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うちの文芸部でやってること 3−5 永山
★内容
老臣は、初めてわずかに笑みを見せた。その言葉は、国王と、他の重臣達に
向けられた強烈な皮肉ではあった。が、誰も龍の子を殺す役目など受けたくな
かったから、皮肉を言われようが、彼等は内心で安堵していた。
「よし判った。そなたの忠勤の心、しかと見届けた。なれど、これからいかが
いたす。龍の子を連れてでは、どこへ行く訳にも」
国王も、とりあえず最大の問題を穏便に解決出来そうだと胸を撫でおろした
が、全てが解決した訳では無かった。身を捨てて、龍の子を守ろうとする老臣
に同情し、身の振り方を聞く。
「かなうなら、不在となっているウォンツ村へ、徴税官として派遣して戴きた
く。南部には、龍の伝説は広く伝承されておりませぬゆえ」
老臣が頭を下げた。その言葉に、国王は驚きを隠せなかった。
「なんと。ウォンツ村とは」
ウォンツ村は首都から約九十ヘレード(五十キロ)ほど南に下った山岳地帯
の中にある小さな村である。ほとんど農作地を持たない貧しい村のため、徴税
官として派遣されてもうまみが全くと言っていいほどない。そのため、利益の
搾取に奔走する徴税官達は誰もこの村に行きたがらない。
「よかろう。かの地では、何か謀略をめぐらす事すら出来まい。その願い、聞
き遂げようぞ」
「有り難き幸せ。ところで陛下、ご嫡子であらせられる龍の子には、未だ名が
与えられておらぬ、と聞き及びましたが?」
老臣が聞く。
「うむ。下手に名を与え、情が移っては冷静な判断が下せぬと思ってな」
「ならば、それがしが名を与えてもよろしゅうございますか?」
老臣の思いがけない言葉に、国王は失笑しながらうなずいた。
「構わぬ。龍の子はすでにそなたのもの。なんなりと付けるがよい。その口振
りからすると既に考えてあるようだが」
「はっ。セレナ、と名付けとうございます」
老臣・バレイズ=コーンヴェルがそう言って平伏する。
「うむ。よい名じゃ。王家を継ぐことかなわじと言えど、せめて平民の子とし
て、幸せな人生を歩ませてやってくれ」
国王・セイガル=ゾディアックが親心を見せる。
「ははーっ!」
その日の夜遅く、老臣バレイズは乳母と従者二人を連れて城を離れ、南へと
向かった。彼の腕には、龍の子・セレナがしっかりと抱かれていた。
〈一〉
バルメディ王国は、大別して北部と南部に分けられる。面積的には両者にほ
とんど差はないが、人口の九割は北部に集中している。険しい山岳地帯である
南部はどれも貧しく、北部の者達が関心を示すような対象は存在せず、忘れら
れたような存在だった。
その南部に属するウォンツ村の秋は、その四方を囲む山々の木が赤く色付く
事によって知らされる。これから冬が来て食料の確保が困難になる前に、出来
るだけそれらを貯蔵しておかなければならない。そのため、この時期がウォン
ツ村にとって最も忙しい。
ウォンツ村には畑らしい畑が存在しない。平地が殆ど無く、集落が山の斜面
にへばりつくようにして立っているのだから、どうにも仕方が無かった。従っ
て彼等が言う食料は木の実や山菜、それに魚や鳥や獣などの肉に限られている。
「じい様、今帰ったよーっ!」
村長の家の前で、ひとりの女の子が元気な声で彼女の祖父を呼んだ。彼女の
右手には、鈴なりにぶらさげた魚の束をつなぐ綱がしっかり握られている。こ
の村では、女子供でも重要な労働力であった。
「おかえり、セレナ。おう、こりゃまた大漁じゃのう」
「じい様」ことバレイズ=コーンヴェルが玄関の戸を開け、風色の髪と瞳を
持つ少女・セレナを出迎える。今では本当の老人になってしまったバレイズだ
が、徴税官兼村長という立場のため、楽隠居にはほど遠い毎日を過ごしている。
彼にとって、実の孫として育ててきたセレナの元気な姿を見守るのが何よりの
楽しみだった。
「これ、どうしたらいい?」
セレナが魚の束を掲げて見せる。
「トレスさんに頼んで薫製にして貰えばええじゃろう。ところでクルーガはま
