AWC ちょっと恐い話 第八話  登季島


        
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★タイトル (LLD     )  95/ 3/17  23: 2  ( 81)
ちょっと恐い話 第八話  登季島
★内容
 国家公務員は、その入口でキャリアとノンキャリアに分
けられる。といっても、キャリアはごくひと握りで、大多
数はノンキャリアである。
 キャリアは、超難関と言われるT種(旧上級職甲種)試
験に合格したエリート中のエリートである。大蔵省なら三
十前に地方に税務署長して赴任して、六十近い副署長を筆
頭に少なくとも数十人の部下を抱えることになる。自治省
なら、やはり三十前にいずれかの都道府県に地方課長とし
て出向し、二、三百人の部下の指揮をとる。警察庁ならあ
っと言う間に警視となって捜査に絶大な権力をふるうこと
になる。通産省なら・・・と書いていけばいとまがない。
 よくドラマなどでは部下からの嫌われ者として描かれる
キャリアだが、実態は必ずしもそうではない。公務員の統
制は実によくとれていて、逆にみんなでもりたてる、とい
う場合の方がはるかに多い。
 キャリアになる利益は、もちろんそれだけにはとどまら
ない。例えば大蔵省なら、税務署長になるや否や地域の商
工業有力者から宴会攻勢を受けていく。たまにはその中に
政治家も混じっている。その後、本省に戻ってからは、情
報を欲する都銀をはじめとする各金融機関のMOF担と呼
ばれる人々からの料亭、クラブ、ゴルフなどの接待が続く。
もちろん本業でも様々な要求に対して国家予算をつけるか
どうかを判断するから、そのために彼らに頭を下げにくる
人間も数知れない。そして、彼らは最終的には、官僚の最
高峰である事務次官、あるいは日本銀行総裁、日本輸出入
銀行総裁、東京証券取引所理事長、大手都銀、信託銀行、
有力地方銀行などの頭取へとその地位を登りつめる。

 原田俊治は、そんなキャリア官僚の一人だった。有名私
立中学、高校、東京大学法学部、大蔵省という典型的なエ
リートコースを歩んでいる。その彼も二十八才になり、い
よいよ税務署長として赴任することになった。場所は東海
地方の一都市である。
 原田はさっそく宴会づけになった。地元有力者から次か
ら次へと誘われる。顔合わせということで、原田はそのほ
とんどを受けることにした。実務という点では部下の方が
はるかに有能である。原田のそこでの最大の仕事は人間関
係の形成を行い、強力な支援組織を自らの背後につくるこ
とにある、といってもよかった。
 はじめは腰の低かった原田だったが、すぐに態度は尊大
になった。ひと回りもふた回りも年齢が上の人間からさん
ざんにおだてられ、頭を下げられる。それが続いていく中
で、公僕として奉仕の精神をもって、などということばは
もう絵空事にすぎなかった。それでも頭を下げる側は決し
て機嫌を損ねたりはしない。彼らは原田の背後に将来の国
家予算さえも見据えている。

 赴任してひと月ほどたった時、原田は宴会の末席に見覚
えのある顔を見い出した。高校時代の同級生の高野である。
原田は
「あれ、これはなつかしい」
 と高野に近寄り、高野も
「いやあ、これはびっくりだ」
 と応じて近寄った。それからふたりは十年前の様々な出
来事について語り合い、知っている友人の近況を交換した。
 原田と高野の出身高校は東京にある。その二人が地方で
偶然に再会したというのは珍しいことに違いなかった。原
田は大学を卒業すると大手メーカーに勤めたのだが、五年
で辞めて、嫁の実家がやっている中規模の町工場に入った
ばかりだった。それが、偶然原田が赴任した税務署の管轄
内であったのだ。十分ほど二人は話すと、原田は他の席に
引っ張られた。高野は丁寧にあいさつをし、原田は「じゃ
あ」と言って笑みを返した。

 それから二十分ほどした頃である。高野は学生時代から
常に気のいい男として通っていて、誰からも好かれるたち
だったが、やや口の軽いところがあり、それが彼の欠点だ
った。宴たけなわの頃、高野は思わず口をすべらせた。
「いやあ、原田署長も昔は結構悪(わる)でね、今でいう
いじめっ子だったんですが、今じゃあたいしたもんですよ。
すごいですねえ」
 高野のことばに皮肉は感じられなかった。真に今の原田
を尊敬しているに違いなかった。しかし、一瞬宴が止まり、
原田はといえば、すさまじい形相で高野をにらみつけてい
た。
 一瞬の出来事で、再び宴は何事もなかったかのように進
んでいた。しかし、それまで人気者だった高野のところへ
は、もう誰も近づくものはいなかった。


                  おわり




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