AWC 「始発電車殺人事件」連載第6回   叙 朱(ジョッシュ)


        
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「始発電車殺人事件」連載第6回   叙 朱(ジョッシュ)
★内容
  「始発電車殺人事件」 連載第6回   叙 朱 (ジョッシュ)

19 月見野

 午前九時三十分。月見野駅の近くにある白い壁のマンションに、神奈川県警
捜査課の私服警察官が車で到着した。男女のペアだった。二人は、入り口横の
管理人室のガラス窓をノックした。椅子に腰を下ろして、新聞を読んでいた老
管理人が胡散臭そうに、二人を見やった。
「河田一成さんについて、お尋ねしたいのですけれど、こちらにお住まいです
よね。」
 女の方が、柏木と名乗って質問した。もうひとりは、名乗らずに、手帳を出
して、書き込みを始めている。
「はい、河田さんならここに住んでる人ですが、どうかしたんですか?」
 警察手帳を見せられて、老管理人は、背筋をしゃんと伸ばした。口調もはっ
きりしている。老管理人によると、河田は、前夜八時頃にマンションに車で帰
ってきたとのことだった。家族は、妻の道江に、中学三年生の一人娘の三人暮
らし。ただし、道江と娘はこの週末は、実家のある横浜に出かけていた。老管
理人は、河田一家とは親しくしていたらしく、横浜の電話番号も聞いていた。
メモを取っていた男の方が、その番号を控えて、公衆電話の方へと歩き去った。
老管理人は、河田が今朝出かけるところを見ていなかった。
「大体、朝の五時半頃から、夜は九時頃までは、ここにこうやっています
よ。」
 勤務時間を問われて、老管理人はそう説明した。つまり、午後九時から朝の
五時半頃までは、管理人室は無人だった。ただし老管理人は、その管理人室の
裏に隣接した部屋で寝起きしていため、声さえ掛けてもらえば、いつでも応対
はできると説明した。
「この入り口以外にマンションの出入り口はあるのですか?」
 柏木は自分たちが入ってきたガラス戸を指した。
「屋上が駐車場になっていて、そこから、エレベータホールに続く入り口があ
ります。内側からの回し錠になっていて、内から外へは出れますが、外からは
鍵がないとはいれません。ここに住んでいる人は全員、鍵を持っています。そ
れから、裏手にゴミ出し用の勝手口があります。ここも、同じように内側から
の回し錠です。」
「すると、鍵を持っていなければ、必ずこの入り口からはいるわけですね。」
「そうですね。ここは、私が管理人室にいる間は、鍵はかけませんから、出入
りは自由になります。でも夜の外来者は、そこの呼び鈴で私を呼んでもらわな
いと、鍵がかかっていますから入れません。」
 電話をかけ終わって男の警察官が戻ってきた。電話をかけたときには、既に、
道江と娘は、横浜の実家を出た後だった。家人の話では、こちらに向かってい
るとのことだった。二人は、待つことにした。柏木が質問を続けた。
「昨日の夜から今朝にかけて、河田さんのところにどなたか訪ねてこられたと
いう事はありませんか。」
 そう聞かれて、老管理人は少し考え込んだ。
「誰を訪ねてきたかまでは、私にいちいち、言ってくれませんからねえ。うー
ん。あ、そうだ、カラオケ屋のゲンさんが今朝がた来たな。確か、ゲンさんは、
河田さんに呼ばれたとか言ってたな。えーと、今朝の五時過ぎじゃなかったか
な、その入り口の呼び鈴で起こされたんですよ。ええ、まだ寝てました。いつ
もは五時頃には、起きているんですけど、今日はほら、振り替え休日でしょ。
休日はみなさん、朝が遅いから、私もつい遅くまで寝るんですよ。まあ、こん
なに朝早く何事かなあと思って出て行くと、ゲンさんでしたよ。
 ゲンさんというのは、この先の坂をずうっと上がったところでカラオケスナ
ックをやっている木村弦一さんのことです。スナックの名前は、カタカナでミ
チ、母親が自宅を改造して作ったあげたらしいですよ。ゲンさんは、三十五歳
くらいだと思いますよ。まだ結婚はしてなくて、母親が気をもんでますよ。」
「木村さんが来て、もう、そろそろ四時間になるんですけど、帰るのを見てま
すか?」
 柏木は、質問を重ねた。この木村の早朝の訪問には何かあると感じていた。
「いいや、そういえば見てないな。どうしたんだろう。私がいれば、必ず声を
掛ける人なんですがねえ。まだ、河田さんのところにお邪魔しているのかなあ。
いやね、ゲンさんは、河田さんの奥さんのカラオケ仲間なんですよ。二人はこ
のあたりでは良く知られているくらいの仲良しでしてね、スナックの名前も、
河田さんの奥さんの名前から付けたんじゃないかと噂されているくらいですか
ら。いえいえ、違いますよ。男と女のあれじゃないですよ。ただ、仲がいいん
ですよ。」
 木村がまだ帰った様子がないということなので、県警の二人は、念のため、
河田の部屋へ向かった。河田と家族の住む部屋は、二階にあった。柏木がイン
ターホンを押してみたが、中からの返事はない。何回か押して、諦めた。河田
の妻、道江の帰りを待つことにした。ついでに、マンションの屋上、そして、
勝手口のドア錠を、ひととおり確認してから、一階の管理人室へ戻った。

