AWC 美津濃森殺人事件 18   永山


        
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★タイトル (AZA     )  97/ 3/11  18:52  (200)
美津濃森殺人事件 18   永山
★内容
 店の黒木から臨時休業を言い渡された倉敷秀美は、久しぶりに太陽が沈まな
い内に帰宅した。
 いや、そもそも、昨日は家に帰っていない。常連客の誘いに乗って、泊まっ
たのだった。
「ただいま。妙子、いる?」
 家の奥に向かって、努めて明るく声をかけた。
 返事はない。
「帰ってないのか」
 すれ違いなんてタイミング悪いと感じながら、片方ずつ足を持ち上げ、かか
との高い靴を脱ぐ。そのとき、妹の、学校指定の白いスニーカーが見当たらな
いことも確認できた。
(今日は妙子もバイトがあるんだったか)
 念のため、メモの一つも残していないか、下駄箱や食卓の上を見て回ったが、
何もない。
「そうだ」
 自分の思い付きの冴えに、自然と声を上げた。
(迎えに行ってやったら、びっくりするだろうな。ええっと? あの子がバイ
トしている店は)
 玄関へと引き返し、下駄箱の上にあるアドレス帳を手荒にめくっていく。二
度目で、探し当てられた。
(『湖畔邸』。そうそう、こういう名前だった。住所は、と)
 ハンドバッグから手帳を取り出し、アドレス帳にある湖畔邸の住所を手早く
書き写す。本当は以前、湖畔邸の住所はメモしたはずなのだが、どこに書いた
のか分からなくなっている。
(まだ、時間あるか……。ちょうど夕飯の頃合いだから、迎えに行って、その
まま、二人でどこかに食べに行ってもいいな)
 昔に戻ったように、秀美の気持ちは弾んでいた。
(姉妹水入らずなんて言い方、するのかしらね? はは)

〜〜〜 insert 〜〜〜

 ……。
「ええ。今、誰もいないわ。え? ああ、あの子も外出中。気兼ねなしに、思
う存分に話せるのよ。
 新聞を見たかって? 私はあまり熱心に新聞を読む方じゃないから……。何
か面白い記事でも載っていたの?
 えっ、テレビ? テレビも観ないわ。刺激が強すぎるのかしらね、観ている
と気分が悪くなることさえあったから。
 どうしたの。ころころと話題を換えて、忙しない。
 いえ、謝らなくてもいいんだけれど、本当に一体、どうしたの? 新聞やテ
レビで、何かそんなに重大なことが伝えられているの? それなら教えてくれ
ないかしら
 ……そう、あなたがそう言うのなら、自分で確かめてみます。どうやら、楽
しい話じゃないみたいね。
 折角の時間なのに、こんなことでは、もったいないわね。何か楽しいお話、
聞かせてくれないかしら。そう、あなたの周りのことで、一つ二つ、あるでし
ょう。
 え? それ、本当に? それは素晴らしいことだわ。まだどうなるか分から
ないって、でも、うまく行っているんでしょう? だったら、大丈夫なんじゃ
ないかしら。
 あ、ああ、そうなの。それなら不安になるあなたの気持ちも、分からなくは
ないわね。だけど、奥の部分では、しっかりとつながっているんでしょう? 
そう感じるのであれば、何度も言うけれど、大丈夫よ。あら、私がこんなこと
をお説教じみて言うのもおかしいわね。
 ほら、また謝る。そんなこと気にしなくていいの。私から言い出したんです
からね。それよりも、何か進展があれば、次の機会に教えてちょうだい。ふふ、
これでまた、楽しみができた。
 その他に何かないのかしら? ん、何でもいいのよ。あなたにとっては当た
り前で日常の出来事であっても、私にとったら凄く羨ましく感じられること、
今までもいっぱいあったじゃない。日記を読み聞かせてくれるつもりで、話し
てくれないかしら」
 ……。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