だ帰って来ておらんのか?」
「もうすぐ帰ってくると思うけど。何か用事でも?」
セレナが興味深げに聞く。
「ふむ。村の柵の修理を手伝わせようと思っとるんじゃが」
「どうして柵を?」
「おや、セレナは聞いておらんのかな? ランディールの噂を」
彼等の国・バルメディ王国の東に存在するランディール帝国の皇帝・ギルキ
ーは、世界統一の野望に燃え、近隣諸国に度々侵攻している。一昨年、バルメ
ディ王国の東に隣接していたマイーザ王国がランディール帝国に降伏し、ラン
ディール帝国と地続きになってしまった。次はバルメディ王国に攻め込むとの
噂が絶えなかった。
「ランディールが攻めてくるっていう噂は聞いた事ある。でも、ランディール
って、本当はここからずーっと遠くにあった国でしょ?バルメディの何が目的
なの?」
「バルメディに用はないはずじゃ」
「?」セレナが首を傾げる。
「彼等の目的は聖域にある。バルメディはその道中にあるに過ぎん」
聖域とは、バルメディ王国の西にあるスレア湖のさらに西岸にある一帯を差
す。そこでは、神の末裔と称される聖族達がその地域を治めている。かつては
絶大な権力を誇っていた聖族も、時代が経つにつれて、その権力が弱まってい
た。そのため現在では、聖グラス騎士団連合なる一派が聖族の代わりに実権を
握り、統治を行っている。
「ランディールはその聖グラス騎士団連合を倒し、聖族に実権を返そうとの腹
づもり」
バレイズはセレナにそう説明した。
「じい様は詳しいね」セレナはそう言って微笑む。「でもそれっていい事じゃ
ないの?
バルメディの王様も、ランディールと一緒に聖グラス騎士団連合を攻めればい
いのに。そういえばバルメディの王様って、聖族の血を引いてるんでしょ?」
セレナは軽い調子で尋ねたが、バレイズは思わず動揺していた。セレナは自
分がバルメディ王国国王・セイガルの娘である事を知らない。知らないほうが
幸せだとバレイズは考え、敢えて教えていなかった。が、時としてこの手の無
邪気な質問を受け、慌てさせられる事もあった。
「そうもいかんのじゃよ。ギルキーは聖族に実権を戻すためと言っておるが、
その本心は聖族の威光を利用して、世界に覇を唱えようとしておるのじゃから
の」
「なんだかよくわかんないけど、戦争はやだな」セレナが表情を曇らせる。
「そうじゃな。……心配せずともよい。例え戦争になっても、このウォンツ村
には関係のない事じゃ。柵を修理するのは、落ち武者が逃げ込んできたりして
争いに巻き込まれるのを防ぐためじゃ」
「そっか。じゃあ、私も手伝う」セレナが笑顔を輝かせる。
「それは構わんが、その魚を薫製にするのが先じゃな」
バレイズが、セレナが手にしたままの魚の束を指差す。
「あぁ、忘れてた」
セレナは照れ笑いをし、魚の束を村の端にある薫製工場に持っていこうと身
体を反転させた。その時、視界の端に、彼女と同じように魚の束をぶらさげた
人影を捉えた。
「あっ、クルーガ。おかえり!」
「おーう」クルーガ=コーディッツが魚の束を掲げて返事する。
クルーガはセレナよりひとつ年上になる。子供の少ない寒村の事で、二人は
兄妹のように育てられてきた。この村に伝わる格闘術に長けた、勇敢な少年だ。
この格闘術は、素手による間接・打撃技だけでなく、剣術、弓術に加え、棒
術、手裏剣術なども含めた総合的な武術である。貧しいこの地方の村々の間で
は、縄張りを巡っての争いが絶えず、自然発生的にそういった技が生まれ、伝
承されているのである。
後に、これらの武術を有する者たちが、諜報・暗殺要員として各国に雇われ、
「忍者」と称される事になるのであるが、それに至るにはこの物語から二百年
という歳月を必要とする。彼の身につけている武術は、この時点では「少々攻
撃的な護身術」に過ぎない。
それはともかく。クルーガはその武術を応用した狩りを行い、セレナ以上の
獲物を仕留めていた。数はおなじぐらいだが、クルーガは大物だけを狙って捕
っていた。
「これからトレスさんところへ行くのか?」
クルーガが聞く。
「ええ、一緒にいきましょ」
