」を持ち出すまでもなく、歴史とは巨大な聖域であり、如何に超
能力者といえども、決して立ち入ることも、触れることすらも許されないもの
である。そして、それは正義にも適う――そう高明は信じていた。しかし、そ
の正義が、高明の心の奥底で揺らぎ出していたのだ。
 そして守は、そんな高明の――恐らくは本人も自覚していない――僅かな変
化に、どうやら感付いたらしい。

「――それはそうと、タカ坊」
「何だ?」
「俺、これから大阪に行くんだが、タカ坊も一緒に来てくれんか?」
「大阪って、いつもの“あれ”か?」
「ああ。そこで是非、タカ坊に逢わせたい人がいるんだ」

                          (第4章・完)




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