20 新宿

 十一月四日、月曜日。振替休日の新宿のCホテルは、平日の月曜日とは様変
わりで、結婚式と秋の叙勲祝賀会などで、多忙を極めていた。
 タワーの九〇四号室から、女の声で、遅い朝食ルームサービスの電話が入っ
たのは、午前十時頃だった。
「男のボーイさんてこわいから、女の人に届けさせてもらえませんか。」
 注文してきた女は、そう要求した。女性客が、男のボーイを敬遠するのは別
に珍しいことではなかった。注文係は、かしこまりました、と答え、注文書に
その旨書き込んだ。

 アルバイトに来ていた女子学生が、そのルームサービスを届けることになっ
た。タワーは、客室単価の高い高級な部屋ばかりで、団体客やツアーパッケー
ジ客は、本館と呼ばれる別棟に回された。アルバイトは、本館でしか仕事をし
ない内規になっていたのだが、人手がなくて、このショートカットで小柄の女
子学生へも、タワーの仕事が回ってきたのだった。
 九〇四号室は、タワー九階のツイン専用フロアにあった。ドアの横にある、
チャイムを押す。中で鳴るチャイムが、びっくりするほど大きく聞こえる。
「はーい、中へ入って、奥のテーブルの上のおいてくださる?」
 シャワーの音に混じって、女の声で返事があった。ルームサービスは、自分
でスペアキーを使って、ドアを開けてはいけないと言われていた。Cホテルの
制服を着た女子学生は、躊躇した。見ると、少しドアが開いている。わざわざ、
ルームサービスのために、ドアロックやチェンは外しておいてくれたらしい。
これなら、ま、いいか。女子学生は、アルバイトの気安さで、ドアを押し開け
朝食のトレイを抱えて、部屋の中に入った。
 女の客は、洗面所にいるようだった。シャワーの音がしていた。女子学生は、
言われたとおり奥へと進み、テーブルにトレイを置こうとしてとしてかがみ込
んだ。その時、背後で、部屋のドアがかちゃりと閉じる音がした。おやと思い、
振り返ろうとした女子学生に、鋭い声が投げられた。
「後ろを振り向いちゃ、駄目!」
 女子学生は、その剣幕に驚き、置きかけたトレイを落としそうになった。
「後ろを振り向くと、あなたは、この部屋から生きて帰れないかもしれないわ。
わかりましたね。」
 女の声は優しくなった。生きて帰れないかも、という説明に、女子学生は恐
怖し動転した。何故、私がこんな目に遭うの。女子学生は仕方なく、女のほう
に背を向けたまま大きく頷いた。女の声は続いた。
「私の言う通りにしてくだされば、命は取りません。よろしいですか?」
 再び、女子学生は大きく頷いた。
「それじゃ、あなたの着ているものを全部、脱いでください。」
 女の意外な要求に、女子学生は息を呑んで、思わず振り返りたくなった。