クルーガはその申し出に首を振った。代わりに自分の捕った魚をセレナに手
渡し「自分は村長に話がある」と、彼女を送り出した。「じゃあ、じい様。行
ってきます」
セレナの後ろ姿を見送っていたクルーガはしばらくしてからバレイズのほう
に向き直った。
「村長。実は帰り道で、ザイレスの猟師と出会いました」
「ほう」バレイズがわずかに眉をあげる。
「ご心配なく。少しばかり話をしただけですから」
クルーガは少し笑みを見せて、頬の傷に手をあてた。彼が格闘術を習い始め
たばかりの頃、調子に乗り、縄張り争いが激しかったザイレス村の住民に喧嘩
をふっかけた際に作った傷だ。
「そこで、気になる話を聞きました。どうやらセイガル国王は、ランディール
の侵攻に受けてたつつもりのようです。動員令を発したらしいとの事」
「そうか。では、ここにも招集令状が回ってくるやも知れぬな」
バレイズが固い表情になる。
この時代、軍隊を形成する人間には二種類ある。騎士と呼ばれる、指揮を担
当する職業軍人と、平民から招集される雑兵である。騎士はそれぞれの身分に
応じた領地を持っており、戦時にはその領地の大きさに比例した雑兵をかき集
めなければならない。ウォンツ村も形式上は、ある騎士の領地である。
「そうなれば私も……」
「そうじゃな……。しかし、国王陛下はどういうおつもりなのじゃ。ランディ
ール相手にどうやって戦おうというのだ」
バレイズは北の空を見た。山々の向こうには、彼が長年仕えてきた王城があ
る。
〈二〉
軍議では、慎重論が大勢を占めた。というよりも、戦いをのぞんでいたのは
国王・セイガルただ一人という状況だった。
「ランディールのギルキー帝は、領内通過を認めるならば、敢えて事を構える
つもりはないと。大国ランディール相手に戦いを挑むは得策とは思えませぬ」
戦時には三千人を動員出来る大領の持ち主である一人の騎士が、そう言って
翻意をうながした。彼の周囲にいた数名の騎士達も、口々に戦争中止を訴える。
「黙らぬか。そなたは、ランディールのような蛮族が我が国を土足で踏みにじ
るのを黙視せよと言うのか」
セイガルが怒鳴り返す。
「なれど、ランディールの目的は、聖グラス騎士団連合の駆逐にあります。聖
族の復権のための戦いであれば、大儀は彼等にこそあるのでは」
先ほどの騎士が食い下がる。
「馬鹿な。蛮族の手を借りての復権など、何の意味があろうか。第一、奴等は
聖グラス騎士団連合にかわって、聖族の威光を振りかざすつもりだ。我々は、
それを阻止せねばならない」
セイガルの熱弁にも、実際に戦いの場に赴く騎士達には、さほどの感動を与
えなかったようだ。先ほどとは別の騎士が、渋い顔をして口を挟む。
「聖族の方々は、自らご威光を発揮するのではなく、そのご威光を肩代わりす
る者の存在をむしろのぞんでおりまするが」
「そうだ。それをやっているのが聖グラス騎士団連合だ」
セイガルは声の調子をやや落とし、渋い表情になって言った。
「そうではございますが、彼等の傍若無人な振るまいは天下に聞こえておりま
すぞ。ランディールが聖征を決意したのも、全ては聖グラス騎士団連合が原因」
「聖グラス騎士団連合の長であるクロフォード卿は聖族の血を引くもの。儂と
同じようにな。彼等が聖族の威光を利用しようと構わぬが、蛮族に好き勝手を
させる訳にはいかぬ」
セイガルが腹だたしげに言う。
「しかしながら−−」
「軍議はこれまでだ」
セイガルは短く言って王座を立ち、後には困惑した騎士達が残された。
王の執務室の扉が開かれ、衛兵が一人の男を中へ案内した。セイガルは衛兵
に、人を近づけぬよう申し渡し、その男と対面した。
「本日はいかなる用向きで」その男−−アドリス騎士団長・ゾルムント=バッ
カニアが聞く。
「大広間で皆の前で語る訳にはいかぬ類のものだ」
セイガルが椅子に腰を降ろしつつ言う。
「でしょうな」
ゾルムントは固い表情のまま応じる。
「奴等を、聖域に踏み入れさせる訳にはいかぬ。奴等は、いずれ世界の全てを
手にいれようとするに決まっておるのだからな」
セイガルは言った。
「その根源をのぞくべきだと?」
3−6に続く