(余計な騒ぎを起こさせやがって!)
 心中で吐き捨てるのは、校門を出てから幾度も繰り返している。
 彫弥は空になった缶を湖の方へ放り投げると、再び愛車に跨った。
「ポイ捨てはやめた方がいいんじゃないか」
 隣で、西園が夏なのに青ざめた顔で言った。
「何を言ってんだ、おまえ?」
 彫弥は振り返ると、唇の端を歪め、嘲笑を作って見せた。
「何かの標語かぁ、そいつは? いきなり、道徳に目覚めたのかよっ、死んだ
生徒会長みたいに!」
「ち、違う。そうじゃなくて、今は大人しくしといた方がいいて、彫弥が言っ
たじゃないか」
「あん? ばーか。俺が言ったのは、バイクで下手に飛ばしたら、別件逮捕っ
てやつで引っ張られるかもしれねえってことだよ。ごみ捨てたぐらいで捕まえ
たら、警察の方が締められらあ」
「そうかな……」
 おどおどして、目が落ち着かない西園。こめかみからもみあげ、そして顎の
輪郭を伝って汗が一滴、落ちた。
「おまえなあ」
 またバイクから降りると、彫弥は西園の胸ぐらを引き寄せ、言い聞かせるよ
うに始めた。
「もしもだ。何か因縁つけられて警察に引っ張られて、事件のことを聞かれた
ら、どう答えるつもりだ?」
「事件……て、浜野百合亜が殺された……」
 彫弥の腕力に身体をふらふらさせながらも、声を絞り出す西園。
「決まってるだろうが。で? どうなんだよ」
「知らないって言い通す」
「口では何とでも言えるよな。じゃあ、こう聞かれたらどうする? 『被害者
が犯されていたこと、何で知ってんだ!』」
 芝居気たっぷりに、彫弥はわめき散らした。取り調べのときの刑事の真似は、
十八番とするところ。
「黙るさ」
 西園はようやく強気な調子を得た。
「黙ってりゃいいんだろ、あれを見たってことを」
「そりゃそうだ。だけどよ、どうも心配なんだよ、おまえを見てるとよ」
 彫弥は台詞の区切りごとにアクセントを付けて言いつつ、手を放した。
「これから言うのは、もうどうしようもない、だめだってときの話だからな。
おまえ、喋るんならそれでかまわねえよ」
「え?」
 服のしわを直していた西園の手が止まる。
「ただしだな、見てないもんややってもいないことまで、はいそうでしたと認
めるなよ」
「あ、当たり前だろ」
「それにな、おまえが喋るときは、おまえが一人で被れ」
「どういう意味だよ?」
「俺を巻き込むなって言ってるんだよ。おまえ一人があの死体と変な男を見た
んだってことにしろ。俺は、おまえから聞いて、学校で言い触らした。これで
行くからな」
「し、しかし」
 再度、目がうろたえ始めた西園の両肩に手を置き、彫弥は言った。
「安心しろ。俺も同じ条件を飲む。万が一、俺が喋るようなことになったら、
俺が一人で引っ被る。それでいいだろ? な?」
「あ、ああ」
「よし。それから、今、思い出したんだが、よくある手に引っかかるんじゃね
えぞ」
「よくある手?」
 不思議そうに目で問うてくる相手に、彫弥は首を左右に振った。呆れながら
も教えてやる。
「『相棒はげろしたぞ。おまえも頑張ってないで、さっさと白状しちまったら
どうだ!』……ってやつよ」
「あ、それか」
「しっかりしろよ」
 手で肩をぽんぽんと二度叩き、笑ってやる彫弥。
(これでどうにかなったな)
 西園の表情を見やりながら、彫弥は思った。
(絶対に喋らせる訳にはいかない。何しろ、俺達には今度の事件以上に、やば
い秘密があるんだからな)

〜〜〜 cutback 〜〜〜

 倉敷妙子は眠気を覚えていた。
 座ったまま、船を漕ぎそうになる。耐えていた。
 視界がぼやけている。目をこすっても、すぐに霧がかかったようになってし
まう。
 瞼が重くてたまらない。
「すみません……」
 テーブルの上のグラスをどけ、両肘を突くと瞼の上から目をマッサージしな
がら、相手を捜す妙子。
「眠くて眠くて……どうかしたみたいです、私」
 小さな声で言った。
 相手からは、返ってくる声はなかった。
 その代わりに、片手が伸びてくる。頭を撫でられた。優しく、何度も。
「あの……少し、眠ってもいいですか」
 最後の気力を出して、右目だけ無理に開けた。
 すると、相手がうなずくのが見えた。全てを包み込むような、微笑を浮かべ
たその表情。
 妙子は安心し、急速に気を抜いた。
「本当にすみません。三十分も眠ったら、きっと大丈夫です」
 テーブルに腕枕を作る瞬間、相手が立ち上がって、毛布かタオルケットを持
ってくるのが分かった。
「おかしいな、昨日はちゃんと眠ったのに」
 両眼をすでに閉じ、そうつぶやく妙子の肩に、水色のタオルケットがふわり
と乗せられた。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 ぴーぴー鳴っているケトルの音に急き立てられ、キッチンに小走りで向かっ
た平和田愛子。火を止め、取手を持ったが、その熱さに驚いたように引っ込め、
耳たぶをつまむ。
「あなた、お茶はコーヒー? それとも」
「コーヒーでいい」
 隣室に向かって尋ねる愛子の声に、くたびれたような響きを持って、瓜男が
応じた。診療時間が終了してから、すでにかなり経過しているのだが、気疲れ
が残っているのかもしれない。
 愛子は手早くインスタントコーヒーを入れると、カップ二つを盆に乗せ、短
い歩幅でせかせかと運ぶ。
「どうぞ」
「あ、ありがとう」
 夫の反応に、愛子は目を何度かしばたたかせた。
「珍しいわ。ありがとうだなんて」
「そうかい」
 特に意識していなかったらしく、瓜男はブラックのままコーヒーを口に運ん
だ。
「珍しいわよ。コーヒーを入れただけで言ってくれるなんて、久しぶりに聞い
た気がする」
「そうかい」
 同じ返事をして、瓜男は週刊誌に見入るように背を丸くした。
「都奈は遅いですわね」
「そうだな」
 娘の名が出ると、瓜男は再び顔を上げた。
「事件が起きているだけに、心配だ」
「まさか、昼間からとは思いますけど……」
 夫婦二人して、壁を見上げた。時計が示す時刻は三時を回っていた。
「終業式だから、早く終わったはずですよ。それはまあ、お友達とどこかでお
昼を食べてくることも何度かありましたけど」
 不安感を共有したいのか、愛子が夫へ訴える口調で始めたとき、玄関のチャ
イムが鳴った。
「はーい」
 高い声になって、玄関へと駆けていく愛子。インターフォンのマイクを効か
せるため、ボタンを押した。
「はい。どちら様でしょうか?」
 雑音のあと、しばらくして声が返って来た。
「警察の者です」
 若々しい声だった。が、その瞬間、愛子は寒気が来たのか、身震いをした。

−続く




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