21 月見野

 河田の妻、道江は娘と共に、午前十時頃に、月見野のマンションに戻ってき
た。管理人室で待っていた神奈川県警の二人は、エレベータに向かう道江に横
から声を掛けた。道江は警察手帳を示されても、平然としていた。むしろ、警
察官の一人が女であることに、意外そうな顔をした。
「実は、河田一成さんが、今朝の始発電車でお亡くなりになりました。」
 柏木は説明しながら、道江の顔色を窺った。道江は、小さく、えっ、と叫ん
だ。娘は、道江の手を握りしめ、柏木の顔を不安げに見ている。
「包丁で腹部を刺されての、失血死という報告です。殺人事件として捜査をし
ています。念のために、ご遺体の確認が必要です。これから、ご案内しますの
で、支度をお願いします。」
 柏木は、出来る限り事務的な口調で告げた。殺人事件の被害者の遺族の中に
は、殺人と聞いただけで、取り乱して人事不省になってしまう人も多い。そう
いう事態も考慮に入れて、事件の告知は、常に慎重であらねばならなかった。
しかし、道江に関しては、そうした捜査心得は不要のようだった。承知いたし
ました、お手数をかけます、と道江は取り乱す様子もなく、丁寧にお辞儀をし
た。
「出かける前に、一応、お部屋を見せていただけますか?」
 道江は、ようございます、と応じて、エレベータのボタンを押した。
 
 河田家の部屋の前まで来ると、道江がキーでドアの施錠を解除した。中に入
り、玄関口の照明をつける。日射しの関係で、玄関口は照明なしでは暗かった。
柏木は、失礼します、と断ってから靴を脱いだ。その時、ぎゃっという道江の
悲鳴を聞いた。
 柏木の顔に緊張が走った。犯人が潜んでいたのか。咄嗟にそういう懸念が頭
を横切り、柏木は、脱ぎかけた靴をはき直し、そのまま、悲鳴のした方へ走っ
た。
 道江は、台所に立ちすくんでいた。台所には人影はなく、食卓の上に、コッ
プが三つ放置されていた。柏木は、少しほっとして、道江の指さす方を見た。
赤く染まったタオルが二本、無造作に床に落ちていた。その赤は、血の色に見
えた。

22 中央林間

「おかしいな、今朝行きますと言ってあったはずなんだけどな。」
 S燃料店の技術員は、ドアの呼び鈴を押しながら、首をひねった。約束の午
前十時だった。もうこれで最後、と、もう一度呼び鈴に手を持っていこうとし
て、技術員は、異臭を嗅いだ。それは、確かにプロパンガスの臭いだった。
 技術員は、とっさに、廊下に腹這いになった。プロパンガスは、そのドアか
ら漏れていた。これは、いかん。技術員は、すぐに事態を悟った。顔色を変え
た技術員は、隣のドアをどんどん叩き、出てきた、男に叫んだ。
「お隣がガス漏れのようです。爆発の怖れがあります。近所に連絡しあって、
すぐに避難してください。失礼します。」
 技術員は、驚いている隣の住人の居宅を走り抜け、ベランダに飛び出した。
ベランダの柵を伝って、問題の部屋のベランダに飛び移ると、プロパンガスの
元栓を捜した。しかし、技術員の予想に反して、プロパンガスの元栓は閉の位
置にあった。一体何処から、ガスは漏れているんだ。技術員は訳が分からなく
なった。
 焦った技術員は、持っていた工具でベランダ側のアルミサッシのドアをこじ
開けようとした。なかなか巧くゆかなかった。
 隣の住人が呼んだパトカーのサイレンの音が聞こえてきた。やっと、技術員
がサッシの引き戸を開けるのと、スペアキーを使い玄関から警察官が飛び込む
のと同時だった。サッシを開けた部屋に、外出着の女がひとり倒れていた。技
術員は、すぐに抱き起こした。抱き起こされて女は、ううっと呻いた。助かっ
た。ほっとした技術員は、部屋の中のプロパン臭が案外強くないことに気づい
た。
 玄関から入った警察官が、女の倒れていた部屋のドアを外から開いて入って
きた。途端に、強烈なプロパンガスの臭いが部屋に流れ込んできた。ガス漏れ
は、どうやらキッチンの方らしかった。この女は、閉じたドアのおかげで、命
は取り留めそうだった。
 技術員は、次々と、窓を開け外気をいれた。救急車がマンションの直ぐ下に
止まるのが見えた。
 一息つくと、技術員は警察官に断って、ガス漏れ箇所の点検に入った。元栓
が閉まっていてのガス漏れは前代未聞の出来事だった。


(以下、連載第7回へ続く)




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